第2次選考 目を覚ますとそこにはお約束が。③


 謎の少女が帰った次の日。


 学校は休みだったが、俺と同居人は家で体力回復をはかっていた。といえば、体裁良く見えるが、家で何するわけでもなく無為に過ごしていたのである。


 フルカスに人間界を案内してやっても良かったのだが、どうやら着るものを長衣一着しか持っていないらしい。魔力を生成すれば、洋服を作ることは難しくないと言うのだが、背が縮むぐらいの緊急事態でそれは憚られた。


 悪魔騎士はあまり自分の要望を言ったりはしないのだが、根が正直なので、つい態度に出てしまう。暇をもてあませば、足をプラプラさせたり、お腹が空けば腹を鳴らしたりしている。


 身体と同じくまるで子供のようだった。


「身体が縮んだため、精神的な影響が出ているかもしれません」


 言い訳するのだが、悪魔の言い訳にしては明らかに苦し紛れだった。

 とりわけ、テレビは気に入ったらしい。

 時代劇専門チャンネルを見つけてからは釘付けになり、側を離れようとはしなかった。時々、立ち上がっては役者の殺陣の動きを確認する。本物の戦いではなく、演劇なのだ、と伝えると、「参考になります」と真顔で返事が返ってきた。


 ともかくそんなフルカスを観察しているだけで、こちらとしても全く退屈する事はなかった。


 正午を過ぎ、昼食を終えて一服していると、よみがやってきた。


「げ!」


 ――約一名おまけを引き連れて。


「げ――とはなんだ? げ、とは」


 どこか牧歌的な雰囲気が漂う三つ編み。トレードマークの厚縁眼鏡。攻撃的な鋭い目線。如何にも文学少女然とした姿の女性は、言わずもがな文芸部部長嶋井しまい鳴子なりこ先輩だった。


 その姿は見慣れた制服姿ではなく、私服だ。


 襟にフリルが付いた白のブラウスに、黒のタイ。英国の警察官が来ていそうなクラシックなグレーのコートは、どこか威厳めいた先輩の雰囲気にはよく似合っていた。足下のブーツには、リボンがあしらわれ、黒地のニーソという出で立ちになっている。


 頭に被っている赤いベレー帽のおかげで、全体的に小説家というよりは、画家という印象が強い。総合的には先輩のイメージ通りのファッションだと言えた。


「じろじろ見るな、変態!」


 藍色のトートバックを投げつける。

 顔面に直撃を受けた俺は、鼻の頭を撫でながら「すいません」と謝罪した。部長の私服姿なんて初めて見たのだから、興味がわくのは当然だろう。


「ところで、二人で何をしに来たんだ?」


 俺はよみに尋ねる。大きなバックを掲げた幼なじみは、一旦玄関に荷物を置くと、ホワイトボードに何やら書き込み始めた。


 よみも当然ではあるが私服だ。オフベージュのティアードスカート。開いたデニムのジャケットから見えるプリントTシャツは、少女のふくよかな胸を隠すのには心許ない。俺の位置からでも、微妙に胸の――ごつん!


 再びトートバックの強襲を受けた。横で先輩が腕を組み、冷たい視線を送っている。どうやらすべてお見通しらしい。


 ボードに書き終えたよみは、くるりと俺の方に向けた。


【助けに来た】


「はあ?」と首を傾げたのは言うまでもない。


「君が少女を監禁していると聞いてな。部内の恥は部内で収拾を図らねばならん」

「待ってください! 俺は監禁なんてしてませんよ」


 すかさず突っ込む。

 その時――。


「どうかしましたか、主よ」


 リビングから顔を出したのは、白髪の少女――フルカスだった。

 わ、馬鹿! 出てくるな! と叫ぶ前に反応したのは、先輩だった。


「おお! おお!」


 声を上げながら、ポーンとブーツを投げ捨て玄関を駆け上がる。そのままフルカスの小さな肩を掴み(というよりは捕獲したという表現に近い)、美術品でも眺めるかのようにアングルを変えて、美少女を観賞した。


