第12話 他人の金・他所の人材・外部の知恵

 それにしても、いくら震災による異常状況下とは言え、予算も無く支払いができそうにない陸泉りくせん町とよくまあ商談を続けられたもんである。私ならお金になりそうもない案件など、打合せ時間さえもったいないと思うところだ。ところが、陸泉町にお金のある無しなんて事は、岩木教授によると本質とは関係の無い話だと言う。


「うちの学校のおかげで、貧乏な陸泉町でも資金調達する方法が見つかった。そして、北三陸きたさんりく重工業はSLどころか客車一式まで受注できた、それもはるか将来分までもだぞ。今でもオレと大学の方には足を向けて寝られるはずないよな!」


 福嶋社長と松沢課長が、岩木教授の強烈きょうれつ発言に苦笑するなか、私は資金調達する方法とは具体的に何か、そして、過去にSLを作った事が無いはずの北三陸重工業がどうやってSLを作ったのか、その事についてを知りたいと考えていた。


――今の先生のお話ですと、SLが作れたのは東野とうの工業大学のおかげってことの様ですね。と言うことは、大学が資金までも融通したのでしょうか?


 三人が同時に顔を見合わす。何かまずいことを言ってしまったか・・・・・・。


「ルポライターなのに何も調べてないの? 学生だって予習して授業に出てくるってのにさ。まあ、それはうちの学校の場合、優秀な一部の学生に限られるけど、アンタは予習して来ないマジョリティ側かね。今日はあのタレント弁護士の知り合いだって言うからさ、どれだけ突っ込まれるかと思ってたけどよ」

 

 岩木教授の言い方は乱暴な様だが、一連の取材で確かに私自身そう思っているところがあるので痛い。旅ライターはルポライターの範疇はんちゅうには入るかもしれないが、ジャーナリストとは明らかに違う。しかし、時に鉄道専門家だと勘違いもされる。そんな勘違いにおびえる位だから、鉄道会社の経営とか鉄道法規など実はあまり知らない。そして、不幸にも勘違いをされてしまった場合には、ひたすら低姿勢、つまり相手の知識利用にてっするしかないのだ!


――すみません、具体的にどういうことか、ここはひとつシロウトの私にも教えていただけないでしょうか・・・・・・。


「ああそうか、まあいいさ。このSLプロジェクトはな、『他人ひとの金・他所よその人材・外部そとの知恵』を使った、震災復興と地域創生の究極プロジェクトなんだよ、わかる?」


 いや、私には、岩木教授の話は全くわからない。できるだけ婉曲えんきょくに聞いてみる。


――SLが作れたのは、東野工業大学のおかげってことですか?


「あんたは頭が固いのか? 今、言っただろう。もう一度だけ言うよ、やさしくな。オレは学生にもこんなに親切じゃないぞ。ええと、そうそう、陸泉りくせん町なんてお金が全く無いんだから、お金はお金を持っている奴に持って来させる。あの忌々いまいましい津波のせいで地元人材もいないから、遠くに住んでいようとも必要な人材は外部の人間でも使う。地元に知恵がなきゃ外の知恵を拝借はいしゃくする。こうやって陸泉町だけでは無理だった話を実現して行ったのさ」


 岩木教授にうながされ、松沢課長が補足する。


「ビジネスで良く言われる様に、私たちは『お金を出す人』『実行する人』『考える人』の三つをそろえる事だけを、ひたすら忠実に実行したに過ぎません。本当にある意味、我々は何も持っていませんでしたから。当社自体が資金もそうですけど、SL製作の工作機械も製造ノウハウを持った人材もゼロでした。普通ならこの状態で新規ビジネスなど立ち上がるはずありません。でもそれなのに動き出してしまったのは、今から考えればですが、やっぱり震災が理由なんですよ。これは自分たちだけではなく、地域全体もそうだったし、そういった特殊環境下にあったからこそ、誰もがまさかと思う事ができたのかもしれません」


――例えばそれは具体的にどういう方法とか手順とか?


「どこまでも運なんだよ、運。最初に『特定目的鉄道』があったからやれたんだよ。そうじゃなかったら、もし最初に法律を改正するところから始めていたら、こんなバカバカしい夢物語なんてはなから実現不可能だったぜ」


 21世紀に新しく蒸気機関車を作ることは、バカバカしい夢物語か・・・・・・。それを夢では無くさせる発端ほったんこそが「特定目的鉄道」、そうだ、工藤弁護士もそれを調べるように言っていたっけ! この自信家に見える岩木教授が、もし法律としての「特定目的鉄道」が先に存在しなければ、このSLプロジェクトは実現しなかったと言っていたが、いったいどんな法律なんだろうか。岩木教授の話中も私の思考は続く。


「あのなぁ『特定目的鉄道』ってのはな、観光専門の鉄道会社を運営する法律だぞ、君はプロなのに知らんのか? まあ正確には、鉄道事業法の中にある条文だけどさ、いわゆる一般鉄道会社に対する厳格な規制を観光専門の鉄道会社だけには大幅に緩和して、地域振興に役立てようという政策的な法律なんだよ。つまり鉄道事業を観光鉄道だけに特化するなら、本来厳しいはずの鉄道事業に関わる各種規制を緩めてあげましょうという、事前予想では地方が喜んで飛び付くはずの法改正だったんだが、ほとんど今まで使われて来なかったけどな」


――つまり、特定目的鉄道という法律が無ければ、三陸夢絆さんりくゆめきずな観光鉄道もできなかったという事ですね?


