第2次選考 目を覚ますとそこにはお約束が。⑥
俺は神海律子に現在の状態を話した。
フルカスの魔力が足りないこと。そのために
「駄目です」
黙って話を聞いた神海は、半ば予想していた答えを返した。だから俺は慌てなかった。
「あんたの立場は理解しているつもりだ。出版社として中立の立場をとらなければならない。けど、俺は例外中の例外だ。ルールを超えた対応は、決して中立性を脅かすものじゃない」
「詭弁ですよ、秋月君。それは自分の悪魔が弱いから、戦力の公平性を保つために出版社に手を貸してくれ、と言っているのと同じです」
即答してくる。俺は諦めない。
「いいのか。このままじゃ。フルカスが手に入らなくなるぞ」
神海の雰囲気が変わった。
顔の半分を覆うような大きなサングラスのせいで、表情は読みとりづらいものの、先ほどまでの淡々とした態度とは違う。明らかに流れが変わったのを感じた。
編集長の胸中を無視し、俺は続ける。
「俺の事例を含めても、フルカスはこれまで2度の召喚しか応じていないんだろ? 出版社側としては、書鬼官の能力値の低さのせいで、折角のチャンスを失うのは惜しいはずだ」
「君は先ほどの話を聞いていたのですか? フルカスはあなたが書鬼官になった瞬間、契約を切り、異界に帰ってしまうのですよ。自分の魔導書とともに」
「じゃあ、あんたはなんでそんなに素でいられる。何故慌てない?」
神海の片眉が微かにはねたのを俺は見逃さなかった。
「答えは簡単だ。……あんたはフルカスをつなぎ止めておくなんらかの手段を持っているんじゃないか? で、なければ現世に二度しか顕現したことのない悪魔を放っておくはずがない」
神海は今度は即答しなかった。
俺が言ったことははったりだ。その場の思いつき。しかしあえて不確かな論拠を披露した。
『交渉ごとにおいて圧倒的に不利である場合、言いたいことは言っておいた方がいい。どうせ決裂する交渉なら、自分がすっきりする方策で望んだ方が、次の交渉に引きずらなくてすむからだ』
と言う金言を宣もうたのは鳴子先輩だ。言うだけ言うは、割と交渉においては重要なことだ。
時間にして10秒も経たないうちに、神海は返事を返してきた。ため息混じりに……。
「そう来ますか……。では、聞きましょう。フルカスという悪魔は、市場価値としてどれくらいあると思いますか?」
逆に尋ねてきた。俺は少し迷ってから。
「レア度を考えるなら、そりゃ上から十傑ぐらいには入っているんじゃないのか?」
「私の査定で言うなら、彼女は上から72番目です」
「――――!」
「別に過小評価しているわけではありません。7千とも1万ともいわれる悪魔の種類の中で、72番目という数値は決して低くはないでしょう。新人賞に出てくる悪魔の中では、おそらくトップクラスです。――しかし、出版社の信用とフルカスの価値を天秤にかけるなら、言うまでもなく前者を優先するとここではお話しておきます」
「72というのは……。ソロモンの序列のことか?」
「察しの通りです。彼女の序列は“騎士”。つまりソロモンの悪魔の中では、最低位を意味します。先ほど、レア度という言葉がありましたが、確かにフルカスは珍しい。しかし過去何度と召喚に応じているフォルネウスやナベリウスと比べても、格が落ちる。魔導書を欲するクライアントの要望は、より強力な悪魔を召喚できるという一点。珍重を重んじるのは、少数派のマニアなコレクターのみです」
神海は続けた。
「それに勘違いしてもらっては困りますが、魔導書の新人賞というのは、悪魔を選定する場ではありません。あくまで有望な書鬼官の選定です。あなたの発言はその点を避けた暴論であって、今ここで話をしている内容にそぐわないと考えます。新人賞に送ってもらった書鬼官候補の方は、当方とすればお客様も同然ですが、選定される側であるということもお忘れなきよう。私は人外の書物を取り扱うものですが、人間という点であなたとなんら変わりません。採点が辛くなることもあるかもしれません」
完敗だ。
神海の言うとおり、新人賞は書鬼官としてのレベルを見るもの。悪魔は作品であって、作品に罪はない。すべては己の技術と知識のなさによるものだ。
俺は頭を垂れる。こうなることはわかっていたが、やはり悔しかった。
すると、笑い声が聞こえた。
小鳥の囀りのような声に、一度頭を上げた。水無月が手を口に当て、笑っていた。
「りっちゃんも意地が悪いわね」
「仕方がありません。私には立場というものがありますから。あとそれと“りっちゃん”というのはやめてくれませんか。これでも三十路前のいい年したおばさんなんですから」
神海は肩を竦め、ため息を吐いた。
「じゃあ、私から彼に闇語りを紹介しても、問題はないのですね」
神海は一瞬言いよどんだ。「よろしいのですか? そんな事を言って。メイザース卿には許可をとっていないのでしょう」
「主はそんな器の小さい方ではありませんわ。……それに、ソロモン出版としては判断は低いようですが、私はフルカスがほしいですわよ。そうでなくても、秋月君が今後召喚する悪魔には興味があります」
「あ、ありがとうございます」
俺は再び頭を下げた。
「よろしいですわね」と水無月は神海に詰め寄る。
ソロモン出版の編集長は、長い髪をがりがり掻きながら「致し方ないでしょう」と認めた。
「本当にいいんですか?」
「闇語りはその性質上、書鬼官と兼務する事は出来ない。そのため、普通のアマチュアの書鬼官もプロかアマの闇語りと手を組んでいるのが通例です。それが普通なんですよ。しかしおかしいですね。悪魔の召喚には、闇語りの手助けが必要なのですが」
「え? それはどういう?」
「召喚には魔導書とそれを書いた書鬼官の号令、そして魔力を注ぐために闇語りの存在が必須なのですが……。やはりフルカスは特別だということでしょうか?」
「素直に言ったらどうですか。本当はフルカスちゃんがほしいんだと」
「そ、それは訂正しましょう。確かにフルカスの市場価値は高い。それが使用を限定される新人賞で顕現されたというのは大変おしいです。――が、言っておきますが、別にあたなに意地悪をしたかったわけではありません。秋月君には選ばれる者の立場になってほしかっただけですからね」
少し顔を赤くしながら、神海はそっぽを向いた。一体どこにフラグがあったのかは知らないが、どうやら神海をデレさせることに成功したらしい。
「よかったですね」
水無月は俺の手を取った。
急激に顔が赤くなるのを感じるとともに、鼻の下が自然と伸びていく。
やはりメイドさんは最高だ。
次の瞬間――。
ゴオゥン!
爆発音が、ショッピングセンター内に轟いた。
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