第9話 少女にだって、やりたいことがある。


 騒動の日から一週間が経過したある日のことである。

 ヴィムは再び学院長室に訪れていた。当時と違うことがあるとすれば、自分の意思で来た、ということだろう。学院長はヴィムから提出された書類をじっくりと眺めてから、机の上に置いてあった判子を捺した。


「ま、これに懲りたらもうしちゃいかんよ、ヴィム君」

「二度としない。たぶん」

「なんでそんな短い言葉で矛盾するんじゃろうな。これもジェネレーションギャップ、というやつかのう」


 学院長は呆れたように溜息を吐いた。近頃の若者は言葉遣いもそうだが、何を考えているのかわからなくなる時が来る。自分が若い頃とは時代が違うのだろう。


「ところでヴィム君。書類はもう一枚あったと思うが、それはどうしたんじゃ?」

「破って捨てたけど、それが?」

「……ルドヴィカ様が、お怒りになりそうじゃのぅ」


 わざとらしく、ヴィムには直接言わずに関わっている人間の名前をほのめかす。しかし、目の前の少年にはどうにも効果がないようだ。


「それじゃあ、もう行くから」


 ヴィムはそれだけ言い残すと、学院長室を去る。学院長の前に残されたのは、ヴィムが奉仕活動を終えたことを示すものと、今後女子寮に近づかないことを誓約した書類。本来だったらここにルドヴィカに服従を誓う書類が追加されているはずなのだが。


「いくら王族とはいえ、あの歳で尻に敷かれるのは、わしも嫌じゃしなぁ」


 今後の少年の様子を思い、少しだけ可哀想に思ってしまう学院長だった。




 ヴィムが学院長室から出てくると、それを迎える人影が二つあった。


「よう、奉仕活動ご苦労さん」

「お疲れ様、ヴィム。もうこれ以上の厄介事はないよね?」

「ルドガーにスウェイか。悪かったな、ちょっと迷惑かけた」

「ちょっとかぁ。オレは、結構、だと思うけどなぁ」

「はは、まぁ僕らはちょっとだけだったけど、アイネさんとナターシャさん、それにルドヴィカ様にはきちんと謝っておいてね」

「まぁ、あの二人と、それに女子寮の寮長にもだな。けど、ルドヴィカは勝手にやっただけだろ。あいつのことは知らねぇよ」


 この一週間、ヴィムとしては学院長に指定された通りに奉仕活動に勤しんでいただけなのだが、周りの人間が、主にルドヴィカが突っかかってきて面倒に感じたことが何回かあった。もちろん、他でもないそのルドヴィカと、ソフィアの計らいによって、ヴィムのしでかした件は下火になりつつあるのだが。

 そのことを思い出して苦い顔をするヴィムを、スウェイは少しばかり咎める。


「あのねぇヴィム、君の態度もわからなくはないけど、あまりルドヴィカ様のことを軽んじるのはよくないよ。君だって、この学院の設立に王家が関わっていることは知っているだろう」

「別に軽く扱ってるつもりはねぇよ。ただ、なんつうか、上手くいかないんだ」


 ヴィムは頭をガシガシと掻いた。どうにも波長が合わないというか、調子が出ないというか、ルドヴィカとは上手くやっていけないのだ。

 実のところ、ヴィムは得意科目においては優等生で通っている。もちろん、不得意科目との落差が激しすぎる辺りが問題児たる所以なのだが、それでも普通に付き合っていけるだけの最低限の常識くらいは身に着けている。


 それがルドヴィカ相手だと上手く発揮されないというのは、この一週間で嫌というほど思い知らされた事実だ。そんな事実も知りたくなかった、というのはヴィムの本音である。


「気をつけてよ、ヴィム。ただでさえ君は問題を起こしているんだからね」

「その辺りはルスコーにも強く言われたことだよ。大丈夫、えーと、あれだ、前向きに検討いたしますってやつだ」

「それ、実際にはしないって意味だぞお前。さっきの礼節の授業で何聞いてたんだよ」


 ルドガーがヴィムの発言に対して突っ込むが、当の少年は意に介さず、二人が集まった件についての会話を切り出す。


「それより、集団授業に出られなくて悪かったな。俺がいない間、何やってたんだ?」

「前にやってた通り、簡単なクエストだよ。素材収集や実験の手伝いが主。この辺りは一回生の時と変わらないね」


 集団授業とは、王立魔術学院で取り入れられている授業形態の一つだ。

 大まかに分けて必修、選択、そして集団があり、それぞれで特定の期間内に規定の実力がついたと判断されなければ単位を取得することができない。ただ卒業するだけならば3年で十分だが、後の進路に有効な資格等を取得するために最大で6年間の滞在が許可されている、というのは蛇足だ。


 集団授業では学院から決められた6人が集まり、学院あるいは町の冒険者ギルドから張り出されるクエストをこなすことが目的だ。学院生は限られたクエストをしっかりとこなして、評価点を集めるのだ。6人全員でクエストをこなしてもよいし、2人組みを3つ作ってそれぞれこなしてもよい。

