21 その名故に武人は剣を構え



 傾き始めた日の光が、血に濡れた刀身を浮かび上がらせている。

 撃破された敵機は両膝を地につき、腕をだらりと垂れたまま空を仰いでいた。

 審判を待つ信徒のような体勢だが、その心臓部――装甲板の亀裂からは依然、生々しい色の液体が流れ出ている。


 かつてのような、胸の内が底冷えするような感覚は無い。


 視界は明晰クリアで、思考は平坦フラット

 考えているのは、いかにして残敵を掃討するかというただ一点。


 歩行戦車という兵器を運用するための一部品パーツとして、少年は自身を純化させていく。


『レフィ、アス……?』


 やや離れた位置で成り行きを見守っていた三機の〈蒼雷〉のうち、一機が呆然とつぶやく。

 一歩、二歩と前に出て、現実を拒否するかのように問いを投げた。


『いや、まさか、……冗談、だろう?』


 その声が震えていたから、次の標的をその機体に決めた。


 動揺は死を呼び込む。もう一人殺せばさらなる動揺を呼べる。そこに感傷のたぐいは無い。ただひたすら、一意に冷徹ロジカルな戦闘行動を続けるだけだ。


 腰を落として敵機に肉薄。


『な、き、貴様……!』


 敵は驚きの声と共に剣の腹で防ごうとする。

 対するレイジは下からえぐるような形で防御を潜り、一閃。

 ――が、浅い。火花が宙に舞い、胸部には剣のあとが走るのみだ。

 先ほどのように勢いが乗った正面からの突きならばともかく、生半可な斬撃では装甲を破るには至らないらしい。


「簡単には貫通できないか。刃物としちゃ三流もいいところだ」

『この時代の人間が扱っている刀剣に比べれば、強度は相当高いようですが』

「一撃で済まないなら同じことだ」


 標的は二、三歩と後退し、狼狽えた声を上げる。


貴様きさまぁ、名乗りも上げずに剣を振るうなど……!』

『囲め! 奴は武人ではない。人の皮を被った獣だ!』

『私も行きましょう。――ああ、公はそこへ。あのような手合いを狩るのは、我らで十分です』


 残る二機の〈蒼雷〉が、憤然とこちらに向かってくる。二手に分かれて接近しているが、向かって左の敵がわずかに先行していた。


「いつまでも、獣だの人間だのと……!」


 腰部の武装固定点ハード・ポイントから汎用高硬度ナイフを取り外し、左手に逆手さかてで持つ。


『貴様、生きて帰れると思うな!』


 怒号と共に振り下ろされた長剣をナイフで斜めに受け流す。勢いを殺しきれず下腕の装甲が削り取られたが、構うことはない。

 攻勢に転じるべきは、相手の重心が降りきった瞬間だ。

 頭部めがけて大剣を落とす。


『させません!』


 だが、その一太刀は別機の剣に阻まれた。

 横から割り込んできた敵の長剣が、そのまま刃に沿って迫り来る。

 こちらの得物には護拳ガードが無い。レイジはナイフを交差させ、敵の刀身を受け止めた。


「ち、厄介な……!」


 一所に留まるのは危険だ。つばぜり合いを避け、大きく飛びすさる。

 案の定、それまで居た空間を二本の剣が貫いた。対峙を選んでいれば、確実に殺されていた。相手も一騎打ちばかりが能というわけではないらしい。


『……速いな』

『なに、私達の技も劣りませんよ。野獣を剣で狩ろうというのが、そもそも筋違いなのです。神像を貫ける弓でもあればよいのですが』

『無い物ねだりだな、それは』

『いやまったく。上位の神器エレガリアならばあるいは、と言ったところでしょうか』


 雑談に興じているように見えて、その実まるで隙が見えない。

 どう仕掛けたものか。

 じりじりと間合いを詰めながら様子をうかがっていた、その時だ。


『……はて?』


 それまで事のなりゆきを見守っていた〈スプリンター〉の操縦者パイロツト――グラムと呼ばれていた男が、ふと声を上げた。


『どうされた、リアードフェルス公。なに、確かにあれは厄介だが、案ずることはない。駆除は我らに任せておけばよい』

『その通りです。不慮の事態に対応するためにこそ、我らが随伴しているのです』


 言いつのる取り巻きに、グラムは言いよどむ。


『いや何、少しばかり気にかかったものでな』

『いきなり我ら以外の神像が出てきたのだ。驚くのも無理はない』

『そう、それよ』

『……それ、とは?』

『神像だ。われが案じておるのは、そこだ。我らが神像を扱えるのは何故か、貴公らも知らぬわけではあるまい?』

『このような時に、なにを……』


 場違いな質問に部下達は困惑しているようだった。しかし彼らが警戒を緩めることはなく、こちらも攻撃には踏み切れない。


『我らが神像を操れるのは、アポステル様が秘蹟によって神像を〈聖別〉したからだろう? 聖別されていない神像は座を明け渡すことが無い。気まぐれに座を明け渡したとしても、投げかけてくるのは真言しんごんばかりだ』


