第11話 新規設計と新規製造の違い

 SLの環境への適応には、実はけっこう面倒な問題があったのである。この取材でその実情を知るに連れ、三陸夢絆さんりくゆめきずな観光鉄道の超小型SLが、決して偶然的にこの大きさになったのでは無い事を私は知った。あまり表立って論議されないが、SLならではの勇ましい黒煙も、人によっては煤煙ばいえん公害でしかなく、野太い汽笛の音も騒音公害だとされる。しかも昨今は撮影マナーの悪い鉄道マニアも多く、沿線ではさらに汽笛を鳴らさざるを得ない状況も増えていると聞く。


 こういった中、既に取材済みの情報として、SLならではの「音」を消さないために、ブースター装置の採用には、自らも音を発するディーゼルエンジンではなく、バッテリーによる静音の電気モーターを採用したという話を聞いているが、そこのところの実際を知りたいのである。


「最初は電気モーターなんてまだ高額のイメージだったから、最新の静音タイプのディーゼルエンジンから検討を始めたんだ。ところが大学の予算が少ないから、新品エンジンを買って来ての実験などできやしないのだ! そこで、自動車工場に勤めている研究室OBたちを無理やりに訪問してやったのさ。そしたら、ディーゼルエンジンは発熱量がすごくて、いくらエンジン自体がそれなりに静かでも、絶対に冷却装置なしには無理だろうと。冷却ファンが取り付けられる位置も目立つ場所ではダメだ。しかもけっこうな値段はするし、パワーがあるタイプは思った以上にエンジン自体もでかいと来ていた。ところが、電気モーターの方はそうじゃなかった。今や安くてコンパクトで力も想像以上にあるんだな。見ると最近のバッテリーはこれまたけっこう小さい。なるほど、電気自動車に中小工場が手を出す理由はこれだってわかったのだ」


 岩木教授は、つらつらと経緯をしゃべる。そんな岩木教授の顔を横から見つめながら、松沢課長が自分も話していいですか、という素振りを何度も見せる。が、それは無視される。福嶋社長は、彼に向ってもう当分はあきらめろという顔をする。


「SLの煤煙問題と騒音問題を、石炭焚きのままで封じ込めようとするなら、できるだけボイラーを小さくするしかない。そうなれば当然のこと、牽引力けんいんりょくもさらに落ちて行く。ボイラーの非力さをカバーする割合が増えるほど、ブースターの方はますます大型になって行く。ディーゼルエンジンがガソリンエンジンであっても結果は同じだ。さらにボイラーを小さくしてSLからのオリジナルサウンドが小さくなればなるほど、本来ならブースターの音も小さくしていかないと、肝心のSLサウンドにますます影響してしまう。しかし強力な補助エンジンではそこが逆になってしまうと。だからこれはもう、必然的に電気モーター駆動しか選択肢は残ってなかったってわけさ」


――良くわかりました。でも、そうだとしたら解決策が見つかったのですから、それほど環境問題への対応が大変だった様には思えないのですが・・・・・・。


 私は、ちょっとマズイ質問かなと思ったが、ここが何やら取材のきもになるような直感から、あえて聞いてみた。そして、その答えは(私には珍しく)的を得ていた! と言えようか。


「このオレと学生とで丹精たんせい込めたハイブリッドのオリジナルSLデザインをさ、陸泉りくせん町に案として何枚か送ったんだよ。そしたら『観光用のSLとして夢が無いデザイン』ってまず最初に言われてしまってなぁ。しかも、あのテレビに出ているタレント弁護士からだぜ!」


 岩木教授の言葉に思わず苦笑してしまう。しかしながら、話はここからが核心部分だった。


「ところがですよ、突然、陸泉町から、もう一度、オリジナル設計ではないSLの方でお願いしますと、何やら全く理解ができない返事が戻って来たんですから、私も困惑しましたよ」と、福嶋社長がやっと言葉を挟む。


「レール上の重量制約で、既存のサブロクSLと同じではダメだという話だったのに、いったいどうしてかと思いましたわ。SL製作話を断って来るのならわかるのですがね・・・・・・」


――確かサブロクSLは重量とか、あと提示金額、五億円! でしたっけ、それでもうダメだって経緯でしたよね?


