第4話 もっともっと小さなSLを探すのだ
ホームから戻って来たケンジ君、いや、さっきは確かに「
――お話は国鉄タイプのSL復活の断念と、地図から町名が消えたところでしたよ。
「ああ、そうでした。だから戻ったらファイルを出す事だけは妙に覚えていたんだっけ・・・・・・」
ケンジ君は、独り言のように言うと、色んなSLが載っているページを私の前に開いた。ファイルを開くついでに、どかしたコーヒーを一口飲む。私もそれにつられてもう冷めてしまったコーヒーを手に取る。真夏のホットコーヒーは、逆に今ほどの温度の方が飲みやすい。
「問題となっていたのは、とにかく
――なるほど、で、その結果は?
「その結果ですが、国鉄型SLに比べて圧倒的に保存数がありませんでした。しかも保存状態の良い小型SLは、たいてい私鉄博物館などの手放せないものばかり、ちょっと長く外に放置されたSLは荒れて主要部品が盗難されていたりと、ここでもすぐ壁に行き当たってしまいました」
――それで、新しくSLを作った方がいいとなった?
「う~ん、まあ結果はそうなんですが、そこまでにはまだ
――ところが?
「2つの問題が生じました。1つは、やっぱりボイラーなど主要部品が全てダメで、直すにはやはり相当な金額が掛かるという所見でした」
――見た目がキレイでもそういうものですか?
「ええ、ボイラーについては、SL探しの経験からもある程度覚悟していましたが、
私の乗っている古いアメ車もそうだが、車体が載っているフレームがダメになると、さすがにタフなアメ車でも廃車せざるを得ない。しかし、今の技術なら「お金を掛ければ」という前提条件ではあるが、必ずしも修復が不可能なわけではないだろう。
――修理先はけっこう探したのですか?
「もちろんです。ただ、相談先には鉄道車両に詳しい専門工場もあって、直せなくもないが、かなり機関車が古くてもう運転に無理は効かないと。そして、こんな小さいSLだと、満員の客車一両も引けないだろうって指摘されました」
――つまり、先ほど
「ご指摘のとおりです。もちろん、ディーゼル機関車で押せば何とか三両くらいは行けるでしょうが、今度はSLがかなり小さくなるので、見た目上のバランス問題と、それから・・・・・・」
――それから?
「それからですね、実態としてほぼディーゼル機関車で走らせているに等しくなるので、ディーゼルエンジンのうなり音がSLの音をかき消すぞ、とアドバイスされたんですよ。国鉄型SLから比べると、かなり小さな機関車ですからね」
――それじゃ、SLに乗りに来た人達にはちょっと興ざめですね。
「ええ、そういう事です」
話によると、1067ミリ軌間の小型SLを、海外にまで探してもらったらしい。この「1067ミリ」という数字がいったい何かいうと、これは線路の幅を指すのである。つまり、いつも目にするあの二本のレール幅のことであるが、これこそが鉄道が他のどの交通機関とも異なる最大の特徴であり、且つ、最大の制約条件となっている存在であるのだ。
かって国鉄の
「海外に1067ミリ軌間のSLはけっこうありました。程度の良いのもあると言われました。だけど、どれも大きいんです。こちらで欲しい様な小型機で程度の良い機関車は少なく、それでも可能性のありそうな小型SLの写真とかデータを送ってもらい、鉄道車両メーカーに検討してもらいました」
――それなりに海外には当たりがあったんですね!
「そうなんですが、検討してもらったところ、やはり国内調達と同じ問題が指摘されました。蒸気機関車という動力車は、ボイラーの大きさで馬力がほぼ決まってしまう古典機械です。小型SLはボイラーが小さいわけですから、どうしてもこれでは客車の
――さらに?
「加えてですね、陸泉鉄道は元々国鉄路線でしたので、国鉄と同じ保安装置を採用しています。ATSという名前なんですけど、運転士が赤信号を無視すると自動的にブレーキが掛かる『自動安全システム』のことです。このATSについて、事実上、取り付けができないだろうとの指摘を受けました」
ATSとは、自動列車停止装置(ATS: Automatic Train Stop)の名称で呼ばれ、
「まず物理的な
――私は各地を取材で回っていますが、海外の鉄道車両を走らせている鉄道会社もありますけど?
ケンジ君は、私の目を真っ直ぐ見ながら、その違いを説明してくれた。
「海外の鉄道車両だからダメということではないんです。ちゃんとした車両メーカー製であれば、国内国外など関係ありません。問題は、すでに製造メーカーも消滅した様な古典機関車であり、しかも廃車され放置されたSLを修理し、さらにそこにATSを装備するという部分にあったのです。つまり、万が一の事故が起こった場合、それはATSが原因か、古いSL自体が原因か、そういった責任が不明確になりかねない要素だらけだ、という事だったんですね」
ATSの搭載メーカーとしては、技術的には搭載できるだろうと言う。しかし、いくら理論的には空気ブレーキに改造してATSが積めるとしても、そんなリスクを日本のメーカーは絶対に負わない。これは企業として当然の判断だろう。すなわち、ケンジ君が言うように、海外からのSL輸入も検討したが、そのプランは実現には至らなかったという事だ。
「海外のSLまで調査して、そしてそれも
――ある大きなリスク?
