五月十七日 鎌倉からの手紙

前略、鎌倉まで来られたようで、ただただ、戸惑うばかりです。人の想いは、年月をそのまま絵の具の色で塗り重ねるように、変わっていきます。ただただ生きているその有り様に沿って。変わらぬ思いなど、本当はどこにも存在しないのです。静御前が京都へ帰ったのは、義経のことをどこにいてもあるように思えるからではなく、単純に自分が、今まで通りに、しなければいけないことをして、生きていかねばならないことに気づいただけなのです。

 私たちの間にはかつて、いつまでも共有し合えると思える気持ちが確かにあったのでしょう。しかしそれは、時間と言う違う色を重ねるごとに、薄れていくものなのです。あなたの周りや暮らしだって、時間とともに移ろっているのだと思います。私の時間もこうしているうちに刻々と流れていきます。もう私は、あなたがかつて想ってくれたような私では、決してありません。描こうとする絵すら、これほどに変わってしまいました。

 この静御前のスケッチは、ある日、由比ヶ浜の海岸で偶然見かけた女性をもとに描きました。彼女もかつてのあなたのように波打ち際で桜貝を拾っていました。何か思い悩む様子でしたが、時間の移ろいとともに現実に戻って行ったはずです。素晴らしい未来がある、あなたにはもう、過去の幻影を振り返っている暇はないのです。私とのことで、何かわだかまりを持っているのなら、それはどうぞ忘れて下さい。

 恐らく、あなたは引け目を持っているだけなのです。幸せになろうと言うのなら、そんなことは忘れるべきです。私もあなたの幸せを願っています。だからこそ、忘れてほしいのです。私は、そう願うばかりなのです。

                      草々

五月十七日                水城彰大


杉村美鈴様

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