第27話 会社で会った理事は別人だった
私一人しかいない事務所に数日ぶりに戻ると、きっちり前回私がここで何をやっていたのかがわかる仕組みとなっている。やるべき仕事の優先順位が目に飛び込んで来るのだが、これも慣れると案外便利なのだ。指定期限を超えた原稿用の資料がそのまま置きっ放しである。まずは、これから片づけないと生活に
幸い、先ほどファミレスで確認した以上のメールは入っていなかった。ちょっとそれに安心したので、メジャーなポータルサイトなどを
――(この社団は、
やっと探り当てた正解が外れた時の様に、さっきまでの
仕事が進まない時の事務所は、やたらと壁に囲まれた独房の様にも見えて来ていけない。その通り、仕事が終わるまで絶対外に出てはイ・ケ・ナ・イのだ。気分のいい時なら、ここが自分だけの城にも感じるのだから、人間の感情なんてずい分勝手なもんだよ。
ああ、そう言えば若田部理事も「壁」の話をしていたなぁ。巨大防潮堤を、ただの「壁」にしてはいけない。防潮堤の上にSL観光列車を走らせるとしたら、その実現を応援できるのは自分しかいない。確かそれが社団のスタートになったと言っていたっけ。では、三陸夢絆観光鉄道ではなくて、社団のスタートとはどうだったのか。まだ、その辺の関係が私には理解できていない。
突然、電話のベルが鳴り始めた。すぐにスマホの着信を見るが、そこに着信は無い。鳴っているのは固定電話だ。似たような単純電子音にしていた自分に毒づきながら、
「ホームページから申し込んだ場合、基本的な資料しかお送りしていませんが、それでも良いですか? 原則として鉄道職員か、これから鉄道職務に
――そうですか、私が知りたいのは、とにかく三陸夢絆観光鉄道の沿線とか駅にいた、あの大勢の社団メンバーのことなんです!
「なるほど、すみませんでした。社団のご説明をさせていただく予定でしたよね。電話だと長くなりそうだし、まずは先に案内書を至急お送りしますから」
――ありがとうございます。でも、あんまり専門技術的なものはけっこうです。鉄道職員の教育プログラムとかもらってもアレですから・・・・・・。
なぜか、山中さんが少し沈黙している。不安になり「もしもし」と何回か呼びかけてしまう。
「うちの社団のこと、まだ良くご理解されてない状況ですよね? 大変言いづらいのですが、案内書だけで取材文章を書かれてしまうと、誤解が生じるかもしれません。良ければ、もう一度、若田部理事に会っていただけないでしょうか。理事も忙しいので日時は指定させていただく事になるかと思いますが、そうしていただける幸いです」
話す言葉は
山中さんの電話が切れると、そのまま番号を暗記している編集部にダイヤルする。今はダイヤル方式ではないからこう言わないのだろうが、私は今でも固定電話で掛ける時は必ずこの言葉を使う。何かおかしいだろうか?
いったい独り言なのか、それとも誰か見えない相手に向かってしゃべっているのか、自分でもわからなくなるのが一人仕事の怖いところだ。そんな他人からは
「しょーがねーな。それじゃ、利用日指定の格安チケット渡すからすぐに取りに来てよ!」
良かった、意外とあっさりOKされたと
「最近さぁ、経費を
何ぃ~! せっかく
利用日指定だとチケットの買い取りは安い。できるだけ先日付のものをもらっておくにしても、これでは大幅な経費持ち出し取材となりそうだ。体にはキツイが夜行バスでも使って節約するか。だとすればせめて事前にバス時刻だけでもチェックしておこう。と、パソコン画面を見ると、山中さんからのメールが届いていた。添付ファイルに社団の案内書とある。はぁ、郵送してくれればプリンターインク代の節約にもなっただろうに。
読みづらいのを我慢して、印刷せずにマウスで社団案内をスクロールして行く。最初に目に止まったのは、社団の理事たちである。若田部理事が、大企業のオーナー会長であることはもはや知っているが、他の理事たちもそうそうたるメンバーだった。元大臣経験者、大手私鉄元社長など、この社団がただ者では無い事が一目でわかる・・・・・・。
一番気になる三陸夢絆観光鉄道を探す。その名前は、案内書にわずか一行だけ、主要取引先名の中にポツンとあった。他の主要取引先には有名鉄道会社や鉄道産業関連の知っている会社名だけが並ぶ。ここはいったいどういう社団なのだろうか。
あらためて最初の方から案内を見直していく。名前のとおり「日本鉄道従業員教育センター」は、鉄道会社従業員の教育を行う機関らしい。それも鉄道現場に関わる職員専門の教育だ。見ていて特徴的なのは、この教育システムがネット限定になっていることである。以前に私も鉄道学校を取材した事があるが、鉄道職員の教育は、主に鉄道教習所などと呼ばれている専門機関で行われる。つまり、その教習所などに通学して専門教育を受けるのである。その上で、さらに各鉄道現場での実習も続くのが鉄道員教育なのだ。