「そう。だから、よくよく真意を聞いてみると、サブロクのSLで陸泉鉄道の上を走らせたいって再要望ではなく、どうも『新規設計のオリジナルSL』であることが、何らかの問題になっていそうだって事がわかってきたんですわ」


――新規設計のオリジナルSLに問題がですか? 何かおしゃっている意味がよく理解できなくなって来ていますけど・・・・・・。


 ここで、岩木教授がまたも話を横取りする。


「ああ、その答えはな、ずまり役所の問題だよ。SLを『新規製造』で作るのはいいが『新規設計』では困ると言い出したらしいんだ! この意味がわかるか? このオレでさえも最初は全く真意がわからなかったぜ」


 新規SLが環境規制へ抵触する可能性についての運輸局見解は、まず陸泉町へ、そして北三陸重工業から東野とうの工業大学にも伝えられた、新規SLに対する認可の拒否可能性理由とはいったい何なのか。そこには、いわゆるお役所的判断ってやつがあった。


 国内におけるのSL新規製造は、もはや七十年近く行なわれていない。国鉄の現役SL全廃からでさえも、早くも四十年余を数えているのだ。そのためSLを規制する諸法律は、事実上、当時のままにえ置かれている。復活した保存SLは、ボイラーや安全保安装置等を除くと、はるか昔の現役時代と変わらない法律のまま、現代でもその走行が認められているのである。


 このことが何を指すのかと言えば、現在社会においてのSL運転とは、法的に限りなくグレーゾーンの存在であるという事である。特に、今日の厳しい環境規制の常識に照らし合わせれば、動く巨大騒音煤煙装置の様な古典機械たるSLなど、とうてい稼働かどうが許されないところに位置しているとしか言えない。例えばSLよりもっと新しい時代の自動車でも古いディーゼルエンジン車などは、もはや車検さえ受けられなくなっているのだ。もちろん、この規制は日本だけの話ではない。


 ところでなぜ陸泉町が「新規設計」のオリジナルSLを北三陸重工業に断って来たのか。そして、無理だと言っていたはずの既存SLをベースにしたいと言ってきたのか。そこには新規ではなく、新規にこそ、指摘を受ける様な思わぬポイントがあったのである。


 実はケンジ君や工藤弁護士たち陸泉町のSL観光鉄道推進メンバーは、例の東野工業大学オリジナルSL設計図面を持って、地方運輸局に事前相談に行ったのだった。予算うんぬんの前に、まずは営業用鉄道車両として新造SLが認められる可能性があるのかどうか、そちらの方が気になっただろうことは間違いない。そして、当初は運輸局側も決して不可能では無い、という感触だったという。それにほっとしたのもつかの間、次の二点が指摘されて来た。


「21世紀の鉄道車両であれば、『環境影響評価法』を遵守じゅんしゅする必要がある」

「電動の補助ブースターは、独立して走行できるので、それ自体が機関車である」


 法律の話なら工藤弁護士に全てをお任せしたいところだが、この二点の指摘、当の工藤弁護士自身も聞いて驚いたらしい。彼曰く「鉄道は趣味の世界なので弁護士業務としては専門外」で知らなかった、とか言ったとか言わないとか・・・・・・。


『環境影響評価法』では、鉄道事業者などが環境に与えるダメージを回避する義務を課しており、新しく設計した動力機械から煤煙モクモクなど絶対に許してくれない法律なのだ。1997年に成立しており、それ以前に製造された蒸気機関車は事実上のお目こぼし状態に置かれている。しかしながら、21世紀のとなれば、法が成立後の動力機械として適用がストライクとなるのだ。


 一方、新規であっても、その基本設計が同法以前であり、且つ過去に製造した事実があれば、これは「補修部品」として認めても良い! という、何ともすごいスーパー解釈が適用されるという(ここはかなり小さな声だったらしい)。もっとも、この解釈は陸泉町のSL観光鉄道に配慮したためではない。現在活躍している復活保存SLが将来も走り続けるため、あえてその様な法の解釈をしているのである。


 今、各地を走っている人気の復活SLであるが、もはや製造後百年を超える機関車さえ現れて来た。ボイラーや動輪など次々と「新品」に変えて、何とか元気な姿を見せているが、もし現役SL時代なら「台枠(車体フレーム)」は交換せず、「台枠」が使えなくなったら廃車することと決められていた。


 悲しい事に各地の復活SLには代替するSLなどまずいない。かっては交換不能と言われていた「台枠」であっても、もし修理でどうにもならないのなら、もはや何とか新造して交換するしかSL運転の延命はないのである。でもそこまで全ての部品を交換してしまうのであれば、これはもう事実上の「新車」だと言われても仕方ない実態が生まれる。しかしながら、機関車の経歴である「車歴」上では、正しく製造年月日に製作された車両として扱われるのだ。この辺は国宝や重要文化財の木造建築物と事情は似ているだろう。


 つまり、これと同じ解釈が既存SLの新規でならできるかもしれない、という話であったのだ。かなり混乱しそうな話だが、新規なら21世紀の法律が適用されてしまうが、過去あった既存SLの「新規」であるなら、片目をつむる事はできなくないのだと!


 それ故、陸泉町側から、既存のSL設計図面で再検討を! という展開になったのである。三人の話を交互に聞きながら、そして、三陸夢絆観光鉄道で取材してきた話を何とか思い起こしながら、やっとこの辺の事情が少しリアルにつながって来れた様な気がする・・・・・・。


――そして、次がブースターは別の機関車か否か! という問題ですよね?


