第10話 SLのお値段

陸泉りくせん町から、お宅の会社で新しくSL作れますか? って問い合わせがあった時、福嶋社長だけではなく、社内の誰もが、どう考えてもこれは不可能な話だろうという雰囲気でした。先ほどの繰り返しになりますが、当社は過去にSLを作った経験がありませんし、最初の依頼時には製造機械さえ動かせないヒドイ状態だったんですから・・・・・・」


 松沢課長が語る被災時の状況に、当時、多くの企業や商店が北三陸きたさんりく重工業と同様の状況に置かれていたかと思うと、復興を目指して頑張ってください、なんて言葉など軽々しく使えなくなる。


――それにしても、どうしてそんなどん底状態から、過去作った事もないSLが、こうやって新しく製作できるようになったのでしょうか?


 松沢課長はまず岩木教授の方を見る。これでは誰が工場のボスなのかわからないが、雰囲気はOKそうと感じたのか松沢課長の話が続く。


「ふと思い出したんですよ。東野とうの工業大学の学生たちが、古い機械図面をデジタル化していたことを。うちにもアルバイトで来てくれてたんです。彼らが、さっき工場でSLの台枠を作っていた様なベテランの職人さんたちに、三次元CADで作った図面画像を見せてた事を思い出したんです」

 

 なぜ工業大学がSL設計に関わっているのか、全くSLを作った事がない北三陸重工業がどうして突然SL製造に手を染めたのか。その結果を知っている以上、震災と言う出来事をはさんで、何かここには運命的なタイミングが合致したとしか思えない。


「松沢の言う通りですよ。でも本音として私自身がやってみたかったってのもありますがね。本物の蒸気機関車を作るなんて、言葉じゃ正しく気持ちを伝えられないけど、とにかくエンジニアとしてチャレンジしがいがある相手というか。それに、何でもいいから非現実的な挑戦でもしていかないと、被災の現実に押しつぶされそうでした。後から考えると、もし通常時なら絶対にあり得ない話でしたわ」


 福嶋社長の言葉も重たいのだ。

 

 陸泉りくせん町から北三陸きたさんりく重工業に、新しいSLが作れないかとの打診があったのは、まだ工場の移転する前である。既に工場の移転話は具体的に進んでおり、国や県の災害補助金や借入支援策により、ある程度の機械設備の手当にも先行きが見えて来ていた。しかし、それらは最新の機械設備ではあったが、どれもSL製造とは無関係の工作機械ばかりでもあった。さらに、肝心のSL設計図面もこの時にはまだ無い。図面が無くては製作物など出来上がらないのだ。


 ところが、松沢課長は陸泉町に対して、現状的にはまず無理なSL作りを「可能性は十分ありますよ」と伝えていたのである! その理由が、何か明るい話題を工場に持ち込めればいいという、最初はただそれだけの思いからであったという。


 しかし、そこから思わぬ方面に事態は展開して行く。半ば冗談の様な「SLの新規製造」話に対して、古い職人さんたちがマジメに可能性探しに取り組み始めていたのである。きっと、津波被害の片づけに疲れてしまったこともあったのだろう。


 そんな時、ふと松沢課長は、東野工業大学で古いSL設計図面をデジタル化していた事を思い出す。松沢課長はある日、福嶋社長に自身の暴走をびつつ、SL製造について一筋の可能性があることを力説した。


 福嶋社長は岩木教授に連絡を取ると、間もなくデジタル化されたSL図面データが残っている事がわかった。岩木教授が言うところでは微々たる補助金であるが、うまいこと教育研究の題材にして大学研究室にお金が入って来た以上、大学としてもきちんと研究データとして保管していたのだ。そして、これが偶然にも幸いしたのである!


 それでも最初は、とりあえず陸泉町に適当なSL図面でも検討用にと送っておくか、程度の緩い話だったらしい。ところが、ベテラン職人たちはデジタル化された図面に夢中に成り始める。移転先の工場には、震災復興予算で最新のCADが導入されていた。移転当初は仕事もほぼ無く、パソコンに詳しい若手職員をつかまえてはコンピュータ設計支援ソフトを使わせ、陸泉町向けの蒸気機関車設計を現実化していく。この頃、東野とうの工業大学の研究室は、彼らからの引きも切らない質問にかなり閉口していた様だ。


 古い外国の設計図面は設計単位がインチだったりするが、まずは地道にセンチメートルに直す作業やら、ボイラーに詳しい職人なら、現行のボイラー法規に合致させるべく設計図面を修正したり、そこでは失いかけてた「手作業よるモノつくり」のたましいが戻って来たかの様相を呈していた。


――なるほど、そんなすごい話があったのですね!


 私は思わず感心してしまった。「うそから出たまこと」というコトワザがあるが、まさに実写版の「嘘から出た実」があったというのだ!


