第19話 遮断機だらけの踏切

 やがて三陸夢絆さんりくゆめきずな観光鉄道のSL列車は、BRTバス専用道との併用区間に入る。客車内から窓の外をながめる限り、ごく普通の鉄道沿線光景にしか見えない。遠くからも目立つ真っ白なガードレールは、窓から下をのぞきこまないと目に入らない。ここが道路の上だと信じるためには、もはや客車から降りるしかないだろう。


 中船なかふね駅のモニターというかパソコンで見た様に、沿線には制服やら安全服の社団メンバーが所々に立っていた。途中駅でもそうだったが相変わらず結構な人数に見える。それだけ警戒しているという事か。


 一方、陸泉りくせん鉄道との四本レール区間については、明らかに鉄道敷地とわかるせいか、線路内立入という事件はめったに起きないらしい。SL写真を撮る鉄道マニア、いわゆる「撮り鉄」も観光客たちも、それなりに節度ある位置から撮影している。ところが、BSTバス専用区間となると、どうもそうではないらしく、ひょいと入れる舗装路ほそうろの気安さにより、ガードレール内側でSL列車を撮影している人が絶えないのだ。


 それでも、元の鉄道踏切にはSL列車が走る時には遮断機しゃだんきが下りる様になり、侵入禁止の告知も徹底した結果、最近は不法侵入もかなり減ったらしい。それまでは、BRTのバスにくっ付いて他県の車が侵入してしまったり、夜間などバスが走らない時間帯は、二輪車なども平気も走っていたらしいから、その意味では安全性はかなり高まっている。


「専用道への侵入は県外のサイクリストがけっこう多いのよ。それも信じられない事に若い子だけじゃなくってさ。だってここなら車は走らないし坂道も厳しく無いしょ。鉄道として見ればキツイ勾配だって、平行する町道と比べたらかなり坂は緩いのよ」


 陸泉りくせん町の広報役、戸倉さんも、やっと本来の広報担当らしい説明を始める。


――元鉄道の敷地を自転車で走るなんて、何だか冒険ぼうけんみたいで楽しそうな気もするけどね!


「だから、そういう考えが甘いって言うのよ! 観光列車とぶつかったら大変な事故なんだから。それに、専用バスだってけっこうな速度で飛ばしてくるし。大体、ここは元鉄道じゃなくて、今でも鉄道なの。震災休止区間!」


 彼女の言葉に、なぜここが併用軌道になっているのか、その事実をあらためて再確認させられる。鉄道であって鉄道ではない場所。県や陸泉町は今後どうするのだろうか? そんな私の思いに関係無く、SL列車は順調にBRT専用バスと途中交換しながら、さっきよりもゆっくり走っている。


「さっきと同じ速度よ。だからね、これがジョイント音のマジックなの。景色の流れ方はずっと同じでしょ? 併用区間はレールの長さが普通サイズになっているから、速度が遅く感じて当然だわ。でもこの併用軌道になっている区間が一番緊張するって、乗務のメンバー皆んなが言うのよ!」


――そりゃそうかもなぁ。路面電車でも、平気で電車の直前を横切られたり、変な位置に車を止められて走れなくなるって聞くし。それにしても、BRTバスの運転手はこちらの三倍もの速度でよく走れるね。


「だから実際はけっこう緊張きんちょうしながらの運転らしいのよねぇ。だって、バスが走る時は、踏切の遮断機は作動しないし」


――あれっ、そうなの? おかしいなぁ、さっきちゃんと遮断機は降りてたよ! ほら、次の踏切も遮断機の棒がちゃんと降りているし・・・・・・。


 まさに今通過する踏切の遮断機を指差しながら、目の前の光景を彼女に問う。


「あのね、アンタ何も調べてないの? ここの鉄道記事を書いているプロライターなんでしょ!」


 戸倉さんは半ば私にあきれながら、遮断機が閉まるのはSL列車の時だけだと言う。併用軌道区間は見た目こそ舗装道路だが、まだ法律上は鉄道線路でもある。そこにSL列車が走るとなれば、踏切には遮断機が必要とされる。なぜなら、陸泉りくせん鉄道では、元々そこが遮断機付きの踏切であり、遮断機が無い踏切など安全の退行に他ならないからだ。


――でも、それだったら、BRTのバスが通る時にも、遮断機が閉まる様にすればいいように思うけど。その方が運行上の安全も高まるだろうし・・・・・・。


「そうね、もし鉄道と同じ安全保安システムのままだったらね。でもさ、BRTのバス専用道になった時に、自動車専用道の安全運行の仕組みを導入しちゃったのよ。その後にまさか道路上を観光鉄道が走るなんて、当時誰一人思ってなかったんだから・・・・・・」


 ところが良く聞くと、BRT専用バスが走る際にも、ちゃんと遮断機は作動するのだという。話が矛盾むじゅんするがどういうことだろうか? 何とそれは、横断する車や歩行者に対してではなく、BRTに対しての遮断機なのであった!