「そういう事だな。ただし、これはな、震災復興のための鉄道法規じゃないからな。この先は自分で調べてもらえばいいさ。だけどもな、とにかく事実関係としてはな、先に『特定目的鉄道』の法律があったからこそ、そいつを利用して金と人材と知恵を集められた。まさしくさっき松沢が言ってた通りにな! 彼はオレの教え子だから、その辺は良くわかっているんだ」


 松沢課長は岩木教授の教え子? なるほど、そうじゃなきゃこれだけキャラの濃い二人に挟まれたSLプロジェクトは、もしかしたらやり切れなかったかもしれないだろう。


――ところで、お金を引っ張って来れた話とは、先ほど言ってた産官学連携の補助金の事ですか?


 岩木教授の顔がちょっとかたまる。


「マズイな、その話は・・・・・・・いや、それはSLプロジェクトとは違う。研究室にお金を引っ張る時の話だ。それ、絶対記事に書くなよ!」


「つまり、我々をうまく使った補助金詐欺ほじょきんさぎってことだな、岩木先生さま!」


 福嶋社長が突っ込む。どうやら、北三陸重工業の名前を使い、産学連携として震災前には研究費を調達していたらしい。しかし、その時の研究テーマ「古機械図面のデジタル化」が、あの大震災を経て、今、こうやって三陸夢絆観光鉄道の実現につながっているのだ。そして、まぎれもなく北三陸重工業のSL受注にもつながったのであるから、何が幸いするかわからない。わかっている事は、実行しなければ何も生み出せないという事だ。それは、ライターである私自身もそう。アイディアもネタも無くとも、とにかく書かなきゃ一円にもならない・・・・・・。


 思考が脱線する前に脳内を正常に戻そう。鉄道にとって脱線は許されないのだ。では、実際にどうやって「他人ひとの金」「他所よその人材」「外部そとの知恵」を利用したのだろうか? それをぜひ聞きたいが、突然、岩木教授が帰り支度したくを始める。福嶋社長もそれと共に立ち上がってしまう。


 あっという間に、仕事と授業があるという福嶋社長と岩木教授が出て行くと、いきなり静かになったこの事務所が、実は相当に広い部屋であった事に今さらながら気が付く。陽も山に隠されすでに陰り、さっきから暖房の音が心なしか大きくなっているみたいだ。


 松沢課長が「今から陸泉町に行くのは難しいでしょうね」と心配するが、私も、既に無理だとさとっている。さっそくタブレットで近隣の宿を探すが、意外な事にどこも満室であった。「まだ復興工事が続いていますから」と言われたが、何とか新幹線の駅近くにビジネスホテルが予約できた。便利なものである。問題は、タブレットを開くと、つい余計なページを見てしまう事と、見たくないメールの着信に気付く事だ。取材という非日常の現場にいながら、いつもこれで現実に戻されるのである・・・・・・。


――あまり時間も無いのに申し訳ないのですが、岩木先生は「他人ひとの金」「他所よその人材」「外部そとの知恵」を使ったと言ってましたよね?


「そうです。こちらも同じ話で申し訳ないです。震災後は、本当にお金も人材も無い状況でした。そのうえ、毎日、あの怖ろしい現実を目の前にしていたんです。本当に怖かったんです・・・・・・多くの人が消えたこともあって、まともに思考なんかできる状態じゃなくって。被災地に来る取材メディアには皆んな前向きに対応してても、たぶんそれは、多くの被災者にとって本心とは違ったんじゃないかな・・・・・。ああ、すみません、話、続けます」


 そう言うと、松沢課長はとっくに冷めきったお茶を一口飲む。


「うちで今作っているSLたち。これの納品先って、海外受注を除くと国内の会社としてはたった一社だけなんです」


 えっ、一社? だってさっきは「残り十四台の受注先は三陸夢絆観光鉄道じゃない」って言っていたのに!


――先ほどの話と少し違うようですが・・・・・・?


