第21話 しゃべれない会議
これは予算などの問題よりも、むしろ「観光鉄道」であるからこそなのである。観光鉄道である以上、観光に不向きの場所を走ることはできれば避けたい。観光に不向きな場所とは、平凡な田舎風景ではない。むしろ平凡な田舎の風景は、今では昔懐かしい「汽車旅」が味わえる区間として人気がある位なのだ。
観光路線にふさわしくないのは、ずばり「トンネル区間」となる。三陸の鉄道沿線にはトンネルが多い。ただし
観光鉄道を走るSLには、電気モーター駆動の強力ブースターが付いており、トンネル内に限らずほとんど黒煙を出さずに済む。そうではあっても、やはり乗客は観光鉄道である以上は車窓を楽しみたいのである。
従って、三陸夢絆観光鉄道にはトンネル区間こそ短いものしかないが、SL観光列車として巨大防潮堤の上を走り、BRTバス専用道を併用軌道で走り、休止鉄道区間を四本レールのガントレットレイル(単複線)方式走る、まさにバラエティ豊かな路線には違いない。途中には鉄橋を渡る
三陸夢絆観光鉄道は、同じ線路敷地を共有する陸泉鉄道の様に、トンネル区間での山越えは行わず、途中、海沿いにある陸泉鉄道の中間駅が終点となる。この駅は陸泉鉄道としては休止駅となっているが、観光鉄道では現役の終着駅機能となり、構内はけっこうな活気に満ちている。そして、ここには観光鉄道の車両基地があり、乗客たちによる見学も可能なのだ。片隅に(本来なら主役のはずの)陸泉鉄道の車両たちが止まって無ければ、もはやここは観光鉄道独自の鉄道設備にしか見えないだろう。陸泉鉄道の車両たちは、もう何年もここから動いていないし、次はいつ動くのかもわからない。幸い、比較的にキレイに保たれているのは、きっと誰かが時々手入れをしているからだと思われる。
駅の先には、銀色に光る観光鉄道の細いレールは続いておらず、休止中の陸泉鉄道の
そして今、この駅は、三陸夢絆観光鉄道の終着「
「さっきの
戸倉さんの問いに答えるまでも無く、今までに何度も
本来の予定では、今日は大崎浜駅の機関区などを見学して、近くの民宿に早めに行く(それは締め切り原稿を書くためでもある!)予定だったのだ。しかし、せっかくの取材チャンスなのである。その辺はプロライターとして腹を
「こちらね、社団理事の若田部さん、隣が山中くん。それから、後の二人はよくわからないけど、この人は出版社の取材で来てるのね。だからちょっとカンファレンス見せてもらっていいかしら?」
過去、色んな紹介シーンに立ち会ったが、この紹介はあまりにヒドイ過ぎる! しかも四名のうち二名はわからない人、と来たもんだ。紹介もへったくれも無い。戸倉さんに呼ばれて、ノコノコこちらに来る連中もいったい何なのだろうか!
――こんにちは、アポ無しになりますが、少し見学させて下さい。よろしくお願いします。
戸倉さんとは全く違う人間なんだぞとばかり、私はきちんとお願いをする。歩きながら名刺交換するが、今回もカメラマン役を兼任しているので、ろくに名刺を確認できないままに仕舞いこむ。そもそも戸倉さんに呼ばれて来る様じゃ、あまり期待できそうもないし。これなら先に機関区の写真でも押さえに行った方が良かったか・・・・・・。
「そうですか、でもあまり広い場所じゃないんですよ。むしろ狭い位かなぁ。ただ、同席するのなら一つだけ事前にお願いあります」
山中さんと紹介された方が言う。
「申し訳ないですけど、今日の会議中、一切発言はしないで下さい。そこのところよろしくお願いしますから」
えっ、アンタもかい! さっき、ここに来る道中、車内で戸倉さんから同じことを言われたばかりだ。何か自分には初対面の人から軽率な人間にでも見えるところがあるのだろうか、自分勝手にペラペラしゃべりそうな危険人物なのか。もしかして、連載記事の印象が地元で悪いせいかもしれない・・・・・・。
山中さんの発言に対し、誰も何も反応しない。という事は、他の連中も心の中で同じように思っているに違いないのだ! 何だか急に胃の辺りが重たくなって来る。
「理事、時間になるから急ぎましょう」山中さんがそう言うと、戸倉さんは四人に着いて行きなと、手で私に後を追えという仕草をした。この歳で、そこまで
その小さな会議室は、四人が入るとそれ以上の座る席は無かった。机の上には資料と黒い装置がぽつんと置いてある。私は、かろうじてドアの前の
会議室の中では全員が熱心に資料を読み込んでいた。「もうそろそろ掛かってきますね」一人が時計を見ながら言った瞬間、そのタイミングで黒い装置から呼び出し音が鳴り出した。すかさずボタンが押される。すると、突然黒い装置は話し始めた!
