第24話 SL列車がドーム球場の周りを走る
あまりに長くなってきたので、さすがに民宿のおかみさんも心配して様子を見に来る。山中さんが「もうそろそろ運転手さん呼んで下さい」と告げたので、今日は二人とも泊りではなく帰るらしい。昨夜、シャワーを浴びてないから、今日こそは風呂に入ろう。しこたま酒を飲んでから風呂に入るとヤバいらしいが、幸いな事に私には家族がいない。いや、数年前まではいたのだがフリーライターの低収入に・・・・・・まあ、この話は長くなるから止めておこう。
若田部理事は、よろめきつつも帰り支度を山中さんに手伝わせながら、ここが肝要なんだとばかりに続ける。
「いいか、どれだけすごい地域事業計画を立ててもだな、最初から人の
――それでは、やはり自分でお金を作り出せないとダメ、という事なんでしょうか・・・・・・。
「知恵を使えば、お金にならないものがお金になる。とてもできないと思ってた事も実現できる。自分たちに知恵が無ければ外から持って来てもいい。ただし、社会が本当にそれを必要としているかどうかだ。それにな、自分が心から望んでいるものでないと、色々理由を付け途中で投げ出すぞ。まさに地方議員の公約にはありがちだがな!」
そう言って、若田部理事は赤ら顔で大笑いする。地方議員! というところに、地方大企業が普段どんなメンドクサイ関わりに
「ワシはな、観光SLの連中に言ってやったんだ。あの防波堤、いや防潮堤だな、あそこの上にSLを走らせる意味は何だとな。ワシではなく彼ら自身のな。それまでは、お金が集まれば防潮堤の上にSLを走らせたい、なんて『夢』の話をしておったわい。ワシが聞きたいのは『夢』じゃなくて、それがお前たちの目指すべき『目的』なのかってことだ」
――「夢」ではなく「目的」?
「あのな、同じように一生懸命練習してても、考え方次第で結果も変わっちまうんだ。『全国大会出場が夢の練習です』と『全国大会出場が目的の練習です』では、似ている様で全く違うんだぞ。夢には絶えず
お迎えらしい車の音が外から聞こえる。間もなく玄関でおかみさんを呼ぶ声と同時に、冷たい風がドアを開けたカラオケルームの中まで入って来た。
「目的達成のためには、何が必要で何が足りていないのか。ワシの方にはこれをやるメリットがあるのか? 単に何億円あればできますなんて夢の様な話じゃ、ワシだって財布は隠しちまうぞ」
この辺ではまず見ないだろう高級車は、けっこうなスピードで民宿から離れて行く。都会とはまるで違う
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翌朝、かなりの頭痛で目が覚めた。ひどい
荷物を手あたり次第バックに詰め
まさしくギリギリ発車時間で最後尾の客車にデッキドアから入ると、この団体客が日本人でない事にすぐ気が付いた。彼らはアジア系らしい。空いている席もあるが荷物を置かれているので、どう話しかけて良いか
私に声を掛けてくる若い男の人がいた。言葉がわからず「すみません、ちょっとわからないんで」と日本語で返すと「日本の方ですか!」と驚かれた。私も急に日本語で言われたので驚いた。
「ツアーメンバーかと思いました。座りなさいと言ったんですよ。私たち、台湾からのツアーなんですが、貴方はどうしてこの列車に乗ってるのですか?」
彼は
「被災地をバスで巡りながら、大崎浜駅まで団体バスで来ました。終点の
彼は日本人ではなく、日本に留学して卒業後、今の仕事をやっているらしい。少し彼の話す日本語におかしなところがあるが、幸いな事に私も二日酔いで良く
――せっかく日本に来たのに、東京も京都も行かないのですか?
私は率直な疑問を聞いてみた。三陸にも海外から観光客がいっぱい来てほしいと願いながら、何やら矛盾した質問ではあるが・・・・・・。
「東京も京都も魅力的ですが、そこは何時でも行けるのです。台湾からのツアーもいっぱいあります。知ってますか、新幹線は台湾にもあります。日本の新幹線と同じタイプです。だから日本で長く乗る必要もない。富士山なら見たいですけど、天気が悪いと何も見えません。SL列車なら必ず乗れますね。そして、この人達は全員がSLのオーナーで視察に来ているのです」
SLのオーナー? この団体客全員が? どういう事だろうか。少なくとも、三陸夢絆観光鉄道に関わってる中に、台湾の人達はいないはずだが。もしかしたら、あの「SL買い取り約束」をした会社のメンバーかもしれない。
「これがそうです」と、彼は中国語らしきもので書かれた一枚のチラシを取り出す。
そこには、海沿いにあるドーム型の大きな建物が描かれていた。そして、その建物をぐるっと巡る様にSL列車が走っている。CG(コンピュータグラフィックス)による想像画ではあったが、そこに登場しているSL列車は、明らかに三陸夢絆観光鉄道のSL列車である!
