20 魔術師は胸に怒りを秘めて
相手が身構えるよりも先に、行動を開始する。
今は子供達から脅威を引き剥がすことが先決だ。
跳ぶような走りで一息に彼我の距離を殺し、剣を失った黒色の敵機に一閃をたたき込む。
だが――
『グラム様ッ!』
横合いから割り入った〈
『お退きください、グラム様!』
「くそっ、邪魔だ!」
大剣同士でつばぜり合う形となるが、馬力ではこちらが上だ。
そのまま奥へとねじ込んでいく。相手が怯んだ瞬間、馬力差に任せて剣を押し切り、胴部に回し蹴りを見舞った。
『ぐ、あぁ……ッ!?』
吹き飛ばされ、仰向けに倒れ込む敵機。
そこで生まれたわずかな隙に、子供達へと視線を向ける。
彼らは、明らかに限界が近かった。
――危険だが、やむを得まい。
胸部装甲を開放し、彼らに対して顔を晒す。
「せ、せんせい……?」
「さっさと逃げろ! とにかく里に向かって走れ! ここから離れるんだ! フィニス、一人でも走れるな!? リギィはフェムを抱えて行け! いいか、〈耳〉で助けを呼びながら走るんだ! 里の連中が拾ってくれる!」
「う、うん……!」
他の敵機に警戒を向けながら、子供達が駆けていくのを確認する。
場にいるのは
だが、状況は依然として不利である。
こちらは単機。対して、敵は五機。
大剣を装備した四機の〈
全高は〈
短距離走者さながらの足は、装甲に包まれてなお機動能力の高さをうかがわせている。アポステルが乗っていた機体と同様、各所に彫金の施された外部装甲が追加されており、古めかしい――剣や槍で戦う重装歩兵をそのまま巨大にしたような印象を受けた。
元より
「〈
『ベースとされているようです。性能にさほど差は無いでしょう』
「だとしても厄介だ。一対一ならまだしも……」
『当該機体を暫定的に〈スプリンター〉と命名、戦闘データの収集を開始します』
『貴様……ふざけた真似を!』
状況を分析している間に、先ほど蹴り飛ばした〈
『グラム様! ここは
『……ふむ、良かろう』
その〈蒼雷〉は剣の面をこちらに向け、朗々と名乗りを上げる。
『狩りの邪魔をするなど、無粋な輩もいたものだ。このレフィアス・アルグ・グラフィオーネ、貴様を一刀のもとに斬り捨ててくれる』
「……狩り、だと?」
『そうとも、狩りこそ我々貴族に許された特権であろう。どれほどの力を持った
その言葉で、自分の中にある何かが切れた。
他の人間から、彼を否定する言葉は一つたりとも出てこなかった。
彼らは、明らかに殺しを楽しんでいる。
「……そうか、そうだな」
『そうとも。貴様も神像を操れるならわかるだろう? 力なき者を蹂躙するのは、力ある者の特権――』
「そうだよ、お前達はそういう連中だった。人を人とも思わないような、そういう奴らだった。……まったく、何を血迷ってたんだ、俺は」
『……うん?』
――自分は先刻、自分自身に問うた。
これ以上、殺しを重ねることができるのか、と。
あれは、馬鹿げた問いだった。
余りにも馬鹿げた迷いだった。
静かに目を閉じ、レイジは深く息をついた。
脱力。同時に身体の感覚がぼやけ、空中に広がってゆく。
意識の底で知覚するのは、意思に呼応して動く延長の手足と、全身を包みこむ鋼鉄の
五メートル超の巨人と化した少年は、怒りと共に前方の敵をにらみ据えた。
「――出し惜しみは無しだ。全力で殺す」
『……獣の肩を持つか。
相手は吐き捨てると、剣で
『ならば良し。剣によって我が正義を証明するとしよう』
言い終えるなり、間の木々をなぎ倒しながら一直線に駆けてくる。
対するレイジはその機体に向けて左腕を伸べ、脳内で射出の
直後、敵機たる〈
――
〈
その正体は
建築物が多い市街戦での
『ははっ、投げ縄など曲芸士の遊びではないか! 騎士に剣で勝てるとでも?』
相手の〈蒼雷〉は一笑し、剣を
打ち払うつもりだろうが――見込みが甘い。
(――喰らいつけッ!)
念じた瞬間、縄の突端に付けられた
『ぬぉッ!?』
大口を開けた大蛇は、反応が遅れた相手の左肩へと喰らいつく。
『く、この――』
(遅いッ!)
相手がそれを振り払うよりも速く、レイジは兵装を起動した。
かすかな紫電が空気中を
『ぐッ!? な、何が……!?』
慌てるように視線を左肩へ向ける敵機。
噛みつかれた部分の中心からは、バチバチと
間髪入れず縄を左手で引く。それに合わせて敵機が前方へとよろけた。
『なん、だ……! 次から、次へと……ッ!』
この兵装が有する機構のうち、とりわけ特徴的なのは縄の突端――三つ叉に開く
数トンの重さを支えられるほどに深く
それらが作り出す〈牙〉は、
つまり――
「捕まえたぞ」
相手は慌てて剣を手放しワイヤーを掴むが――無駄だ。放電現象は
『この、このッ、何故離れん!?』
腕部の
その先に待ち構えるのは、今しがた奪った大剣の
『おい、
「
言い終えるより早く、突き出した剣が深々と
剣の持ち手が濡れるのを感じる。
体液と
それはかすかにあたたかく、〈白炎〉のマニピュレーターを通じて再現される人の
――だが、そこに後悔は無い。
あるのはただ、燃えるような怒りのみ。
自動判断で
しかし、それでもなお、激しい怒りは胸の内に渦巻いていた。
「……いいさ、この程度でお前達を止められるのなら。俺はいくらでも殺してやる」
独りごちて、相手の胴から剣を引き抜く。
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