第35話 噛み付いた自治体

 三陸夢絆さんりくゆめきずな観光鉄道のために作った! とまで言える「日本鉄道従業員教育センター」であったが、今や後発のSL観光鉄道への対応にも追われる事態となっていた。その余波は、実現先行していたはずの三陸夢絆観光鉄道自体へも波及し、高齢ボランティアメンバーの鉄道係員としての資質問題にまで影響が及んだ。いわく、非常に危険な運行状況が続けられているという、思わぬ部外者からの指摘である。


 ただ、幸いにも休止中の陸泉りくせん鉄道復活話は具体化せず、現状を見る限りは単独のSL観光鉄道でしかないことから、公的な見解が出されないままでの要員派遣体制を続ける事はできた。幸いな事と書いたが、陸泉鉄道の復活が見えない状況が果たして幸いなのか不幸なのか、正直、地元でもわからなくなっていたのだ。


 しかし、これは三陸夢絆観光鉄道だけの特殊状況であり、他のSL観光鉄道申請者たちにとっては、何時までもこの問題がグレーゾーンの扱いでは困る。山中さんが送ってくれた資料等から、この時の厳しい状況が想像できる。そして、この解決策が、どこにも書けない話なのだ。もちろん、会議録は当然のこと、他の資料にも具体的記録は一切無い。


 私は、この問題をどう解決したのか、その後にケンジ君から聞いて知ったのだが、正直に言おう。人は、自分が興味ない事は全く眼中に入らない動物らしい。ケンジ君から聞いた話を、私は知っていたのだ! 恐らく、私以外にも大勢が知っていただろう。なぜならば、それは何度もテレビでも見ていただったからである。それなのに、全く教育センターとも結び付いて来なかったし、が教育センターとつながってくるなんて夢想むそうだにしなかった。旅ライターなんだから、その位の鉄道業界ニュースはチェックしておけよ! というおしかりは当然のことながら・・・・・・。


 三陸夢絆観光鉄道における、教育センター派遣の高齢ボランティア鉄道係員。この問題はネット上の鉄道マニア間だけではなく、週刊誌やワイドショーなどでも取り上げられる様になっていく。ただし、主に被災高齢者ということから、その扱いは必ずしも悪意あるものではなかったが、こういったメディアは、なぜか監督官庁へと取材に行くと言う困ったセオリーを持っている。そして、今回も、そのセオリー通りに行動をしてくれていた。


 本来なら地方運輸局で各々対応すべき判断問題を、テレビ局の多くが東京にあるせいか、いきなり本省である国土交通省に各局リポーターが取材に行ったのであるから、国交省側も困った事態になってしまった。なぜなら、三陸夢絆観光鉄道に関しては、被災地復興の象徴的存在にもなっており、下手な対応をすると復興庁などともめかねない。そもそもが鉄道法規上でも明確な違法状態ではないのだ。鉄道係員の監督は鉄道会社自身の責任において行うものだからである。事故も起こっておらず、指導するという状況でもない。


 一方、三陸に続いてSL観光鉄道を標榜ひょうぼうしている事業申請者たちは、担当運輸局の固い頭について、ここぞとばかりにメディアを使って攻めたてて来る。中には過激な自治体首長もいて、国交省は地域観光発展の邪魔じゃまをするのかなどとみ付いたため、今度は地方創生大臣までが引っ張り出されてしまった。全国のSL観光鉄道に前向き発言をしていた大臣だけに、突然の場面転換に言葉もにごらざるを得ない・・・・・・。


 メディアでは、最初こそ三陸夢絆観光鉄道の高齢者ボランティアの実態取材だったが、やがてあるバラエティ番組で、鉄道マニアを自認する関西系の若手タレントが「自分も研修を受けて鉄道現場に出たい」と発言した事から、事態は別の展開へと進み始める。言い出すだけならそこで終わりだが、何と、番組企画として実際に取材放映する方向になったのだ。当然、個人の研修受け入れ先は教育センターしかない。


 ケンジ君たちもこれには戸惑とまどった・・・・・・という話に続きそうだが、実は違った。これは「仕込み」であったのだ! なぜなら、鉄道マニアの若手タレントが自分もやってみたいとなれば、専門教育の引き受け先が教育センターしか無いのは、最初からわかっている。さらに現状は、教育センターと観光鉄道とが包括的な業務委任契約を交わしているからこそ、鉄道現場業務ができるからである。


 すなわち、全ては最初から教育センター絡みの仕込みであったのだが、この仕込みについては、一切、若田部理事には知らせていなかった。それは教育センターの山中さん以下、当のタレント自身を含めて全員がそうだったのである。ただし、工藤弁護士は除く。このプランは、ケンジ君と工藤弁護士、そして所属プロダクションの社長だけがわかっていた・・・・・。