「あ、あの。何を……」


 若干憔悴しきった顔で、フルカスは質問するのだが、先輩はお構いなしだ。


「な、なんだ、この可愛い物体は!」


 まるで今世紀最大の発見だ、と言わんばかりの鳴子先輩は絶叫した。


【でしょでしょ】とよみも同意する。俺はぽかんと一人状況の推移を見守るのみだ。


 すると、先輩はびしぃ! という感じで指差した。


「秋月勇斗! 貴様! なんてことをしているのだ!」

「は、はいぃ?」

「下郎め! こんな可愛い女の子に、ガウン一枚で行動させるとは! うらやま――もとい! 児童虐待にもほどがある! もっと可愛い服を着せてやらんか!」

「そこぉ! ツッコミ、そこ!」


【同意同意】とよみはプラカードみたいにボードを掲げる。


「よみ。もしかしてお前が怒ってた理由ってそこなの?」

【それ以外のどこに理由があるというの?】


 頭が痛くなってきた。


「じゃあ、俺がフルカスと一緒に寝てた件は不問に――――」


 してくれるんだな、という言葉は、よみから発せられたオーラによって強制的にかき消された。


【そら(男の子なら)そーよ】


 ええ? なんで岡○監督風なの。


【でも、添い寝ならいつでもウェルカムだから。でも、その先は――】


 ポッと頬を赤く染める。


「恥ずかしいなら言うな!」

「それよりもだ。よみ君。我々は一刻も猶予もならない」

【はい。先輩!】


 こくりと頷くと、ボードをしまい、重さ十キロ以上はあろうかというバックを持ち上げる。


「部屋を借りるぞ!」と先輩はフルカスの手を引き、リビングの隣の和室に入っていく。その後によみが続くと、引き戸を閉めてしまった。


 全く付いていくことが出来ない俺は、廊下でぽつんと佇んでいると、戸の隙間から先輩が顔を出した。そして凄い殺気を放ってこちらを睨む。


「見たら殺す。動いても殺す。息をしていても殺す。心臓――殺す」


 ねぇ、それってもう「死ね」って言ってのと一緒だよね。そうだよね。てか、もう「殺す」しか言ってねぇじゃねぇか。


 再び天の岩戸は閉じられた。心臓云々はともかく、俺はとりあえず先輩の忠告の半分は実行し、聞き耳を立てた。


『な、何をするんですか?』

『ああ、なんと白い肌。すべすべしたい! って何をする、よみ君』

『ふぉー。ふぉー(どうやら何か怒っているらしい)』

『わかったわかった。じゃあ、代わりによみ君の肌を』


 ゴン!


『痛~い。わかったわかった。真面目にしよう。とりあえずバニーから』

『なんですか? その破廉恥な衣装は?』

『何を言う。これは祭事では正装なのだぞ。まあ、祭事というよりはフェスティバル的な意味だが』

『ほとんど体が見えてしまうではありませんか! あ、ちょっとだめぇ!』

『おお。似合う似合う(拍手)』

長衣トーガを返してください』

『よみ君。それはなんか臭うので、君の方で洗濯しておきたまえ。ここには変態がいるからな。あいつ、絶対嗅ぐ(確信)』

『ふんふん(←多分激しく頷いている)』

『次はスク水があったな。よみ君、スク水(←「メス」みたいな感じで)』

『な、なななななんですか! さっきより表面積が! あ、ちょっと待って。そ、そんな強引に着せられたら……』

『ほほう。着せられたらどうなるのだ。後学のため知りたいねぇ。お姉ぇさんは』

『ふおふぉ(←激しく同意みたいな)』

『ちょっと、ふざけているんですか?』

『ふざけてなどいない。我々は至って真面目だ。これも健全な読者サ――ごほん! いや、人体の神秘の探求をだね』

『私にはそうは思えません! え? なんですか? ふーちゃんって呼んでいい。いや、それは――って、今そんな事を論じてる場合ですか?』

『はあ、未成熟な体って、なんでこうも美しいのだろうか?』

『ふぉ~』

『よし。では、次はメイド服を……』


 一時間四十分後――。


 やっと天の岩戸が開けられた。

 その間、俺はずっと廊下に立っていた。先輩に言われたからではない。中の様子を聞き取りたいがために、物音一つ立てることが出来なかったのだ。


 強烈な誘惑だった――ただ一言感想を述べておく。


 黙って出てきた二人は、引き戸を再び閉めるなり、和室の前に並んで次のように告げた。


「我々は一人の少女のファッション事情を救うべく秋月家にやって参りました。しかしながら、彼女の驚天動地と言える容姿は、我々の頭を悩ませ、誘惑し続けました」


 誘惑されたんかい!


「これはどんな姿になっても、彼女の容姿を引き立てる事ができないというファッション界の堕落にして最大の命題、そして罪科とも言うべきものでしょう」


 前置き長いな。


「そこで妥協に妥協を重ねた結果、我々の出した結論は、こちらに至りました」


 二人は引き戸を引く。

 岩戸から出てきたのは、天照大神あまてらすおおみかみ――ではなく、長衣姿ではない悪魔の少女だった。


 ベージュのサマーセーターに、白のブラウス。ネイビー柄のプリーツスカートが揺れ、襟元に赤いタイを巻いている。黒地のニーソックスをはいた足下をモジモジさせながら、フルカスは顔を赤くしていた。


「って、うちの制服じゃねぇか!」


 そう。紛れもなく華赤坂高校の制服だった。


「そうだが」とさも当然という顔で、先輩は認めた。「よくよく考えてみると、洋服というのは元々西欧人が編み出したものだ。その西洋人に洋服を着させるというのは怠惰という他ない」


 おい。さっき聞こえてきたのは、バニー、スク水、メイドでどこにも洋服なんていう単語はなかったのだが。


「そこで我々は悟ったのだ。西洋人に制服はエロい――と!」


 拳を振り上げ、文壇を騒がす高校生作家は熱弁した。

 俺はもう何も突っ込まないからな。


「ともかく、我々の方向性は決まった。今から、隣町のショッピングモールへ行って、買い物をするのだ!」


 フルカスが着る物を買いに行くのだ、と何故そう素直に言えないんだ。


「というわけで、荷物持ちよろしく」


 先輩は俺の肩に手を置いた。

 よみももう片方の肩に手を置き、ふんふんと悟り顔で頷いている。

 フルカスはまんざらでもないといった様子で、しげしげと自分の格好を眺めていた。


 ――というわけで、俺は先輩達と一緒に買い物へ行くことになった。

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