第5話  単線区間に四本レールの謎

 三陸夢絆さんりくゆめきずな観光鉄道は、なぜ単線なのに四本レールになったのか? どうして陸泉りくせん鉄道と同じレール幅にしなかったのか? その理由をまず確かめねばならなかった。その理由がわかれば「21世紀の新製蒸気機関車」にまで話がつながりますからと、別れ際にケンジ君が言っていたからだ。


 紹介されたのは、意外な事に東京在住の弁護士であった。都心の超ど真ん中にあるその事務所は、同じ都心にありながらも、どこまでもあか抜けない取材依頼元の老舗出版社とは違い、まさしく洗練された高級オフィスという印象しかなかった。


 あらかじめケンジ君より超多忙だと聞かされていた弁護士は、何やらの悪い予感どおり三十分も遅刻して事務所に戻って来た。


「収録やり直しだったよ。昼も食べてないから何か買ってきて!」


 そう事務所の女の子に言いながら入って来たのは、なんとテレビで良く見かけるあの弁護士だった。


「いやあすみません、お待たせいたしました。ケンジから聞いてます。ヤツは大学の同期なんですよ、学部は違うけどサークルでいっしょでした」


 テレビで見る通りの人当たりの良い彼、工藤弁護士は、遅れて来た事を詫びながらも手際良くプロジェクターをセットアップしつつ、ケンジ君との交友関係や、彼がいかに地元愛が強いのかを教えてくれる。この二人がいた時代の学生サークルはさぞや人気だったろうな、などと思いながら私は作業を見ていた。


「お昼食べましたか? 事務の子たちもお客さん昼時なんだから、わかってて用意してくれてるかと思って戻って来たんですけど、これは途中で電話すりゃ良かったかな……」


 私の事務所は私一人なので、こんなセリフなど出て来ない。ちょっとうらやましいのである。とりあえず「三陸から日帰りで帰って来られた」などと、多少の雑談をしながらも、すぐに本題に入った。


――さっそくで申し訳ありませんが、ぜひ、四本レールの経緯とSLを新しく作った経緯の両方を教えて下さい、というのが今日のお願いであります。


 工藤弁護士の多忙さが想像できる以上、できるだけ短時間で済ませたい。どこかそう思わせる人徳が彼にはある様だ。


「それは助かります。今日はケンジ、いやケンジ君から頼まれての無償セミナーですから、どんどん飛ばしますよ! あっ、それはジョークであります。遅刻してしまいましたが、取材に影響が出ない様にちゃんとご説明いたします」


 そう言い終わるや否や、彼はプロジェクターが映し出すスライドの説明を始めた。


「これ、まだ観光鉄道が出来る前、すなわち被災前の陸泉りくせん鉄道の姿です。海沿いを走っていてなかなかいい風景でしょう。この写真は数年前の早朝、自分で撮ったんです。ケンジの家に泊まって。彼はいつも地元で見慣れているし、鉄道マニアじゃないから、勝手に撮って来ればいいさって寝てましたけどね」


 そうだった、工藤弁護士は強烈な鉄道マニアだったっけ。ケンジ君は鉄道マニアとは違うらしい。あれだけSL観光列車に熱意を持っていたから、彼も超マニアなのかと思ったが……。


「ケンジの根底は地元愛、どこまでも三陸愛なんです。不思議でしょ、あれで女好きじゃなくって、かと言って反対方面でもない。まあ、根がマジメだということで、そこが自分とはかなりね。おっと時間が押してるんでした。ええと次の写真は、震災前の鉄橋写真です」


――あの、橋脚きょうきゃくが流された鉄橋ですか?


「そうです。これもいい写真でしょう。おっとまた脱線、鉄道に脱線は禁句ですけどね、車両自体は今は無関係だから次の写真をと。はい、こっち見て下さい。鉄橋上の線路を写していますが、レールが四本並んでいるのがわかりますか?」


 その写真は津波で流される少し前の鉄橋上の線路を写していた。見ると通常の二本レールではなく、三陸夢絆観光鉄道と同じ様に四本のレールが写っている。


「マニアでもなければ、まず気に留めることも無いかと思いますが、実は単線でも四本レール区間はあちこちにあるんですよ。ただし、これ、外側の銀色に光るレールは陸泉鉄道が実際に走っているレールですが、内側の二本、この狭い方の錆色レールには、列車は走りません」


――列車が走らないレール?


