第25話 緩んだ鉄道法規
台湾の投資家団体添乗員である彼は、途中駅でSL列車が止まっている間に、前の客車へと移って行った。団体のカメラマン役は参加者を均等に撮らねばならず、なかなかに大変そうだ。私はまったく会話がわからない車内に残される。しかし、何となく居心地が悪く、SL列車の発車と共に
それでも終点の
駅にある時刻表を見ると、次の直通バスまではだいぶ待たされてしまう。ショッピングモールを見て回っても、特に何も買う予定が無い私としては疲れるだけだ。もちろんレストランも喫茶店もモール内にはあるが、相変わらずのひどい二日酔いもあって、あまり食べ物も見たくない。モールのあるバイバス道には、パチンコ、カラオケ、回転ずし、といったいかにも郊外のロードサイドで良く見かける店しかない。こんな時、都会の様な行動自由度が地方では低いことを痛感する。お金があればタクシーでも使ってどこかに行けるだろうが、車が無ければ思うように身動きができないのが田舎の実状なのだ。
――(今日はケンジ君も休みだし、本社には戸倉さんがいるだろうから、このまま何とかして真っ直ぐ東京まで帰ろう・・・・・・)
とても旅ライターとは思えない消極的な発想で、私はローカルバスの乗り継ぎを決意する。ローカルバスの料金は一般に鉄道の倍以上となる。気軽なフリーライター稼業と言えども、寝坊するとその対価は高く付くのだ。
そんな路線バスだが比較的順調に乗り継ぐ事ができた。思ったよりもバス便は多かったのだ。しかしながら、やはりその料金には閉口した。直通バスはおろか、あのオッサンのタクシー料金よりもトータルでは高い。もっともオッサンが口止め料として半分返してくれたからだが、なるほど、いくらバスが増便されようとも、これでは自動車生活を選ぶ人が減るわけ無い事情が実感される。昨夜の民宿分を、若田部理事が持ってくれたことにあらためて感謝したい。
山道を走るバスの乗り継ぎにもいい加減くたびれた頃、やっと新幹線に乗り継ぐができた。空いたシートに座るや否や、ビールといっしょに玉子型の和菓子を食す。何やら珍妙な組み合わせだが仕方がない。駅弁を買おうと思ったら本日すでに完売となっていたのだ。平日は余程仕入れが少ないのだろうか。お腹に
甘いはずの和菓子が何やら少々塩っぽく感じてくるので、何か楽しい記事でもないかとタブレットを開ける。そこにはケンジ君からの着信メールがあった。
「
「鉄道教育機関の設立案」
メール本文によると、今日は体調を崩した職員に代わり、臨時で仕事に出ていたらしい。何と言う事だ、彼は本社にいたのだ! そして、私の事務所に夕方電話しても誰も出ないのでメールにした、らしい。そりゃそうだ、事務所には私一人しかいないし、その私はまだ新幹線の中にいる・・・・・・。
添付ファイルの簡単な説明があった。事業計画書そのものは外部に出せない事、そしてその内容も取材用としては専門的過ぎてわかり辛いので、むしろ事業企画書の方が理解しやすいと考える事。SPCの利用についても書かれているし、計画の基本になった数字面もしっかり載っているらしい。
そして、鉄道教育機関の設立案の方には、ケンジ君も所属しているという社団発足検討時の
ご
残念ながら、鉄道教育機関という方は私のタブレットではファイルが開けないので、見る事ができた観光鉄道事業企画書だけを、文字を大きくして読む。それでも、なぜだか文字が思うように目に入って来ない。行きにはイライラした車窓をやたら
ふと気が付くと、車窓には
~~~~~~~~~~
翌朝、取材記事の最終稿チェックも兼ねて編集部に連絡を入れ、そのまま内線で経理に回してもらう。田口さんの意見も聞きたいからだ。今やメールだけで編集部とやり取りができるし、印刷状態までパソコンで事前確認できる時代となっているが、直接、顔を出す事が、編集部とのパイプをつないでおくためには重要なのである。若いライターはその辺の機微がわかっていない。いや、わかってくれない方がライバルが減って助かるのだ。何せ同じ仕事なら若手の方が使いやすいというのが通り相場なのである。
まあ、そんな底辺発想は止めておこう。私は、編集部に顔を出すと、そのまま田口さんを少し早めの食事へとご招待する。昼休みは定時で決まっていると言うが、ここまで超ベテラン社員ともなれば、経理部長以下、彼がいつ食事に出て行こうとも何も言わないものらしい。
昔は学生街で今はオフィス街となった目抜き通りでは、まだ秋はこれからとばかりに薄着の服装が目に付く。寒さを感じた三陸とのギャップを感じる。私が学生時代、この通りが学生運動のバリケードでふさがれたなんて記憶は、もはや私の脳内映像だけの世界なのかもしれない。そんな事を思うのも、隣を歩くのが初老のオヤジだからか・・・・・・。それでも、ちょっとばかり早い時間帯が幸いし、普段なら席を取れないファミレスにうまく
「朝から何のメールが入ってるのかと思ったぜ。サラリーマンにとって早朝メールは心臓に悪いんだ。ほぼ間違いなくそいつは悪い知らせだからな」
田口さんはしゃべりながらも、その目は何度もメニューを行き来している。そして、悪い想像どおりランチメニュー以外から選ぶ。ここが私のおごりであるから当然か。私の方はメニューも見ずに今日のランチを頼む。ただし、ドリンクだけは追加オーダーした。ファミレスなら定食屋よりはいく分かゆっくりできる。
「鉄道事業も出版事業同様に、どんどん進化しているんだけど、どちらも歴史が長い業界なだけに、昔の発想やスタイルがまかり通る世界でもあるよな。それでも、今じゃ大手私鉄会社でさえ車両リースなんて当たり前だし、そのためのSPCだってある。いや、これさ、あれから個人的な興味があって調べてみた話だ。鉄道業界ってやつは、調べるほどに出版業界とそっくりだぜ」
私は先に来た自分のランチを食べつつ、田口さんの話を聞く。昼のファミレスでランチ以外をオーダーすると、なかなか来ないのである。私は軽い
「事業企画書を読んだけど、別に真新しいことや、
――観光鉄道の関係者が言うにはさ、「21世紀の新製蒸機機関車」と「事業計画」、ええと、それに「特定目的鉄道」が実現へのキーポイントって事なんだけど?
