第2次選考 目を覚ますとそこにはお約束が。⑤
一方、フルカスと傘薙よみは3階にある地方初出店の海外ブランドの店の前に置かれた椅子に座り、途方に暮れていた。
幼馴染みの勇斗はどこかへ行ってしまい、彼を探しにいった鳴子先輩もどこかに行ってしまった。
ショッピングセンターは日曜日ということもあり、人でごった返している。そのためか、電波がつながりにくく、メールを送っても弾かれてしまう。さっきからディスプレイの左端にかかれた電波のマークは「圏外」と「圏内」を交互に明滅させていて、かなり不安定な状況であることがわかっていた。
「連絡はとれませんか?」
フルカスが尋ねると、よみは少し口を尖らせて頷いた。
「大丈夫ですよ。きっと合流できます」
勇斗の悪魔であるフルカスには裏打ちがあった。
彼女と勇斗の間には直通の
そのことをよみに告げることは出来たが、もう一人の鳴子が帰って来ないことには、この場から動くことが出来なかった。
よみは勇斗の学友だ。その人物を落ち込ませているだけでは、主に申し訳が立たない。実直な性格のフルカスは、何か元気を出させることが出来ないかと思い、立ち上がって、広いショッピングセンターを見回した。
よみと同じくらいの女の子たちが、店の前で薄いパンのようなものを食べているのが目に入った。
「傘薙殿。あれは?」
と指差す。
言われてよみは顔を上げると、ボードに書き込み始めた。
【クレープ屋さんだね】
「食べ物ですか?」
古代イスラエルの時代にはなかった食べ物だ。
よみはポニーテールの髪を揺らし頷くと【食べたい?】と続けた。
「はい。私が買ってきますので、傘薙殿はここでお待ちを」
と言うと、よみはぴょんと立ち上がって、何度も首を横に振った。
「いいのです。買い物に付き合ってもらったささやかな礼ですよ」
フルカスは勇斗から渡されていた財布を取り出し、クレープ屋に向かっていく。ほどなくして二つ分のクレープを持ってきた。
「いろんな種類があったので、一番売れているというものを買ってきました。どうぞ」
買ってきたのは、オーソドックスなクレープで、薄い生地の中に生クリーム、イチゴ、キュウイ、バナナとポッキーが載ったミックスクレープだった。
【ありがとう】とボードを掲げながら、よみはクレープを受け取る。
フルカスと一緒にベンチに腰掛けた。
よみは大きく口を開けて、頬張り始める。幸せそうな表情が浮かんだ。
同伴者が機嫌を直してくれたのに安堵して、フルカスもクレープを食べ始める。
瞬間、悪魔に稲妻が走った。
「美味い!」
思わず絶叫したくなったが、何とか通常音量で乗り越えた。
二千年前、ソロモン王に仕えた折にも東西関係なく様々な美味、珍味を食したものだが、これほど美味しいものははじめて食べた。
フルーツなどは王の食卓でも見たことがあるものなのだが、その味からして違う。
圧倒的に甘いのだ。にも関わらず、この料理が贅沢なのは、白いクリーム。これも非常に甘いのだが、しつこくなく、フルーツの甘味と一体になって調和している。
二千年――。悪魔にとってはさほど長い年月ではないが、食がここまで進化していることに戦慄さえ覚えた。
ほくほく顔で、フルカスはクレープを食べる。幸せそうな顔を見ながら、よみも笑顔を浮かべた。クレープを片手で持ちながら、膝に置いたボードの字を消し始めた。
赤ら顔で食べていたフルカスは、ふとよみのボードに視線を置いた。完全に字を消し終えた少女も、白髪の小さな少女の視線に気付いた。真っ白になったボードに再び文字を書いていく。
【気になる?】
その文字を見た瞬間、フルカスは恥じた。よみが喋らないこと――。主である勇斗からは特別説明は受けなかったし、意識的にあまり気にしないようにしていたのだが、つい顔に出てしまったらしい。
己の未熟さに腹が立った。
フルカスの心中を知ってか知らずか、よみは続けてボードに書いた。
【このボード。小学生の時に、ゆうちゃんが誕生日プレゼントで贈ってくれたものなの。私の一番の宝物】
よく見ると、ところどころ角が曲がっていたり、ボードが凹んでいたりする箇所があり、年季を感じさせた。
【私ね。本当は声を出せないんじゃないの。出してはいけないの】
「出してはいけない?」
妙な表現だった。つまり何らかの理由で彼女は声を出すことを禁止されている事になる。
よみは頷くと、続けた。
【うん。お医者様もよくわかっていないんだけど。フーちゃんには――――】
よみの手が止まった。
突如、フルカスが立ち上がったからだ。その表情を見ると、明らかに先ほどまでとは違い、険しい顔つきをしている。特徴的な赤い瞳を細め、視線を前に向けていた。
紅玉の視線の先を見る。
そこにはよみと同じ年頃の少女が立っていた。
襟元に水色のラインが入った学校指定の制服。ショートカットの髪に、首に巻いたマフラーで口元まで隠している。背中には竹刀袋のような袋を背負い、一見すると忍者のようだ。
そう。誰かを殺すために遣わされた刺客のような。
少女は一冊の本を持っていた。紺碧色の装丁がされた皮の書籍を掲げる。
「めくれ」
ただ一言呟いた。
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