「三陸の皆さんお疲れ様です。こちらは今日、二名ですが、そちらは予定通りでしょうか」
「はい、お疲れ様、若田部です。こちらは狭いところに四名ほどだが、発言は私と山中君の同じく二名だけでいきますわ。議事録の方は大丈夫かな?」
「了解です。若田部理事と山中事務局長の二名で了解いたしました。理事のお声はわかりますから、議事録も問題ありません」
「ありがとう、そっちは発言前に念のため名乗ってくれ。よろしくな」
これはいわゆる「電話会議」ってやつだ! 机の真ん中の黒い装置こそ、マイクとスピーカー機能を持つ電話なのである。電話会議が始まると、全員が手元の印刷資料を見ながら、そして主に若田部理事の厳しい質問が電話先に向かう。
会議の中身はあまり良くわからないが、十五分ほどで相手先との電話会議が終わった。すると今度はこちらから別の相手に電話を掛ける。それは普通の電話と同じ掛け方であったが、スピーカーに先方の呼び出し音が鳴るや、すぐに相手方が出るタイミングが、いかにもこれが電話会議なのだと感じさせる。
相手先の声が変わったという以外は、先ほどの電話会議と変わりなく質疑応答が続く。やがて最後に「お疲れ様でした」と言って電話が切られると、「これで今日のテレフォンカンファレンスは終了です」と、一番若そうな書記役が若田部理事に告げた。
狭い会議室から出ると、体中がコチコチになっていた。
「すみませんね、どうも取材には向いてない日だったかもしれません。今日は、理事による報告書レビューの日だったもんですから。今どきはネットでのテレビ会議が主流ですが、若田部理事は高齢ですから、画面を見ながら手元の資料も同時に見るのが
――実は、私も初めてこういった
自分でそう言いながら、突如、あっ! と思った。そうか、そうなのか! 私がおかしいのではなかったぞ、全ては相手が見えない電話会議だからなのである。もし各自が勝手な発言をしたら、相手は誰の発言だかで混乱してしまう。ましてや、いきなり参加したオブザーバーなど、予定中の発言者にはいない!
思わず一人で笑い始めた私に、山中さんは少しばかり後ずさりする。今の私だけ見れば、それこそ一切何も話すなと言うだろう。
――すみません、ストレッチが
全く理屈になってない言い訳をしつつ、あらためて山中さんに社団についての取材をしたい旨を伝える。山中さんはこの後も理事には予定が入っていると言うが、私が、駅近くの民宿を予約していると言うと、夕食時ならそちらに行けそうだと約束してくれた。とてもありがたい申し出だが、私はお礼を言いつつ、この経費は自分の方で立て替えとなるのか? あの民宿はクレジットカードが使えないのでは? と急に資金面が不安になる。
三陸の秋の日は早い。いや、情緒的なことだけじゃなく本当に地球の経度差の分だけ、東京より確実に陽の落ちる時間が早いのだ。そう言えば、夕方のSL列車に乗れば夜汽車気分が味わえると言われていたが、せっかくだから乗ってみたいと思ったその列車は、つい先ほど出たばかりだった。今日はまさにそういう一日なんだろうな、きっと・・・・・・。戸倉さんも、役場の車ですでに戻ったことだし、やはり溜った原稿書きのため、早々に民宿へと移動するか。
幸いなことに国道沿いにはコンビニがあった。今ではどんな田舎にもある、まさに「コンビニエンス(便利)」である。何とかまだ
ところが、民宿で宿泊手続きをしていると、カードOKの各社マークが貼り出してあるではないか! ガックリしてこんなもの見たくないよと横の壁を見ると「月末請求書払いも承ります」とあった。
「復興業者さんが多くて、請求書払いにも応じているんですよ」
快活そうなおかみさんがそう言う。なるほど、工事業者なら役場にも確認できるし、業者側も補助金工事だから支払も後の方が助かるだろうし。私も請求書で後払いにしたい位だが、今日は朝から色々と悪いタイミングが続くよ。
「工事の業者さん? あら違うのね。どうやってうちを知って予約したのかしら。役場の広報の女性、ガッチリした? まあ、戸倉ネエさんじゃないの!」
どうやら戸倉さん、ケンジ君に劣らずに地元の有名人らしい。私が、さっきまで観光列車でいっしょに来たというと、おかみさんは「それは勇気ある行為ね!」などと、意外なところでお
何でも、彼女は地元の学校時代に柔道ではかなり名を
「周りのオトコ連中が、相手の
その他にも幾つか彼女のエピソードを聞かされ、もうそれだけで風呂入ったらビール飲んで寝ちゃいたい位の気分になったが、そうだ、これから若田部理事と山中さんが来るのだ! おかみさんにもその事を伝え、三人分の食事を今から急いで用意できるかを聞く。無理ならあのコンビニまで走ってくるか・・・・・・。
――急なお願いでしたが、何とか大丈夫そうですか? オカズなどは別に
私がそう言うと、おかみさんは「あら、お客さんがそうだったのね。もうすぐ街の料亭から届くから心配しないで」と言った。「料亭・・・・・・?」ちょっと待ってよ、そんな高価な注文などしないから・・・・・・。
「あら、会長さんの時はいつもそうなのよ! お客さん、本当に会長さんに夕食を
聞いて驚くのは私の方である。戸倉さんの
「お料理の分も、今日のお泊りの分も、会長さんの支払いだからって
そう言うと、おかみさんは部屋から出て行った。私は急に気が抜ける。何度も言うが、いったい今日は何っていう一日だろうか。いや、待てまて、まだ今日は終わっていないぞ。これから若田部理事にまた会うのだ。正体を知り急に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます