第39話 鉄道雑誌の掲載制限

 そもそも、本来は旅ライターである私に三陸夢絆さんりくゆめきずな観光鉄道の取材話が来たのは、フリーで単価が安い事、違う! ビジネス書籍とは無関係だった老舗しにせ出版社が、思うようなライターをアサインできなかったことが始まりなのである。


 そんなメジャーな出版社なら、ライターなど幾らでも探せただろうし、状況によっては相手からでもすり寄って来ただろう。まあ、普通はそうなるはずだ。しかし、いくら名門出版社だろうとも、門外漢のジャンルはアマチュアにも等しい。だから、専門分野のライターほど、お門違いの出版社と関わる事を避けたがる。なぜなら、書籍とはライターだけで作られるものではなく、通常は編集過程で何度も加筆修正が行われるが、そこでの編集者の力量が結果を大きく左右してしまう・・・・・・。


 ところが、分野違いの出版社では、専門分野の編集者がいない。単行本はまだいい。自分でほぼ最後の最後までチェックもできるが、雑誌には天下無敵の「発行日」というヤツがある。発行日は死んでも厳守だ! この絶対的憲法の前には、どんな著名ライターであっても無力なのである。結果、自分が納得しない文章が世に出回ることになる。印刷物は炎上しても消せないのだ。


 もちろん、専門分野のプロがいる出版社なら、この種のなど起きない。問題は、編集長以下、誰もが当該分野にうとい場合なのだ。そういった企画では、まず間違いが起きない実績あるライターを起用する。今回の騒動? は、鉄道どころかビジネス分野のプロがいない出版社で、加えて私がライターであるところに起因しているらしいが・・・・・・。まあ、このたらたらした進行のおかげでの恩恵をこうむっているだけに、文句も言えない弱い立場なのである。


 それにしても、どうして工藤弁護士は、鉄道マニアが鉄道マニアをコントロールする【GSRシステム】とやらについて、乗り気で説明をしたがらない素振りを見せるのか? 


 考えて見れば、鉄道趣味系の雑誌が「日本鉄道従業員教育センター」の仕組み、すなわち教育センターの存在について、あまり詳細に書かない事は、どう見ても不自然な話だった。何よりも、鉄道マニアが一番に喰い付きたい記事になるだろう内容が、どの鉄道趣味系雑誌でも深く取り上げられていない。もし、そういった記事が一般に出回っていたら、私の今回の取材も無かったはずだし、あらたまって考えると不思議な話である。


 それでも編集長は、再度、工藤弁護士に【GSRシステム】の詳細を記事にされてはいかがかと問う。しかし、工藤弁護士は「前向きに検討しますが、一度事務所に戻ってからご連絡いたします」と、まるで議会答弁かの様な曖昧あいまいな返事だけに終始する。ただし、印刷前の原稿チェックだけは必ずさせてほしいと、そちらの要望だけはプロとしてしっかり押さえた上で、狭い打合せ室から出て行ってしまった・・・・・・。


「何か取材中に問題起こさなかった? うちの名前で訴えとかになったら、生涯しょうがい出入り禁止にするよ!」


 編集長はそう私に言い残すと、自分の提案を工藤弁護士が事実上拒否したからか、不機嫌ふきげんそうに仕事へと戻って行く。不機嫌になりたいのはむしろ私の方だ。元は喫煙可能だった部屋の壁に染み付いたヤニ汚れの様に、私の気分もまだらににごっている・・・・・・。


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 工藤弁護士から編集長の所には、あの「検討してから・・・・・・」と言った先の返事は無かったらしい。しかし、私のところには山中さんから【GSRシステム】に関するメールが入って来ていた。工藤弁護士は本業? のタレント業務が忙しくどうしても対応できないとの事だが・・・・・・。


 まあ、相手の事情はさて置いても、まさしく私が取材中に疑問に思っていたこと、すなわち「鉄道マニア自身に、三陸夢絆観光鉄道を仕切らせる事が、例え観光専用鉄道であっても、に対してできることなのだろうか?」という、その疑問への回答がそこには含まれていた。


