第34話 観光鉄道がマニアの反発を買う

 工藤弁護士がケンジ君を若田部理事に紹介したのは、若田部理事が県の三陸復興観光プロジェクトメンバーであり、そのプロジェクトの相談役弁護士として工藤弁護士がいたからだ。プロジェクトの事務局にケンジ君をどうかと推薦すいせんしたのである。採用後、ケンジ君は観光による三陸復興を考え続け、陸泉りくせん町役場にも足しげく通い、やがて震災被害で休止中の陸泉鉄道路線に、別会社でのSL観光鉄道を走らせる提案をする。


 三陸に独自のSL観光鉄道ができるかもしれないというニュースは、周囲から高い期待を持って取り上げられ、そして、計画のとん挫は大きな失望を与えた。若田部会長(当時は社団がまだなかった)にも、メディアやら関係者から状況打開への問い合わせが入り続ける。陸泉鉄道を利用した観光鉄道の可能性はもはや無いのだろうかと? それが、あの時、工藤弁護士を連れてケンジ君らがゾロゾロと休止区間を歩き、ガントレットレイル(単複線)への発想を偶然見つけた時期なのである。


 そもそも、休止中の陸泉鉄道の路線に国鉄型SLを走らせることが不可能だったのは、国鉄型SLの軸重じくじゅうに現状の橋梁きょうりょうなどでは耐えられないからであり、加えて補修部品の入手困難問題などがあったからだ。その問題を一気に解決したのは、狭い線路を走る超小型SL、それも21世紀の新製蒸気機関車が、突如とつじょとして現実的な話になったからに他ならない。同時に、この超小型SLを新しい観光鉄道会社として走らせるのなら、陸泉鉄道の休止区間だけに限定する必要はないとの発想が生まれる。JRサイズの車両と比べ通過カーブ半径も小さく、機関車自体も良く小回りが利くからである。


 それなら、あの巨大防潮堤の上にもSL観光列車を走らせたらどうか! 

 ついでにBRTバス専用道にも併用軌道で走らよう! 


 まるでこれが模型鉄道かの様な発想を言い出したのは、鉄道マニアの工藤弁護士であった。しかし、それをまじめなケンジ君は本気で検討し始める。そして、陸泉町に若田部会長が視察に来た際に、あの巨大防潮堤を目の前にして提案してみたのだ。当然、却下されるだろうと・・・・・・居合わせた誰もがその時には共通して思っていた。会長はその提案に全く無反応だったからである。


 ところが、数日後、地方紙を見て仰天ぎょうてんする。若田部会長が、あの巨大防潮堤の上にSL観光列車を走らせるというインタビュー記事が載ったのだ! 陸泉町も県さえも全く知らない事態であったが、あの若田部会長の発言である。そして、その後の一切は観光鉄道計画に関わっているケンジ君たちに押し付けられる・・・・・・。


 巨大防潮堤に対する将来問題は、確かに陸泉町にもくすぶっていた。どの被災地域よりも先に、地域の安全のためにと防潮堤工事に同意したことが、逆に地域住人を苦しめている。少しでも早く復興するためだとした最初の想いも、遅々として進まない復興状況の中では、むしろ他地域より早くに同意した防潮堤が姿を見せ始めると共に、町の将来へのあきらめにも似たムードさえただよわせるようになって来た。未だに巨大防潮堤に反対している地区さえあるのだ。折り合いを付けて、当初予定より高さを低くした地区も出てきた。


 それが、突然、あの巨大防潮堤の上にSL観光列車を走らせる! というニュースが先に出たのだから、ケンジ君たちの対応苦労は並大抵ではない。肝心の発言者である若田部会長は、資金を出すどころか、自分たちで考えて解決しろと言う。それでも、北三陸きたさんりく重工業で本当にSLが作れる事、そして、東野とうの工業大学の三分の一大型SL模型などの目視効果もあり、最後は工藤弁護士まで呼び出して説明させた結果、とうとう「巨大防潮堤の上にSL観光列車」が地元合意に至った経緯は、以前に私が書いた記事の通りである。


 驚くべきことに、本当にこの時点まで、若田部会長は資金どころか具体的アドバイスさえしていない。まさに先日聞かされた「人のポケットの財布に手を突っ込むな」である。一方で、ケンジ君たちは、北三陸重工業や東野工業大学の岩木教授らと共に、資金も無く自らの知恵も不足する中で、SPC(特別目的会社)という「他人ひとの金」と「外部よその知恵」を使いながら、とうとう観光鉄道会社を申請できるところまでぎ着けたのであった。


 さらに、鉄道施設工事においては、被災地ゆえの震災復興予算という特別ハンデをもらえたりもしたが、これも本来ならあり得なかった。なぜなら、観光鉄道など生活再建には不要不急の存在だからである。しかし、同区間には休止中の陸泉鉄道という地域交通機関の路線であるという扱いが成されていたのだ。きっとどこかでが動いたのだろう。


