第32話 ボランティアはプロになれるのか
午前中のこんな時間に、一人公園のベンチでタブレットを見ていると、まるで求職先を探す失業者になったかのようだ。もっとも、フリーライターなど失業者と紙一重かもしれない。それでも、若い頃なら自衛隊に勧誘される程度の注目はあったが、今やこの公園の誰一人、私のことなど気に留めるはずもない。だが、それで
山中さんの資料を読む。バッテリーの消耗を押さえているため外で見ると画面が読めない程に暗い。何とか読めるまで画面照度を上げ、それからふと顔を上げると、ベンチの前にはハトがいっぱい集まっている。私は彼らにエサはやらない。だが、むやみに周辺を歩き回るハトが気になって文字が目に入らない。やむなく彼らを置いて反対側のベンチへと移った。再びタブレットをいじっていると、今度は野良猫がやって来る。明らかに私を強く見つめている視線を感じるが、私は野良猫にもエサをあげない。つまり私は、この公園の主たちの期待に応えられない人物ということなのだ。
そのうち、犬の散歩チームが隣で雑談を始めてくれる。その声がいやでも耳に入って来て集中できない。野良猫は犬たちが来るとその場からいなくなった。私も同じように公園から離れる。仕方が無い、私を待っている人も猫もいないけど事務所にでも行くか・・・・・・。
資料を読むと、当初、鉄道教育を受けてまでボランティアなどやりたくないと言っていた、あの状況がどうして変わって行ったのか、その理由もわかってきた。ありがたいことに、教育センター発足時からの要約録なども送ってくれていたからである。
それらによると、最初はボランティア活動のために、お金を出してまで教育を受けたく無い事だけが理由だと考え、地元で希望する人には基本教育は
やがて、問題は受講環境よりも「教育を受ける事へのやる気が無い」実状に気が付かされていく。高齢者だから無気力なのではない。無気力の実情とは、被災地ならではの現実に起因していたのだ。
メディアでは、全てを失いながらも決してへこたれず、前向きに生きる被災者のたくましい姿を連日報道していた。そこに
それに、現実にはまだSL観光鉄道があるわけではなかった。見えるのは、津波で流された
人は、その目で見ないと心が動き出さない。その事に気が付いた三陸夢絆観光鉄道の創設メンバーたちは、鉄道事業者としての申請許可活動と共に、地域に対して徹底したプロモーション活動を始める。常識的には、観光鉄道のプロモーション活動であれば、まずは集客方面に対して行うはずであろう。しかしながら、ケンジ君たちは地域を最重視して動いていった。
その理由とは、あくまでも観光による三陸復興こそが目的だからなのであった! SL観光鉄道への集客も重要だが、三陸全体を面として観光事業を推進して行くというのが基本方針であり、そのためには地域一丸で取り組まねばならない。地元全体が地域観光産業への強い熱意を持たなければ、必ず観光客には冷めた部分が伝わってしまう・・・・・・。
そして、ここで
それでも、やはり目で見せる
そのため、集会所などで講習会を行う集団教育方式を採用した。もちろん、地元参加者からはお金は取らない。そう若田部理事が決めたのである。人が集まるところは楽しい。こうやって地道ながらも、徐々に地元ボランティアの数は増えて行った。肝心の鉄道に関してはとりあえずの最低限知識でしかなかったにせよ、後は危険の無い範囲から現場で徐々に教えて行こうと・・・・・・。
一方、三陸夢絆観光鉄道に鉄道事業許可が下りたことは、鉄道マニアの間にもあっという間に知れ渡る。そのうちに、地元住民が専門教育を受けて鉄道現場を手伝うらしい、という話がネット上に広がって行った。次第に、自分も観光鉄道を手伝いたいが陸泉町に転居しないとダメなのか、という問い合わせや冷やかしが役所にも入る様になる。
欧米の保存鉄道と同じ様に、ボランティアによる鉄道運営が三陸夢絆観光鉄道ではできるらしい! これが本当なら絶対に自分もやるという意思表示から、独自の観光鉄道運営プランのご開帳まで、あらゆる不正確な情報でネット上は
それでも、三陸夢絆観光鉄道本社は、地域外からのボランティア参加への可能性発表を出さなかった。間もなくして県内在住であれば参加可能とはなったが、これは元々「第三種鉄道事業者」として、三陸夢絆観光鉄道を支えている中に県が入っていたからに他ならず、これ以上に地域範囲を広げた場合、何時までも無償教育は続けられない。この時の事について、後に工藤弁護士はこう語っている。
「そもそも、鉄道マニアと鉄道会社は
その通り、三陸夢絆観光鉄道の開業当初、県外からのボランティアはいなかったのである。その一方で、とにかく目に見えることの効果は大きかった。東野工業大学の三分の一の精密SL模型による視覚的インパクトから始まり、やがて