 そうして自分にまかされた仕事をこなすという感覚と、他者と協力し合うことを学ぶのだ。

 ヴィムとスウェイ、ルドガーは同じ班にあてられた仲間だ。これは二回生になったときに一新されるものだが、3人はそれぞれの事情で一回生の頃から面識があったりする。


「おい、二人とも、さっさと行こうぜ。確か、すぐに22番教室で待ち合わせだろ。あの二人を待たせるわけにもいかねぇし」

「そうだね、ルドガー。僕らは先に行ってるから、言った通りヴィムも戦闘用の準備してから来てくれ」

「ああ。つっても、俺の場合、この前のでいくつも装備がダメになったからな。新しいやつを申請しておいたけど、まだ確認してねぇ」

「そりゃてめーの自業自得だヴィム」

「こればっかりはルドガーに同意するよ、ご愁傷様」


 つれない友人二人の対応に、ヴィムは軽く肩をすくめてから寮の自室に駈け足で戻る。待たせている内の一人は、ことに時間に五月蠅いやつだということを、ヴィムはこの一年でよく知っているから。




「遅いですよ覗き魔、一体何してたんですか」

「新調された装備の確認だよナターシャ、文句あっか」

「大ありですよ。いつからアイネさんを待たせられるほど偉くなったんですかあんたは」

「ぬ、それは悪かった、すまんアイネ」

「うむ、わかればよろしー」

「あのね、それだと私がすごく嫌な人っぽく思えるからやめてほしいな」


 22番教室では先の二人に加え、アイネとナターシャが待っていた。アイネは空色のフード付きローブを着ており、手には卑空石という低級の魔石が備わった杖を手にしている。ナターシャは鳶色の動きやすそうな軽装で、量産品のナイフを弄んでいる。

 冒険者の括りで言えば、僧侶と盗賊と言った出で立ちだ。加え、ルドガーは全身鎧に加えて両手持ちの斧を背に括り付けており、スウェイはアイネと色違いの白いフード付きローブで、手には片手槍。同じく括るなら戦士と僧兵。ヴィムの班が戦闘態勢で集まるのは、初めて集まった時の演習試験以来だ。


 非常に物々しい雰囲気だった。普段の集団授業であれば、服装はともかく武器を手にすることなど今までは無かったはずだ。そこで、ヴィムは一人足りないことに気付く。


「あれ? キリエはどうしたんだ?」


 ヴィムは同じ班に属している一人の学生の名を呼んだ。女性にしては高身長である彼女の姿が見えないというのは妙だ。かくれんぼが趣味、というお茶目さを発揮する人でもなかったはずだが。


「ヴィムには言ってなかったっけ。キリエさんは出身の教会にいる親代わりの人が体調を崩したみたいで、しばらく休学するって話なんだけど」

「初耳だな。キリエが教会出身ってのも意外だ」

「とゆーか、よくキリエさんのことを呼び捨てにできますね。そーいう図太いを通り越して無神経なとこ、直した方がいいですよ」

「前向きに善処する」

「それ、絶対しないやつだよね」


 キリエ・レインがいないのはある意味では致命的だった。彼女はこの班内の年長者であり、班長として周りに指示を出す係だった。その補助についていたスウェイが代わりとなるのだろうか、と思いスウェイの方を見るが、返ってきたのは否定だった。


「それも考えたけどね。まぁ、その……代わりにふさわしい人がいるというか、僕がやるよりもその人がやったほうがいいと思ったんだ。その、いろいろと、ね?」

「んだよその言い方。俺らは新しいやつが来るって聞いてたけど、まだ誰かは知らねェし……もしかして、そいつがやるってのか?」

「僕はそのつもりなんだけど」

「スウェイ君が言うなら、よっぽどの人が来ると思うんだけど、その人ってまだ来てないの?」

「ええ、色々と準備に時間がかかっているようで」

「時間にルーズなやつが班長って、大丈夫なのかそれ」

「遅れてきたヴィムが言える立場じゃないですよそれ」

「その俺より遅れてるんだ。だったらそいつの性格だってわかるだろ。どうせコルトアみたいに貴族の特権だなんだって騒いで功績だけかっさらう嫌らしい奴に決まってる。スウェイが逆らえないからって好き勝手やらかす奴に違いない」

「あのね、ヴィム。あんまりそういうことは言わない方が……あっ」

「えっ」

「うそっ」

「はぁっ!?」


 スウェイは急に電池が切れたように動きを止めた。そのスウェイの視線の先を追っていた他の三人も目を見開いている。視線の向きは、丁度ヴィムの後ろに向けられている。なんだ、と思って後ろに顔を向けて、その意味が分かった。


「へぇ、随分と面白い話をしているわね、ヴィム・ストリンガー。よければもう一度、誰がどんな人物なのか、教えてもらいたいのだけれど」


 その声とその姿、忘れるはずがない。

 一週間前と変わらず、煌めく白銀の髪を後ろでまとめ上げ、火紅と純白でまとめ上げられた魔法服。なによりヴィムにきつい視線を向けて、頬をひくひくと動かしながら迫力のある笑顔で迫る者。


「まさか……」

「その、まさか、で合ってると思うよ。ヴィム」


 そこにいたのは、紛れもなく、ルドヴィカ・ライゼ・ミリエシーダその人だった。

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夢見る魔女の贈り物 @altces

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