 しかも、驚くべきことに踏切遮断機の取り付け位置が、バスと列車では、通常とは逆の位置になっている! すなわち、バス専用道側に向かって遮断機が付いており、バスが踏切のかなり手前にあるセンサーの下を通ると、BRT専用道と交差する道路、すなわち元の鉄道踏切を渡る一般道側の信号が赤になり、それと共にバス専用道側の遮断機が上がるのだ・・・・・・。


 この様な遮断機システムでは、タイミングによって専用道を走っているBRTバスの方が、一般道の通行を待って止まるケースも生じてしまう。実際、BRTバスが止まる様な状況は頻繁ひんぱんに起こっていると言う。従って、三陸夢絆観光鉄道のSL列車には、法的な面もありBRTバスの踏切システムを使う事はできなかった。結果、観光鉄道の踏切システムとBRT専用バスの踏切システムという、相互に連携しない二重の保安システムが生じてしまったのだという。


 実状としてSL観光列車もBRT専用バスも、同じ線路敷地を走るにも関わらず、二つの踏切保安システムがあるという矛盾状態とはなっているが、それでも共に陸泉町や県などによる「上下分離方式」の「下」であたる運営体の管理となるので、矛盾を抱えたまま容認されたらしい。


 ところが、併用区間全線が侵入禁止とされていながらも、現実にはバス専用道のガードレールが途中で所々で途切とぎれており、そこからは容易に人が横断出来することができるのだ。地元民の通行便利に配慮はいりょしたためらしいが、「横断者注意!」の看板がバスの進行側に向けてある様に、時にそこから専用道への侵入はあり得るのだ。それ故、SL列車走行時には必ず社団メンバーが警戒しているのである。


 と、目の前の戸倉さん説明の受け売りとなったが、対向バスが予定通り来ないための信号待ち発生や、専用道侵入者等での緊急徐行により、BRTバスとSL列車の相互運転もけっこう難しいものがあるらしい。故に専用バスには、SL列車の接近を確認できるGSP装置が必ず付けられている。


 BRT専用道区間であっても、陸泉鉄道のホームには駅名標が残る。ただ、このあたりは潮風も強く、すでに休止中のレール同様にさびがかなり回っているのが痛々しい。それに対して、三陸夢絆観光鉄道の駅名標は新しくキレイである。ホームの位置こそ多少違うが、同じ鉄道駅なので妙な景色に映る。何とか陸泉鉄道の施設補修もしたいとの話も出るらしいが、先行きの不透明感から手が付けづらいのだと言う。ここら辺に被災地域ならではの難しい諸事情があるようだ。


 それでも、一部区間とはいえ、BRT専用道にSL列車を走らせた実行力はすごい。これは震災被害による鉄道休止区間という特殊な背景もあったが、やはり完全な一般道路にはなっていなかったことが大きかったという。


「もし、完全に廃線跡になっていたら、複雑な用地取得問題が生じていたはずよ。三陸夢絆観光鉄道が実現した理由は、新しいSLとか、投資家や行政を説得した事業計画とかって言われるけど、アタシは、手間とお金を掛けずに線路用地が手に入ったことが一番だと思うの。一部に観光鉄道だけの専用線路があるけど、あそこだってショッピングモール開発に伴う自治体からの貸与だし、ある意味残念だけど、土地の価値が低い田舎だからこそのラッキーよね」


 私も彼女の意見に賛成する。過去何度か、鉄道廃線跡に再びレールを敷こうという活動を取材した事がある。形の上ではけっこうな距離を敷いた例もあるが、そのほとんどは、もはや鉄道法規とは関係無い用地にレールを敷いている、つまりクローズドな公園や遊戯施設の域から出ていないものであった。また、廃線跡自体を買い取った話となれば、さらにその事例は少ない。


