はたらいた

鳥辺野九

はたらいた


 ──20XX年。ついに司法の領域に人工知能が進出した。


 とある過労死事件の裁判員として採用された人工知能は、日本人の過労働環境の改善のために不勤労の義務化を宣言。日本国憲法第27条を改正し、不勤労の義務と言う新たな項目を追加した。これにより毎週水曜日は不勤労感謝の日として決して働いてはいけない日となった。もし不勤労条例に違反すれば、現行犯逮捕され強制不労働所へ収監される事となる。




 高層複合マンションの共有スペースで、マンション住人の高崎は警官に職務質問を受けていた。高崎の手にはプラスチックゴミが詰められた半透明の大きなゴミ袋。


「本日は水曜日ですよ。わかってやってるんですか?」


 若い警官はタブレット端末へ聞き取り内容をタッチペンで入力しながら言った。職務質問の内容は即座に周辺に展開している警らロボットへ送信される。


「確かに今日はプラゴミの日じゃないが、マンション共有スペースのゴミ捨て場に置いとくぐらいいいじゃないか」


 高崎は目の前の集積所を指差した。高崎と同じ考えの住人が他にもいるようで、ゴミ集積所には翌日のプラスチック資源ゴミ収集日を待たずして丸々と太ったゴミ袋が幾つも投棄されていた。


「ゴミの収集日の件を問題にしてるんじゃありません」


 若い警官は周囲を見回しながら言った。軽快なリズムのサイレンがすぐ近くから聞こえている。警らロボットが到着したのだ。


「本日は水曜日です。不勤労感謝の日です。働いてはいけない日です」


「それがどうしたってんだ。ご覧の通り今日は仕事も休みで家でゴロゴロしていたさ」


 高崎は両手を広げて、部屋着のジャージ姿を警官に見せつけてやった。不勤労感謝の日で会社も休みだ。だからと言ってどこかに遊びに出掛けようにも、駅前の各種ショップも飲食店もすべて休みで、地下鉄やバスですらも運行を休んでいる。休日を楽しみたくとも何も出来ない日。それが不勤労感謝の日だ。何もする事がなく、あまりに暇なので部屋の掃除をして、フライングでゴミ出しをしたら、警官に捕まって職務質問だ。高崎は苛立たしげに両手を下ろした。


「行政A.I.により三月十二日付で憲法27条は改正され、即日運用されました。家事全般の活動による外出も勤労の範疇に適用されるようになりました。よって、ゴミ捨ても勤労です。不勤労感謝の日のゴミ捨ては禁止されています」


「そんな無茶な! 十二日付って、三日前だろ? そんなの聞いてないぞ!」


『不勤労感謝の日は勤労から解放される喜ばしい日です。日本国民の不勤労の義務として、条例は常日頃から改正点はないか確認しておきましょう』


 ダルマ落としのような形状のロボットが頭部の小さなパトランプをクルクルと回転させて現れ、合成音声で高崎に告げた。全高2メートルに達する頭部のパンダのような白と黒のツートーンの顔がくるりと回転して、ぴたりと照準を合わせるかのように高崎の顔を睨み付ける。その威圧的なロボットを前に、高崎は為す術もなくただ立ち尽くすだけだった。


『十三体のA.I.陪審員による判決は、8対5で不勤労となりました』


 呆然とする高崎と警官に、パンダ系警らロボットは補足説明を続ける。


『対象のゴミ集積所はマンションの共有スペースのため、ゴミ出しによる外出とは認められない。以上が、判決の主な理由です。ただし、あまりゴミ出しの回数が増えますと、在宅勤務扱いの可能性が出てきますので、共有スペースへのゴミ出しは一日三回までと限定してください』


「あ、はい。どうも」


 ただ頭を下げるしかない高崎。パンダ系警らロボットはそれを認めると、くるり、ツートーンカラーの頭部を回転させて警官へと照準を定めた。


『次は松浦巡査の判決です』


「えっ」


『三月十五日付をもって、不勤労感謝の日の対象について一切の例外も許さないものとする、と改正されました。よって、松浦巡査の職務質問行為も勤労と見なされます』


「何それ」


 流れよ我が涙、と警官は言った、と言うような表情で松浦巡査は目をパチクリとさせた。


『十三体のA.I.陪審員による判決は、7対2棄権4で勤労となりました。よって、松浦巡査を不勤労条例違反の現行犯で逮捕します』


 ダルマ落としの胴体の部分が展開し、様々な拘束具が飛び出して松浦巡査に襲いかかった。




 行政A.I.は不勤労感謝の日に過労働緩和対策として一定の効果があると判断し、適用範囲を拡大し、四月一日より毎週火曜木曜土曜を不勤労感謝の日と制定した。


 そして憲法解釈はさらに拡大され、翌年の一月一日をもって、一年365日すべてを不勤労感謝の日とする憲法改正が行われた。


 不勤労感謝の日の労働力として各種汎用ロボットが運用されて、人に取って代わって日常生活に活躍し、日本人は一億総引きこもり状態に陥った。働いてはいけない社会に世界各国から「やっぱり日本人は未来に生きてんな」と羨望の眼差しを向けられ、ネオニート・パラダイスと揶揄された。

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はたらいた 鳥辺野九 @toribeno9

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