第2話 国鉄型SL復活への断念
SL観光列車の終着駅は、ショッピングモールに完全に組み込まれていながら、そこの空間だけが古いヨーロッパの駅の様になっている。プラットホームがモール内の店舗と融合しており、ホーム上にも机やイスが出されて、そこは駅のホームなのに、まるで広場にあるカフェの様な不思議な空間が広がっていた。
JRサイズより車両が小さいためか駅全体が広く感じる。実際、イベントなど出来るようにも余裕ある作りになっているらしい。駅のホームでイベントをやるなんて、都会の鉄道ではちょっと考えられないが、これも観光に特化された鉄道だからなのだろう。
かの宮沢賢治にはもちろん会ったことなどないが、確かに何となく発音は似ているかもしれない。ただし、彼はモデルの様ないい男だ。そこにあの宮沢賢治の良く見る写真イメージは全く無い。いや、これに深い意味は無いが・・・・・・。駅長室にいる他の職員たちも、誰も「駅長」などと呼ばず「ケンジさん」「ケンジ君」と気さくな関係なのである。そんな中船駅の宮川駅長、いや「ケンジ君」に、私は今日の取材目的をあらためて告げる。
「三陸夢絆観光鉄道が実現できた一番の理由は、新しい蒸気機関車を作る事ができたからなんです。それも物理的に作れたことがすごいのではなく、自分たちがお金を出さずに手に入れられた事がすごいのです。うちの蒸気機関車は全て『21世紀に新製されたSL』で、それが夢を実現させてくれました」
ケンジ君の言葉はいきなり私にカウンターパンチとして当たった。
――お金を出さずにSLを手に入れた? いったいどういう事でしょうか・・・・・・?
田舎の駅長には間違っても見えない都会的な
「復活SLってご存知ですか? 公園などに保存していた、古い蒸気機関車を直して走らせているやつです。SLには高い人気があるのはわかっていますけど、復活させるのに数億円はかかります。そんな大金、震災で大打撃を受けた貧乏な田舎町にはありません。だから、お金を掛けずにSLを走らせるにはどうすべきか、それを徹底的に考えた結果、新しいSLを作るしかないと結論を出したのです」
彼は東京の有名大学を出ているが、卒業と同時にこの
――でも、古かろうが新しかろうが、SLにはお金が掛かるんじゃないでしょうか?
私の質問に、ケンジ君はそうですねという顔をする。
「誰もお金を出さずにSLがタダで手に入るはずありません。ただ、三陸夢絆観光鉄道も陸泉町も、各地でやっているようなSL復活のための資金は用意しませんでした。いや、出来なかったと言う方が正しいでしょうね。そんなお金があれば震災復興に全て注ぎ込んでいますから」
多分、それは現実そうだったのだろう。でも、なぜ新規製造のSLなのか? 休止中の
「最初は観光振興の面から、当然おっしゃる様に考えました。だから、町の復興に追いまくられながらも、各地の復活SLの視察にも行ったのです。ところが幾つか大きな問題があって、どうしてもそれが解決できませんでした・・・・・・」
――大きな問題と言うと?
ケンジ君は、一度大きく息を止めると、それから問題となる理由について丁寧に説明してくれた。
「国鉄の現役SLが全廃されてからすでに四十年以上、各地に残っているSLはそれまでに保存された車両ばかりですから、どれもみな相当に痛んでいました。仮に程度が良い保存SLが見つかっても、こちらに譲ってくれるとは限りません。どこの地域でもSLは宝物なんです」
――確かにSLってそうでしょう。それに修復費用もありますしね。
「程度が良ければ、修復費用も多少は抑えられます。ところが、程度が良くて譲ってもいいと言われたSLと、私たちが欲しいSLがまず合致しませんでした」
――合致しない? その理由は?
「車体が大き過ぎるのです。例えばD51型のSLは保存量数も多く人気もありますけど、とにかく大きく重たいのです。D51型ってどれ位の大きさかご存知ですか?
私は、自分の乗っている古いアメ車が二トンなので、まあ見た目で三十倍位として六十トンかなと適当に答える。
「かなり
――そんなに重たいんだ!
「そうでした、私もビックリしたというのが本音です。でも、本当の問題は車両の重量ではなく、専門的には『
SLの動輪が大きくて重そうだというイメージは十分持っている。しかし、それが具体的にどれ位の重さなのか、今まで一度も考えたことなど無い。周りから無駄にデカいと
――でも、復活SL運転をしている他の鉄道では、もっと小型のSLもありますよね?
「もちろんありますし、むしろ最初から旧国鉄の小型SLだけを探していました。これは終端駅で機関車の方向転換をするターンテーブル(転車台)が、すでに陸泉鉄道には残っていない事から、むしろ小型SLだけが本命だったのです。ところが、やはり軸重問題で無理だとあきらめました」
――小型のSLでも軸重問題?