 私も脳内が汗だくだが、見るからに汗だくになった松沢課長の方を向いて聞く。


「バッテリー駆動にせよ、その前に大学で検討していた内燃機方式にせよ、とにかく本線で自走できるのなら独立した機関車ではないか? との指摘でした。そうであれば、電気なら電気車運転免許、ディーゼルなら内燃車運転免許が必要です。これはSLの蒸気機関士免許とは別に必要ですね。さらにもっと困った指摘がありました」


――もっと困った指摘?


「ええ、本線を営業走行する際に、SLの補助装置としてブースターが使われるわけです。ところがそれならば、SLの運転士とは別に、ブースター側にも運転士が必要になると言われました」


――えっ、でも、ブースター装置はSLのテンダーに内蔵されているから、両方で一台の機関車では?


「いや、最初はそうとは認めてもらえませんでした。SL本体とブースター車両が、それぞれ独立した二台の機関車扱いになると言うのです・・・・・・」


 ちょっと難しそうな話だが、要は、今の電気機関車などは、仮に何両機関車がつながっていようとも、先頭の運転士が一人で操縦そうじゅうすることが可能なのである。これを専門用語で「総括制御そうかつせいぎょ」と言うのだが、この方式ならば、運転士一人で何台分の機関車を運転しようとも法的に問題ない。ところが、SLと電気モーターによるブースターでは、この「総括制御」ができないのだ! 蒸気と電動では走らせる仕組みが全く異なることが理由だが、そのために両方の機関車に、それぞれの運転士が必要になると言う指摘なのである!


 そう言えば私が子供の頃、田舎の小私鉄で二両や三両につながった車両のそれぞれに運転士が乗っている、という妙な思い出があるが、それこそが「総括制御」ができない状態なのであった。車両ごとに各運転手が互いに息を合わせて運転する。SLの重連運転もまさにそうなのだ。


 ちなみに、現在の三陸夢絆観光鉄道のSLでは、本来、水や石炭を載せる機関車の後ろにつながるテンダー車(炭水車)が、この電動ブースターとなっている。そして機関車とブースターであるテンダー車は、検査時以外は切り離す事ができない。ATS装置がテンダー側にある事など、固定連結方式として「一台の機関車」にみなされるようになっているからだ。


 ただし運転士は、蒸気機関士免許の他に、電気車運転の免許両方が必要となる。従って、SL運転でありながら電気機関車の運転でもあるのだ。もっとも電気車運転免許を持っている運転士はいても、SL免許など普通持ってはいるはずもない。SL免許は運転士全員が後から取ることとなり、必然的に両方の免許を持つことになるのだという。


 ところで、機関車が二台分とみなされるかどうか問題の結論であるが、本来のSLの乗務では、機関士と機関助士の二人一組がセット乗務となる。しかし、上記の様にほとんどが電気車運転免許を持っているので、この問題は二名乗務さえしていれば問題無しの扱いとなった。さらに、法的にも一台の機関車として扱われる事に決まったので、問題としては完全に解決できたのだが、その代りに本線上での分割走行はもはやあり得ない。


 なお、ウワサでは、夜の側線上でテンダーが自走している姿も目撃されているらしいが、これは営業本線上ではないので法的な問題はないとのこと。おっと、ここは余計な話だったかもしれない。


「結局、超小型SLにとってのサブロクという線路幅は、機関車デザイン面から考えるとけっこう広いわけで、ボイラーだけを小型化すると見た目が不格好ぶかっこうになるんですな。タンク機関車ならまだしもですが、ブースターとしてテンダーが付いてますから、余計にバランスが悪くなってしまう。そのうちに、何でサブロクにこだわるんだ、もっと狭い線路があそこなら敷けるだろうって意見も出されて、それがあの『四本レール』のガントレットレイル実現へと結び付いて行きました。レール幅をJRサイズ、つまり陸泉鉄道よりも狭めてしまうという四本レールの発想から、結果として超小型SLの製造が技術的にもコスト的にも可能となり、それにより、その後にまさかの新造SLの継続受注につながるとは、私たちも当時は夢想むそうだにしていませんでしたよ」


――それが、あのSLの受注残が十台という話でしょうか?


 福嶋社長が松沢課長の方を見てニヤリと笑った。


「いや、今は十四台、もう完全に独立事業であります!」


 代わりに松沢課長が答える。あの鉄道雑誌の記事は正しかったらしい。ただし、それは三陸夢絆観光鉄道のSLではなく、別の鉄道会社や企業からの受注であったのだが。


「残念ながら相手先から許可が無ければ実名は教えられないんですわ」と、福嶋社長は少しだけ残念そうに付け加えた。

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