第13話 デジタルとSLの関係

「うちはSLの製造を全くやった事がありません。だから、SLであろうとも、自然と今の鉄道車両を作るのと同じ発想とか感覚で進んでいったんですよ。でも結果としてこれが良かったのかもしれません。どういう事かと言うと、当社は小さいなりに鉄道車両メーカーですが、全ての部品を作っているんじゃなくて、専門パーツはそれぞれ専門の会社が作っていて、極端に言えばそれをアッセンブルして組み立てているわけです」


 松沢課長によると、鉄道車両メーカーも今や自動車メーカーなどと同様に、部品の多くを外部専門業者が製造し、それを自社で組み立てているのだと言う。


「SLには大きく分けて三つの主要部分があります。ご存知だと思いますが、念のためにご説明しますね。この茶筒の様な円筒形がボイラーです。これが蒸気スチームを作る本体で、SLの心臓部です。そしてボイラーの大きさが自動車でいうところのエンジン排気量の大きさとなります。それから、これがSLを特徴付ける走り装置ですね。蒸気スチームの力を走る力に変える弁装置と呼ばれます。これにSLで特徴的な大きな鉄のロッドが動輪をつないでクルクルと回ります。そして、あまり外見からは意識されませんが、動輪の裏側の部分が台枠という車体フレームで、機関車の背骨の役割です。この三つがSLの主要部品となります。これに加えて三陸夢絆さんりくゆめきずな観光鉄道のSLには、例の電動のブースター装置がありますけど、それはSLそのもの機構ではないですね」


――とても複雑な構造に見えるSLですが、小型SLですと案外シンプルな構成なんですね。私なんかは、SL部品の主役と言うと大きな動輪のイメージですけど。


「ええ、外見上は動輪が一番目立ちますからね。ところで、これら三つの主要部品のうち、ボイラーは専門会社にお願いし、走り装置のうち実は動輪なども外注で作っています。フレームも今日工場で見ていただいたタイプ、専門用語では『板台枠いただいわく』というのですが、こちらは自社で作っていますけど、もう一つのタイプに『棒台枠ぼうだいわく』というのがあり、そちらは外注業者にやってもらってます。厚い鉄板をレーザーカッターで切り出す作業があるんですね」


――そうなると主要パーツの大半が外注であると。それらを自社工場で組立するとうかがいましたが、助成金で買ったというSL専用の工作機械は何に使っているのでしょう?


「いわゆる鋳物いものの型を作る大型3Dプリンターがそうなんです。まあ、必ずしもSL専用工作機械という事では無いのですが、SLには鋳物部品が多いんですよ。昔はこの鋳物の型を作り出す事が大変な作業でしたが、デジタル化されて作業が楽に、しかも劇的に早くなりました。このデジタル化が東野とうの工業大学への産学連携研究として、今度こそ真っ当に依頼している業務となっています」


 「真っ当な研究依頼」発言には思わず笑ってしまったが、北三陸きたさんりく重工業のSL製造では、SL作りに関するあらゆる図面作成と検討を、東野工業大学に依頼することで、合理的な業務運営が出来ているのだと言う。まさしく産学連携のメリットであり、さらに岩木教授は県から相変わらず研究助成金までもらっているらしい・・・・・・。


「もっとも、デジタル化できれば、何でも製作可能と言うわけではなく、昔からの伝承技術が無いと困難な作業が幾つも出て来ました。コンピュータでは理屈上の応力計算ができているはずでも、いざ大型模型を作って負荷をかけると部品がゆがんだりしちゃうんです。動輪にロッドという連結棒を入れる際も、何とかうまく入ったはいいが、実際に本線レールの上で転がすと何故だかきれいには転がらない。図面上や理屈上では大丈夫なはずなんですが、そこに当社にSLの技術伝承が無かったウィークポイントがありました。それでも本来ならSL作りの最難関、ボイラーだけは専門業者があって最初から問題なしでした。これには本当に助かっていますが、ただし、うちのSL製造能力って、このボイラーの製造ペース次第というオチもあるんですけど・・・・・・」

 

 私の古いアメ車でもそうだ。今の自動車からみたら、驚くほどの単純構造。北米では故障してもその辺のガソリンスタンドで、シロウトが整備マニュアル書を片手に何とか動かせる様になれるほどである。しかし、それは単に動くというレベルであって、これを完全に調子良く車を走らせようとしたなら、そんな単純な技術ではない。見た目の構造は簡単そうだが、そこにはとても奥深いプロならではの世界があるのだ。


――国鉄のOBとかにも手伝っていただいたって聞きました。


「はい。でも彼らでさえも新しいSLを作った経験はありませんでしたけど。何せ国鉄の新製SLも昭和二十年代が最終製造なんですから。それでも、分解修理の経験は豊富にあったので、その辺のノウハウは色んな面で大変役立ちました」


――では、どうやって経験が無いところからうまく行くようになったのでしょう?


