第16話 投資対象は新製SL

 三陸夢絆さんりくゆめきずな観光鉄道が実現できたのは「21世紀の新製蒸気機関車」が作れたからだと、以前にケンジ君は語っていた。この新しいSL製造があったからこそ、お金を掛けずSLを手に入れられたと「主張」する。


 そして、北三陸きたさんりく重工業を訪問した際には、その実現はSPCという名の「特別目的会社」によるものであり、福嶋社長によると、北三陸重工業自体も、このSPCのおかげでSLが作れていると「主張」していた。


 しかし、私はこの話にまだ納得していない。SPCとは何ぞやの理解ができていない事もあるが、誰が見ても、いや、現実に目の前にSLはあるのだから見る方だけは納得するだろうが、聞く方については到底納得などできない。とにかくにも、私のしがない知識や常識では、これらはあり得ない話なのだ。だから、彼らは一方的に「主張している」と疑っている・・・・・・。


 それ故、SPCについては私も多少なりとも調べて来た。この様な金融商品というのか、私に言わせれば錬金術れんきんじゅつの様な複雑怪奇な仕掛けは、それなりのバックボーンが無いと理解が難しい。正直、私自身、どこまで正確に理解しているか今でもわからない。


 そして、私自身もSPCなどと略してしまっているが、正しくはSpecial Purpose Companyであり、日本語では英語をそのまま訳した「特別目的会社」と呼ばれる事だけはしっかり理解した。この特別目的会社とは、のだ! 最初は、仕事をしない会社ってなんだ? と全く理解ができなかった。


 ところが本日、ケンジ君からの具体的事例説明、すなわち三陸夢絆観光鉄道に対するSPCの関わり方を聞き、やっとそれがいかにスゴイ事なのか、ようやく飲み込めて来たというわけだ。ただし、これをレポとして私の力でうまく伝えられるか、そこには全く自信が無い。だから、とりあえず私とケンジ君の会話で、それとなくさわりだけでもわかっていただけるとうれしいのである。駅長室での話は続く・・・・・・。


「ここの窓から見える景色、観光鉄道のSLもまさにそうですし、レールも信号機も、これら全てがSPCの所有になるんです」


――あ、あの、観光鉄道のSLがそうだとは聞いてたけど、レールとか信号機までもSPCのものなんですか?


「ほぼ正しい理解ですね。これらは、大きな意味では全てがリース物件と考えていただいて構いません。鉄道会社自体の持ち物ではないのです」


――ええと確か、三陸夢絆観光鉄道は「上下分離方式」での運営でしたよね。線路とかは陸泉りくせん町とか県が作っている独立鉄道会社の持ち物で、それを観光鉄道が借り受けて鉄道運営していると・・・・・・。


「そうですね。ただ混乱させそうですが、一般的に『上下分離方式』を採用すれば、に当たる鉄道会社が鉄道車両を所有して鉄道運営を行います。それに対してに当たる線路とか駅とか信号とかの鉄道施設は、県など関係自治体が所有・管理します。震災被害で休止中の陸泉りくせん鉄道がまさにこれで、陸泉鉄道を走る気動車は、陸泉鉄道自身が所有している車両です。ここまではご理解いただけますか?」


 順を追って確認して行かないと、またも話に着いて行けなくなる。とにかく、何もかも複雑に重なり合っており、言葉もやたら似かよっていて、本当にライター泣かせの取材で間違いない。シツコイが、旅ライターとは鉄道専門ライターではないし、ましてやビジネス分野など仕事の埒外らちがいなのだ!


「一方、うちの三陸夢絆観光鉄道は違います。陸泉鉄道とほぼ同じ路線を走りますから、との関係は同じですが、蒸気機関車たち、すなわちSLや客車などの鉄道車両は、観光鉄道としての私たちは所有していません」


――それじゃ今、窓から見えるSLは、いったい誰の持ち物なんでしょう?