――これは何の建物ですか? 野球場みたいに見えますね。SLが建物の周りを走っている様にも見えますし。
「ドーム型の多目的スタジアムです。五万人ほど入りますから、野球の他にも音楽ライブや屋内イベントとしても使えます。SL列車は、ドームの周りを走るのです。二周で一回転です。予約席ならゆっくり食事もできます。内側の窓からはドームでやっている試合も見れますし、反対の窓からは海や夜景が見えます」
巨大ドーム球場の周りにSL列車が走っている! どうやらこれはレストラン列車でもあり、展望列車でもあるのだろうか。SL列車に乗りながらスタジアムの試合も見られるなんて、台湾でなくとも人気になりそうなアイディアだぞ。何より、こういったアトラクション施設は巨大観覧車じゃないが、都市部やリゾート地にあれば、それだけでも結構な集客が期待できる。各地の旅取材で、試合の無い日のスタジアムをどうすればよいか、そんな質問を逆に受ける事があるが、何やらけっこう面白いアイディアである。
――皆さんが、このドームスタジアムのオーナーなのですか?
「そうであります。ドームもSLも大勢のオーナーで買っています。ちゃんと配当が付きますから大変人気です。今日は希望者の見学ツアーです。どんなSL列車がドームスタジアムを走るのか、ここはとても参考になると思います。昨日は工場までSLも見に行きましたが、私たちのSLは来年から作るのでまだでした。でも、皆さんはそれほどSL作りには興味がありませんけど」
――特に鉄道マニアではないと? あくまでも投資の対象としてSLというかスタジアムなんですね。
「SL好きはいっぱいいますよ。台湾の人もSLは大好きですから。日本の様にSLがいっぱい走ってないので、ドームの周りを走らせれば人気が出ます。でもその考え方は投資家としての考え方です。」
添乗員の彼は私と話しながらも、カメラマン役として狭い車内を行ったり来たりしている。いよいよ巨大防潮堤なのだ。それにしても、ドームスタジアムを一回りするだけだと、確かに距離としては短過ぎるだろう。二回転させる発想は理に
実はこういったレストラン列車は、台湾はもとより、日本国内でも流行っているのだ。私も仕事柄あちこちで乗る機会を持った。大抵の場合、料理の方も期待に
車窓を見ると、先ほど大歓声が上がった巨大防潮堤区間から、BRT専用道区間へと入って行く。平日にも関わらず、沿線には社団メンバーたちが警備している。さすがに休日ほどの人数体制ではないが、昨日、結局は聞けなかった社団の話も早々に取材しなくてはならない事を思い出す。
思考は戻るが、恐らくドームスタジアムだけより、SL列車がドームの周りを周回する方が、試合が開催されない日も観光スポットとして集客ができるだろう。一回で二周分だとおよそ一キロメートル程度にはなるから、ゆっくりと運転して一回転、すなわちらせん式にドームを二周して約十分弱か。走るレストランとして一時間程度の予約乗車を組めば十分楽しめそうだ。車窓には海と街が交互に現れ、試合があればドームの中の様子も見られる。車内テレビで試合中継をしてもいいだろう。料理と合わせてけっこうな金額も取れそうだ。それに、普段はSLアトラクションとして乗ってくれる観光需要も、大観覧車などの実績を考えるとけっこうあるのではなかろうか。
二日酔いのぼんやりした頭の中で想像するだけだが、ドーム球場の様なスタジアムに限らず、周回方式なら大型ビル開発でも使えるかもしれない。巨大ビルの周りをSL列車が走るなんて、それだけでもランドマークに成りそうである。空想は、突然どこまでも広がって行く。21世紀にSL単体だけで売ろうなんて、まず難しい話でしかない。しかし、事業構想パッケージの中にSL列車まで入れてしまえれば、十分実現可能性が高まる。私は、何時からこんな事業家の様な発想をするようになったのだろうか・・・・・・?
――ところで、煙の問題とか大丈夫なんですか? 台湾にも消防や環境関係の法律があると思いますが。
「台湾で走らせるSLは石炭ではありません。灯油を使います。三陸夢絆観光鉄道のSLにある電気モーターもありません。灯油式のボイラーはかなり強力なんです」
なるほど、そういえば北三陸重工業でも、そんな話を聞いた様に思い出す。
「三陸に来たのは、SL列車のためだけではありません」と突然彼が言う。
「台湾のリゾートも海沿いにあります。地震も日本と同じくらいに多いです。三陸の悲劇は明日の台湾にも起こるかもしれません。実際に目で見て、色々と考えなくてはいけません。私たちは
東日本大震災の時、台湾から厚い支援を受けた。同じ様に海に囲まれた台湾では、日本人以上に、あの震災を忘れていないのだと言う。その想いを持って三陸のSL観光列車に乗ってくれている。
――とてもありがたいお話ですね。
「この地には語り継がれるストーリーがあります。それがあるから何度でも会いに来ます」
ストーリーか・・・・・・。そう言えば、若田部理事も、同じような事を言っていたな。歴史事実を説明するだけじゃ、日本史の教科書を読んでいるのと変わらない。そこにいた人達、関わった人間模様をリアルに感じる事、すなわちストーリーを知ってこそ、人は初めてその場所に感情移入ができる。それが特別な場所になれるためには絶対に必要な事だと。
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