 それでも、肝心の鉄道運営における人権費負担については、うまく解決できないままにあった。普通に鉄道要員を採用していては、地域行政への「二重の鉄道赤字」にもなりかねない。すでに、休止中の陸泉鉄道の運営赤字分があるのだ。いくら地域観光のランドマーク機能であると言っても、そこには経営限度がある。まさしく三陸夢絆観光鉄道にならい、各地で申請準備を始めた観光鉄道事業者がおちいった問題と全く同じことが、事業初期にはやはり起こっていたのである。


 そして、ここに来て、突然若田部会長は、鉄道人材を供給する社団を作ると言い出した。それこそが「日本鉄道従業員教育センター」なのであり、主に地元高齢者を使い大幅に人件費を節約しながら、SL観光列車の安全運行が行えるというのが内内での話だった。この教育センターを設立するタイミングで、ケンジ君は県の三陸復興観光プロジェクトから新社団へと移籍し、若田部会長は社団理事として、以後、ケンジ君の直属上司となる。


 ところで、三陸夢絆観光鉄道が実現できたのは、一つには「21世紀の新製蒸気機関車」できたこと、もう一つは「事業計画」が承認されたことであると聞いた。そして、予算も人材も限られる様な陸泉町が、「他人ひとの金」「他所よその人材」「外部よその知恵」で作りあげた中身について、連載している私自身も、そして当然読者も興味を持っている。


 しかしながら、「他人ひとの金」と「外部よその知恵」は、SPC(特別目的会社)など、自分たち自身がお金を持ち出さず、あるいは金融プロの知恵を使うなどで実現させたことで良くわかる。だが「他所よその人材」となると、教育センターが使うボランティアは地元民だから違わないだろうか? そして、その教育センターからの地元ボランティア要員こそが、鉄道現場ではスキル不足であり、危険であるとしてやり玉に挙げられていたのだ。


 山中さんから送られた議事録等の資料だけでは、これ以上先の事は良くわからない。それは恐らく、ここから先こそが、私が若田部理事から聞かされた「教育センターの本音と建前」に突入して行くからだろうか。教育センターの建前とは、まさしく社団名のとおりに「鉄道会社に向けた鉄道人材の教育」に他ならない。そして、本音は、シロウトを鉄道現場で使うための方策である。それがために作られた大がかりな装置が、この「日本鉄道従業員教育センター」であるが、その事はあえて記事にしてはいけないとされている。


 一方で、次の三陸夢絆観光鉄道を標榜ひょうぼうする各地の観光鉄道事業申請者からは、三陸ルールを自分たちにも適用せよ、という突き上げを喰らっていた。ただし、正確に言うならば、突き上げを喰らったのは地方の運輸局であり、その親玉というべき国土交通省だ。


 加えて、ネット上では鉄道マニアたちが、いったいどこでこの状況を知ったのか、三陸夢絆観光鉄道を徹底的にたたき出し始めた。ネット上には法令違反の無法鉄道などといった揶揄やゆ罵倒ばとうの汚い文言が匿名とくめいで並び、それを見た地元ボランティアの人達も大変不安になった。事故が起きたら現場にいた人が全責任を負うぞ、などと書かれていたら、誰もが怖くて鉄道現場での活動などできなくなってしまう。ましてや自分たちは無給で参加しているのだから・・・・・・。


 この事態にケンジ君は、工藤弁護士や山中さんたちと必死に対応策を考えていたという。さすがにタフな工藤弁護士もネットでの波状攻撃には疲れ切り、テレビのコメントにも切れが無くなり、番組改編時には降板かというウワサまで立ったのもまさしくこの問題のせいだ。ちなみに、ネット上では女性関係とか隠れ借金とか散々書かれていたらしいが、こういった状況は、否定するほどにますますはまり込むあり地獄でしかない。ウワサが真実かどうか、とうとう誰にもわからず仕舞いだったのは、さすが工藤弁護士と言うべきだろうか。


 まあ、そんなめ言葉? は脇に置いておいて、実際は三陸夢絆観光鉄道の内部でも、高齢者ボランティアの作業限界は悩みとなっていた。と言うのは、この様な状況では安全運行上、列車本数が増やせないからである。現在こそ三陸夢絆観光鉄道では繁忙期はんぼうきに四両ものSLが働いているが、開業当時のSL二両時代でさえも、度々、指揮命令の系統が混乱していた。いわゆるIT系システムでフォローするにも、高齢者ボランティアには使いこなせなず、これで列車本数を増やせば危険が増すのは、誰の目にも自明であったからだ。


 ケンジ君たちは、やはり人件費予算を拡大すべきかどうか、その参考として海外の観光鉄道の実態まで調べていたという。そして、海外の著名観光鉄道では、ほぼ間違いなく観光資源として行政からの大きな補助があり、運営の考え方からして根本的に違うので、三陸には参考にはならないという実状を知る。