「いえ、これで終わりではありません。こんな事は序章に過ぎませんでした」


 松沢課長は、まだこの話は出発点でしかないと言う。


――でも、SLの設計図面提示までは行き着いた?


「いやいや、残念ながら図面があるだけじゃ、SLは作れませんって。やはり専門の工作機械も必要だし、何よりもノウハウを持った職人が必要なんですわ」


「それにな、陸泉町は元々貧乏な上に震災まで喰らって、そんな値段のSLなんてとても買えないと来た!」


 福嶋社長も岩木教授も、そんな単純な話じゃないと口々に言う。


――何やら大変だった事と推察しますが、ところで、陸泉町にはどれ位の金額を提示したのでしょう?


「まあ、五億円程度だ!」


 岩木教授が答える。あわてて松沢課長が訂正を兼ねた補足をする。


「新規にSLを一両だけ作るわけですよね。でもたった一両でも、その一両のための機械から材料から人件費まで一切がそこには掛かります。製造保証もしなければなりませんし、その頃の当社は震災後で大きな仕事が無く、もしSLを受注したら、そのSLだけで全社のコストをカバーする様な経営状況にあったというわけです」


 単品製作はどんなものでもコスト高になる。もし国鉄型のSLを単品製作、すなわち手作りしようなんて話になった際には、これ以上の金額が掛かるのかもしれない。それもしても、震災による異常時とは言え、この金額提示には陸泉町もさぞ驚いたろう。


――陸泉町側の反応はどうでした?


「はあ、まあ、とにかく絶句でしたね……」


 恐らく、松沢課長自身が電話をしたのだろう。


――仮に五億円だとすると、国鉄の保存SLを復活させるより、はるかに高く感じても仕方ないですかね・・・・・・。


「何を言う、決して高くなど無い! まあな、これを安いとも言えんが。最初に五億円って言った松沢の発言にはオレも驚いたけど。軽く二億円は利益を乗せたんだろう?」


 岩木教授のツッコミに松沢課長も苦笑する。


「ここで二億円ぽっちもうけようなんてアコギな商売、我が社には絶対あり得ませんですわ。でもですなあ、一般に国鉄の保存SL復活修理に三億円程度かかると言われてますが、それでも余程に保存状態が良いSLの場合だけですよ。ボイラーは絶対にダメ、フレームがまずダメ、動輪もダメ、などとなって来ると、すぐに修理予算が倍にもなってしまうわけですよ。もっとも、その前に当社にはSL製造を前提にした工作機械が無い。結局はですね、たった一台作るために専用機械を購入するという選択肢などあり得ないわけで、あちこち専門業者に外注するとなれば、果たして五億円で受注しても実際はどうだったでしょうかなぁ」


 福嶋社長の言葉ではないが、SLの新車相場などわからなくても、それがどれだけ大変な作業となりそうか、あの巨大な蒸気機関車を全て手作りする! 考えるほどにその困難さが想像されてくる。


――それでも、最終的には受注に至ったのですよね?


「待て待て。まずはオレからの話を聞いてからにしてほしいな!」


 岩木教授が自己主張、いや、新たな発言機会を求めてくる。こちらの取材意向には関係無く、またも話は勝手に進むのだろうか・・・・・・。


「一番の問題は、最初に陸泉町から要望を持って来られた時の、『サブロク』サイズのSLを作りたいってことにあるんだよ。いくら国鉄のSLより小さいサイズですって言われてもな、あんな巨大な鉄の塊りを手作りで作ろうなんて、そりゃどう考えても現状では無理があるってわけだ。さらにオレは機械が専門だから、そんな無駄な工作機械をこれから新しく導入するなんてアホか! って『ボンクラ』に言ってやったが!」


――ははは、また社長にボンクラですか……。しかし「サブロク」ってどういう意味の?


「それは、レール幅の事ですよ」


 松沢課長が補足する。つまり、陸泉鉄道の線路幅が「サブロク」、すなわち左右のレール間隔が三フィート六インチ、これをもって通称「サブロク」と言うのだ。その意味での「サブロク」なら、私も旅ライターとして知っている。ちなみに、センチメートル表記なら1067ミリとなり、JRや私鉄の大半がこのサイズを採用しているのは、昔の鉄道法規に線路幅の定めがあったことが大きい。


「鉄道車両は、線路幅が違うと全く走れない。だから、鉄道計画は最初に線路幅をどうするかが重要なんだな。それで陸泉鉄道に新しいSLを走らせたいと要望されたんで、陸泉鉄道の線路幅に合わせて、東野工業大学にあるサブロクのSL図面を見せた、と、そういう展開だったわけなのだ!」


 岩木教授の話だけだと誤解も生じそうになるが、陸泉町から最初に北三陸重工業に持ち込まれた新造SLの話とは、陸泉鉄道とに走らせようとした「サブロク」サイズの新製SLの事だ。これが今、三陸夢絆さんりくゆめきずな観光鉄道で走っている超小型SLとなるのは、まだまだ先の話だ。


――でも、サブロクのままでは、どうして実現が無理だったのでしょう?