「それがSPC、特別目的会社の持ち物であり、三陸夢絆観光鉄道に貸している状態、すなわちリースしている形になるわけです。つまり、三陸夢絆観光鉄道とは、車両も線路や駅などの鉄道施設も、実は何も持っていない鉄道会社なんですよ!」


――それ本当ですかっ! じゃ、この観光鉄道って架空というか、ほとんどバーチャルカンパニー? ケンジ君、さっき「自分は社団の人間」だって言ってたし!


 ケンジ君が思わず大笑いする。同じ部屋の事務の皆さんもつられて笑い出す。そんなにおかしなことを言っただろうか・・・・・・。


「すみません、大変失敬いたしました。ええとですね、まずバーチャルカンパニーなんかじゃありませんよ。それでは鉄道会社の事業認可は取れません。うちはれっきとした鉄道会社ですよ、確かに国交省が認めた正規のね」


 周囲はもう、自分たちも架空の人間だとか、いや、本当は幽霊ゆうれい社員だとか、勝手に盛り上がっている。


「ちゃんと説明しなくちゃいけませんよね、と言うより、まだ説明の途中でしたっけ。鉄道車両も鉄道施設も法的には所有していませんが、鉄道会社に所属する人はきちんといるんです。十人にも満たない数ですが」


――ええーっ、たったそれだけ! ちょっと待ってくださいよ。この中だけで、う~ん、六人はいるじゃないですか! それに窓の外、今SLはいないけど、制服の人たちが、これもパっと見でやっぱり十人はいますよ!


 煙に巻かれたというより、SPCの話が突然意味不明の怪しい話に化けた気分だ。ケンジ君は、どうやって説明しようかと思案顔をしている。そして、そで机を開け、おもむろに何か印刷物を取り出した。


「ここに観光鉄道のSL製造に関わるSPCのパンフレットがあります。とりあえずこれを見ながら説明しますね。人の話は後にしましょうか。彼らは社団の所属か行政からの出向者、あるいはスポンサー企業の人達ですが、それはSPCとは別次元の話ですからね」


 ケンジ君が私の前に置いたパンフレットの表紙には、三陸夢絆観光鉄道のSLのイラストと共に、大きくこんな文字が書かれていた。


『投資家のみなさまへ』


――おいおい、、ですって!


「そう、これは投資家向けの募集案内の説明書になります。投資家にはプロもいればアマチュアもいますから、ビギナーにもわかる様に作ってあります。こちらの募集案内の説明を見ながら、ざっくり聞いていただければ大丈夫ですよ。もし専門的なご質問があれば、後から工藤先生の事務所にお聞きになって下さってもけっこうです」


 投資家ってのは、お金がある人が株や土地を買って、値上がり益とかでもうけるやつだろう。そんなものが何でSLに関係するんだ。鉄道会社自体に投資するのならまだわかるが、もしかして、これって、巧妙こうみょう詐欺さぎ話? まさかこの後、自分も投資話を聞かされるのだろうか!。


 いや待て、私には悲しいかな、貯金も持ち家も無い。あるのは養育費、いやこれは違う、例の古いアメ車だけだぞ。買うときはけっこう高いが、売る時は二束三文なのがアメ車の世界だ。ワタシダケハ、ダイジョウブ。私のそんな悪い予感? には一切関わらず、ケンジ君の説明が始まる。


「そもそもSPCとは、金融機関とか営利目的の会社が、資産の流動化を目的として設立した、まさしく『特別な目的の会社』を言います。最初に混同しないようにハッキリ言いますね。ここで対象となるのは、北三陸重工業が作るSLなどです。細かいところではレールや信号機などもありますが、まずはSLだけにしぼって話を進めましょう。もう一度言いますね、対象は北三陸重工業のSLで、観光鉄道ではありません」


 もう、いきなり最初からして意味がわからない。だって、北三陸重工業のSLって、三陸夢絆観光鉄道のために作ったんでしょ・・・・・・?