 いったいどれ位の鉄道マニアたちが、欧米のSL保存鉄道活動の様に、自分たち自身でSL鉄道を運営できたらいいと考えているか、その実態は全くわかっていない。もし、そういった事を本気で願っている鉄道マニアが多いならば、きっとどこかで実現に向けた大きな動きがあってもおかしくないはずだ。だが、そう言った動きを私は聞いてない。小規模な動きなら過去にも、そして今でも幾らかはある様だが、少なくとも実現に向けて鉄道マニアが大きく盛り上がった記憶は持っていない。


 日本の鉄道マニアにとって、鉄道趣味とは個人趣味の世界であり、実物車両を走らせるなんてことは、公園の様な限定的な場での活動ならまだしも、まさかを創ってそこに関わろうなんて、趣味としての発想には成り得なかったのかもしれない。そういった私の推察がある一方、教育センターの【GSRシステム】においては、鉄道マニア自身の手により、鉄道現場に参加する鉄道マニアを仕切っている現実がある。まさに、ファンがファンを仕切る仕組みの実現に他ならない。


 だが、なぜ鉄道マニアの味方とも言える鉄道趣味系の雑誌が、どこも押しなべて【GSRシステム】について深い取材記事を載せて来なかったのか? 意外な事に、これは誰かが各鉄道趣味メディアに詳細記事を禁じていた、などという裏事情ではなく、鉄道趣味メディア自身が自主的に記事を控えていたのである!


 鉄道マニアの夢でもある自分たちによる鉄道運営、そしてあこがれ鉄道現場作業、駅務も乗務までもやれるようになった三陸夢絆観光鉄道が、ある意味で隙間すきまに存在できている奇跡・・・・・・21世紀のSLの煤煙ばいえん問題同様、厳密な法対応を求める世論など起きてしまえば、SL観光鉄道の牙城がじょうも簡単にくずれかねない。鉄道趣味メディアだからこそ、その違法では無いなりの存在不安が良くわかるのだ。だからこそ、あえて自分たちから深くは触れない。今や何が導火線に火を付けるか想像も付かない時代なのである・・・・・・。


 また、教育センターを一番多く利用しているのは、当初の目論見もくろみとは異なり、中小鉄道会社ではなく大手の鉄道会社という事情もあった。入社前の新人への事前教育という位置付けで利用している会社が多いのだ。一方、教育センターのカリキュラムは、三陸夢絆観光鉄道のボランティアメンバーにも使われている。ただし、彼らは「社団の個人会員」の立場で受講しているのであり、その上で、社団会員として観光鉄道の現場にされる関係に置かれている。つまり、同じ教育センターを利用しながらも、その目的を異にしているのである。大手鉄道会社は、あくまでも教育センターとは「鉄道従業員への教育機関」というだけの立場を取り、【GSRシステム】については一切関知しない。


 大手鉄道会社であろうとも、SL観光鉄道であろうとも、共に法的にはである事に違いはないのだ。しかしながら、教育センターで鉄道研修を受けSL観光鉄道の現場に出る事は、厳しい社内教育を経て初めて鉄道現場に出られる大手鉄道会社と比べ、あまりに差が大き過ぎる。


 「鉄道係員」として鉄道現場に出る事とは、いわゆるプロの鉄道業務を行う事である。そのため、大手鉄道会社における鉄道現場業務では、厳しいとされる社内教育・研修・テストをクリアし、且つ現場での実務経験を経て、やっと辿たどり着ける業務ばかりとなる。


 片や三陸夢絆観光鉄道での教育センターの利用実態は、小規模な田舎の観光専門鉄道として、開業当初などは地元高齢者ボランティアに対して、最低限の鉄道現場常識を覚えてもらった上で、を行ってもらっていたに過ぎない。このレベルで留まっていれば何ら問題は無かった。ところが、熱心な鉄道マニアたちの参加により、乗務や駅務といった主要業務にまで作業範囲が及ぶに至り、いくら「特定目的鉄道」であるからと説明しても、外部者から見れば、同じ様な鉄道業務に至るまでの過程が、あまりに大手鉄道会社とは違いがあり過ぎると映るだろう・・・・・・。


 同じ鉄道法規の中で共にとされながらも、全く異なる適用環境が生じるのであるから、何らかの判断が付く来たるべき日まで、誰も自らは触れたくないゾーンがそこには確かに存在する・・・・・・。鉄道趣味メディアが「教育センター」については触れても、【GSRシステム】については深い記事を避けているのは、この様な背景が存在している事も理由として挙げられるのだ。

 

