第38話 タレントとファンの関係
工藤弁護士も、
そして、蒸気機関車とは、まさしくタレントといっしょなのだろう。若田部理事が指摘するように、観光鉄道は芸能プロダクションにも近い運営をすべきかもしれない。共に「人気商売」であり、相手側から「来てもらう」関係にあるからだ。工藤弁護士自身もタレント活動を行っているから、その考えは良くわかると同意する。
特に、タレントとファンが「共有している世界」についてはSL観光鉄道でも参考になると言い、その運営が上手く行くほどに、強固なファン組織を作り上げられる仕組みはぜひ
だが、タレント活動自体については、決してファンに仕切らせない。これは、
そのファンの典型である「鉄道マニア」に、三陸夢絆観光鉄道の運営を仕切らせようと言う話が出て来たのである。そんな事が例え観光専用鉄道であっても、本物の鉄道会社に対してできる事なのだろうか・・・・・・?
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「
編集部があるフロアの一角で、私と工藤弁護士、そして編集長の三人が
――問題は、私の原稿によっては、これがまた鉄道マニアたちから三陸夢絆観光鉄道のみならず、教育センターの違法行為だとかネットでガンガン突っ込まれちゃうことで・・・・・・。
「まあ、うちとしてはね、それはそれで注目されればうれしい事なんだけど、そうは言っても工藤先生が直々にお越し下さっているし・・・・・・」
編集長が、珍しくへりくだっているのは、予想外に私の連載が読者に好評・・・・・・のわけはなく、工藤弁護士が、三陸夢絆観光鉄道のボランティアメンバー参加システムについて、私の記事についての最終チェックをしたいと申し出たからである。この二人が初対面どうしに見えないのは、恐らく、若田部理事から
「本人原稿は、まあ頼めば好意で見せていただけるかもしれませんが、本来、出版社としてそれはあり得ない手順でしょう。ただ、記事内容のニュアンスが、結果として間違って伝わってしまう事を恐れているのです。それで、今日は弁護士の立場として同席させていただいております」
まだその記事が出たわけでは無いから、何か問題が生じたのではない。
「私自身もね、実はかなり興味深く読者との成り行きを見てるんですよ。うちはビジネス書籍はやっていないので、とりあえず周辺の切り口から始めてみたら、これがなかなか企画的には良かったんだけど、何せ余りに
ものすごく失礼な事を言ってくれているが、相手が編集長だけに私も押し黙るしかない。しかし、大物司会者などの仕込みタレントは完全なオフレコにしても、今の教育センターが持つボランティアメンバー参加システムは、正しく書かないわけにはいかないのだ。そうでないと、SL観光鉄道を支える仕組みとして読者が納得しない。まあ、そんな事を考える様になるなんて、旅ライターである自分自身でも不思議なのだが。
「何も差し止めするとかそういうお話じゃないんです。ただ、不測の事態が生じる事を避けたいと言うお願いスタンスでありますので・・・・・・」
編集長は、自分の領域に踏み込まれていることへの明らかな不満を顔に出しながらも、広告部長からの「うちはスクープ屋じゃないんだからな! 大口スポンサーとはうまくやれよ!」という、先ほどの内線電話を思い出しつつそれを聞く。編集方針に口を挟まれる事は、出版に関わる人間としては許せないが、社会悪を叩く様な大それた雑誌でもなく、その辺はサラリーマン編集長として
「ご多忙なのは存じてますけど、先生には初稿のゲラ段階から最終稿まで全てチェックしていただいてもらって結構ですよ。ただ、最後の印刷工程に入ってしまうともう無理は聞けません。単行本と違って雑誌は何時でもギリギリの進行スケジュールですからねぇ。もっとも、私自身もこの『鉄道マニアが運営する』仕組みとやらについては、もう少しきちんと理解したいかなと・・・・・・」
工藤弁護士は「世間に隠す様な怪しい仕組みがあるわけではない。記事が
タレントのファンが、タレントの事を仕切るなどまずあり得ない。しかし、ファンがファンを仕切ることは良くある。工藤弁護士の話はここから切り出された。鉄道法規がある以上、鉄道係員に対する管理監督責任は絶対的に鉄道会社にあり、ここは
その範囲は、運転業務を除くほぼ全てに及ぶ。さらに、彼らは無給である。しかも経費のほとんどを個人で持ち出ししている。その持ち出しとは、まず、個人で鉄道専門教育を受けるために、教育センターへの社団会費がある。受講料も本人持ちである。実際の鉄道現場に出るためには、三陸夢絆観光鉄道の「定期券」も購入しなければならない。実はこの「定期券」こそ、観光鉄道の運賃収入に寄与する大事な収益源にもなっているのだ。さらには現地への宿泊交通費もある。ただし、県内から参加のボランティアメンバーに限れば、高齢者であれば宿泊以外の全額を、未成年であれば社団会費と受講料は、自治体が補助を出して負担した。
ところが以上は最低限の経費負担でしかない!。これらに加え、各業務に関わる様々な経費、例えば消耗品やら塗料やらと、毎回様々な持ち出し分が現場では出て来る。運行安全に関わるモバイル費用なども当然自己負担とされる。それでも、一般的な高額趣味などから考えるとかなり庶民的だと言えるだろう。タバコを吸わず、あまり飲みに行かず、私の様に養育費とか余計な負債がなければ、まあ普通に濃い趣味として払える金額にも思えるのだが・・・・・・・。
ただし、実際の業務割り当てと職務の遂行に関しては、一般の鉄道会社とは大きく異なる。合理化を是とする大多数の鉄道会社にあって、三陸夢絆観光鉄道では「より多くの鉄道係員をどうやってより多くの現場に配置するか」を問題としたのだ。しかも、互いがそれまで会った事も無いメンバー達である。
