シンデレラに科学を混ぜてみた

野浦湘

本編

 遠い昔、遥か彼方の王国で……。


 時は平穏の風が吹き抜けるさなか。

 穏健な王国主催の舞踏会を前に、国民はみな一様に浮き足立っていた。

 王族も貴族も平民も関係なく参加可能という、前例のない舞踏会だった。

 しかもその舞踏会は、王子の結婚相手を探すためのものと噂されていた。


 その舞踏会の前に、とある一家ではひとつの問題が起こっていた。

 父子家庭で育ち、のちに父親の再婚に伴って継母とふたりの義理の姉を持つことになった少女、シンデレラ。

 しかし、父の死後、その継母と義姉はシンデレラに対し本性を表す。

 まるで奉公に来た小間使いのように扱われることになったシンデレラ。


 彼女は邪悪な義理の家族の仕打ちに耐えながら、お城での舞踏会を楽しみにする。

 しかし、舞踏会に着ていこうと思っていた母の形見のドレスは意地悪な義姉に破かれてしまう。

 失意に沈むシンデレラ。


 だが、そんな彼女の前に現れたのは、ひとりの魔法使いの老婆だった。

 その魔法使いはシンデレラに対し、魔法の力で舞踏会への参加をいざなうのであった……。


     * * *


「……それからシンデレラ、午前零時になるとこれらの魔法はみんな解けてしまう。だから午前零時を告げる鐘が鳴ったら、すぐに戻ってくること。それだけは何としても守らなければならない決まり。わかった?」

「わかりました。どうもありがとうございます、魔法使いさん。──では、行ってきます!」

 こうして美しく身を飾ったシンデレラは、お城の舞踏会へとカボチャの馬車に乗って向かいました。


     * * *


 きらびやかで華やかなお城での舞踏会。シンデレラは憧れの王子様に見初められ、一緒に踊ることができました。

 舞踏会でのダンスなど、シンデレラには経験のないことでしたが、魔法の力によって刻むステップはまさに優雅の極み。

 王子様も次第にシンデレラに心惹かれていきます。


 しかし、夢のように楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。


 夢心地だったシンデレラの耳に、午前零時の鐘が聞こえてきました。

「いけない! もう帰らないとっ!」

「あっ! お待ちください、美しいお嬢さん! せめてお名前を!」

 しかし、シンデレラはその問いに答えることはありませんでした。


 ホールを抜け、城の外に続く階段を急いで駆け下りていくシンデレラ。

 ですがシンデレラは、そこで靴が脱げてしまいました。

 取って戻るべきか──一瞬そう考えたものの、すぐにシンデレラは少しでも早くその場を離れることを優先しました。


 あとを懸命に追った王子様ですが、シンデレラに追いつくことは叶いません。シンデレラの遠ざかる後ろ姿を見送ることしかできませんでした。

 しかし王子様は、階段に残された彼女の靴を見つけます。

「これは……ガラスの靴?」

 そうです。そこに残されていたのは、透き通る美しいガラスの靴でした。


     * * *


 舞踏会のあと、王室は揉めに揉めました。

 王様やお妃様、その他、各部門の大臣も含めて、謎の少女──シンデレラ──の遺留品であるガラスの靴について、盛んな議論が交わされました。


「殿下、本当にそのガラスの靴は、そのお嬢さんのものなのでしょうか?」

「ええ、それはあのお嬢さんの靴で間違いありません。この目ではっきりと見ましたので」

「しかしこれは……」

「? 科学大臣、何が気になるのです?」

「いえ、その……失礼ですが殿下、そのお嬢さんの体格はどのような感じでしたのでしょうか?」

「体格──と言いましても、そうですね……女性としては平均的な中肉中背ですが、スタイルはそれなりに良いという感じ、でしょうか?」

「体重にして、四〇キロから五〇キロといったところでしょうか?」

 当作品ではわかりやすさを優先するため、時代考証的に不適切であることは重々承知の上で、SI基本単位系を使用していることをここでお断りしておきます。

「ええ、おそらく五〇キロは行っていないと思いますが……それが何か?」

「ふむ……そうですか……」

「何がそんなに気になっておるのだ?」

「そうです。何が気になっているのですか?」

「いえ、実は……」

 王様とお妃様にうながされるまま、科学大臣は説明を始めました。


「この靴は見るからにガラス製です。細工も微に入り細を穿つほどの繊細さ。まさに当代随一の名工の手によるものと言っても過言ではないでしょう」

「それがどうしたというのだ?」

「しかもこのガラスの靴、ヒビ割れもキズも汚れも全くありません。芸術品として見ても完璧と言えるものです」

「だからそれがどうしたというのだ?」

「殿下のおはなしによれば、くだんのお嬢さんはこれを履いて階段を駆け下りたとのことですが、そもそも四〇キロから五〇キロ程度の女性が階段を駆け下りたとなると、靴には体重の数倍に及ぶ衝撃が加わることになります。

