五月二十一日 鎌倉からの手紙

前略、あんなお手紙の返信をありがとうございます。薄々ご承知のことと思いますが、改めて謝らせて下さい。僕はあなたが手紙を宛てた水城彰大さんではありません。水城彰太と言います。名前はほぼ同じですが、言うまでもなく、全く別の人間です。あなたの彰大さんが住んでいた極楽寺の家に、縁があって住んでいます。それだけの人間なのです。ただ共通点と言えば、絵を描く仕事を志していると言うだけ。後はあなたのことを全く知りもしなければ、あの手紙が来るまで、かつてこの極楽寺の家に何が起こったのか、それも知らなかった人間なのです。

そんな他人ではありますが、あなたが三年越しに宛てたお手紙を拝見し、いけないこととは知りつつも、もうここにはいない相手の返信を装って一筆申し上げていました。非常に重要な私事を伝える私信に、このような横槍、言いわけの仕様もありません。本当に申し訳ないです。ご結婚のお話を、反故になさったとのこと、返すがえす残念に思います。そのことを含め、あなたの人生に僕は多大な影響を与えてしまったのかも知れません。でもあえて言わせて下さい。

あなたの一途な思いに救われ、また立ち向かう勇気をもらった人間が、確かにいるのです。

事情は煩雑で省きますが、僕はまだ顔も合わせたことのない、あなたに救われました。同封のオダマキの水彩画は、おこがましいながら僕の気持ちです。彰大さんと美鈴さんが過ごしたあの庭で見つけたものを描きました。

オダマキの花言葉は『素直』なのだそうです。この庭には確かに、三年の年月を経て色々な年月の色が塗り重ねられたのかも知れません。でも、画を描く人間の経験からして、最初に塗られた色やタッチは、画題を描き改めても、必ず何らかの形で残るのです。気持ちがそこにある限り、誰もそれを無視することは出来ない。すでにもう、無地のキャンバスに色を落とされているのです。そこに色が咲く限り、その気持ちから、僕たちは新しい思いを発し、その都度思った気持ちの色を積み重ねているに過ぎないのです。

あなたがいた、三年前の風景と、僕は今、ともに生きています。そして今も、そのかすかな息遣いを、感じて生きたい。そう願っているのです。

率直に言います。ご迷惑でなければ、僕もあなたに会いたいです。僕が無遠慮に塗り重ねようとしてしまったその一途な色が、まだそこかしこにこの庭にあるなら。あなたは新しい色を積み重ねたいと言ってくれました。その新しい色には、あなたがかつて愛した色が必要なのです。僕にはまだまだ感じられない、季節の、折節の、この美しくも清かな庭のまだまだとりどりの色が。

厚かましいながら、以下が僕のアドレスと連絡先です。僕は今、この庭に新しい色を加えながら、絵を描いています。連絡をくれれば、都合を合わせてぜひお会いしたいのです。手元不如意の身ながら、おもてなしの方は十分出来ると思います。食事などしながら、ゆっくりお話が出来ればと思います。

このオダマキの咲く庭は、あなたがいた頃と同じ色にどれほどに、新しい色を湛えているのでしょうか。

身の程知らずを承知で、あえていいます。

僕が同封した、この絵が描かれた風景を。

この場所を見てみたくはないですか。

返信、お待ちしています。


 m.showta××××@ezweb.ne.jp

 080-××××-6015

草々

五月二十一日             水城彰太

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