年齢も住んでいる地域もまるで違うボランティアメンバー達。そこに唯一共通する事は、教育センターで鉄道教育を受け、三陸夢絆観光鉄道での現場研修を望んでいる事だけだった。もちろん、現場研修という言い方は、間違っても趣味で鉄道現場に出ているなどとは公然と言えない、遠回しの表現でしかない。もっとも、地元の高齢者ボランティアたちは、そんな裏事情にはおかまいなく、相変わらず自由でマイペースなのだが・・・・・・。
「本業の鉄道会社なら一人で済む様な業務も、あえて複数人が行うようにしているのです。従って、より多くのメンバーが鉄道現場に出られるような工夫が必要とされます。そのためフルタイムではなく、午前と午後でメンバーを入れ替えるなど、その
工藤弁護士の説明に、編集長もそりゃそうだろうとうなずく。工藤弁護士は、編集長の顔を見ながらさらに続ける。
「人数が多いと、どうしても互いにいい加減な気持ちも芽生えかねません。いくら座学ではプロ並みの教育を受けているとは言っても、根底にあるのは『本気の趣味活動』なので、どこか業務に甘えが出てくる可能性は否定できないのです。そこで、このメンバーの組み合わせには、必ず監視役のチェックメンバーが組み込まれます。まあ、実際には単位グループごとの責任者という立場になるわけですが」
「それはけっこうエゲツないなぁ」と編集長が言う。そんな関係を作られたら、それこそ互いが気まずくなってしまわないかと。本来、趣味なんだし、鉄道マニア以外で参加しているメンバーだっているし、自分だったらやってられないかもしれない・・・・・・。
「でも、それで観光専門鉄道とはいえ、シロウトが鉄道現場に出ている事への実効力と
「実効力と免罪符だって?」
編集長の疑問も当然だろう。私もその意味がわからない・・・・・・。しかし、間違いなくこの参加システムの仕組みを取り入れたことで、教育センターからの派遣メンバー達は、より高度な鉄道業務であっても
鉄道法規では、鉄道係員の管理監督を鉄道会社自体に厳しく求めている。一方、教育センターでは、三陸夢絆観光鉄道から特定業務について、包括的な業務委託を受けている。委託業務遂行責任は教育センターにあるが、その鉄道現場での最終責任はあくまでも観光鉄道側が持っているのだ。現状、休止中の陸泉鉄道職員がいくら現場指導しているとは言え、次々と増えて行くボランティア活動メンバー全員を指導することなど不可能だろう。ましてや、全ての鉄道現場にいっしょに出る事など物理的にできやしない。その足りない体制をフォローするのが、ボランティアメンバーの参加システムであり、単位グループにおける責任者制度なのである。
責任者役とは、特別な役職などではない。例えば踏切当番になった場合、教育センターで該当の研修を受けたメンバーが担当するが、ここに責任者役メンバーが必ず加わる。彼は、当該研修の少なくとも一つ上のクラスを受講済みであり、且つ陸泉鉄道職員からの踏切現場での現場研修が終わっている。そして、定められたマニュアルに従い、踏切担当の行動が規程通りか等をチェックすると共に、当該現場の「責任者」も兼ねる。さらに、この責任者の報告自体が、安全運営システム上でもチェックされる。もっとも、監視だけを目的にすることはなく、大抵はいっしょに現場業務を行うメンバーにもなる。
「という事は、まあ企業でいえば
「はい、そういう事です」と工藤弁護士は編集長に答える。
「でも、どこが『ファンがファンを仕切る』話なんでしょう? 安全運営システム上でチェックされるというのなら、それは観光鉄道自身がチェックするんですよね? そもそも『安全運営システム』とか『参加システム』って何なのですか?」
やはり編集長はここぞでは鋭いのである。毎回、このおかげで私も他の外注ライターたちも泣かされ・・・・・・。
「この『安全運営システム』も『参加システム』も、実運用としては同じシステムに含まれるんですけど、このシステム自体を、ボランティアメンバーが全て運営しているんです。ただし、装置としてのシステムが設置してあるのは教育センターです。このシステム自体は、他のSL観光鉄道でも今後利用する予定になっています」
工藤弁護士は、本システムの内部的な名称は「GSRシステム」だと説明する。GSRとは【Gantlet Steam Railroad】(ガントレット・スチーム・レイルロード)、すなわち「単複線蒸機鉄道」の略となる。このGSRシステムの構築により、遠隔地からも多数のボランティアメンバーが参加を可能とすることができたのだ。
「ただし、今回のお願いの趣旨にもなりますが、ファンがファンを仕切るシステムという切り口では、鉄道運営が鉄道マニアによる勝手な自主運営だと誤解されかねません。あくまでも、国交省の管理下、鉄道法規に則って三陸夢絆観光鉄道は運営されています。鉄道マニアが趣味で運行しているわけではなく、決して欧米の保存鉄道の様なボランティアによる自由運営では無いのです」
――あれっ、今回、原稿に書いたのは、鉄道マニアの自主運行が実現できた
二人が同時に私を見る。だから、私は、もっとちゃんと取材しておきたいと編集長に言ったはずで、今回の原稿にも、まだ私の推察の域を出ないってきちんと書いているはずだし・・・・・・。
「なるほど、今まさしくわかった! こういったアンポンタンな誤解を避けたいのですね・・・・・・! いずれにしても工藤先生のご要望は、確かにお伺いいたしました。でも、もしそうご要望でしたら、むしろ『GSRシステム』でしたっけ、そちらについてより詳しくレポートされた方が、逆に読者の誤解は減るんじゃないでしょうか?」
編集長の提案に、何故だか工藤弁護士は返事を
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