第3話


 この話も平塚でのことだ。

 あーただその前に、面倒なので一つだけ断っておきたい。

 俺は思想的に中道やや右寄りで、無神論者でSF好きだ。

 閑話休題。

 平塚での話しに戻るとしょう。

 ひたすらに無意味で、当時は三十路男の日常。

 天命を知る目前となったら今から思い返してみても、この時期は本当に狂っていたとしか思えない日々が続いていた。

 多分、理由は俺の歯茎に触れた彼女の舌だと思う。

 あの一瞬。

 かすかに震えた彼女の舌。

 あの感覚を思い返す度、狂おしい思いが甦る。

 俺は柔らかく破壊されていった。

 まあそれはさておき、とにかく常時飲んでいた。

 毎日マイニチ。

 休日だった。

 朝方、フラフラになりすぎて自転車を引きずって会社の寮へと帰る途中。

 そこで、老夫婦であろう二人を見た。

 二人とも髪に白いものが混じっている。

 整地された分譲地には、一軒だけ真新しい住宅が建っていた。

 朝日が照らしだす世界の中、二人の老人がいる。

 二人はそっと体を寄せて、背中を見せている。

 腕を絡ませ、老女が男の肩に頭を預けている。

 アンドリューワイエスのソフィーの世界。

 半身不随のソフィーが見たら理想とする風景かもしれない。

『クソが、爆発しろ』

 べろべろの俺は心中で毒づいた。

 ケッ、と思いつつ数メートル先の道を通りすぎようとすると男の声が小さく聞こえた。

「これが、俺たちの終の棲家だ」

 ちょうど背後でチャリを引っ張りつつ、彼女と別れたばかりの俺に、その神託のごとき文言が響いた。

 ツイ、ノ、スミカ。

 当然のように俺の両目からはボロボロと涙がこぼれ落ちる。

 二人に気づかれぬよう、その場を逃げるように俺は急いだ。

 俺の人生であんなに悔しい思いをしたことはない。

 とにかく二人をそれ以降見たことはない。

 何故なら、俺は意識的にその道を通らないようにしたからだ。

 すえながく爆発する幸福な人生を二人に願った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

酔生夢死 ガジュマル @reni

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る