「その辺はまだお調べになっていないんですね。うちで作っているSLも客車も、全てSPCという『特別目的会社』だけが国内での販売先なんです。例えば三陸夢絆観光鉄道へも、うちから直接SLを売っているわけではありません。そのSPCという会社から、三陸夢絆観光鉄道に事実上車両をリースしている形です。そうそう、SPCって会社名じゃなくって、ここに会社のパンフレットがありますがSpecial Purpose Companyの略です。まあ日本語だと他にも『特定目的会社』とか色んな言い方があるらしいですけど、私達にはそこら辺の違いはあまり関係ないので。とにかく簡潔に言うなら、このSPCがお金を出して当社のSLなどの車両を買ってくれて、それを三陸夢絆観光鉄道に貸している関係なんですよ」


 SPC、SPCか、全然聞いたことが無い・・・・・。日本語の「特別目的会社」という言葉も知らない。確か「特定目的鉄道」って単語もあったよな。「目的」と「目的」か。そういや「新規」と「新規」も言葉は似ていたが、その違いは相当に大きいって話がさっきあったばかりだ。マズイ、取材で最悪の状況、相手の話がワケわからなくなりそう・・・・・・。


「鉄道会社の運営が大変なのは、固定費が巨大だからです。線路用地の確保、鉄道車両の確保、駅や信号や鉄橋など鉄道施設の設置、運転士を始めとする専門職の従業員給与。鉄道会社の売上って、基本は運賃収入ですよね。その運賃収入は乗客数で決まってしまいますから、列車本数とか一列車に乗れる人数とか算数的に売り上げが自動的に決まります。ローカル線は一日の運転本数も少なく、しかも編成も短い。そんな状態では、とても巨額の固定費など負担できるわけありません」


――そこは私も職業柄よくわかります。ローカル路線では各列車の乗客数も少ないですしね・・・・・・。


「陸泉鉄道も同じ状況にありました。地域輸送需要のジリ貧がもはや限界まで来ている中で、震災復興、とくに陸泉鉄道の早期復旧のためにと、国鉄タイプのSLを使った観光誘客を計画したんですね。でもSLを走らせるって、本来は余裕ある鉄道会社だけができる営業方法なんです。なぜなら、SLを走らせると、既存路線と合わせた『二重の赤字構造』になっちゃうからです。ああ、何だかおかたい授業の様になって来て済みません。岩木先生が来ると、どうもリズムが狂うよなぁ」


 松沢課長のいう「二重の赤字」発生は、地方ローカル鉄道にSLを走らせようとすれば、構造的に当然発生する問題だとされる。これがもし大手鉄道会社であれば、自社の鉄道に乗ってもらってSL運行路線まで行ってもらえる。鉄道を使ってSLに乗りに行く場合には、必然的に前後区間の運賃収入がいただけるということだ。だが、地方のローカル鉄道ではそうはいかない。自社以外の交通機関でしか現地に来ることはできないからである。


 そのため、SL運行赤字分を自治体等が穴埋めする事になるのだが、その時のお題目だいもくが「SL列車が観光客誘致に寄与している」なのである。少し専門的な言い方がされる場合には「地域経済への波及はきゅう効果」となる。そして、赤字のSL運行を正当化しようとするならば、実際そうとしか言えない。


 陸泉町にはSL予算など無かった。有り金は全部復旧復興に使う状況にあり、復旧予算こそ国や県から出ても、そのお金を新たな大型観光投資に向けられることは現実できるようで出来ない。予算は現状にするために使われるのであって、地域のためにはまた別の予算が必要となるのだ。はた目には同じ震災予算に見えるのだが・・・・・・。


 そして、陸泉鉄道自体のSL運行実現の困難は、陸泉鉄道が既に大赤字という理由だけではなく、被災により鉄道輸送が休止しているという特殊事情も加わった。しかも区間によってはBRT(バス高速輸送システム)化により、バス専用道として線路をがし道路として舗装ほそう化されている現実まで抱えていた。これでは誰が見ても、ここにSL運行の実現などあり得ないという状態に違いなかった。


「お金が無いのにどうやってやるのか、最初はセオリーどおり寄付行為から考えました。でも、震災でまだ見つからない人もいるし、自宅が無い人たちも大勢いるのに、寄付でお金を集めるのなら使い先の優先順位が違うだろうって。それに他地域でのSL復活への寄付行為の状況を見ていると、これじゃとんでもない時間が掛かることが容易にわかりました。何より、お金がもらえない仕事など当社でも受けられませんしね」


――私もそれは同様です。できれば仕事は前金で欲しい位で・・・・・・。


 二人だけになったせいか、急に話が固くなったので、半ば冗談でそう言ってみた。


「まさしくその通りです。でもSPCのおかげで事実上の前金状態になりました。そうじゃなければ、21世紀に新しい蒸気機関車を作ろうなんて、何時までも夢物語でしかありません」


――SLの製造代金を前金でもらえる?


「そうです。まあ、最初に全額ではないですけど、これで、SLの開発や材料仕入を持ち出しでやらずに済んだこと。これが福嶋社長ほか経営陣が意思決定できた最大要因です。しかも実際にSL製造が発注されることになったので、県からの補助金も出ました。おかげで懸案けんあんだったSL専用の工作機械なども手配できました。まあ、事業の実態として最初こそ試行錯誤しこうさくごと混乱が続きましたが、従業員の気持ちが一つになったという副産物も生まれたんです。今ではありがたいことにSLは黒字事業なんですよ!」


 21世紀に新しい蒸気機関車を作って黒字事業とは! もはや補助金さえもらってないという。SLの売値は決して安くない。しかし需要は確実にあるのだ。これがマーケットを自ら創造するという事なのかもしれない。

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