 目の前で戦闘が起きていることなど素知らぬ風で、グラムは平然と話を続ける。


『ここは皇帝の威光が届かぬ異邦の地。あの神像が〈聖別せいべつ〉されているはずがない。それを操る魔術師ウィザードなど、聞いたことがない。しかも先ほど見せた風貌、黒髪黒眼とは――』


 そこで、唐突に言葉が止まる。



『――くはっ』



 数秒の沈黙をおいて聞こえてきたのは、そんな


『くはっ、くはははははははッ! そうか! 貴様がであったか! 黒髪の魔術師ウィザードよ!』

「……なに?」

『なんたる幸運、なんたる僥倖ぎょうこう! これを天啓と言わずして、なんと言おう!?』

『……グラム様?』


 戸惑いを隠せない様子の部下たちに対し、彼は話しだす。


『気付かんか? アポステル様は罪人を追い、その先で殉死なされた。――ならば、それを殺したのは誰だ?』

『まさか……いや、しかし!』

『いいや、奴だ。それ以外に考えられん。正直、アポステル様が殺されたなどと半信半疑であったが……そういうことならば、辻褄つじつまが合う』

〈スプリンター〉がこちらを指さす。


『そこな魔術師ウィザード。残念ながら、貴様の天運はここで尽きた。貴様の首を取ったとあらば、我が権勢は永劫えいごう不変の物となろう』


 言いつつ、新たな武器を二本、手に取った。

 先ほど奪った得物が大剣であるならば、あちらは短刀のような長さだった。せいぜいが刃渡り一メートル半といったところだろう。

 刀身は細く、歩行戦車が持つと少し頼りなげにも見える。

 握把グリップさえ調整すれば、ギリギリ人間でも扱えそうな大きさの剣だ。


『さて、無用とは思うが、敢えて名乗りを上げるとしよう。……我が名は、グラム・ヴィエ・リアードフェルスだ』

「……俺はただの操縦手パイロット。単なるひとつの戦闘単位だ。教える名前なんてものは無い」

『そうか。それもよかろう。――では、覚悟せよ。その血をもって、我が栄華の一片となるがいい』


 大仰な宣戦布告に、周囲の仲間達が慌てだす。


『しっ、しかし! リアードフェルス公、あれなる魔術師ウィザードはアポステル様を破ったと!』

狼狽うろたえるな』


 しかし、グラムは相も変わらず泰然とした態度を崩さない。


『我らには太陽神ソレリアの加護があろう。貴公らにも神器エレガリアの使用を許可する。――総員、抜剣ばっけんせよ』


 指示を受けた三機の敵が、一様に腰から短刀を抜き放った。


『音声認識、神器解放聖歌オラトリオの詠唱を開始!』


 グラムの宣言に追従するように、彼らは一斉に声を上げる。



『――〈なんじが指先は、我が罪をそそぐ杭にして、咎人を貫くやいばたらん〉』



 述べられるのは、聖句じみた言葉。

 それで想起されるのは先日の戦闘でアポステルが使用した電磁砲EMLだ。

 まずい。何かが来る。

 即断し、飛びすさる。同時に最奥の〈スプリンター〉めがけてワイヤーを射出し牽制けんせい



『〈汝が威光を、ここに示したまえ〉――〈金陽の欠片フラージュ・ソラドール〉!』



 朗々たる詠唱が響き渡る。

 一拍遅れて、鋼鉄の大蛇が搭乗席コクピットに食らいつかんと大口を開けた。


 だが――


『甘いな』


 そんな一声とともに細剣が振るわれる。

大蛇オロチ〉の頭が刀身に触れた瞬間まばゆい火花が散り――レイジは舌打ちと共にワイヤーを引き戻した。

 戻ってきた蛇の頭を見て、思わず目を見開く。

 パイルバンカー部が特殊鋼製のワイヤーともども、すっぱりと切れてしまっていたのだ。


「馬鹿な……!? ――メル!」

『刀身の原子間結合、強固化を確認。高周波ウィブロブレードの一種です』

「白兵戦特化型の格闘兵装? 歩行戦車ヒトガタ開発黎明期れいめいき骨董品アンティークじゃないか」

『ですが、脅威に変わりはありません。火器の無い今ならば、なおさらです』

「言われなくてもわかってる!」

『もう一度言う。我が名はグラム・ヴィエ・リアードフェルス。……われが生涯を捧げるべく名に負った徳目は、勇猛ヴィエ


 胸の内に生じたわずかな動揺を見透かすがごとく、〈スプリンター〉は剣の刃をまっすぐこちらへと突きつけた。


『――我が武芸、とくと味わうがいい』

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