第3話 安定を望みたい

 そういえば風呂場っぽい場所のことを聞き忘れた。まあ、シャボンの匂いのするところがそうだろう。

あなたはなんとなく室内に畳まれていたタオルを拾って、服についた雨粒を拭う。と、すりガラス戸の向こうから下着姿の女性が赤ちゃんを抱いて現れた。

ミカさんは驚きもせず、なんだ、入ってきても良かったんだぜ、純愛くん。などと可愛いくないことを言う。そう、ミカさんは美人顔だが可愛いくないことを言う人なのだ。

あなたは、童貞だからそういうのには慣れていないのです。と答えると、「君、面白いね」とからかわれた。

恥ずかしい。死のう。これが恥か死というやつだろうか。そう告げると、極端だねえ。とミカさん。

ところで、赤ちゃん預かってくれないかな。服を着たいんだけど。そう言われたあなたは、おっかなびっくり赤ん坊を持って店内に戻ることにした。


 赤ん坊の蒙古斑を脱脂綿で拭ってやる。あなたは親はアジア人だなと推測するが、そんなことは写真見ればわかることでもある。

そうこうしているうちに、町内の人が親を突き止めてしまった。なんでも、まあなんだ。風俗系のお仕事をされてる人でうっかり産んじゃった的な。

仕事の内容だけにそういうこともある話なのだそうで、赤ん坊は町の顔役が預かって、里親を探す。そういうことになった。

ミカさんから話を聞いたせいか、すっかりあなたのあだ名は純愛くんだ。まあ、童貞くんよりはマシだろう。そう言うと、なんだお前、童貞か。ミカちゃん奪ってやんなよ。

などと町の人が囃し立てる。ミカさんはバカーバカバカー、もう帰れー。と町の人にやり返す。もちろんどちらも、本気ではない。

ほらあんたも! とミカさんが上手いことを言えと囃し立てる。ええと、どう言えばいいのだろう。

あなたは、ミカさん相手なら僕は万々歳です。と答える。ミカはバカバカー! 死ね! 帰れ! と取りつく島もない。赤面した顔も可愛いなと、ふいに思った。

笑い声の絶えない店内から外(と言ってもスモークガラスのない足元越しだが)を見れば、雨粒の跳ねる様子はなくなった。雨雲はどうやら退散したようだ。

 で、どうすんだい純愛くん。ミカさんがいう。また来るかい? と。あなたは、ええ、ミカさんに会いに来ますよ。僕の名前はーー

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あなたは童貞を捨てたい 山内 剛 @match_bo

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