「そうなんです。C12型というポピュラーな国鉄の小型SLがあるのですが、見た目はD51型から比べて大変小さいながら、それでも最大軸重は約十一トンもありました。車両重量なら五十トンとD51型の半分以下になるのですけど・・・・・・」
ケンジ君は、ここでちょっと悔しそうな顔をした。きっと彼が自分で視察に行ったのだろう。ただ、陸泉鉄道にも昔はSLが走っていたはず。その辺はちょっと
「ご指摘のとおりで、昔は陸泉鉄道にもSLが走っていたのだから、機関車さえ修復すればすぐにも走れるだろうと思ったのです。ところが、現実はそうはできませんでした。陸泉鉄道は、もはやSLを走らせることが出来ない線路でした」
――SLが走れない線路って? それは先ほどの転回用のターンテーブルが無いとか、水を補給するとか石炭を積むとか、そういったSL専用施設が撤去されてしまったからって事?
「もちろん、それも理由の1つに入りますが、陸泉鉄道沿線には、海に向かう河川や水路の鉄橋がけっこうあるのです。その強化費用を町が出せないことが最大の理由になりました。また、ご存知のように、津波で
ケンジ君の説明をまとめてしまうと、現状の陸泉鉄道の鉄橋では、SLの重量に耐えられないのだと言う。昔はSLが走っていた、当時と全く同じ鉄橋でありながらである。津波で流された鉄橋修復の際に、SL重量に耐えるよう新たに強化工事することが、現状回復を前提とする震災復旧工事の定義からは外れてしまうらしい。あくまでも、今の陸泉鉄道が走れる状態に戻す工事だけが、復旧工事の定義との事なのだ。
あの超大型防潮堤は、住人や地域の安全確保装置であり、同じように工事に国や県の予算を使われ様とも、使えるための要件がまるで違う。では、なぜ、昔はSLが走れたはずの鉄橋を、当時と同じSLが走る事ができないのか? 昔は規則が甘かったのだろうか・・・・・・。
「まさしくそこに地方赤字ローカル線ならではの、維持メンテナンスのマジックがありました。そう、おっしゃる様に元々はSLが走る路線だったので、国鉄のSL時代には路盤から橋梁まできちんと維持されていました。やがてSLが無くなり、貨物列車も廃止されて重たいディーゼル機関車までもが走らなくなると、新しい鉄道車両は全部軽量になって行きます。わかりますか、この意味が?」
ケンジ君が問いかける。すぐには答えが返せない。私は鉄道マニアでは無いのだ。
「ずばり、線路保守にお金を掛けずに済んだということです。つまりこういうカラクリですね。SLが走るのであれば、鉄橋などの補修費用が
つまりだ、高速道路で言えば、もしトラックなどの重量車が一切走らなくなれば、路面の痛みが激減するので、その後のメンテナンス費用が格段に減らせる、という状況と同じ話なのだろう。
「でも、やり過ぎてしまったというか、本当にギリギリのところまで保守作業を絞った結果、日常の安全運行こそ最低限担保されるにしても、今さらSLなんて重量物に耐えらえる状態ではなくなっていたのです。しかも、長年放っておきましたから、これをあらためて補修するとなるとトンでもない費用がかかります。流された鉄橋だけ直せばよい、と言う問題では収まりませんでした」
さらにケンジ君によれば、SLそのものの走行特性にも問題があるのだという。復活SLが走るならば時速四十キロは出して走る事になる。そうなると軽いステンレスカーと異なり、SLが線路に与えるダメージは相当厳しい。専門用語で「ハンマーブロー」なる言葉があるそうだが、まさにハンマーでレールに
従って、鉄橋のみならず、通常の路盤そのものの強化も必要とされる。震災前に走っていた陸泉鉄道のステンレスカーの重量は約三十トン。車軸は前後合わせて四つほどだから、各車軸に掛かる重量は単純計算で七トン半。C12型の軸重よりはるかに軽いことがわかる。
鉄道事業に限らず、赤字事業の経営などでは良く聞く話ではないだろうか。いかに余計なコストを掛けないで済ませられるか。とりわけメンテナンスコストは、それ自身が直接収益を稼いでくれるわけではない。つまり、掛けないで済むなら掛けたくない費用がメンテナンスコストなのだ。
SL現役時代には、機関車の重量自体やハンマーブローの影響により、レールやら橋梁やらの保守作業は大変だったらしい。例えば、何でもないカーブに見えても、SL通過後には数ミリも線路がズレてるなんて事態は、決して珍しい話では無かったという。
今や軽量のディーゼルカー(気動車)だけになり、赤字ローカル線は本数も少ないため、そこまでの厳密なメンテナンスはいつの間にか不要とされてきた。法的面も含め最低限の安全さえ確保できればそれで良しという保線環境が、長年現場では
「国鉄型SLの復活は、休止中の
ここが大震災の被災地であること、そしてケンジ君を始め全員が被災者でもあることを、私はあらためて再認識する。復活SLにはお金を掛けられない。では、いったいどうやって「21世紀の新製蒸気機関車」は生まれたのであろうか。
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