「募集案内のこの図を見て下さい。SPCは、北三陸重工業に新しいSLをオーダーします。つまり、SL作りを頼んだのは、観光鉄道ではなくてSPCなんです。【資産流動化法】という特殊な法律による会社で、いわゆる商法上の一般的な株式会社などとは異なります。そしてSPCは、北三陸重工業に対してSLをオーダーする前に、このSLが三陸夢絆観光鉄道を走るものであること、そして、三陸夢絆観光鉄道にSLをリースすることを、事前に投資家に対して説明しているのです」


「もしも、この話が架空話であれば、投資家はだまされてしまいます。ですから、実際に三陸夢絆観光鉄道の具体的鉄道事業計画が申請されていることや、県や陸泉町が協力し実現可能性が高いこと。そしてこれが本スキームで一番大切なところですが、北三陸重工業によって本当に21世紀の蒸気機関車が新造でき、それが運輸局から認可される事が間違いない状況。それらが明確にならなければ、投資家はお金など出さず、SPCは成立しません」


「三陸夢絆観光鉄道が実現できたのは、私がご説明させていただいた内容、恐らく工藤先生も同じお話をしたかもしれませんが、まずは『21世紀の新造SL』の実現と、もう一つは『鉄道事業計画』の二つがとにかく肝要だったんです」


――ちょっと待ってくださいよ。事業計画の方はわかりますが、SLは何で新しくなきゃいけないんでしょう。最初は国鉄型の保存SLを探していたはずでは? それに、工藤先生からは細かい話はまだ聞いていませんし。


 ケンジ君は、いったん募集案内から目を離し、それからゆっくりと私の質問に答える。


「その理由は、中古SLでは金融商品にはならないからですよ。どういうことかと言いますと、古いSLには市場価格を決めるマーケットも無くて、個々の金銭的価値もハッキリしません。市場価格が明確では無い物体をベースにリースは組めないからです。それに、中古SLには予備の交換部品もほとんどありませんから、部品が無ければ運行できない恐れが高いのです。それでは、SPCが組むような長期タームの投資案件は成り立ちません。SL観光列車の安定運行による運賃収入が、SPCへの支払いができるという根拠となるからです」


――SLのリース? さっき、ええと手元のメモ見ると、そうそう「資産の流動化」って言ってましたよね。新品と中古のSLって言いますが、SLは古いものの方が価値があるように思ってましたが。


「ちゃんとお聞きいただき光栄です。実はSLが古典機械として持つ価値観点と、SPCの金融商品視点は全く異なるのですね。なぜ中古SLではだめかと言えば、中古SLにはある大きな懸念けねんがあるからです。どういうことか? それはSPCが観光鉄道にSLを貸し出すリース料こそ、投資家への配当原資であること、すなわち、先ほどお話しました様に、契約期間に渡り安定したSL運行を実施出来る事こそが、このスキームが成立できる源だからなのです。従って、新しいSLが作れるかもしれないという可能性が、このSPCスキーム成立の大前提となったのです」


――配当減資? ああ、原資って書くの? なるほどね、返済の元手のことか。要はSPCへのリース支払資金をいったいどこで稼ぐのか? って話ですね!


「まさしく大正解です。いいですね、続けましょう。つまりこちらの図にあるとおりですよ。要はSPCの機能とは、投資家からお金を集めて、そのお金で北三陸重工業にSLを作ってもらい、観光鉄道の収益により分割で返してもらい、それで投資家に配当を払う仕組みとなります」


 なるほど、だから福嶋社長は「前金でもらえた」と言ってたわけか。いきなり全額を払うことはないにしても、住宅建築ではないが、これなら材料仕入も含めて安心して工事というか製造ができるだろう。しかし、超小型SLって言ったって、聞けば相当な金額じゃないか。それだったら、何もこんなメンドクサイSPCとかやってないで、最初からさっさと金持ちに直接アタックすれば良いのでは?


