第2話ボッチな夜にはご用心

 とりあえずこれからの事を考えないといけない。

 東にいけば魔王の城だから却下。

 西に行ってもミラナーノの街があってヒューズがいるから却下。

 残る選択肢は南か北になるが、北は近くに街もなく荒野が広がっているだけなので、行くなら少し進んだ所に街のある南を目指すのが妥当な所か。


 俺は食糧等も持っていないので、出来るだけ急いで街を目指して進み始めた。

 そして、進み始めて一つ分かったことがある。


「この体、体力無さすぎる…」


 仮にも俺は魔王を倒した人間だ。

 魔法等も使っていたが、魔法をどれだけ鍛え上げても、魔法だけで倒せるほど魔王は甘い存在じゃない。

 なので、俺は昔からずっと体を鍛え続けていたので、結構力にも自信があったのだ。


 だがしかし、この体は見た目の予想を裏切ることはなく、見た目通りの女の子らしい弱々しい力しか持ち合わせていなかった。


「あと三日は掛かりそうだな…」


 男の時より大分ペースは遅くなっているが、幸い森の中には木の実や山菜等が沢山あるお陰で食糧問題は大丈夫そうだ。

 そして、日が暮れてきて完全に暗くなる前に火を起こし、適当に採ってきた山菜や木の実等を食べて、今日は眠りについたのだった。


~~~~~~~~~~~~~~


 月明かりだけが辺りを照らす真夜中に、森の中で寝ているシエルに何者かが近付いていた。


「そこにいるのは誰だッ!」


 俺の索敵サーチに三体の生体反応があったので、俺は反応があった方に振り向き、じっと睨み付けた。

 しかし、俺が叫んだ方向から返事はなかった。


「…魔物か?」


 動かない生物の方を注意深く見つめながら、俺はすぐに逃げれるように荷物を近くに手繰り寄せた。


 ─瞬間。俺は背中から何者かに押さえつけられ、口に布のようなものを押し付けられた。


「むぐぅっ!むうぅぅうう、むううー!」


「はいはーい、大人しくしてくださいねー」


 俺はその場で暴れて逃げ出そうとするが、俺の非力な力では振りほどけず、そのまま地面に押さえつけられた。


「むうううう、むーむ、むー!」


「暴れない暴れなーい」


 俺を捕まえた女性は、軽い感じのテンションで俺の手を後ろ手に押さえつけた。


「いやー、さすがクリス様。まさか索敵サーチを持っているとは思わなかったが、それを掻い潜るなんて」


 暗闇の中から二人の人物が近づいてきた。


「この子の索敵サーチが優秀だったからねー、反応が良すぎて騙しやすかったよー」


「ふー、むぅ…」


「押さえるの手伝いましょうか?」


「いやだいじょーぶ、そろそろ効いて来ると思うから」


「ぅむう…」


 やばい、だんだん意識が朦朧としてきた。

 口を押さえられてるから魔法も使えないし、この非力な体では振りほどくこともできない。

 しかしここで諦めて意識を手放す訳には…


「地味に粘るねー、じゃあ追加でプレゼントしちゃおうかな─」


 俺を押さえている女性は、俺の耳元に顔を近づけて呟いた。


「─良い子は寝ましょうね。スリープ」


 その声を聞いた瞬間、俺は意識を手放した。


~~~~~~~~~~~~


 俺が目を覚ますと、隣の部屋から誰かの話し声が聞こえてきた。


「いやー、クリスさんのお陰で良い商品が手に入りましたよ。是非とも追加で料金を払わせていただきたいですな」


「いえいえー、契約中にたまたま見つけただけですんで、最初の契約の範囲内ですから追加料金はいらないですよー」


「そうですか、こちらとしてはクリスさんに感謝の気持ちとしてお支払したかったのですが、無理に押し付けるものでもないですからな」


「感謝の気持ちはもう十分つたわりましたよー、ですのでおきになさらずー」


「さようですか。しかし、あれほどの上玉久々に見ましたな、なにか惹き付けられる様なものを感じますし」


「あー、惹き付けられる感じは何となくわかりますよー。私達も引き寄せられる感じがしたので、行ってみたらあの子が居ましたからねー」


 もしかしなくとも、俺が襲われたのって魅了チャームのせいじゃねーか!


「ふむ、売りに出す前に一度味見しておくのもよろしいかもしれぬなぁ」


 味見ってなにを!?俺を!?

 声の感じからして、肥太ったオッサン(仮)に触られるとか、想像するだけで全身に鳥肌が!


「あー、あの子処女ですよ?」


 そりゃあ女になったばっかりだから当たり前なんだが…

 そんなことよりなんで知ってんの?めちゃくちゃ怖いんだが!


「なんとっ!それはそれは…処女ならさぞや高く売れるでしょうな。しかし、一度味見しておきたかったが、処女であるなら諦めるしかありませんな」


 今のところクリスとかいう奴のお陰で貞操の危機は免れたらしい。

 俺をこんな状況にしたのもクリスってやつなんだけどね!