「はい。それは絶版中古品購入のリスクでした。つまり、交換部品が全く無いという実状の理解です」
ほほう、そうか、そうだよな。これは私も古いアメ車で経験している。アメ車の場合、比較的古い部品でも手に入りやすく、案外他社製品の車と部品互換性があったりするアバウトさがあるが、それでも欠品部品のせいで走れない時もままある。SL部品が手に入らない事情は、もはや自動車の比ではないだろう。
「国鉄型のSLの復元であれば、新品の予備部品こそありませんが、同じタイプのSLを数社で走らせていますから、修理ノウハウもそれなりにあります。また、保存中の同タイプのSLから部品を取ってくる事もできるでしょう。いよいよとあれば、製造時の設計図面から新たに部品を作る事さえ可能かもしれません。だけど、程度が良さそうだからと、たった一両だけが現存する様な
良くぞ最初に気が付いた! とここでジョークでも飛ばしたくなるが、本当にそうなのだ。たった一つの小さな機能パーツが手に入らず、ガレージの肥やしとなっているクラシックカーがいかに多いか。ましてやこちらは観光の目玉となるSLである。
「この時、さらに検討したのは、たった一両のSLで観光鉄道が成り立つのか? という課題です。結論は『無理』でした。少なくとも最低SLを二両、
――ちょっと待って下さい。一両のSLだけで観光運転しているケースはけっこうありますよ!
うんうんとケンジ君は私にうなずきながら「そうですね、僕も知っています」と言った。そして、複数のSLが必要な理由を説明する。
「ずばりそれは、ここが『三陸』だからです。都会からは遠く、日帰り観光圏ではありません。空港も近くにありません。つまり、観光客は『三陸』を目的としてやって来てくれるのです。せっかく三陸まで来てくれるのに、一編成しかないSL列車では乗れない人達も出て来る事でしょう。しかも部品が無くて運休なんて状態が続いたら、三陸のSL観光鉄道は何時動いているのかわからない、なんて風評にもなりかねませんし」
――確かに、一両のSLだけで運行させると運転本数にも限界があります。でも、それに合わせて観光客ってSL列車に乗りに来るんじゃないでしょうか?
少しずつケンジ君の顔が笑顔から真顔になる。
「それは日帰り観光圏の発想だとわかったんです。国鉄からSLが消えて、SLというだけで希少価値があった時代ならそれでも良かったでしょうけど、今は日本中に復活SLが走っています」
――そうですね、確かに
「復興応援を兼ねた観光客の来訪に、少しばかり甘えてた時期もありました。でも、現実に巨大防潮堤が出現し、将来に向かって海を売り物にする事の困難さ、それを自分たち自身が一番強く感じたんですよ。ドラマのロケ地ブームも長くは続きません。だったら、絶対に観光客が来たくなるような仕掛けを作り、そして絶対に観光客を裏切らない『三陸』にする。そのためには、乗れるか乗れないかわからないSL列車じゃダメなんです!」
ケンジ君の声は少しづつ大きくなる。と、ちょうどその時、また駅長室のチャイムが鳴り始めた。ケンジ君は一例すると駅長帽をかぶり急いでホームへと出て行く。私はふうっとため息を付き「本当に、けっこうな運転本数があるもんだ」と
「ケンジさんは熱い人なんであります。何せあの人の頭の中には何時でも『銀河鉄道』が走っていますから」
独り言のはずがしっかりと聞かれ、つい言葉の主の職員に
「早い列車は朝九時発からで、土日は一時間に一本、上下どちらかのSL列車が走っているんです。あの、パンフレットはお持ちですか? 夕方も最終列車の出発は五時でありまして、秋などは途中からまるで昔の夜汽車みたいです。それが実現できたのが四両あるSLの運用柔軟性と、新幹線駅まで行く当駅からの直行バス連携のおかげであります」
モデル並みのケンジ君とは対照的な体型の若い職員は、彼を尊敬しているといった表情で補足してくれた。そう、確かに、新幹線駅行きの直通バスの最終便で、私は今日東京に帰る。旅ライターをやっているのに恥ずかしい話だが、三陸の現地が暗くなってから東京まで、まさか当日のうちに帰り付ける交通事情があるなんて、実は今まで知らなかったのだ。
ケンジ君がSL列車を見送って戻って来る。
「次のSL列車がこの駅に帰って来ると、間もなく最終直通バスの乗車時間となりますから。そのバスなら新幹線でも少し早い時刻の発車に間に合うので、ご自宅に帰ってからも軽く一杯程度できますよ!」
そこにはすでに
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