 「自腹じばら運転士」の鉄道係員バージョンも検討してみた。「自腹運転士」とは正しい呼び名ではない様だが、本来なら鉄道会社が採用した職員の運転士育成費用は全額会社が負担すべきところを、運転士を希望する本人自身により全額費用を負担させる方式である。こんな事はドラマなどの世界だけかと誰もが思っていたが、現実に採用したローカル鉄道が出て来て大いに話題となった。しかし、自分で資格を取ってから就職するケースは、難関国家試験を筆頭に枚挙まいきょいとまがない。鉄道会社ゆえに話題となったのだろうが、今後はそれほど驚く話ではなくなるかもしれない。


 また「自腹運転士」のケースでは、それにより契約嘱託けいやくしょくたく乗務員として採用するので、まさしく一種の就職活動と呼べなくもないのだ。一方、三陸夢絆観光鉄道においては運転業務を除く、原則としてほぼ全ての鉄道業務が無給勤務となる。しかし、ボランティアだからと低い鉄道教育レベルのままでは、今までの高齢ボランティアと何ら変わらなくなってしまう・・・・・・。


 さすがにこの閉塞へいそく状況に、若田部理事たちもすぐには有効な打開策が打てない。そんな折、首都圏近郊でガントレットレイル(単複線)方式でのSL観光列車を計画中の鉄道事業申請者から、教育センターに受講生の地域制限があるのはなぜか? との問い合わせが入った。


 東京の通勤圏は想像以上に広い。東京にある会社や学校には、近県から時間を掛けてでも通って来るが、昔からこれは当たり前の事情なのである。そんな広域首都圏にあるSL観光鉄道なら、近県からも大勢がやって来る。これは乗客のみならず、活動参加のボランティアメンバーについても同様なのだ。つまり、周辺の県も併せて東京圏とも呼ばれるように、あえて県境で区切る移動環境などでは全く無いのである。


 ところが、事例先行した三陸夢絆観光鉄道では、県内のボランティアメンバーだけに参加を限定している。それどころか、開業当初などは陸泉町かその近隣市町村の住人だけに限定していたのだ。もちろんこれには理由が三つほどあった。若田部理事がボランティアに活用したいと考えた高齢被災者たちが、海岸に沿った陸泉鉄道沿線に多かったこと。地理的にも陸泉鉄道の大部分が陸泉町内を走っていること。そして、鉄道係員は鉄道の近くに住むべしという、昔からの仕事慣習にったものだった。事実、陸泉鉄道が国鉄の陸泉線時代には、国鉄官舎は中船なかふね駅のすぐ裏手にあったのである。


 しかし、鉄道の近くに住むべしという決まりには、特に法的根拠が無いことが明確になる。これは交通がまだ不便な時代において、国鉄や各鉄道会社ごとに決めていた社内ルールであり、鉄道業務に支障が出ない要員手配ができるのであれば、特には問題とならないという。つまり、おっかなびっくりで陸泉町近隣の範囲から広大な県内全域へと広げたが、そこには特段の規制は無かったのである。


 高齢被災者の生きがいなどについては、三陸ならではの特殊事情だったとしても、こと地域移動に関しては、都会と三陸ではあまりに環境が違う。あらゆる移動方法が選択できる都市圏と違い、三陸は鉄道手段も限定され、道路でさえも選択肢は少ない。移動手段の選択肢が無いという事は、いざと言う時の障害にもなる。そのため、ボランティアの鉄道係員であろうとも、できるだけ近隣からという方針に誰も疑いを持たなかったのだ。


 一方、都会からの日帰り圏という立地にあるSL観光鉄道であれば、観光客のみならず、ボランティアメンバーも、無理なく業務シフトに付けるメリットが生み出される。もし本業が多忙なメンバーでも月に一回だけ、それも半日業務というイレギュラー参加でさえ可能とできるのだ。それがひとえに立地のメリットであり、東京に限らず広域都市圏に立地するならば、多人数がちょっとずつ活動に関われる。より大勢のメンバーが鉄道業務にたずさわれるチャンスがあるという事は、自分の都合を優先できるという事にもつながるのだ。このメリットは趣味活動を続ける上で大きい。


 さらに都会では、例え百万円単位での専門鉄道教育が必要とあっても、純粋な趣味として支払う用意がある者がいた。本業の鉄道会社にこそ勤めることはできないが、休暇を利用して鉄道係員として過ごしたい。こんなコアな鉄道マニアが都会には少なからずの人数として存在する。そういった連中はより高度な研修、すなわち、より本業の鉄道係員に近づくことを求めており、その専門教育が自腹であることなど無関係なのだと言う。


 では、これ幸いと広く鉄道マニアに「日本鉄道従業員教育センター」が門戸を開いたかと言えば、そこにはもう一つの壁が存在していた。工藤弁護士が言っていた様に、鉄道会社と鉄道マニアの間には、相容あいいれない不思議な関係が存在する。鉄道マニアだとわかると新人職員を鉄道現場に配しない鉄道会社さえあるのだ。それはちょうどアイドルとファンとの関係の様でもあり、ここで深く論じられる内容ではない。


 ハッキリと言えることは、「日本鉄道従業員教育センター」とは、どこまでも鉄道会社職員への専門教育機関であり、間違っても趣味者への教育機関ではないということなのである。

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