ボッチな勇者が魔王の一人を倒したら。

@pea

第1話ボッチな勇者が魔王の一人を倒したら。

 俺は今日、勇者と呼ばれる存在になったのだ。


 俺の目の前には致命傷を受けて、既に虫の息で動くこともままならない魔王と呼ばれる存在が倒れている。

 そう、俺は今日この時に魔王を討ち果たしたのだ!


「くっ、この私がまさかこんな奴に負けるなんて」


 俺が悦に入っていると、死にかけの魔王が何か喋っていた。


「なんだ、まだ喋れたのか。残念だったな俺なんかに負けて」


 こんな奴呼ばわりされた俺は、皮肉気にそう言い返してやった。


「こんなボッチで女顔でボッチで男としては体もそれほど大きくなくてボッチで幸薄そうでボッチな奴に負けるなんて…」


「おい、ボッチって言い過ぎだ、泣くぞこの野郎」


「実際ボッチでこの私に挑んでるじゃない。それに、ボッチだからか分からないけど、私の一番の能力が効かなかったみたいなのはビックリだわ」


 出来るなら今すぐこの魔王に止めを刺したい。


「もう少し体力が残ってたらなぁ」


 魔王と一対一で戦った俺の体も既に満身創痍の状態で、大きな怪我はないが今すぐ動けるほどの体力は残っていなかった。


「ぐはっ、はぁ、はぁ、私の命もそろそろ限界のようね…」


 やっとか。こんな魔王の城の中で何時までも待っているのは嫌だが、相手は魔王なので俺がこの目で魔王が死ぬところを確認するまでここを離れるわけにはいかない。

 まあ俺が動けないだけなんだけれども。


「ねえ、最後にあなたの名前を聞いてもいいかしら?」


「…シエルだ」


「一つ良いこと教えてあげるわね。魔物相手に簡単に名前は教えない方がいいわよ、ましてや魔王に教えるなんて何されても知らないわよ?」


 魔王相手とはいえ、ボッチの俺は普段名前なんて聞かれないから、嬉しくて答えてしまったのは仕方ないことだと思う。


「ふふっ、そうね、最後に私の命を使って一矢報いるのも良いかも知れないわね」


「へ?」


 全然良くないです。


「あなたはボッチで陰湿な所もあったけど、多才で様々な事を行うあなたは強かったわ。そんなあなたに敬意を表して、魔王が命を掛けた嫌がらせをしてあげるわね」


 そんな敬意少したりとも欲しくない!


「や、止めろ!魔王が最後にそんな嫌がらせするなんてみっともないんじゃないか!?」


「みっともないもなにも、どうせもう助からないんだし、最期くらい私に致命傷を負わせたあなたに嫌がらせをしてもおかしくないんじゃないかしら?」


「くっそ!」


 やっと魔王を倒して勇者になれそうなのに!

 勇者になればきっと皆が俺を必要としてくれるはずだ。

 そうなれば、俺はやっとボッチじゃなくなって、夢にまで見た仲間との楽しい冒険を─


「我が命を燃やしたりて、我を討ち滅ぼせし者シエルを我の力で呪いせしめる─」


 ヤ、ヤバイ!なんか聞いたことない詠唱をし出してる!

 どうにかして詠唱を止めさせるか逃げないと!?


「おい、ちょっと落ち着けって、俺に呪いなんか掛けてもボッチだから誰も悲しんだりしないよ?」


「我が屈辱を汝の身に刻みて─」


「一回詠唱中断してみない!?」


「さあ、我の命を生け贄に漆黒の渦が汝を襲いせしめる─」


 ダメだー!止まる気配がない!

 どうにかして逃げるしかない!