 松沢課長は、これですよと言って、手元のノートパソコンでウェブページを開いて見せてくれる。そこには、あの有名な動画サイトが映っていた。


「ここに無料でSL製造のノウハウが開示されていたんです!」


 それは相当に古い時代を映した白黒動画だった。映っているのはどうやら外国のSL工場らしい。


「SL組立の実際例が、部品の製造、組立、調整と、順を追って詳細に記録されています。しかも、探すとこういった動画がけっこうあって、中には英国などでつい最近作った新製SLのものまでありました。まさに天啓てんけいと言ったら言い過ぎでしょうが、途絶えてしまったとあきらめていた伝統芸能の技を、突然ネット上で見つけたみたいな気持ちでしたね」


――ネット上の動画にはそんなすごいものがあるのですか!


 これには驚いたと言うより、ああ、こういう時代になったんだな、という方が正直な感想だった。私もその動画をいっしょに見たが、部品製造や組み立てのポイントから慣らし運転方法とその調整方法までもが動画には出て来る。似た様な外国のSL製造動画は他にも幾つもあり、中には戦前の日本のものまであったのだ! 現代の情報社会って本当にすごいもんだと感心せざるを得ない・・・・・・。


「三陸夢絆観光鉄道位の超小型SLなら、個々の部品製造に関しては今の時代でも何とかできるんです。一番のネックがボイラーになりますが、これは幸いな事に専業メーカーがありました。後は、とにかく鋼材の切り出しとか鋳物部品を作る問題ですが、これもNCマシンや3Dプリンターという利器で、昔なら手で図面を書いて手で作業をしたところを、デジタル化により一気に自動化できたんです。他社に発注している作業の大半もそうですね」


 松沢課長によれば、NCマシンとは、機械加工の図面情報をデジタル化した工作機械であり、それまで職人の技に頼っていたアナログ装置から飛躍的に生産性が上がった装置だと言う。実際にも、東野工業大学がCADで制作したSLの3Dデータから数値プログラムを制作し、3Dプリンターにより立体造形物を短時間で製作しているのである。


 ただし、3Dプリンターを使用して立体物を製作するには、必ずデジタル化されたCADデータを必要とする。元となるデータがなければ最新工作機械も無力なのだ。


「でも、そこはある程度まで大丈夫な様になりました。どうしても図面が見つからなくて現物しかない場合には、『三次元測定器』を使用して現物の直接測定を行い、各部の数値座標を収集してCADデータを制作することができるんです。この方法であれば、仮にですが、現物をバラバラにさせてもらえるのなら、どんなSLでもコピーの製作が可能です。もっとも、あまり大きなものはまだ無理ですが・・・・・・」


 技術の進歩とはすごい! 何かの取材で、もう日本で新しいSLは製造できないと聞いたが、できないと言うより、需要が無くて作らなかったと言う方が正しいのかもしれない。だって、実際に今、目の前でSLが作れているじゃないか!


――これなら、もうどんなSLだろうと、現物さえあれば作れますよね! 貴重な保存SLを実際にバラバラにさせてもらえるかって問題はありそうですけど・・・・・・。


「保存機をバラバラにするのって、実は簡単そうに見えて大変なんです。大抵はびて固着していますから、ボルト類も外すというよりバーナーで焼き切るしかありません。各部品も過去の熱ひずみや経年劣化で、かなり歪んだり曲がったりしている状態です。それをそのまま『三次元測定機』で読み込んでも、本来の正しい形にはなりませんし、大学生たちがバラバラにさせて下さいとお願いしても、まず驚いて拒絶きょぜつされてしまいますよ!」


――ははは、確かにそうですね。子供の頃の時計分解と同じだ。バラしても元には戻せないかもですね。でも何とかバラバラにして部品を測定できても、きちんと修正しなくては実用にはならないんですね・・・・・・。


「はい、修正するには、かなりの専門知識も必要となります。まあ、先ほどのSL実車コピーの話、これは理論上では可能だけど、現実にはまだ無理でしょうね。今のところはやっぱり部品レベル止まりですよ」