 もちろん、その若手タレントをそそのかしたのは、工藤弁護士である。教育センターでの対応から、プロダクションの社長まで先に押さえてしまう。自分たちの真の狙いは一切明かさず、タレントを上手に動かす。この辺はさすがに敏腕びんわんであり、芸能プロダクションの社長としても他のタレントとの商品差別化が計算できる。


 では、なぜ若田部理事を巻き込まなかったのか? それは、若田部理事が姑息こそくな手段を嫌うからである。教育センターの社員となっていたケンジ君は、理事のそばで仕事をしながら、間違っても自分たちが理事をコントロールしようなんて思ってはいけないと知ったのだ。それ故、鉄道マニアの若手タレントには仕込みを掛けても、受け入れ先では風の吹くままにしようと決めていたのである。


 しかし、当時はまだ、主たる鉄道業務を休止中の陸泉鉄道職員が行っており、本業の鉄道マンからすれば、ボランティアメンバーにはしょせんお手伝い程度の作業しかやらせられない。そのため、若手タレント当人も鉄道現場では遠慮がちな行動に終始し、番組的にはあまり絵にならないと思われたのか、けっこう撮影時間が長かった割に番組中の一コーナーだけで終わってしまう・・・・・・。


 このあっさりした結果は、さすがにケンジ君たちにも失敗であったと自覚された。番組のコーナー自体が、もはや三陸の旅紹介的な構成になっていた上に、肝心の教育センターでの様子は、これがであるので、タレントが事務所で勉強しているシーン以外は映らなかったのだ。ただし、この番組により、ボランティアメンバーがけっこう鉄道現場で活躍していることが、一般にも広く知られるきっかけとなる。


 ケンジ君たちの本来の狙いは、この放送を機会に、各地から広く個人がSL観光鉄道に参加できる土台を作る事であった。その取っ掛かりとして、あえて三陸から遠い関西在住の若手タレントに目星を付けたのであり、そこで沸き起こった賛否の議論を突破口とするつもりだったのである。ところが、高齢者ボランティアで問題とされた同じ業務をやりながらも、タレントの時にはほとんど何の批判もされず、彼が県外の人間であるという事さえも誰も指摘しない。しょせんはテレビ番組としてスル―されたのだ。


 ところが、ここから想定外の事態へと進んで行く。同じように鉄道好きのタレントたちが、自分たちは三陸の鉄道現場に出る時間的余裕こそ持てないが、自宅で専門教育が受けられるのなら、それだけでもやってみようかという話題になったのだ。そして、それが番組となったのである。いわゆる鉄道知識を問うクイズ番組などではない。本業の鉄道会社が従業員教育に使っている専門教育カリキュラムを使った、我こそは鉄道マニアを自認するタレントどうしのリアルバトル! その試合には、まさに教育センターの単位試験そのものが使われるという。


 テレビ企画はこういった時にすごい。プロデューサーはスポンサー企業と話を付ける否や、素早く教育センターの賛助会員に加わらせ、鉄道会社職員と同等レベルでの研修受講を可能とさせたうえ、有無を言わせず番組企画を実現してしまう。いわゆるプロの鉄道会社従業員と同じレベルへの挑戦までもが行われるのだから、当然、受講費用もかなり掛かってしまうのだが、深夜帯にも関わらずスポンサーは全てOKを出した。今や鉄道関連番組は視聴率の鉄板なのである。


 単純な基礎教育過程と違い、鉄道業務の中堅レベル以上となれば、レアな現場映像が出て来る。普段は見られなない鉄道現場の作業のシーンが、ふんだんにこのレベルの教育カリキュラムにはあるのだ。研修者はそれにバーチャルで対応するのだが、間違えると鉄道事故になる。これは遊びのシミュレーションゲームなどとは全く違う。このシーンを番組でも一部流す。恐らくはかなりの鉄道マニアが注視するだろう・・・・・・。


 だが、放送こそ許可したものの、山中さんは気が気では無かったらしい。元々タレントなど彼にとっては別世界の話であり、それが何故だかプロ向けの鉄道教育カリキュラムをタレントたちがやっている。その様子が深夜とはいえテレビで流れる。いくら若田部理事が勝手にやらせておけばいい、と最後には許可を出したとはいえ、どんな反響が生じてくるのかを考えると、シツコイほどケンジ君に状況確認を求めて来た。いかにもマジメで融通が利かないという山中さんらしいエピソードであるが。


 そして、この番組が多方面に影響を与えた結果、根本的にスキームを考え直さざるを得ない状況が発生する。放送された事による反響は、山中さんの想像に近かった。それも悪い方にだ・・・・・・。


