第17話 狭い線路幅ほどの選択肢

 元本保証の触れ込みがある金融商品は、低利であってもそれなりの人気があると言う。自転車操業の私には全く無縁の商品であるが、利息が多少良くても元本が目減りするリスクを考えると、確かに安心度は高いかもしれない。もっとも、破たんする金融商品が多い昨今、どんな金融商品も全幅の信頼など置けない様な気もするが、どうせご縁が無いからまあいいのか。


 今、目の前にいる三陸夢絆さんりくゆめきずな観光鉄道所有だと思っていたSLが、実はSPC(特別目的会社)所有のSLであり、しかもこのSLはバラバラにされている。バラバラと言っても、物理的にではなく権利的にだ。さらに、このSLはバッテリー駆動とのハイブリッドと来ているから、目に入るイメージとのギャップに付いて行けそうもない。


 過去、金融商品というものにほぼ触れたことがなかったので、投資家心理というものや、そもそも投資家とは何ぞやなどは、全く考えたことも無かった。しかし、金利の付く(最近はほとんど付かない!)預金を筆頭に、投資信託、株式、社債、公債、保険・・・・・・これらすべては金融商品なのだ!


 銀行の普通預金に五万円を入れておいても、利息など無いに等しい。それどころか、時間外にATMを使えば逆ザヤさえ発生する。それ位なら、応援の意味も込めて三陸夢絆観光鉄道、いや正しくはSPCの発行する金融商品だが、そちらを買っておこうという気持ちはわかる。投資なんていうと、とてつもなく高い敷居だと思っていたが、これなら思いのほか敷居が低いかもしれない。


「それでも、当初は予定する見込み額が集まるかどうか、胃が痛む毎日でした・・・・・・」


 そう言うと、ケンジ君は本当に胃が痛そうな顔をする。


――もし、予定額に達しなかったら、この計画は立ち消えになっていました?


「それはありません。そうならないために、事業計画も練り上げていたのです。でも、お金を出して下さる方々は、いくら震災復興を応援する気持ちですと表面上は言ってくれても、やはり本音のところでは、自分にとって『とく』なところがあるか無いかでしょう」


――「得」になるって意味が、ちょっと良くわかりません。


「お金を出すってことは、気持ちの問題でもありますが、そのためには自分自身が納得しなければなりません。金融商品を買う本質は、それを購入することによる具体的な『得』があるからに他なりません。利息とか配当とか場合により節税ですね。もし震災支援目的だけなら、震災義援金でも復興債でも色々とあります。ふるさと納税もそうかもしれません。もっとも、それらにお金を出した場合、どこにどう使われるかはお任せされてしまいます。もちろん、震災被害に使われる事は間違いありませんけど」


――それではダメなんでしょうか? 必ず被災地の復旧復興に使われるんですよね?


「そこなんです。お金の出し手にも色々な考えがあります。単に比較的堅実な金融商品として買う人もいるでしょうし、被災地支援にと買う人もいます。支援として買う人の願いは、震災被害からの復旧と町の復興です。復旧については、行政が言うところの『元の状態に戻す』事がメインなので、おおむね理解がそろいます。一方で復興となると、その考え方は千差万別、各自で全く異なってしまうのですね。漁港の整備を最優先とする人もいれば、観光開発こそ最優先だとする人もいて、その人の立場や想い、あるいは経験などから、まさに人それぞれに違う復興光景が描かれていきます」


 言われてみると納得だ。震災被害の救援に対しては、人道的に誰もが同じ思いで動くだろう。しかし、町の復興となると、これは震災前とは全く状況が違うのだから、単に元通りにすれば良いという話では無い。ではどうするのか? そのために時間をかけて、いわゆる民意も聞いて、行政は大勢が望む方向へと進んで行く。もしそこで、自分の考えはそうじゃない、でも被災地支援はしたいと考えるなら、その人達はいったいどうすれば良いのか。ケンジ君が続ける。


「僕たちにとっては、漁業も大切だし、三陸の海も観光資源として有望だと考えていて、海と生活は切り離せない存在なのです。その事は堤防がある無しに関係ありませんでした。でも、実際にあの巨大防潮堤を見ていたら徐々に不安になっていきました。もし自分が観光客だとしたら、この町に何度も来てみたいだろうか? 今来てくれている人達は、ありがたい事に震災支援の思いを持ってやって来てくれています。しかし、二十年後、あるいは五十年後、子供や孫の世代でもそうだろうかと。そして、それはあり得ないのでは思うようになりました。震災支援で来てくれる方々はやがていなくなるのです。もし、将来も三陸に来てくれるとしたら、それはここが『行きたくなる観光地』である場合だけでしょう」


「三陸には空港がありません。新幹線も来ません。現在は小間切れ状態の高速道路ですが、遠い将来には都会とつながるとしても、それはまだまだ先の話ですし、仮に都会と直通しても、半日以上走り続ける移動となるでしょう。それこそ全自動運転でも実現すれば別かもしれませんが、仮に全自動運転が実現できたとしても、陸泉町自体に魅力が無ければ、やっぱり人は来ません」