 そういった情熱活動を私は一切否定しない。ただ、そのレベルでの活動をいくら継続しても、恐らくは本物の鉄道事業者になるには相当な時間が必要だろう。もちろん、活動自体が参加者の楽しみなら、それはそれでいいのである。しかし現実の廃線跡は、いかにもすぐレールをけそうに見えながら、そこは次の鉄道事業ための予備用地などではなく、それぞれにもはや新しい所有者が存在する。それらを再び鉄道用地として集める事は難しいだろう。三陸夢絆観光鉄道も、陸泉鉄道が廃線となっていたら、恐らく実現しなかったと言われているのだ。


 さて、私の乗るSL列車は、けっこうな煙を吐いてがんばっている。どうやら民家の無いこの区間では、本来の蒸気機関車としての実力を十分に発揮できるらしい。ちょっと小高い沿線道路には、けっこうなカメラの列が並んでいる。皆んないい撮影場所を良く知っているものだと感心する。


――あの撮影の彼らは、BRTのバスで来てるのかな? それとも車?


「新幹線からの直行バスを見ていると半々位じゃないのかな。最初は周りから『撮り鉄』はお金にならないって聞かされてたけど、三陸ってやっぱりどこからも遠いでしょ。車で来てもガソリン入れたり、ショッピングモールとかでも買い出ししたり、けっこうお金を使ってくれてるわ。あそこのモールってふだんは地元向けの商売だから、彼らが使ってくれる分は純粋に売り上げ貢献してるのよね!」


 ふ~んなるほど、撮り鉄の功罪こうざいも場所によるのか。まあ、彼らがバシャバシャ写真を撮ってネットにアップしてくれるおかげで、私もずい分と助かっている。取材の効率良い撮影ポイントが事前にわかるからである。


――そうだ、助かっていると言えば、社団のメンバーのことだけど?


「アタシ『助かっている』なんて言ってないわよ!」


 おっと、脳内発言がつい出てしまった。一人仕事には多い職業病みたいなものである。


――そういう意味じゃなくって、こうやって三陸に人が集まって来てくれる状況のこと。さっきも沿線に社団メンバーがいっぱいいたよね。ケンジ君、ええと本名はと、中船なかふね駅の、そうだ、宮川駅長も、自分は社団の人間だって言ってたけど・・・・・・?


「ケンジ君でもいいのよ。彼はもう世の中の細かい事は超越ちょうえつした独自の世界にいる人なんだから。それに大学以外ずっと地元だし、こんな田舎じゃ昔から超有名人よ!」


――「超越した存在」ってのはすごいけど、そのケンジ君も社団所属だって言うじゃないか? なぜ鉄道会社の駅長が、他の法人の所属なんだろう?


 彼女は自分の頭の上で、手をクルクルさせている。ひょっとして、これは私に向けたものか・・・・・・。


「バラエティ番組のテレビ取材だって、もっとちゃんと取材対象を入念に調べているわよ。老舗しにせの出版社だから、きっとすごい人なんだろうって思ったけど、案外と凡人ぼんじんもいるのね。さすが出版大手は余裕の経営だわ」


 違う、私は出版社の社員じゃない! 凡人については否定しないが、余裕の経営も出版社にとっては過去の話だ。でも、有名出版社の社員だと思われるのは、経験上何かと都合が良い。ここは勝手な勘違いには触れないでおこうか。


――参ったよ、でも、そこを何とか助けてくれないかな。来週にはすぐ原稿を入れなきゃならないんだし・・・・・・。


 彼女はしばらく流れる窓の外を見ていたが「終点に社団の幹部連中が今日ならいるわ。その会議にオブザーバーとして出ればいいのよ!」と急に言う。ただし「絶対に余計な発言はしないでよ!」と私にくぎを刺した。それほど、彼女に向かっておかしな発言をした記憶は無いのだが、もしかしたら私の書いた連載を読んでいて・・・・・・。


 私たちのSL観光列車は、間もなく、あの巨大防潮堤に向かうことがわかる。車窓には、まさしくその場所が壁の様に近づいて来ていたからだ。やがて客車の中には大きな歓声が沸き起こる。


 私は取材でこういった歓声の上がる状況に遭遇そうぐうする事がよくある。素晴らしい景色に感嘆かんたんの声を上げるのは自然の行為だろう。車窓にもそれぞれ個性があり、特に海が見える区間はいつも感動的だ。ところが、同じ海が見えても、歓声が起こる路線とそうではない路線が出て来る。それは何故だろうか。どうして、三陸の巨大防潮堤には乗客から歓声が上がるのだろうか。

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