 三陸夢絆観光鉄道がどうして実現したのか? その運営の仕組みがどうなっているのか? 依頼元の老舗出版社は、この間の事情をどの趣味系雑誌も詳しく取り上げてないからと、私に設立の経緯を取材をさせた。実際、鉄道趣味メディアでは、教育センターについての詳細が書かれず、ボランティアメンバーが多数手伝っているなどと、周辺記事レベルが多かった理由がこれだったのである。


 ところで、鉄道趣味誌での教育センターの扱いがどうであれ、各地のローカル鉄道会社も、それどころか、それなりの規模を有する地方鉄道会社でさえも、密かに教育センターからの要員派遣には期待していた。圧倒的に足りない保線要員、鉄道施設等の劣化補修、それこそ列車洗浄などに至るまで、いくらでも人手が欲しい。しかも、できれば三陸夢絆観光鉄道の様にの鉄道係員を! である。いくら素晴らしい車窓が沿線に広がっていようが、手入れの行き届かない雑木で視界をさえぎられていては見る事ができない。だが、こんな雑草刈り要員でさえ全く足りていないのが本当のところなのだ。


 観光専門鉄道ではない鉄道会社に、果たして教育センターのボランティアメンバーを派遣できるのものかどうか、それはまだわからない。一般の鉄道会社は「特定目的鉄道」ではないからである。それでももしかしたら、主要鉄道業務でなければ可能性はあるかもしれない。特に、三陸夢絆観光鉄道を見る限りでは、県外からの鉄道マニアによるボランティア活動は、さすがに自腹を払ってやっているだけあり「本気モード」全開であった。より本格的な鉄道現場作業にこそ、彼らは喜々としてやりがいを感じている。通常の鉄道会社であっても、そこはまさしく彼らの思いに合致すると言えるかもしれない。


 その場合、ファンがファンを仕切ると言う【GSRシステム】は、やはり機能させるのだろうか? 原則は鉄道会社自身が鉄道係員を仕切らねばならない。鉄道法規上では「鉄道事業者」すなわち鉄道会社が、列車の運転に直接関係する鉄道係員、あるいは施設や車両の保守に関わる鉄道係員に対しては、作業に必要な知識や技能を保有する様に、責任を持って教育及び訓練を行わねばならないとされているからである。


 しかし、【GSRシステム】の様なグレーゾーンの扱いは、三陸夢絆観光鉄道だけに在るわけではない。「列車の運転に直接関係する鉄道係員、あるいは施設や車両の保守に関わる鉄道係員」とは、いったいどこまでの職務範囲を指すのであろうか? 地方の中小ローカル路線では、明らからにプロの鉄道係員以外が鉄道現場にもたずさわっている。駅務などは地元の有志によって支えられている所も少なくはない。例えば、飲食店の店主が駅務を行っていたりするが、正規の職制上では「駅長」ではないのだ。逆に、動物に対してを任命する鉄道会社もある! そして、この曖昧あいまいを明確にする様な事態など、誰も望んではいない・・・・・・。


 一方で、教育センターの【GSRシステム】とは、運営と安全にかかわる統合情報システムなのである。とは言っても、例えばCTC列車集中制御装置(Centralized Traffic Control)の様な、高度なコントロールシステムなどでは無い。その中身は、各地のボランティアメンバーに対して運営や活動スケジュールを管理する、本来なら鉄道会社内で行われている作業をデジタル情報化したものに過ぎない。ただし、それらに加え、観光鉄道現場の遠隔監視や、はたまた教育センターの個人会員間交流などまでもが、同システムには含まれている所が特徴でもある。


 すなわち【GSRシステム】とは、ボランティアメンバーの運営によるスケジュール管理を伴ったコミュニケーションシステムでもあり、その登録メンバーに対して鉄道現場情報が与えられるというものであるのだ。ただし、私自身は、あまりこの様なシステムについての予備知識を持っていない。従って、これが実際にどのようなものであるのか、それは実物を見てみないと何とも言えないのである。山中さんの資料だけでは、漠然ばくぜんとした理解しか進まない部分が残るのだ。


 この疑問の解決に手っ取り早いのは、都心に事務所がある工藤弁護士の所で見せてもらう方法だが、先日の編集長とのやり取りの様に、どうも彼は何か理由があって【GSRシステム】についてを語りたがらない・・・・・・。

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