――それで、観光資源としてSL観光列車なんですね。


「そうです。しかし、SL観光列車には、全国に対する地域ランドマーク機能の役割を与えているに過ぎません。すなわち、あくまでも『地図から町名が消えない』ことが、まずはSL観光鉄道の役割だと捉えているんですよ。観光アトラクションとしてSL観光鉄道に集客を頼ることは危険な発想です。三陸の存在に気付いてもらうための灯台役がSL観光鉄道なんです。三陸の観光自体は、地域全体が面として包括的に取り組んで行くものであって、海外を含む観光客への取っ掛かりが三陸夢絆観光鉄道の存在価値だと思っています」


「広島の原爆ドームがその良い例でしょう。当初は被爆地への鎮魂ちんこんとして訪ねていたはずです。今は観光地としての世界文化遺産の原爆ドームになっています。だから、実際に行ってみるとドーム内に入る事さえできません。そもそも原爆ドームは悲劇の遺産なんです。それでも、一度は広島に行ってみたいと思うのは、そこが地域全体として観光地だからに他なりません。三陸もこれと同じことができるはずですよね」


――つまり、今回のSPCスキームは、21世紀の新製SLに投資する形になっているけど、その根底にあるのは、三陸観光による将来までの地域生活手段の獲得が目的なんですね?


 我が意を得たりと、ケンジ君がニッコリ笑う。やっと、私も追い付けた感じだ。


「漁業に次ぐ、漁業に代わる地域基幹産業を作り出さなければ、震災のせいだけでは無く、三陸はますます過疎化が進む一方なのです。だからこそ、絶対に失敗できません。どうしたら投資してもらえるか、事業を推進して行けるか、それを考え続けた時、自分が『とく』する事であればお金を持っている人はお金を出すのだ、という金融商品の当たり前の原点に気が付きました」


――金融商品の原点?


「そう、原点です。僕も実際のところ、最初は相当なシロウトでしたから、工藤君、いや工藤先生や証券会社さんなどからかなり教えてもらいました。金融商品に投資する人は安全性・流動性・収益性の三つを必ず確認します。安全性とは、元本が減るリスクです。流動性とは、いざという時にすぐに換金できるかどうかです。最後の収益性とは、利息や配当もそうですし、値上がり期待も同様です。この三つをどうそろえられるか。逆に言えば、この三つが揃えば、金融商品として成り立ちます」


――それが成り立ったと。


「はい、その見込みが立ったからこそ、SPCを立上げ、北三陸重工業にSLを発注できました! 投資家にとっても、金融商品としてをしていただけるメリットと、具体的にに使われるという応援の両方が満たされましたから」


 SPCは、投資家からお金を集めてSLを発注し、そのSLを観光鉄道に貸し付けてリース料をもらう。そこから投資家には利息を支払う。SLなんていう前時代の素材が金融商品と成り得るなんて、恐らく誰も考えていなかっただろう。それだけに、これが金融商品として破綻はたんのないものであることを証明するのは、そう簡単だったとは思えない。その簡単ではないはずの作業を、ここまで丹念たんねんにこなしてきたのだ。


 金融商品、とりわけ証券化されたものは、複雑に組み合わせる事で、どんなボロ商品でも市場に流通させることができると言われる。怖ろしい事に買い手には金融商品の真の実態がわからないからだ。それにより破綻はたんした実例は多い。有名な「サブプライムローン」などはこの一例であるが、だからこそ、SLを担保にした証券化に際しては、徹底的に状況をクリアにしたと言う。「サブプライムローン」では不良債権をブラックボックス化し、ヘッジファンドや銀行を手玉に取った手口が使われたが、まさしくその真逆の方法を採ったわけである。


 それでも、収益性と安全性、あるいは収益性と流動性は相反するところがあり、それは金融商品ならではの固有の性質に起因する以上、投資する人にいかに納得してもらえるかに腐心ふしんしたという。結局のところ、前述のとおり全ての情報をくまなく開示し、三陸夢絆観光鉄道の事業計画への理解をもらう事で、多くの投資家の納得へと地道につなげて行ったのだ。


 そんな投資家たちが最初に心配した「本当にSLが作れるの?」という疑問に対しても、東野とうの工業大学による、3Dプリンターでに作った三分の一サイズのSL模型に、三次元CADの現地走行アニメーションビデオを加え、北三陸重工業の実績と共に丁寧ていねいに疑念を解いていく。この三分の一サイズ精密大型模型の威力いりょくは大変に素晴らしく、それまで懐疑的かいぎてきだった投資家以外の関係者たち、例えば地元議員や商工会なども、これで一気に実現モードへと傾いて行った。やはり、目にせる威力は大きいのだ。


「その模型を作ろうかという当時の話ですが、三陸夢絆観光鉄道の線路幅、いわゆる軌間ゲージを何センチにするかという深刻な問題が、それまでまだ決着できていませんでした。鉄道事業の最難関と言われるいわゆる用地問題については、ほぼ陸泉鉄道の敷地を使うので、他の鉄道事業者と異なり早期に解決済みだったのですが。一方、いったい線路幅を何センチにするのか、こちらにはギリギリまで全員が悩まされたのです」


 このケンジ君の発言には、ちょっと意外な感じがした。線路幅を決めるなんてそんなに難しいことなのだろうか? 鉄道法規で決められているのではないのか?