 教育センターに来た問い合わせの中に、個人に混じって全国の赤字鉄道を抱える自治体からが幾つもあった。鉄道マニアから多数問い合わせが来るのではという想定は、三陸夢絆観光鉄道を開業する際に一度経験しているので、今回は専用ページまで用意して対応済みであったが、自治体についてはほとんど考えていなかった。中には県の首長自らが連絡を入れて来た地域もあり、こうなると個別に対応しなければならない。


 それら問い合わせ元の中には、現に赤字ローカル鉄道を抱えている地域のみならず、既に鉄道を廃止とした自治体までが広く含まれ、中には旧国鉄の本線区間さえ入っていた。そんな各自治体からの問い合わせ内容とは、ひとえにSL観光鉄道を創った場合のだけに集中している。


 これは教育センターがなので、一見当たり前の様に見えてくるが実はそうではない。SL観光鉄道実現のための他の大きな問題、例えばSL車両や用地あるいは資金といったところの、以前なら最大の障害とされた課題は、もはや現実的な解決対応が可能となったためなのである。


 例えば、四本レールとなるガントレットレイル(単複線)方式なら、既存の鉄道路線の線路敷地をそのまま利用できることから、用地取得問題が一気に解決する。また、BRTバス専用道となる道路上をで走行する方式は、既に道路と化した廃線跡利用への思わぬ発想転換へとなった。鉄道だからと線路用地だけに敷設する必要がない、という三陸の実例は、併用軌道が過去も今も路面軌道として活用されている事実と相まって、非常に現実的な選択肢となったのである。


 加えて、SPC(特別目的会社)によるSLなど車両や施設一式リースも、資金調達面での課題を大幅に減少させた。さらに閑散期には他に貸し出すとか、あるいは半年だけ運行するなどのフレキシブルな契約方法は、これにより観光客の季節変動が大きな地方でも、年間の運営コストが削減できる見込みへとつながった。


 しかし一方で、SL観光列車の運営要員問題は解決できない。基本的に土日中心の運転なので常勤者は最低限しかやとえないし、自治体から人を出すにも限度がある。さらには、SL運行時の警備などへの臨時人件費負担が加わる。これは、純粋な地域輸送機関の鉄道なら掛からないはずの経費なのだ。


 それまでは、三陸夢絆観光鉄道は被災地ゆえの特殊事情での容認があり、だからこそ自分たちの地域では実現が難しいだろうと考えていたところ、タレントたちが教育センターの研修カリキュラムを受けているではないか! それなら、何らかの法人組織により賛助会員となり、タレントでなくとも高度な研修を受けさせる事はできるだろうし、あるいは個人としても教育センターに所属するならば、新規のSL観光鉄道を手伝うことに、特段の問題など無いのではなかろうか? 


 ケンジ君たちが、タレントを使って起爆剤きばくざいにしようという意図で爆発したのは、鉄道マニアではなく、SL観光鉄道の実現を願う地方自治体であったわけだ・・・・・・!


 自治体からの圧力に山中さんがとりわけ困惑したのは、三陸夢絆観光鉄道では、教育センターと包括的な業務委託契約を行い、いわゆるボランティア要員を派遣してもらっていたことにある。この場合の「派遣」とは、あの派遣会社のとは意味合いが違うが、とにかくこのにより、教育センターが鉄道会社と業務委託契約を結ばない限り、鉄道教育を受けたボランティア要員は派遣されない。もしも個人契約となれば原則雇用関係となり、これでは、少しでも人件費を削りたい自治体の思惑とは反してしまう。


 つまりは、教育センターの対応次第に、三陸に続くSL観光鉄道の命運が掛かっているとも言えるのだ。教育センターは態度を明確にせよと、いきなりやいば喉元のどもとに突き付けられたに等しい。しかも、個人の鉄道専門教育を受け入れているのは、現時点では「日本鉄道従業員教育センター」しか存在していないのである。山中さんの困惑とは、まさしくこの状況を指していた。


 若田部理事はメディア記者に対し「うちは鉄道人材教育機関であり、鉄道会社からの依頼があれば何でも検討する」と発言している。しかし、実際にボランティア鉄道係員を要請して来る鉄道会社などない。なぜなら、教育センターに対応を迫る自治体には、新規のSL観光鉄道会社はまだ営業されていないのだ。タマゴが先かニワトリが先か、監督官庁さえも結論を出しかねる状況が続く・・・・・・。


 それでも、このままグレーの状態では、教育センターも三陸夢絆観光鉄道も運営上に何らかの支障が出かねない。ケンジ君たちは現実的解決策、つまり各自治体に個別対応することで、この状況から何とか脱しようとする。しかし、それに待ったを掛けたのが工藤弁護士だ。「メディアが起こした騒動はメディアで収める」と言った彼は、再びタレントを使う策を考える。そして、今回は超大物の登場であった。

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