「そうです。これは『脱線防止ガード』と言って、車輪の脱落を防ぐ装置なんです。でも装置というほどの仕組みでなく、見てのとおりに走行レールの内側に二本レールを並べただけなんです。外側に並べてたりカーブ区間では片方だけの所もありますよ。たくさん例がありますから見て下さい」

 

 「これも全部自分で撮りました」と、工藤弁護士は次々とスライドを進めて行く。これだけ連続して見せられると、今晩の夢に出て来そうなほどだ。さすがの押しというか勢いというか、裁判とかテレビ番組の本番で鍛えられている感じがありありだ。本日の視聴者? が私だけであるのが恐縮な位である。


――なるほど、四本レール自体は、割と普通の鉄道光景なんですね・・・・・・。


 工藤弁護士は、我が意を得たりとニッコリ笑う。まさにテレビで見るあの笑顔そのものだ。


「新規に鉄道事業を始めようという場合、大きな問題となるのは線路用地の確保です。それで、陸泉町に限りませんが、当然の発想というか、まず地元の陸泉鉄道にSL列車を走らせようと考えました。でも、そこで必ず現実的な問題に突き当たります。僕のところにケンジが相談に来たのも、まさしくそんな状況で、僕が鉄道マニアであるというよりは、他の専門家がもう半分さじを投げてたってのが本当のところでしょうけどね」


――それで、回答というか、うまい策をさずけたと!


「はは、そんな簡単にはいきませんって。そもそもお金が無いのにSLを走らせようって話だし、その肝心のSLが探せないって状況でしたからね。加えて、陸泉鉄道は震災被害で休止中です。それもただの休止による代行バス運行ならまだしも、仮復旧と称したBRT(バス高速輸送システム)がもう稼働を始めてました。これって鉄道には戻らないぞと言う一種の意思表示ですよ」


 BRTが鉄道に戻らないと言う意思表示? でも、あくまでも「仮復旧」だと聞いているし、実際に私の過去の旅取材でもそういう話だったはずだが・・・・・・。


「今、鉄道には二つの役割があります。旅客輸送や貨物輸送という『輸送需要』に応えるものと、観光など地域への『集客ツール』となる鉄道の二つです。最初の方は、都会の電車もそうですし、陸泉鉄道の様な地方赤字線であっても、本質は地域輸送機関としての公共交通です。それに対して、観光鉄道は公共交通としての地域輸送機関ではありません。同じようにレールの上を走る鉄道システムながら、両者は全く性質を異にする存在なんですね!」


 そういった目であまり鉄道を見たことが無かった。ふむ、やはりTVタレントの話はわかりやすい、いや、弁護士だから職業的に説明がうまいのか。


「普段使っている通勤通学路線と同じ線路上を、観光地に行くロマンスカーが通ります。これは私鉄もJRもみな同じですから、今まであえてそんな分け方をする必要も無かったんでしょう。でも、乗客実態としては、同じ線路上の列車でも両者は明確に利用目的が違います。ですから、地域輸送機関としての陸泉鉄道の復旧と、SL観光鉄道の運転を同じ土俵上で考えてしまえば、そこに論理矛盾が起きても仕方ないと・・・・・・」


――でも、観光客と通勤客をうまく両立させている鉄道はいっぱいありますよね?


「そこです。僕も鉄道マニアながら、今までその辺の事は深く考えたことがありませんでした。それで事例を調べてみると、両者がビジネスとして成立しているのは、大規模鉄道会社か、比較的沿線人口が多く、且つ有名観光地を有する特殊環境の鉄道だけでした。それ以外は全てが赤字鉄道で、何とか沿線市町村の助成で生きながらえ、必死に副業などで稼いでいるのが現実でした」


 工藤弁護士は、私も何度か訪ねた各地の該当する鉄道を、「これも自分で撮影しました」と次々画面を切り替えてくれる。何だか、鉄道写真観賞会の様だ・・・・・・。


――BRTによりバス専用化された陸泉鉄道の復活はありそうもない。しかし、観光鉄道には転換できない? そういう事でしょうか。まだよく理解はできていませんが、すみません、その話と四本レールになった経緯が頭の中で合致しません。


「なるほど、それじゃ少し整理してお話しますね」


「我々、と言ってもケンジと自分と、あと陸泉町の町長とかごく数名ですけど、三陸には宮沢賢治の銀河鉄道のイメージもあるし、SL列車による観光振興策はメリットありと結論が出せました。ところが、肝心の走るべきSLが見つからない。しかも、橋梁きょうりょうの修復についてもSL走行レベルには難しい。何よりも、陸泉鉄道がこのまま休止から廃止になる懸念が消えませんから、とにかく線路敷地が残っている間に動ける方法を模索もさくし始めたんです」


「何が原因で話が進まないかを考えると、1067ミリ軌間でのSL探しでした。そんな時にマニア仲間と雑談していたら、ナローゲージのSLならいっぱいあるのになあ、という話が出たんです。ナローゲージというのは、ご存知のように1067ミリ軌間よりも線路幅が狭い鉄道ですので、SL自体も小型軽量です。うまく行けば鉄橋復旧予算内の工事強度でも、この重さなら何とか走れそうだとなりました」