特に、新しく観光鉄道会社を作り、相互乗り入れの分岐器(ポイント)を一切用いずに四本レールで走らせる「ガントレットレイル(単複線)」方式は、既存路線の鉄道敷地にいわばタダ乗りできてしまうので、そのあまりの単純さと実現可能性の高さが驚きを持って捉えられた。さらに、ガントレットレイル方式ならば、鉄道事業許可後の次なる難関である「工事施行認可申請書」提出での悩みを、ほぼ解決できてしまう。まさしく各地で観光鉄道を考える地域には「渡りに船」の様に映っていたらしい。
この「工事施行認可申請書」には、工事計画として鉄道の起点および終点、工事着手の予定時期および工事完成の予定時期などが必要とされ、加えて工事施行区間の詳細な線路実測図なども提出しなければならない。駅や車庫、あるいは橋梁やトンネルの位置から長さや断面の大きさまで、もちろん全ての踏切などもここに含まれる。さらに、地質概要図や建設費予算書までも求められる。これらを「鉄道事業許可申請書」の時とは違い、二万五千分の一ではなく縮尺五百分の一という、比べ物にならない詳細かつ具体的な内容で提出して工事認可の審査を受けるのだ・・・・・・。
この工事計画が、鉄道事業申請時に出された基本事業計画と合致しなければ、工事は認可されない。従って、基本事業計画の策定時に、どれだけ鉄道工事に具体性があるかがとても重要となる。また、こういった一連の手続きを経て工事に入っても、工事認可には工事完成期限を定めるので、期限までに工事を完成させねばならず、用地確保や工法に加え工事資金面でも通常の鉄道開設では一番大変な作業とまで言えるのだ。ところがガントレットレイル方式により、既存の鉄道敷地を共用するのであれば、一気にこの問題がほぼクリアされる!
それでも、鉄道事業者としては、さらに「鉄道施設」と「車両」の確認も国土交通大臣から受けなければならない。鉄道施設とは、鉄道線路・停車場・車庫及び車両検査修繕施設・運転保安設備など、いわゆる駅や信号機などの鉄道専用施設を言う。これらの準備は、通常は鉄道工事の進捗と表裏一体の関係にあるが、こちらも乗り入れ先鉄道会社の施設の大半を利用することができる。
と言うより現実面では、いわゆる信号機やATSと呼ばれる自動列車停止装置などは、乗り入れ先の既存鉄道と共用しないといけないのだ。ガントレットレイル方式は独立した「複線」ではなく「単複線」だからである。同じ線路用地を走るすれ違いのできない単線どうしこそ、四本レールによる単複線の特徴なのであり、既存のローカル鉄道と同一の安全保安施設の共用により、鉄道運営の基礎が既に出来上がっているガントレットレイル方式は、この面での不確実性を一気に排除してくれる。
最後に残る車両確認さえも、既に三陸夢絆観光鉄道で国土交通省令での適合を受けた車両と、同じ形式車両であれば、事実上の書面審査のみで済む。具体的には「車両確認申請書」として、使用区間・車種および記号番号・構造又は装置についてと、車両図面による申請確認だけとなる。
また、北三陸重工業からSLを購入するという行為は、同社にSL製作を依頼するSPC(特別目的会社)が関わる事でもある。SPCはあくまでも金融商品としてSLなど一式を扱うのであるから、リース返済への事業信用度が問われる。すなわち、鉄道事業としてきちんとやれるのかどうかの判定問題だ。当然、事業性の低いSL観光鉄道では、このスキームは使えない。
そして、SPCが介在することにより、「特定目的鉄道」の事業許可では問われないはずの、鉄道事業者としての「採算性」と「継続性」について、逆に厳しく問われる事になるのだ! むろん、
それでも、この様に複数のSL観光鉄道ができることは、さらなる将来のコストダウンを展望できる。特に北三陸重工業製のSLは、国内向けは当面同じ線路幅で同じ規格の蒸気機関車だけとなるので、三陸夢絆観光鉄道と同様、
また、三陸夢絆観光鉄道における「日本鉄道従業員教育センター」のボランティアメンバー、彼らの利用効果について、SL観光鉄道以外の鉄道会社にもこれは大きな魅力として写った。人件費問題は、赤字の鉄道各社にとって大きな課題である。被災地復興の特例扱いとも言える三陸方式が、そのままで採用できるかどうかはわからない。しかし、少なくとも、前例として認められている事実がそこにあるのなら、自社にも導入できないかと考える地方鉄道会社は出て来て当然だろう。
一方で新たな重要課題も生じて来た。それは、三陸夢絆観光鉄道では将来の
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