「数億円ものお金を出してくれる人、あるいは企業を見つけ出すのは簡単じゃありませんよ。もし震災支援として出して下さる方がいるとすれば、その使い道はSLなんかじゃなく、あくまでも復興支援にでしょう。このSPCスキームなら、新しいSLを担保に有価証券を発行して、それを大勢の人に買ってもらい広く資金を集められるのです。それが『資産の流動化』であり『証券化』ということであります。そこには震災支援も鉄道マニアも関係無く、純粋に金融商品として投資家が買うか買わないか、それだけが存在します」


――いわゆる株券のようなもの?


「会社の所有権ではないので株券ではありませんが、配当の代わりに定率の利息を支払います。一口の募集単位も五万円からと小さくしていますから、この金額なら誰でも買えますよね。結局ふたを開けてみたら、かなり大口単位での購入がありました。もしこのSPCスキームがなければ、三陸夢絆観光鉄道は実現できていなかったと思います」


――募集案内を見るとけっこう利息って低いんですね。まあ小口が五万円からなら、普通預金から比べればけっこういいのかな・・・・・・? でも、これってSL列車が観光資源としてうまく行けばいいけど、ダメだった場合は、かなりマズイ事になるんじゃないの?


「急に鋭くなりましたね! まさにその通りですから、大きな意味で三つの保険を掛けています。一つ目は、自治体による保証です。実は百パーセントまでの元本保証はしてないのですが、事実上の元本保証と同じ効果を持つのが自治体による支払保証があることでした。二つ目は、これらのSLは、三陸観光の閑散期かんさんきには各地のイベントに貸し出します。冬場は二台しか観光鉄道に残しません。三つ目は、SLの売却先の予約を取っている事です」


――売却ですって! SLを売っちゃうのですか?


 そんな事を投資家募集要項に入れたら、それこそマズイんではないだろうか? SLは担保じゃなかったのか? それにいったい誰に売るのか。まさか三陸夢絆観光鉄道自体に売るとしたら、それこそ本末転倒、何のためのSPCなんだろうか・・・・・・。


「売却は確約ではなく、オプションとして、具体的な相手先を募集要項で開示しました。オプションと言いました様に、万が一の場合にSLが欲しい相手先がいれば、その相手先が買い取るという約束ですね。SLが売却できる事で、観光鉄道が頓挫とんざしても資金の回収が見込めます。もっとも、観光鉄道の運営が順調ならSLを途中で売る事などありません」


――具体的にって、誰かそんな相手先があるんですか?


 ケンジ君は、募集案内にある細かい文字を指差す。その先には英文で会社名らしいものが二つほど書いてあった。


「英国の保存鉄道団体と中国系の会社です。もしも三陸夢絆観光鉄道がうまく行かない場合は、この二者がSLを買い取ります。まあ、恐らく今のSL観光列車の盛況ぶりを見るなら、何とかSPC終了までは大丈夫だと思っていますけどね。このパンフレットは最初の二台のSLの時のものですから、とりあえず二者だけですけど、今はもっと多いです」


 次の発車時刻が近づいている事を駅長室のチャイムが知らせる。窓の外をケンジ君は見る。駅長の顔に戻る瞬間だ。


「そうそう、世界にはSLが欲しいという需要がけっこうあるんですよ。ただ、今回のSPCスキームを組み立てる時もそうでしたが、お金があって欲しくても思うように買えないという事情がSLには存在しています。だから、この時も募集案内に具体名として載せられる候補が決まるまで、なかなか大変でした!」


 ホームには、大勢の観光客たちが間もなく発車するSL列車の周りに集まり始めている。そんな様子だけを見るなら、何やら順調に実現した観光鉄道の様にも思えて来てしまうが、どうやらここに辿たどり着くためには相当困難な道のりがあった様だ。はたして、場末の旅ライターである私にその過程がうまく書けるだろうか。読者にきちんと正しい中身が伝えられるだろうか・・・・・・。

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