第2話 肉骨茶を啜りたい

 なんだこれは。

熱々の真っ黒な汁に油が浮いている。それ以前に、八角か? この漢方薬の匂いはなんだ。

あなたが目を白黒していると、白シャツのお姉さんがケラケラと笑いながら話しかけてきた。

「肉骨茶(パクテー)、知らなかったでしょ。」

そうです、と答えると、お姉さんはまたケラケラと笑った。

肉骨茶とは、豚肉や臓物、唐辛子とにんにくを八角、当帰、丁子、甘草、桂皮、陳皮といった

漢方薬と、やたら塩辛い醤油とで煮込んだモツ煮の一種、だ、そうだ。

厚揚げや大根も入るのが、日本風と言った所だろうか。

「うちのはえのき茸も入ってるから、高級だよ〜」

まるで知らなかった。恐る恐る食ってみれば、なるほど意外にあっさりしている。

肉は豚肉だというのはなんとなく嘘っぽいなあ。と思いつつあなたはやけに硬い肉を食んだ。

聞けば、船着き場の苦力が朝食に食べているんだそうな。どうりで妙に元気になる。

風邪引いたらここに食べに来よう。


 腹も人心地ついた所で思い出した。だがなんと説明しよう。

「精もついた所で、セックスしたいです」とか言うのだろうか。

それはなんだか気恥ずかしい。

まあ待て、考えよう。冷静になって考えればきっと活路は開けるはずだ。

辺りを見回すと、ニヤニヤ笑いの白シャツ姉さんの他に店員はなく、

客はもちろん、あなた一人だ。目があった。


 あなたは言った。

純愛えっちがしたいんです!

と。



 こうしてあなたの脳内には一つの恥ずかしい記憶が書き加えられた。


 お姉さん(名前はミカさんだそうだ)は泣くほど笑ったのち、

ああ、私純愛えっちすると死んじゃう体質なんだよねー。だからダメなんだわ。ごめんね。

と言った。

ショックだ。死にたい。気づけば雨の匂いがする。外はどしゃ降りだろう。

ミカさんは言う。まあでも、店の外で土下座すれば、手ぐらいなら使ってあげるよ。

などとのんきな顔。

だが、ミカさんはあなたが突然立ち上がったのに、ひどく驚いた。

あなたは入り口へと足を進める。

ミカさんは、いや、ちょっとまって、冗談、冗談だよ。と言うが、取りつく島もない。

あなたは店の玄関先でーー



店の玄関先で、捨て子を拾った。

 あなたは赤ん坊を抱えると店に戻り、捨て子だ!とミカに言った。

ミカはうわ、めんどくさ! と返し、店を飛び出した。

雨の中、辺りを見回す。

親とおもしき人物は姿も見えない。あなたは途方に暮れつつ、机に赤ちゃんを乗せた。

ミカさんは店に戻ると、どうすんのよ子供なんか拾っちゃって。とあなたに言う。

あなたが産着をさらうと、母娘の写真とオムツが出てきた。デジカメプリントというやつだ。

写真の裏には翠(みどりとでも読むのだろう)、とあり、この子の名前と思われた。

手がかりはこれだけね。とミカさんは言う。とっちめてやらないと。とのこと。

 なんといってもこの須奈町、警察署はあるが役に立っているという噂はさっぱり聞かない。

須奈町の問題は須奈町で解決しなければ。というわけだ。

とは言ってもねえ。と、これはミカさん。保健所に相談するぐらいしかないかなあ。

なんでも保健所はいろいろな事情により懇意にしているらしい。

あなたは、まあ、飲食店なのだから当然か。と一人納得していると、わらわらと近所の人がやってきた。

 ミカさんが状況を伝える。

(なんだ、男連れ込んだと思ったらもう子持ちかい? などといった戯言はうまく躱していた)

町の人は人情厚く、許せねえだのとっ捕まえてやるだの言っている。

町の人は携帯電話で親の写真の顔を取り、ほうぼうへメールしている。

なんだか恐ろしいことになりそうだ。

「そんなことより! 体拭いてやらなきゃ! 赤ちゃん風邪引いちまうよ!」 

おばさんが言う。

至極もっともだ。赤ちゃんを奥に連れていくミカさんを見つつ、手持ち無沙汰にしていると、

町のもので解決するから、お前はもう帰れという。まあ、そうですよね。

町のおばさんが、しかしあんたもびしょ濡れだね。と一言。

そうですね。銭湯ないですか。と尋ねると、銭湯はまだこの時間だとやってないから、

ミカちゃんところで風呂借りなよ。との声。ありがたく頂戴することにした。

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