 そんなことより、売られる前に早く脱出しないと。

 売られたら本当に貞操の危機に陥りそうだからな。

 しかし、今の俺の状況は、布の様なもので目隠しされて、口にも布の様なものを噛まされ、そのうえ両腕をロープで頭の上で縛られて、そのロープの端が柱にくくりつけられている。


 軽く詰んでいる状況だが、俺には一応策があるので、厄介そうなクリスが出ていったら行動を開始しよう。


「じゃあそろそろ失礼しますねー」


「はい、また機会があれば是非ともクリスさんに仕事をお願いしたいですな」


「また機会があればよろしくー」


 その後扉を開いて出ていく足音が遠くなっていった。

 よし、行動開始だ。


 俺はまずロープで縛られている両腕を解放するため、昔独学で勉強して習得していた縄抜けを使って両腕を自由にした。


「ふぅ、縄抜け覚えておいて良かった…」


 ボッチは捕まっても誰も助けに来てはくれないので、縄抜けは必須技術なのである。悲しい…

 とりあえず状況を確認するために、目隠しと口に噛まされていた布を外して辺りを見渡した。


「俺の荷物はここにはないか…なにか使えそうなものはっと…」


 俺のいた部屋は物置のような所で、物は置いてあるが家具とかばかりなので、あまり使えそうなものは無かった。


「俺を縛ってたロープと、マントがあるから拝借していくか」


 俺は部屋にあったマントと、俺の両腕を縛っていたロープを持って、部屋の窓に近づいていった。


「おっと、先に音消しておかないと。消音ミュート


 俺は窓を開ける前に、辺りの音を聞こえにくくする魔法を発動させたあと、窓を開けて下を覗きこんだ。


「この高さなら長さは足りそうだな」


 俺は部屋の高さとロープの長さを確認し、窓の近くにあった柱にロープの端を固く結びつけた。


「よいしょ。よし、さっさとこんなところから逃げ出そう」


 そして、俺は柱にくくりつけたロープを持って、窓から華麗な脱出をとげる─


「う、腕もげる…」


 ─何て事はなかった、普通に筋力が落ちてる事を忘れてた…


「はぁ、はぁ、途中で落ちるかと思った…」


 何とか最後まで落下せずに済み、その場で座り込んで息を整えた。


「あんまり長いことこんなところに居るわけにはいかないな、行くか」


 少し休憩したところで、マントを深く被り移動を開始した。


隠密ハイド


 俺は隠密ハイドを使って姿を認識されにくくして、路地裏から大通りに出ようとした。


「待ってたよー、お嬢ちゃん?」


「な!?」


 俺が路地裏から大通りに出ると、建物の影に先程部屋から出ていったクリスの声が聞こえた。


「ひ、人違いじゃないですか?」


 マントで顔はまだ見られていないので、とりあえず誤魔化す方向でいってみよう。


「私ずっと索敵サーチ使ってたから、間違えるわけないよ?」


「…ウィンド─」


「妙な事するとプスっといっちゃうよ?」


「っぐ…」


 俺が魔法を唱えようとした瞬間、クリスは腰に差していたダガーを引き抜いて、その引き抜いたダガーを俺の喉に突きつけてきた。


「あんまり警戒しなくていいよ?もう契約終わってるから君のこと捕まえたりしないし。とりあえず近くの酒場にでも行こうか」


「…分かった」


 クリスは相当な実力を持っていそうなので、とりあえず着いていくことにした。

 無理に動けば逃げ出せるかも知れないが、リスクが高すぎるので今は様子見をしよう。


「すいませーん、私はヘヴィトードの唐揚げとアラ・ロブスターの蒸し焼きで。君は?」


「お金ないからいい」


「あー、そっかー、身ぐるみ剥がされちゃったもんねー」


「ぐぬぬ…」


 この野郎…誰のせいだと思ってるんだ。

 その後、クリスの分の料理が運ばれてきた。


「わー、美味しそうー」


 空腹の上に最近しっかりしたご飯を食べていなかったから、目の前の料理が輝いて見える。


「…ゴクッ」


「どうしたの?よだれ垂らして物欲しそうに見つめちゃってー。分けてほしい?」


「ほ、欲しい!」


「どうしてもほしい?」


「どうしてもってほどじゃないけど…」


「じゃああげなーい」


「ど、どうしても欲しいです!」


「ふふふっ、じゃあ今から言う質問に答えてもらおうかなー」


 クリスはニヤリと笑って俺の顔を見つめてきた。


「質問って何の質問?」


「それはね、─」


 クリスは1拍置いて、俺の瞳をじっと見つめながらこう言った。


「冒険者のシエルって男の人知らない?」

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ボッチな勇者が魔王の一人を倒したら。 @pea

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