私の質問を聞いているのかいないのか、やっと来たオーダー品を机の上にうまく整理しつつ、田口さんはわずかな
「彼らが『事業計画』と呼んでいる内容には二つあると思う。いわゆる法人組織の経営計画としての事業計画と、それとここに書いてある『事業基本計画』だよ。そしてこの『事業基本計画』こそ、国交省が審査する鉄道事業の申請書類だ。役所は鉄道事業者としての『採算性』『安全性』『事業継続性』『事業遂行能力性』の4つの項目について審査して、それに合格した申請者に対してだけ鉄道事業を許可してくる。法律で提出を要求されているのは、この『事業基本計画』の方なんだ。実際は国交省の本体ではなく、地方運輸局で審査するらしいけどな」
――それじゃ、鉄道事業の申請ってペーパー試験なのかい?
田口さんが食べていたものを吹き出しそうになる。
「あのなぁ、そんな単純なはずないだろうが。いくら小さくても鉄道事業だぜ! でもまあ、まず最初は紙ベースでの審査があるのは間違いないだろうな。だってさ、鉄道計画とか空港計画とか、作ってから許可を受けるもんじゃないだろ。作ってからダメだって言われても困るわけで、まあ、そんなバカバカしい実例も無いわけじゃないけどさ」
ああ、そう言えば、この町に学生のビラが貼られまくっていた時代。あの空港は確かにそうだったかもしれない・・・・・・。
――そっちの失敗例も雑学的知りたいところだけど、まずはこちらの話でと。さてその「事業基本計画」だけど、そんなに大変なものなのか、それともペーパー上だからそうでもないのか、どっちなんだろう?
「自分も鉄道屋じゃないから、審査実態の本当のところなんてわからない。ただ、この事業基本計画は、地方運輸局に提出する『鉄道事業許可申請書』の中に含まれる重要なパートであって、申請書にはさらに、予定する路線とか鉄道業務内容やら、これが第何種の鉄道なのか。あと、それに加えて鉄道の事業収支見積書、建設費概算書、資金収支見積書、線路予測図までもが提出物に含まれるのさ。ほら、この資料に書いてある通りだよ。ちくしょ、うっかり全部読んじまったぜ。ま、つまりな、具体性の無い
――いやさぁ、聞いているだけでも難しくて頭が痛い用語ばかりだなぁ。何だか「特定目的鉄道」なら認可基準が
「ところがそうでも無いんだな、これが。さっきの『採算性』『安全性』『事業継続性』『事業遂行能力性』の四つの項目を『鉄道事業許可申請書』を通して審査するんだけど、調べてみると、特定目的鉄道、すなわち観光専用鉄道であれば『安全性』と『事業遂行能力性』だけが審査対象になっているんだ。これがどれだけすごい
――「採算性」と「事業継続性」?
「出版社と同じだぜ。新しい雑誌は採算を取れるものなのか、創刊したら継続発行できるのか、この検討は基本中の基本。企画がいくら
――その重要な「採算性」と「事業継続性」を問わないと? それって本当の許されることなのか! 何だか急には信じられない話だよ・・・・・・。だって、同じ鉄道の法律なんだろ?
「自分も知って驚いたよ。でも本当のそうなっているんだ。だから適用対象が観光鉄道だけ、それも観光専用鉄道だけに限定される!」
――なぜ、観光専用鉄道だとそこまで許される? それが地域創生につながるからかい?
「地域創生効果を目指している部分は、もちろん強くあると思う。でもな、本質的には観光専用鉄道はふだんの通勤通学に無関係な存在だから、もし無くなったとしても地域交通システムが
――ああ思い出した。確かにそういう話も出ていたよ! それにしても、採算も継続も関係無いのなら、編集部も楽だろうな。
「まあそんな事が実際にあり得ればな、まさしく夢の様な話だけど。超マニア向けの特殊な世界なら可能とも言えるが、大手出版社が書籍コード取れるシロモノじゃなくなっちまうし・・・・・・」
何やら田口さん、そちら方面の世界にはやたら詳しい感じだが、採算性も事業継続性も問題無しなら、なぜ三陸夢絆観光鉄道はもっと簡単にできなかったのか? それよりも、こんなお手軽な鉄道法規なら、どうしてもっと全国で使われないのだろう?
「その理由こそ『安全性』と『事業遂行能力』という、鉄道事業が本質として持つ参入ハードルが高いためなのさ!」
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