 科学大臣のその言葉に、会議の参加者はみな息を飲み、その意味の重さを測ろうとしました。

 そんな中、国防大臣が手を挙げました。

「もしかして魔法……なのでは?」

 現実主義者の国防大臣がありもしない『魔法』について言及したことで会議の場はざわつきましたが、科学大臣は首を左右に振ります。

「……確かにそういう考えもできます。──そうですね、その謎のお嬢さんは何らかの魔法により自分の身を偽り、舞踏会に潜り込んだ。しかしその魔法は時限式のものだった。殿下の話では午前零時の鐘が鳴ると逃げるように舞踏会場をあとにしたそうですから、その魔法とやらも午前零時までのものだったのでしょう。おそらくその時刻を過ぎてしまうと、偽装が解けて元に戻るのだと」

「……」

「しかし、仮にそれが正しいとして、いま我々の目の前には紛れもないガラスの靴が残されています。──したがってこれは、魔法とは無縁の、純粋な技術の産物と言えるでしょう」

「……確かに……」

 一同、得心したようにうなずきます。仮に魔法の存在を認めたとしても、そのガラスの靴とは関係ないことがわかったからです。

 王様はしばらくじっと考え込むように目をつむっていましたが、やがて重々しくまぶたを開けました。

「……どうやらその少女、是非とも見つけなければならんようだな……我が国の科学技術発展のためにも……!」


 こうして謎の少女──シンデレラ──の捜索が始まりました。

 しかしそれは、王子様の結婚相手探しというよりは、未知の超技術を求めてといったほうが近いものでした。


     * * *


 舞踏会の翌日から、ガラスの靴の持ち主探しは行われました。

 方法は簡単で、単に残されたガラスの靴を履いてぴったり合うかどうか──それだけです。

 ですが、国内の年頃の女性が対象となると、そうすぐに終わるものでもありません。

 王子様を含めた捜索隊の一行がシンデレラの家にやってきたのは、三日目の早朝のことでした。


 シンデレラは表情には出さないものの、その捜索隊の到着を心待ちにしていました。

(ああ、これで私は王子様と結ばれて、こんな性悪一家の小間使い生活とはおさらばできるのねっ!)

 シンデレラは自分の勝ち組人生を信じて疑いませんでした。

 それも当然でしょう。あのガラスの靴を履いて舞踏会に行き、王子様と踊ったのは間違いなく自分であることを知っていたのですから。


 一家で捜索隊の到着を待っている中、シンデレラは窓の外に魔法使いの老婆の姿を見つけました。どうやら外からシンデレラの様子をうかがっているようです。

 シンデレラは理由をつけて家を出て、その魔法使いの元に近付いていき、そして声をかけます。

「どうしたんです、魔法使いさん?」

「いえねえ、おまえのことが心配になって様子を見に来たんだよ」

「そうなんですか……どうもありがとうございます。──でも、その格好だと少し目立つかと思うのですか……」

 確かにその黒尽くめの老婆の格好は、陽の光の下で見ると目立ちます。魔法使いはその言葉にうなずきました。

「おや、そうかい。ならば……えい!」

 そう声をかけると、その老婆はあっという間に姿が変わりました。

 年はシンデレラと同じくらい、少しばかり質の良い平民の服を着た、どことなくシンデレラと似た美しい少女です。

「こんな感じでどう、シンデレラ?」

「え、ええ……それなら目立たないと思いますが……」

 そう答えながらも、シンデレラは驚きを隠せませんでした。声も確かに若い少女のものです。まるで別人です。

「舞踏会のときも思いましたが、すごいですね、魔法って……」

「うーん、確かに舞踏会のときは色々と大変だったけど、今のは光学偽装と音声変換を切って元に戻っただけだから……」

「はい?」

 聞き慣れない言葉に思わず聞き返すシンデレラですが、魔法使いの老婆だった少女はそれに答えません。

 その代わり、道の向こうを指差します。

「あ、シンデレラ。王子様たちがこっちに来るわよ。せいぜいがんばってね」

「あ、はい、わかりました……」

 シンデレラはよくわからないまま、そう答えました。

 少女が指差すほうを見てみれば、確かに王子様御一行がシンデレラの家に近付いてくるところでした。

 シンデレラは急いで自分の家へと戻りました。


 ガラスの靴のフィッティング検査はまず継母から始まりました。次いでふたりの義姉。

 しかし、どれも合いません。

 そして最後はシンデレラの番です。

 意地悪な義理の家族の視線の前、思わず頬がゆるむのを懸命に抑えながら、シンデレラはガラスの靴に自分の足を入れます。

 ええ、そうです。約束された勝利を確信しながら。

 ──ですが。

(……え……?)