 松沢課長は、既に真っ暗になってしまった窓の方を見ながら答える。現代におけるSLの製作手法には、確かに新時代の進歩が認められる様だが、一方、鉄道現場でのSLの扱いとはいったいどうなのだろうか。


――現場のメンテナンス的には、SLの扱いは昔と変わっていない様に見えますね。


「そうですよね、特に石炭焚きボイラーの手間は、現役SL時代と本質的に全く変わらないはずです。でも、使っているケミカル類、例えばオイルなどは格段に進歩していますから、部品の摩耗まもうや熱対策は昔よりはるかに進みました。もしかしたら、一番進歩したのがオイル関係じゃないですかね」


 まさに、その話は私にもドンピシャでわかった。古いクラシックカーなどは、オイルの進歩に大変な恩恵おんけいを受けているのだ。最新のオイル利用により、部品の摩耗や発熱対応が劇的に改善されトラブルを相当に減らす事が出来ている。古典機械のSLにとっても、その事情は全く同じなのだろう。


「オイルなどの進歩と共に、昔は車輪の回転軸、専門用語ではここを『軸受じくうけ』っていいますが、この部分の摩耗まもう問題への対応が大変でした。何せ高速回転する車輪の車軸と、それを支える軸受が直接接触していたのを、オイルだけで潤滑じゅんかつしていたんですからね。摩耗するってことはイコール高熱を持つという事で、それにより部品が変形して走れなくなる『焼き付き』現象が発生していました。現在の高性能オイルは、完全に防止はできなくても、かなり焼き付きにも有効です。もっとも、うちのSLでは『ベアリング』という新しい転がり装置を採用しましたので、ほとんど摩耗もせず、メンテナンスも大幅に低減されています。これは現場の作業者にとってはうれしい事でしょうね。ただし・・・・・・」


――ただし?


「新しい技術はとても良いのですが、だんだんオリジナルの古典機械としてのSLとは違ってきてしまいます。それこそ海外の新製SLの中には、コンピュータ制御せいぎょの機関車まであるんですよ。それはもはや古典機械としてのSLでは無いかもしれません。外見はまさしくSLだし蒸気スチームで走るのですが、昔のSLとは違う装置だということです」


 外見はクラシックカー、中身は最新の自動車。クラシックカーレプリカモデルがまさしくそうだ。SLでも今やそうなのか! しかしながら、それでは中身が電動だろうが、外見さえSLなら良いという話になってしまいかねないだろうか? レプリカ問題は、何時の時代もマニアにとって悩ましい問題なのだ。なぜか? それは、オリジナルの旧車では日常使いが難しく、オリジナルであるが故に事故にうのも怖い。その点、レプリカならその懸念は減る。それでもレプリカはしょせんどこまで行ってもレプリカでしかない、その呪縛じゅばくからは絶対にのがれられないからなのだ。


「21世紀の蒸気機関車を作るという事であっても、SLはSLであるべきだろうと次第に思うようになりました。もちろん環境問題への対応などは不可避ですけど、今の時代にSLを作るという自分たち自身の納得性の部分もあって、平凡な言い方ですけど、やっぱり子供たちにはレプリカではない本物を残してあげたいと、そう思うようになったんです。当社のSLはレプリカではなく、本物のSLだと思っています!」


――それをやるって、かなりすごい事ですよ。やりたくても普通はビジネスとして成立しません。私も、本当はこう書きたいって心では思いながら、編集部の意向ばかり気にしてるのが現実ですから・・・・・・。


 松沢課長は「僕もサラリーマンだから、上司の意向が絶対です」と言いつつ、「それでも、SPCによる製造スキームを福嶋社長に認めてもらうためには、けっこうがんばったんですよ」と語る。


――SPCについては、今日、初めて聞いたので、私もよくわからないのですが。


「そうですよね。ええと、今からだと就業時間が終わっちゃうので、私も残り仕事片づけないといけません。明日、陸泉町に行きますよね? ケンジさんか誰かから説明してもらうように連絡しておきましょう。とにかくSPCがすごいって言うより、SPC自体は前からある手法ですけど、新しいマーケットを創造できた事の方が、メーカーである当社には大恩恵だいおんけいでしたから」


 どうやら、そのSPCなる内容を理解しないと、なかなか取材の核心にせまれない様だ。「特定目的鉄道」とか「SPC」とか、私の本業は旅ライターでしかないのだが、リアルな鉄道事業同様、生き残るためには本業だけにこだわらず、どうやら脳内多角化を進めなければいけないらしい・・・・・・。

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