「それが『鉄道事業法』には、線路幅の規程はってないんですよ」


――あれっ、そうなんですか! これはある種の驚きですよ。だって、鉄道にとって線路って全てのベースとなるものだし・・・・・・。


 鉄道は、線路幅が違うと互いに行き来ができない不便な存在なのだ。それ故、陸続きの国では、あえて隣国と線路幅を変えるなんて事情があったほどである。鉄道を使った侵略しんりゃくを防ぐためであったが、逆に平時には直通貨物輸送もできず大変な不便となっている。ちなみに、ヨーロッパとロシアは線路幅が今でも違う。日本は島国なのでこの問題は生じなかった。


「リース対象資産って、もし途中でリースの支払が出来ない場合、対象資産を引き上げてしまいます。引き上げるのはどこかに転売するとか別のリースとして使うからなんですが、それができないとしたら、リースする側に大きなリスクになってしまいますよね」


――支払えないのなら回収するって、住宅や車を割賦で買う時と同じじゃないですか? その話と線路幅の違いに何の関係があるのかな・・・・・・?


「リースも割賦も、その実質的意味ではあまり変わりませんが、いずれにしても、いくらSLを回収したとしても転売先がなければ、SPCスキームとしてリスクでしかありません。そもそもこのスキーム全体が最初にSLありきでスタートしています。そこに投資をしてもらっている以上、最悪のシナリオとして、責任を持ってSLを転売できる相手先を探しておく必要があったのです」


――なるほどね、その理屈ならわかりますよ。でも、すでに万が一の場合の転売先が決まっていると・・・・・・。


「でもそこに至るまでに、レール幅が大きく影響する問題が出て来ていたのです。例えば国内なら、陸泉鉄道より狭い線路幅、いわゆるナローゲージを採用する国内鉄道会社はわずかですから、もはや対象とは成り得ませんでした。一方、海外には様々なサイズの狭い線路幅を持つたくさんのナローゲージ鉄道が見つかりました。これなら大丈夫だと安心しかけた時、工藤先生から『BRTバス専用道には軌道法の適用があるかもしれない』との連絡が入り、もし【軌道法】が適用されるとなれば、選べる線路幅は『762ミリ軌間』しかないと指摘されました!」


 「軌道法」とは、路面電車などを規程している古い法律だ。陸泉鉄道は震災被害で休止となり、すでにBRTバス専用道区間は舗装され道路化している。その上を併用軌道としてSL列車が走るのであれば、これは誰が見ても路面電車ならぬ「路面列車」に他ならないだろう。


――軌道法と鉄道事業法って、そんなに違うのですか? 私の感覚的なものですが、速度が遅い路面電車の方が何か規制が緩いって感じがするんだけど・・・・・・。


 ケンジ君は、ネット上にある「鉄道法規」のページを開けて私に見せてくれる。確かにそこには「鉄道事業法」には無いが「軌道法」にだけあった。古い規程ゆえに、却って今まで改訂されて来なかったという実状が、ここに来て現代に反映される事態が発生したのだ。


「つまり、相手の線路幅も762ミリであるという制約条件が最重要となってしまったわけです。そして、この制約により相手探しが難航しました。圧倒的に選択範囲が減ったのですからね。762ミリ軌間で、しかもSLを将来買ってもいいかもという鉄道会社は、その時点でほとんど見つかりませんでした。また、売却の予定価格にも問題がありました。こちらは売却予想時点での帳簿残価ちょうぼざんかでとなりますが、相手は中古品としてできるだけ安く予約したいと。何とか最後に英国の古い保存鉄道と、中国系のアトラクション施設に話を付けましたが」


――でも、何とか話がまとまって良かったですね!


 私の発言に、ケンジ君は首を左右に振る。


「話は確かにまとまり、投資募集案内書への名称記載も可能となりました。しかし、これだけねばり強くあちこちと交渉しながら、実際にはSLをどこにも売却するわけじゃありません。支払ができなかった万が一の場合のみ、売却する約束を取り付けたに過ぎないのですから。それに・・・・・・」


――それに・・・・・・?


「BRTバス専用道は、休止中とはいえ陸泉鉄道の線路敷地です。廃線跡ではありません。だから、申請時点で適用される法律前提は【鉄道事業法】のままでした。【軌道法】はその時点で適用される可能性が無かったのです。将来、陸泉鉄道が復活すれば、BRT専用道はまた鉄道の線路へと戻ります。僕たちはまぼろしの法律規制と戦っていました」


 外見的には道路を走る路面列車として「軌道法」の適用だと思われそうだが、その線路敷地は陸泉鉄道のなので、適用されているのは「鉄道事業法」である。そして、三陸夢絆観光鉄道は「鉄道事業法」の中の容認規程「特定目的鉄道」による鉄道会社なのだ。「軌道法」の規程が適用される可能性は、その時点ではまず無かったはずだろう。ああ、恐るべしは、工藤弁護士・・・・・・。

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