 シンデレラは信じられないものを見るような視線で、ガラスの靴を履いた自分の足を見ました。

「これは……」

「うむ、残念です。合いませんでしたか……」

「……残念だ。容姿は確かにあのときのお嬢さんに似ていたと思ったのだが……」

「殿下、まだまだ先はあります故……」

「……そうだな……」

 王子様と随行の捜索隊の会話が聞こえはしたものの、それらはどれも、シンデレラの心を通り過ぎていきました。


 ガラスの靴は、シンデレラの足よりも少しばかり大きかったのです。


 形式的な挨拶を残し、王子様と捜索隊はシンデレラの家をあとにしました。ガラスの靴の持ち主を探すために。

 シンデレラは呆然とそれを見送りました。


 我に返ったシンデレラは慌てて外に出ました。

 これは何かの間違いだ、やり直しを要求する──そんな思いで。

 しかし、そんなシンデレラの目の前に見えたのは、歓喜に湧く捜索隊と王子様の姿でした。見れば周囲の民衆も喜びの声を上げています。

 王子様万歳、新しいプリンセス万歳と。

 いったい何がどうなっているのか──シンデレラがよく見てみると、王子様が手を取り、民衆に祝福されている新しいプリンセスの姿に目をみはりました。


 そこにいたのは、先ほど魔法使いの老婆から姿を変えた、シンデレラに少し似たあの少女だったのです。


 その少女はシンデレラの視線に気が付くと、ふっと微笑みました。

 ──どことなく、微妙なまなざしで。


     * * *


 夜、王子様御一行とともにお城に行って何やら諸手続きを済ませて戻ってきた新しいプリンセス(魔法使いの老婆から姿を変えた少女)を、シンデレラは仁王立ちで出迎えました。夜道の真ん中で。

「これはどういうことなんですか!?」

「どういうことって、どういう意味かしら?」

「とぼけないでください! なんであのガラスの靴、私の足とサイズが合わなかったんですか!?」

「ああ、そういうこと……。足って一日生活していると、次第にむくんでくるでしょ? アレってあの舞踏会の夜のあなたの足に合わせて作った靴だから、朝のむくんでないあなたの足だと大きめになるのは当然のことなのよ」

「! そんな……」

「私としても今回の結果は想定外だったけど、当初の目的は果たせたから良しとするわ。いや、それ以上かな? 最初は元の時代に帰るだけのエネルギーもないから自分の身を捨ててでも歴史を変えるつもりだったけど、これだったら余生をここで過ごしつつ、歴史も変えられそうだし。持ってきた機械や技術もエネルギー不足でもうほとんど使えないけど、それは仕方ないわね」

「……どういうことなんですか?」

 意味のわからない言葉に戸惑いつつ、シンデレラは聞き返しました。

 対する少女は、自分の過去、そして目的を語り始めました。


「私の名前はリオン・サンディ。年は……まぁ、実際にはあなたと大して変わらないわね」

「それじゃ、あのおばあさんの姿って……」

「あれは偽装。光学偽装と音声変換を使って、単に老婆に見せかけていただけ」

「……?」

「で、私はそもそもこの時代の人間ではないの。元々はこの時代から数百年後の未来から来たの。歴史を変えるためにね」

「歴史を、変える……?」

「ええ」

 リオン・サンディ──そう名乗った少女はうなずきました。


 リオンが語る未来は、シンデレラには荒唐無稽に聞こえました。

 この時代からしばらくして起こる『産業革命』を機に、人類の科学技術は飛躍的な発展を遂げ、そしてその歩みはとどまることを知らず、遂には時間の壁を自由に越えることが可能になるというのです。