 しかし、まだ体を動かせる状態じゃないし、魔力も殆ど空だし…


「あ!そうだ、テレポートだ!」


 魔力がないからちゃんとした効果は発揮しないだろうが、魔王の見えないところまで飛ぶ位はできるだろう。

 魔力が殆どないから意識を集中して、身体中の魔力を集めて急いで詠唱しだした。


「さあ、我が力はその身に永遠の呪いとなりて刻み込まれるだろう─」


 ヤバイ!ヤバイ!そろそろ相手の詠唱が終盤に差し掛かってる。

 もう少し、もう少しでテレポートの詠唱が─


「ボッチなあなたに私なりのプレゼントよ、喜んでくれると嬉しいわ」


 くっそ、体が淡く光だして意識が遠退いていく。


「テレポォーーートッ!!」


「これからのあなたの人生を思うだけで、楽しんで永遠の眠りにつくことができるわ。おやすみなさい、ボッチな勇者シエル君」




~~~~~~~~~~~~~~~


 暖かな朝日が木々の間に差し込み、湖には水を飲みに小動物達が集まっていた。

 そして、そんな森の中で穏やかな寝息をたてて意識を失っている人間が一人。


「んぅ、ここは…?」


 辺りを見渡してもただの森の風景が広がっているだけで、特に変わったところはない。


「俺はなんでこんな所に…何をしてたんだっけ…」


 爽やかな風が吹き抜け、俺の頭から伸びた黒色の長い髪がふわりと浮かび上がり、俺はそれを手で押さえながら記憶を探りだした。


「う~ん、なんか肩が重い…あ!そうだ、確かミラナーノの街の近くにいる色欲の魔王を倒しにいったはずだ!」


 一つの事を思い出すと、そこから記憶が湧き出るように蘇ってきた。


「そうだ、城の魔王の幹部の殆どが各地に散っていてチャンスだとか安易な考えで魔王の城に一人で乗り込んで…俺、魔王倒さなかったっけ?」


 俺は先程までの事を思い出し、テンションが上がってその場で立ち上がり、勇者と呼ばれ仲間を作るため街まで走り出した。


「やった!倒したんだ!俺が勇者に!これからはもうボッチじゃ─」


 走り出したが、三歩程移動した所で自分のズボンの裾を思いっきり踏んづけて、盛大に顔面から地面にダイブした。


「─フボォ。いてて、いつの間にかズボンが下がっ…て…た?」


 俺はそこで始めて自分の体を確認した。


 なにかがおかしい。

 俺は髪の毛は刈り上げのサッパリした長さだったはずだ。

 それに、声も元々声変わりしていないような高い声だったが、こんなに可愛らしい声じゃなかった。

 極めつけは、俺の胸にはお椀のような脂肪の塊はついていなかった。


「あんのクソ魔王がああああああああ!」


 俺は体が一回り小さくなった女の子になってました。


~~~~~~~~~~~


「歩きにくい…」


 俺はとりあえず街に帰るために歩きだしたが、体が一回り小さくなってしまったため、服やズボンは折り曲げたり必要のない部分を切って使っているが、靴はどうすることもできないので、森の中を裸足で歩くわけにもいかず、ブカブカの靴をパカパカ鳴らしながら歩いていた。


「やっと着いたか」


 俺は森の中を三十分程歩き続けて、ミラナーノの街にたどり着いていた。


「さて、どうしようかな」


 俺は街の中にどうやって入ろうか悩んでいた。

 街の入り口には門番の人が立っていて、普通なら変な事が無ければ通れるのだが、ブカブカの男物の服を着ている俺の今の格好はどう見ても変だ。

 かといって冒険者カードを見せても信じてもらえないだろうし。


「まあ、とりあえず行ってみるか」


 俺は街の入り口の手前で少しタイミングを見計らい、人が多く出入りするタイミングを狙って、平常心を保ちながら堂々と街の門をくぐった。


「平常心…平常心…」


 俺は小声でぶつぶつ言いながら歩いて門番の前を通りすぎた。

 普通に周りから見れば変な子にしか見えないことなど思いもせずに。

 しかし、そんな変な子に門番は声も掛けず、シエルは普通にミラナーノの街に入れてしまった。


「何だかずっと変な目で見られている気がする…」


 俺が街に入った瞬間から、男女問わず街の住人達は俺の全身を舐め回すような視線で見つめていた。

 俯きながら歩いていたが、たまに顔をあげてみると、こちらを見つめていた人と目が合い、目があった人は段々と表情が恍惚としていき、うっとりとした顔でその場で呆然としだすのだ。


