第50話 雅楽先輩に電話をかける
さて、ちぃ兄に連れられて帰宅した私だったが、テスト勉強を言い訳に早々に自室へ引っ込んだ。
もちろん勉強もするけれど、目的は──雅楽先輩との連絡だ。
「先輩、今いいですか? っと」
無料メールアプリであるリーニュを開いて、雅楽先輩にメッセージを送る。一応部内での連絡網としてリーニュのIDは登録してあったものの、個人でやり取りするのはこれが初めてだ。というか、支倉部長からお知らせがきても、雅楽先輩は既読を付けるだけでスタンプひとつ押さなかったので、雅楽先輩の反応があるかどうかちょっと……だいぶ不安だ。一応連絡する話はつけてあるので、反応してくれることを祈ってメッセージとスタンプをいくつか送る。
「……未読だし」
案の定というかなんというか、すぐに既読はつかない。仕方がないので教科書とノートを広げた。とりあえず連絡がくるまではおとなしく勉強をしておこう。
テスト勉強に興が乗った頃、私はにゅーにゅーと鳴くスマホに気づいた。リーニュのメール通知サウンドの猫の声だ。
「あ!」
ノートの奥に置いておいたスマホを手に取ると、雅楽先輩からのメッセージが届いていた。トーク欄にあるマークを見ると、一旦電話もかけてくれたらしい。電話は虫の声にしていたので気づかなかったようだ。「いつでもいい」と、ぽつんと書かれたメッセージに、なんだか笑ってしまう。
友達とだったらこのままメッセージのやり取りで終わらせるところだが、どうも雅楽先輩はメッセージのやりとりが苦手そうな気がしたので、私は電話をかけることにした。ちょっとだけ緊張する。だって、男子に電話をかけることなんてないのだ。マークを押す指先が震える。
「はい」
聞こえてきた声は雅楽先輩だ。ちょっとひるんだ私に、先輩は言葉を重ねる。
「のほほん?」
うん、雅楽先輩だ。こちらの世界でもあちらの世界でも、私を“のほほん”と呼ぶのは先輩しかいない。というか、私が電話をかけたのだから、出たのは先輩以外にいるはずもないのだが。
「……はい」
「うん」
「…………」
「…………」
ヤバい、電話をかけたものの、どう切り出すかまで考えてなかった!
スマホを握りしめて言葉を探す私だったが、先に話し出したのは雅楽先輩の方だった。
「えっと、テストお疲れ。間に合ってよかったね」
「あ、はい。どうにか」
準備はゼロだったが、どうにか一日目を乗り切れたことを思い出し、私は頷く。
「先輩の方は首尾はどうでした? 私はちょっとやばめです。すっかりテストのこと忘れてて」
「うん、僕も忘れてた」
テストの存在を忘れていたのは同じようだが、先輩は危なげなくこなした様子だった。明言していないが、同調もしない。ある意味素直な人だと思う。
「ホントやばいです。頑張らなくちゃ」
「あ、ごめん。邪魔しちゃったね。切るよ」
「なんで切るんですか!」
スパッと切られそうになって、慌てて縋りつく。
「大丈夫なの?」
「先輩と話せない方が集中できないです!」
「……っ、あ……うん、それは」
「で、ディオシアなんですけど」
単刀直入に切り出すと、電話の向こうで先輩のため息が聞こえた。やっぱりというか、相当気に病んでるみたいだ。
「大丈夫ですか?」
「うん、わかってたから、大丈夫。そうだよね。頑張る」
まだなにも言っていないのに、雅楽先輩はそんなことを言う。チート能力はこちらの世界でも有効なのか。鬼畜女神の愛玩っぷりが怖い。
「頑張るって、次行けるの、来年ですよね」
「え? あ、うん、そうだね……」
歯切れの悪い雅楽先輩が心配になって、私は先輩をねぎらうことにした。
「でも、今回異世界に行って、私先輩のすごさに感動しました」
「え?」
「恥ずかしながら、私、家族に異世界に行ったこと言えてないんです。どう言っていいかわからないし、誰にどこまで話していいかわからないし、先輩に訊いてからって思って」
「そうだね、話し……づらいよね」
ため息に乗せて、先輩は同意する。
「先輩は、はじめっからディオシアに行ったこと話せました?」
「うん、僕の場合なにも考えずに話したんだよ。信じてはもらえなかったけれど、毎年行方不明になるもんだから、まぁそういうものかと納得してもらえたかな」
「先輩、強心臓ですね」
「考えなしだっただけだよ」
先輩は謙遜するが、それでもそれを貫き通す意志はすごいと思う。
「それでもすごいです」
「……のほほんも、すごいよね」
「なにがですか?」
思いがけず褒められ返されたので、私は首を傾げた。なにかすごいことを成し遂げただろうか。そう思って記憶をたどったものの……なにもできた覚えがないところが悲しい。
「のほほんは、はじめっから僕の話を信じてくれただろう? 結構、びっくりしたんだ」
「そういえばそうですね」
まぁ、私の場合「異世界に行ったと公言している先輩」として雅楽先輩を紹介されたのもある。知っている相手が異世界へ行ったというよりは、異世界に行った相手を紹介されたから、そういうものなのだと受け取っただけだ。
「嘘だと思わなかったの?」
「嘘とか、思わなかったですね、そういえば。だって先輩の話す話面白かったですし、異世界転移とか、
「……つくづく変わってるよね、きみ」
「たまに言われます」
まぁ、そういうことを言うのは主に碧たちなのだが。
私の返答がおかしかったのか、くつくつと
「そういう先輩こそ、あの……なんて名前でしたっけ、お友達の先輩」
「キリのこと?」
「そう、キリ先輩。あの先輩から変わってるとか、言われませんでした?」
私より変人の名をほしいままにしている雅楽先輩の方が、よっぽど変わっていると言われるだろうと水を向けると、予想通り雅楽先輩は肯定した。
「たしかにね。でも、キリとは小学校からの付き合いだから、あいつだけははじめっから信じてくれたかな、きみと同じく」
おっと、あののっぽな先輩は、雅楽先輩の理解者でもあったらしい。かなり仲がよさそうだったから、納得できる。
「キリはラノベとかアニメとか好きだからさ、そういう方面にも理解があったっていうか」
「私と一緒ですね!」
「そうなんだけど……なんか嫌だなぁ」
「先輩ひどい!」
異世界に一緒した仲だというのに、先輩の私に対しての扱いは冷たいと思う。まぁ、親友と比べてはいけないのだろうけれど。
「そういえば、キリも知ってたよ。なんだっけ、あの、きみが言ってた……」
「“ここが地獄なら、君がいるのは天国……かもしれない!?”ですね! え、キリ先輩も好きなんですか!」
「……それはともかく」
「なんで露骨に話変えるんですか!」
自分で振っといてひどい、とぶすくれると、先輩が困った声で謝ってきたので許すことにした。
しかし、ココジゴといえば、ラバストを買い逃していることに気づく。さすがにテスト期間中の寄り道は禁じられているので、手に入れられるのはテストが終わった頃だ。残念すぎる。売り切れないで、私の青にゃん!
「……って、聞いてるのか」
「聞いてませんでした!」
青にゃんに思いを馳せすぎて、先輩の話を聞いていなかった私は、素直に謝った。謝罪は受け入れられたものの、思いっきりため息をつかれた。ごめんなさい、雅楽先輩。
雅楽先輩と私 若桜なお @wakasa-nao
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