 しかし、その超越的な技術は一部のエリート階級に独占され、多くの人間はそのおこぼれを預かるだけの存在に成り果てたとのこと。

 比率にして一万人に一人しかいないエリートのため、残りがエリートを支えるだけの世界──リオンはそんな世界を〈ディストピア〉と表現しました。

 エリート階級に生まれ育ったリオンは、最初のうちこそそんな世界に疑問を持たなかったものの、あることをきっかけに、疑問を抱くようになりました。


 こんな世界はまちがっているのではないか──と……。


 そしてその想いは徐々にふくらみ、やがて世界を変えることを決意するまでに至ります。

 しかし、如何にエリート階級に身を置くとはいえ、一介の少女に世界を変えることなど、とてもできることではありません。

 そこで彼女が考えたのは、過去にさかのぼって歴史を変えることでした。


「……私は歴史を詳しく調べたの。そうして、些細だけど以降の歴史を大きく変えられる転換点を見つけ出した。それがこの時代、この場所」

「転換点……?」

「ええ。──元々私のいた時間軸上の歴史では、先日の舞踏会で王子は花嫁候補の女性を見つけることができなかった。それで二年後、隣国の王女と結婚することになるんだけど、それを機にこの国は力を増し、周辺の国々を武力で併合しながらヨーロッパに巨大な王国を作るに至るの。それはアジアやアフリカ、アメリカをも征服し、やがて地球上に人類史上最大最強の帝国を作ることになる。かつて、かのアレクサンダー大王やチンギス・ハーンも成し得なかった巨大な国家をね」

「……」

 シンデレラにはもはや何が何やら理解不能の領域に話が飛んでいると思っていましたが、それでも耳を傾けます。

 リオンは話を続けます。

「それが私が元いた世界……ううん、元の歴史でのこと。だからあの舞踏会で、王子が誰かと結ばれればそれだけで歴史が変わると私は考えた。そこでシンデレラ、あなたに目をつけたのよ」

「そんな……」

「私の計画では、あそこで王子があなたと結ばれてハッピーエンド、私としても歴史が変えられてトゥルーエンドって思っていたんだけど、あなたがあの靴を落としたことから、どうも話が変な方向にこじれちゃってね……」

「変な方向?」

「あのガラスの靴はこの時代の技術では到底作ることができないオーパーツなの。それに気が付いた王室の人が、舞踏会で王子と踊った謎の少女そのものよりもその背後にいる存在──まぁ、私のことなんだけど、そっちのほうに注目してね。で、本当にこれは偶然なんだけど、このガラスの靴、私の足のサイズとピッタリだったのよ。だからあそこで私は探し求めていたお嬢さんに違いないって、お城に連れていかれてね」

 そう言いながら、リオンは例のガラスの靴を取り出しました。

 数日前、自分が履いたはずのその靴を見て、シンデレラは茫然とした表情になりました。

「そんな……」

「あ、念のため断っておくけど、私はシンデレラのこと、素直に話したわよ? 私が未来の技術を使ってシンデレラをプロデュースしたって。王子も最初はその話を聞いてかなり戸惑ったみたいだけど、なんか私の境遇を話したら同情されちゃって。それで、シンデレラのことを置いてでも、私をきさきに迎えたいって、そう言って……」

「……じゃあ私、王子様とは結ばれないんだ……」

「……そうなるわね……」

 その答えにシンデレラはうつむき、肩を震わせました。

 リオンはそんな彼女に対し、声をかけようとしました。

 しかし。

「……ふざけるなーッ! そんな結末、素直に受け入れられるかーッ!!」

 月明かりも乏しい夜道、シンデレラは大声で叫びました。そのあまりの大きさにリオンは思わずびくりと震えます。

 そして夜の闇の中、すぐにそれとわかるほどの怒りの瞳でリオンを睨み、リオンが持っていたガラスの靴をひったくると、夜道をいきなり駆け出しました。

 リオンはあっけに取られて、その後ろ姿を見送ることしかできませんでした。


     * * *


 その後シンデレラは野を駆け山を越え、そしてぼろぼろになりながらも、やがてとなりの国へとたどりつきました。

 そしてその国の王に謁見を申し出ました。

 本来の容姿は美しいものの、そんなぼろぼろの姿をしたシンデレラは最初は無視されましたが、やがて心優しい王にお目通りすることが叶いました。

 そしてシンデレラは王に対し、隣国──シンデレラが元々いた国──を警戒するよう、警告しました。

 曰く、世界を征服するための第一歩として、この国が狙われていると。


 最初はその言葉を笑い飛ばした王ですが、シンデレラの持ってきたガラスの靴──極めて強固でキズをつけることすら困難な〈証拠〉を前に、王はやがてシンデレラの言葉を信じるようになりました。


 やがてシンデレラはその王の信頼を獲得し、しまいには王の寵愛する一人娘──王女──を手練手管でたらしこんで王宮内での地位を固めることにも成功しました。


 そして数年後、シンデレラを指揮官とした軍は、シンデレラの祖国に対し宣戦を布告しました。


 自分を見初めながら見捨てた王子様、プリンセスの座にちゃっかり居座ったリオン・サンディ、そのふたりに対する復讐心はやがて、ヨーロッパ全土を戦場と変える大戦となり、リオンが元いた歴史と彼女が望んだ歴史、どちらとも異なる血みどろの未来へと続くことになるのですが、それはまた別の話であります。

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