「男だった時は全然見向きもされなかったが、普通の人はこんなに見られるものなのかな…」


 何かおかしい気もするが、そもそも普通の基準が分からないのでそれを判断することもできず、そのまま俯いて歩くしかなかった。


 暫く歩いていると、俺の目指していた目的地に到着した。

 その目的地とは、ミラナーノで一番の大きさを誇る建造物のミラナーノ城であった。


「多分まだヒューズがいるはずだ」


 ボッチなのでもちろん友達や仲間なんて居ないので、最後にパーティを組んだことのある顔見知りに何とか俺の事を分かってもらい、身分を証明してくれることに賭けたのだ

 仮のパーティとは言え、結構大がかりなクエストだったので印象位には残っているだろう。


「最後に他の人と会話してた内容によれば、次はミラナーノ城で護衛の仕事をしているはず…」


 他の人と会話してたのを盗み聞きしてただけなので確証はないが、今はそれに縋るしかなかった。


「あ、あの!この城にいると思う知り合いに会いたくて来たんですけど!どうか取り次いでもらえないでしょうか!」


 昔からだが、初対面の人と話すときはどうも声がうわずってしまうなぁ。


「ぅ…ぁあ…」


「あ、あの、どうかしましたか…?」


 俺が話し掛けた警備兵らしき人は、俺の顔を見つめながら口をパクパクさせて固まっていた。


「…ハッ!し、しし、城にいる知り合いへの取り次ぎですね!?その知り合いの方のお名前は!?」


「ヒィ…え、えーっと、ヒューズって言う名前の冒険者です…」


 急に動き出した警備兵の人は、物凄い勢いで距離を詰めてきて至近距離で喋りだしたので、思わず悲鳴が漏れてしまった。


「ヒューズさんですね!分かりました、すぐに取り次いで来ます!あ、あの!お名前をお伺いしてもよろしいですか!?」


「え!?あ、はい、シエルです。では、よろしくお願いします…」


 まさか、こんなに簡単に取り次いで貰えるとは思っていなかった。

 この城の警備とか大丈夫なんだろうか…


「お待たせしました!ヒューズ殿が今すぐ裏庭の方に来てくれとのことで、着いてきてください」


「はい、分かりました」


 本当にすぐに取り次いで来てくれた警備兵の人に連れられて、俺は城にある裏庭まで案内された。


「やあ、君がシエルで間違いないかな?」


 俺が裏庭に到着すると、裏庭で待っていたヒューズがこちらに向かって喋りかけてきた。


「あ、ああ、そうなんだけど、俺のこと…その…覚えてるかな?」


 俺はヒューズの後ろに待機している武装した兵士達が気になったが、とりあえず覚えられているか確認を取ろうとした。


「いや、シエルなんて名前の人物とは会ったことはない!」


 名前すら覚えて貰えてなかったのか…


「この前仮のパーティで一緒にワイバーンを倒しに行ったときに居たんだけど…魔法とか剣とか色々使ってて、それとワイバーンの右目を潰したり左の翼を折ったりもしたんだけど覚えてないかな?」


「あまり覚えてないが確かそんな奴が…しかし女みたいだったが確か男だったはず…」


 結構クエストに貢献しても俺の認知度なんてこんなものだ。


「どうかな?思い出してくれたかな?」


「おい、お前あの冒険者をどうしたんだ!」


「信じられないかも知れないけど、俺がその冒険者なんだよ!」


「そんな嘘が通じると思っているのか!」


 ヒューズがそう叫ぶと、ヒューズの後ろで待機していた兵士が、俺を取り囲んで剣を引き抜いた。


「え、え、えええええ!?」


 なんで俺がいきなり取り囲まれて剣を向けられるんだよ!?


「ちょ、ちょっと待って、俺が怪しいのは分かるけど、いきなり取り囲んで剣を向けてくるのはおかしいんじゃ…」


「黙れこの色欲の魔王が!」


 へ?


「色欲の魔王…?誰が?」


「とぼけるな!お前だろ!とぼけるならその常時放っている魅了チャームを抑えてからとぼけろ!」


「俺が魅了チャームを放ってる…」


 そこで俺は先程までの状況から事態を理解し、あの魔王の言葉が脳裏によみがえった。


『ボッチなあなたに私なりのプレゼントよ、喜んでくれると嬉しいわ』


「あんのくそ魔王がああああああ!」


「叫びだしたぞ!何かするつもりかもしれない、殺れ!」


「「ウオオォオォオオッ」」


 せっかく魔王を倒したのに、魔王と勘違いされて殺されてたまるか!


「アースクエイクッ!」


 俺が魔法を無詠唱で行使すると、地面が大きく揺れた。

 無詠唱なので威力はそれほど高くないが、地面の揺れに足を取られて動きの止まった兵士達の隙をつき、テレポートを使用する程の時間は稼げた。


「転移するつもりか!逃がすか!」


 テレポートの詠唱に気付いたヒューズが斬りかかってきたが、俺は剣が振り下ろされるギリギリの所で詠唱を終えた。


「テレポートッ!」


~~~~~~~~~~~~~~~~


「はぁ、はぁ、何とか逃げれた…」


 俺はせっかく街まで歩いたのだが、ヒューズ達のせいで先程の森に逃げ帰ってきてしまった。


「これからどうすれば…」


 俺は少し泣きそうになりながら、今の絶望的状況にうちひしがれるのだった。


「確かに俺はボッチだったよ、魔王を倒して勇者になって、色んな人に見てもらってチヤホヤされたかった、されたかったけど…」


 今の俺からは常に魅了チャームが放たれている状態なので、色んな人が見てくれるしチヤホヤもされるだろう。


「でも、でも─」


 ボッチな勇者は、魔王を倒して可愛らしい見た目と魅了チャームを手に入れて、念願の色んな人が見てくれて、色んな人が寄ってきて、色んな人がチヤホヤしてくれる状況を手にいれました!


「─これはおかしいだろぉぉおおおおおお」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る