ところが、日本鉄道従業員教育センターは、まさに通信教育の様にネット上だけで鉄道職員教育を行うシステムだという。その理由は設立趣意書の中に書かれてあった。まず、全ての鉄道職員が対象では無い。さらに、国家資格となる運転士教育は除かれていた。その上で鉄道現場職員に対する知識トレーニングを、ネットを使って提供する専門教育システムなのである。
地方中小私鉄の経営状況は厳しい。極限までリストラが実施されている中で日々の列車運行は行われている。そのしわ寄せは人材面にも
ところが、大手鉄道会社などに依頼するにしても、その費用負担が赤字中小鉄道には相当厳しい。必要な要員は採用したいが教育の手間と費用負担を考えると、他社を退職した人材を採用する事が手間も掛からずコストも安い。結果として、ますます社内での教育体制は無くなり、鉄道現場の職員年齢は上がる一方である。
鉄道現場での実地教育は、あくまでも鉄道現場でしかできない。しかし、座学で済む範囲、いわゆるルールの理解とか技術的な理論とかであれば、通信教育の様な形でも可能ではないか。恐らく、この「日本鉄道従業員教育センター」という社団法人は、そういった役割を果たす存在なのではなかろうか。
私は、頭の中で自分なりの推論を繰り返すが、これが鉄道会社の従業員教育のシステムだとすると、そこに三陸夢絆観光鉄道のボランティア活動メンバーは入って来ない。やはり、この部分はどうしてもつながらないのである。案内書をいったん離れ、あらためて社団のホームページを見直してみても、どこにもボランティアメンバーに直結する様なコンテンツは存在しない。唯一可能性のある「会員専用」をクリックしても、パスワードを求められるだけで見る事ができない。
そこに再び電話が鳴る。今度こそスマホの着信ランプが光っていた。しかし、その画面は至急原稿送れ! と、電報時代もあわやの
それから数日後、私は
~~~~~~~~~~
その本社は
そんな感傷も、いざ本社に着くととたんに緊張へと変わった。ビル自体はそれほど大きく無いのだが、一歩ビルの中に入った時の雰囲気が、いわゆる「しっかりした会社」独特の匂いで充満していたからである。職業柄、交通機関の本社を訪ねる機会が時々あるが、ハッタリの様な巨大ビルでなくとも、それと同等、いやそれ以上に
受付で名前と共に訪問先を告げる。あまり言いたくはないが、あの大手出版社(今回の取材依頼元ではない!)の受付にも
「一時間ほどお話しができます。ただ、大変申し訳ないのですが、お客様とお話の最中にも、時々私が出入りするかと思います。その際にはどうかお許し下さいませ」
彼女にそう言われるが、私は全然構わない。きっと会長職になっても多忙なんだろう。部屋をノックして中に入る。その訪問相手、若田部理事は、先日の酔っ払いじいさんとはまるで違う、全く別人のような圧倒的存在感でそこにいた。
「ワシはどうせ忙しいから、何時でもいいと山中に言っておいたんだけど、今日はわざわざありがとう」
そうなの? 日時指定って言うから、道中の赤字を背負ってここまで来たのに。これなら編集部のチケットを使えば良かった・・・・・・。そんな私の
「社団と違って、ここでは演じるべき役回りがまだあるからな。何時でも良いと言ったってな、今日もこの時間、一人にしてもらうスケジュール調整が大変だったぞ」
――それは本当にすみませんでした。ところで、今日は山中事務局長はいらっしゃらないのでしょうか?
「ん、山中? あいつは会社をクビになったから、ここには出入りなどできないぞ。本人から聞いてないのか?」
何だそりゃ! だって、先日は二人でいっしょに行動してたし、たぶん社用車だと思う高級車、それも運転手付きで戻るとこまで見てるし・・・・・・。
「あいつはな、社団の事務局長だぞ。うちの会社はクビになったんだ。中国の工場であちらのエライお役人と
――えっ、それなのに、なぜ理事のいる社団に・・・・・・?
「有能だからだ。有能だけどマジメ過ぎてそういう事が起こる。現場での
若田部理事は立ち上がって
「ここから川が見えるが、ゆったりやさしい時もあれば暴れて怖い時もある。でも、川はいつでも川でしかない。天候がどうであろうともな。それと組織運営ってやつはけっこう似ているぞ」
さっきの秘書がお茶を持って入ってくる。若田部理事はそれを見て再びソファーに座った。
「社団の話だったな。君はこの社団に対してどんな理解をしているか、まずそれから聞かせてくれ」
いきなり逆インタビューとなったが、私は、私なりの社団への理解を伝える。うなずく事もなく黙って若田部理事は聞いている。当たっているのか外れているのか・・・・・・。
「ジャーナリストの君がそう感じるのなら、それはありがたい。その様に世間から見えて欲しいところがあるからな。だけど、社団の真の設置目的は違うんだ」
前回も否定したつもりだったが、私はジャーナリストではない、一介の旅ライターであるが、そんな
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