第2次選考 目を覚ますとそこにはお約束が。①


 まだ半分微睡みの中で、俺は目覚めた。


 車が目の前を通る音が窓外から聞こえ、開けっ放しのカーテンからは日差しが入りこんできている。

 自室の白い天井が視界にあり、紙と鉛筆の匂いが鼻をくすぐる。

 時計を見ると、午後三時。二次選考終了から半日が経過していたことになる。


 帰ってきたという実感はない。


 まるで昨日の事が夢のようだ――というありきたりな感覚はなく、どちらかというと、今この時の方が夢のように思えた。

 そっと布団から手を差し出す。

 鉛筆の黒鉛で汚れたままの手をしばし眺めた。


「俺、魔導書を書いたのか?」


 譫言うわごとのように呟いた。

 背中の傷はすでに魔術によって治療が行われ、今は腫れを引かせるために、湿布と包帯が巻かれている。毒も抜けてはいるが、気怠い疲労感があり、体は重い。それよりも頭だ。毛穴の一つ一つに針でも刺されているかのように痛い。


 俺が使った筆鬼術の影響か。四日間徹夜した後みたいに思考がぼやける。

 例え朝起きることができたとしても、これではまともに授業など受けることは出来ない。


「魔導書の新人賞で、俺が二次突破したなんて聞いたら、よみや先輩はどう思うんだろうな」


 二人が呆気にとられるような顔を思い起こして、布団の中でくすくすと笑った。

 もう少し眠ることにした。少し肌寒い秋の空気から逃れるように布団を引く。


 が、しかし――思いの外、抵抗にあう。


 マットレスに布団でも引っかかったのかと思い、体位を横に変えた。


「のああああぁぁあぁ!」


 絶叫を上げた!

 俺は反射的に布団から飛び起き、そこにいる者の姿を見つめる。


 雪のようにさらさらとした白い髪。小石のように小さな手はしっかりとシーツを握り、そっと手を差し伸べたくなるような両足首は、寒そうにお互いをこすりつけている。丸い顎には涎のあとがつき、それが可愛い彼女を一層愛らしく見せていた。


 体躯からして小学校高学年ぐらいだろうか。西洋絵画でよく見る神々が着ているような長衣トーガを身につけた幼女の姿は、マジ天使だった。

 朝、起きるとそこにはお約束が――。なんてシュチュは腐るほど書いてきたし、飽きるほど読んできた。

 

が、現実で起こると、これほどの破壊力を秘めているとは知らず、改めてラノベ主人公の自制心の強さに感服した。


 ともかく今、目の前にいるお約束に対し、どのようなポーズを取ればいいのか。

 思考はただ一点に絞られた。



 ① 「こいつぅ! お兄ちゃんのベッドにまた潜り込みやがって」とお兄ちゃん(強キャラ)設定で、優しく起こす。



 無難なところだろうか。

 お兄ちゃん大好きっ子の妹の反応を存分に楽しめる台詞である。ツンデレ妹なら、あり得ないシュチュかもしれないが、まあそこは兄の妄想ということで。



 ② 優しく抱きかかえ、妹のベッドに寝かせる。



 超紳士的対応だ。

 女性ものなら、受けるたりするだろうか。お姫様だっこというものを一度はやってみたいものだ。



 ③ 襲う。もしくは犯○。



 ……………………。

 これはこれで斬新――――いやいや、それはもう薄い本の領域だろう。

 ともかく俺はしばらく逡巡した後、見知らぬ幼女を起こすという至極真っ当な選択肢で結論を終えた。幼女の肩を叩き、起こそうと思った瞬間、天啓のような閃きが俺の脳髄を駆け巡った。



 ④ 「勇斗のことお願いね」と母に言われ、家の合い鍵を託された幼なじみが踏み込んでくる。



 うーん、修羅場系か。

 ちょっと前に、流行ってたしな。だが、単独で行うには厳しい設定だ。


 バタン!


 突然、ドアが開いた。

 見るとそこには、ポニーテールの少女が息を切らして立っていた。手には学生鞄と食材が入ったスーパーの袋を持ち、制服からはみ出さんばかりの大きな胸を上下させている。


「よ、よみ……」


 傘薙かさなぎよみ。

 俺が考えたシュチュエーションに見事に合致する少女が扉の前に立っていた。


 よみは俺の姿を見た後、心底ほっとした顔で息を吐いた。

 しかし彼女が冷静だったのは、ここまでだ。

 傍らに寝ている少女の姿が視界に入った瞬間、まるで昼ドラのヒロインみたいに買ってきたスーパーの袋を落とした。


 白い肌はみるみると赤くなり、丸い瞳は鋭角に尖っていく。


「待て! よみ! これは誤解だ! いいか。冷静になれ!」


 これまた使い古された台詞で、俺はよみをいさめようとする。

 だが、時すでに遅し!


【勇ちゃんのけだもの!】


 と書かれたホワイトボードは、ものの見事に俺の鼻の頭にヒットした。

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