「問題は線路幅が陸泉鉄道とは違ってしまう事です。これも、1067ミリの二本レールの内側にもう一本レールを敷く『三線軌条さんせんきじょう』にすれば、クリア出来るのではなかろうかと。実際に『三線軌条』の実例は幾つもあって、中でもすごいのは、青函トンネルなど新幹線と在来線の三線軌条による併用区間まで存在することですね」


 工藤弁護士は、「三線軌条」が写っている画面を切り替える。その中には自分がかって取材した鉄道もあった。線路幅の広い方の二本のレールの内側に、線路幅の狭い方のレールを敷くのだが、その際に、外側のレールの一本を共用するのが「三線軌条」なのである。このシステムは本当に意外と身近にあったりするのである。ただし、この三線軌条化にも現実問題が残ったという。


「三線軌条は分岐器、いわゆるポイントなどが複雑で大変高価なんです。かなり特殊な装置ですからね。それに陸泉鉄道のホームとか既存施設を利用しようとすると、車体の大きさがかなり違ってしまうので、そのままでは使えないんです。まさに先日お乗りいただいた三陸夢絆観光鉄道の車両サイズですから、JRサイズから比べると三割も車両断面が小さくて、とてもホームまで客車の幅が届きません」


「さらに、一番ネックとなったのは、SL自体の問題でした。確かにナローゲージなら状態の良いSLも見つかりそうでした。修復費用もそれなりの予算で済みそうだし。ところが、ケンジ達が海外からSL調達を検討した時と同様の問題、つまり補修部品の確保問題があって、さらに・・・・・・」


――さらに?


「これも1067ミリの小型SLと同様ですね、やっぱり絶対的な牽引力が足りないんですよ。しかも三線軌条のレールは製造コストが掛かるだけではなく、その複雑な機構から、積雪などにも弱いんです。こういった特殊な装置なので、故障の場合の修理手配も簡単ではありません」


――なるほど。では、なぜ最終的に四本レールが実現したのでしょう? 車両の大きさを見ると、三線軌条で検討したナローゲージと変わりはないみたいですが。


 工藤弁護士は、ナローゲージで検討していた時のSL車両と、三陸夢絆観光鉄道の車両画面を交互に見比べながら、「そう、車体の大きさはほぼ同じですね」と言った。


「計画を進めなくしている制約条件にどう対処すべきなのか? 僕たちは、陸泉鉄道の休止区間を実際に歩いてみたんですよ。そしたら何やらTV番組の撮影だと思われて、ゾロゾロ地元の子供やオバさん達が付いて来まして・・・・・・」


 その光景を想像して、ちょっと笑ってしまった。田舎にTVで見る有名人が来たらそうなるのは必須である。


――で、その時に何かヒントが見つかったと?


「そうです。それが先ほど見ていただいた『脱線防止ガード』でした。これを見てハッとしたんです。それから勝手に自分が三陸での定宿にしているケンジの家に戻って、ネットで脱線防止ガードの画像を探しまくっていると、そこに海外の「ガントレットレイル」が飛び込んで来ました!」


――ガントレットレイル?


「観光鉄道の案内やパンフレットでは『単複線たんふくせん』となっていますが、『ガントレットレイル(Gantlet Rail)』とは、四線軌条よんせんきじょうの海外名です。ただし、ガントレットレイルとは、単に三線軌条を四線軌条にしたのではなく、そこにとてつもないマジックが見つかったのです!」


 その話は、旅ライターの自分が迂闊で《うかつ》あったことを知らしめてくれた。三陸夢絆観光鉄道が「単複線」であることは、もはやあちこちに書いてあるが、それが「四線軌条」の意味なのだと思っていた。ところが、四線軌条であるガントレットレイル、すなわち単複線の特徴とは、ずばり「ポイント(分岐器)が無い」という事なのである!


 つまりだ、陸泉鉄道のレールと三陸夢絆観光鉄道のレールは、同じ線路敷地の上に四本平行して走っているが、のである。互いの鉄道車両は、相手側のレールの上を走行する事が物理的にあり得ない!


――全然気が付きませんでした。という事は、陸泉鉄道の敷地からショッピングモールの中船駅に分岐する際も、ポイント無しにレールが別れたという事ですよね・・・・・・そんな事が実際にできるのでしょうか?


 工藤弁護士は、さっそくガントレットレイルの仕組みを見せてくれる。しかし、一目見て、その構造を私は理解した。それ位にこいつはあまりにもシンプルな発想なのだ。


――なるほど、でも、これはすごいかもしれない・・・・・・。


 私は、その単純で実用的な仕組みに圧倒されたのである。

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