 岩木教授を制して何とか福嶋社長が語る。


「工作機械の問題も確かにありましたけど、単純に作るだけなら、問題は意外と大きくなかったんですわ。例えば、三陸夢絆観光鉄道のSL位に超小型サイズになれば、かなりの範囲を汎用はんよう工作機械でもカバーできます。仮にサブロクだろうと技術理論的には工夫により製造が可能ですよ。今から考えても必ずしも無理な相談ではありません。ただ、実際には表面上は作れても、古典的な機械ならではの問題は生じるわけですが。ところが問題はそういった事では無くて、SLの路線上での重量問題とか、今の時代ならではの環境規制問題とか、21世紀に新しくSLを作る事は別の面で色々と難しいんです。だからどっちかと言うと作る事自体の問題では無く、周辺問題が多数あって、特に環境対応などは結局解決せんかったですよ」


 発言を制されスマホいじりをしていた岩木教授が再び会話に加わる。一方的に話すことを会話と言えるかどうかわからないが・・・・・・。


「昔はさ、SLなら煙を吐いて当たり前、音が大きくて当たり前。迫力のかたまりこそがSLの特徴だったよな。ところが今はSLが走ると、写真を撮りに来た鉄道マニアと地元のトラブルとか、何よりもSLの存在自体にもクレームが来る時代になっちゃったんだぞ」


――SLの存在自体へのクレーム?


「煙たい、うるさい、ってやつ」


 岩木教授がぶっきら棒に答える。


 私自身、旅ライターを生業にしてる関係から各地のSL列車にも乗っているが、あの追っかけ写真隊の行動には驚かされることが度々ある。だから、そのクレームの発生状況もわかるし、かのSLブーム時代から考えたら、もうかれこれ半世紀も同じ様な問題が生じ続けている様にも思う。しかし、昨今は観光SL自体へのクレームまで多いとなれば、それはまた次元の違う少々面倒な問題となるだろう。きっと陸泉町でも例外ではなかったはずだ。タバコがきらいと言う人は、服についたタバコのにおいさえいやなのだから。


 一方、技術的な煤煙ばいえん対策については、ボイラーが小さくなれば煙の量も減る関係にある。逆に言えば、ボイラーが大きければ、それだけ吐き出す煙の量も多い。これは石炭をく以上避けられない現象なのだが、実のところ、ボイラーは石炭以外の熱源でも機能するのだ。それが蒸気機関というお湯をかしてエネルギーを作る外燃装置がいねんそうちの特徴でもあり、重油や灯油、ガスなどもボイラーの熱源として在り得るし、海外には石炭焚き以外のSLも多く走っている。


 ちなみに、イメージは古そうだが外燃機関は今でも進歩し続けているのだ。あの原子力発電所も、石炭焚きの火力発電所を原子炉に置き換えただけに過ぎない。石炭などの化石燃料に代わり、ウランを核分裂させた熱エネルギーで水を沸かし、蒸気の力でタービンを回転させて電気を起こしているのである。つまり、原子力機関車さえも理屈の上ではSLとして作り得るのだ(実際に海外で検討された事もある)。


 火力発電所と違いCO2を全く排出せず、使い終わった燃料も再処理すれば再利用できることから、日本にはどんどん原子力発電所が増えいった。やがて東日本大震災により、原子力利用の真のリスクを白日の下にさらすことになったが、昔日と変わらず煤煙や騒音から構造的に逃れられないSLも、現代の環境規制の中において、いったいどこまでなら許される存在なのであろうか。


「石炭焚き以外の方法も当然検討しました。ですが、それじゃダメだって結論に至りました。東北にはSLが比較的遅くまで走っていたので、現役時代を知っている人もまだまだ多く、煙を吐かないSLなど蒸気機関車じゃないと。ましてやなつかしい石炭の匂いではなく、灯油やガスの匂いがするなんて、これはSLとは違うと言われるのが目に見えてます」


 福嶋社長は、おおむね五十歳以上の人たちがそうだと補足する。


「元々が重油炊きの古いSLを直したのであれば、その事実は受け入れられるかもしれません。しかし、21世紀に新しく作ったSLとなると、例えばガス燃焼で走るのなら、もう電動でもいいのではないか? 外観さえSLに見えれば良いではないか? という意見にまで進みます。最後には予算問題もあって、別にSLでなくとも観光ならトロッコ列車でも十分だとなって行くのです・・・・・・」


 北三陸重工業が作った人気の観光トロッコ列車があるが、もしかしたらそういった経緯がそこにはあったのかもしれない。

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