22 意趣返しは微笑と共に


 二刀を構え、じりじりと寄ってくる黒色の機体。


かこめ! 金陽の加護あらば、我らとて立ち向かえる!』


 他機は脇を固め、こちらを同心とした半円を形成していた。


(――さて、どう動く?)


 戦闘の流れを幾通りかシミュレートする。

〈スプリンター〉を倒すか、あるいは僚機から潰すか。

 いずれにしても難度は高い。武器を奪い取れれば多少は楽になるだろうが、下手にワイヤーを撃ちだして斬られれば、状況がさらに悪くなる。

 順当に考えるならば、弱い相手から倒すべきだ。〈スプリンター〉との対峙を避け、僚機を一機ずつ叩いていくのが手堅いやり方と言える。


(いや、定石セオリーに従うっていうなら、むしろ――)


 そこまで考えたところで、通信が入った。


『――レイジ、指定する座標ポイントまで後退してくれ』


 聞こえたのは、唐突な指示。

 それと同時、視界に地図が示される。

 指定されているのは里から二キロと離れていない地点だった。


「何を言ってる!? 所在が割れるぞ!?」

『だが、その状況ではジリ貧だろう?』

「見えてるならさっさと加勢しに来い! 単純な撃墜比キルレシオの計算もできないくらいバグってるのかお前は!?」

『臆したか。ならば、こちらから行くまでだ!』


 言い合う間もなく、〈スプリンター〉の攻撃が迫り来る。

 即座に意識を引き戻し、機体との同調率を増幅。

 剣筋を読み、角度を合わせて大剣を振り上げる。


『甘いッ!』


 ――しかし、一閃を受け流そうとした大剣が半ばから断たれた。特殊鋼を容易たやすく切断したブレードの性能は、まさしく脅威そのものだ。

 だが、先ほどまで相手取っていた長剣に比べれば間合いはひどく浅い。

 ならば、頭領リーダーを狙える今こそが唯一最大の好機だろう。

 方針を変更。落ちかけた刃を空中で殴りつけ、相手方に飛ばす。


『むっ!?』


 勢いのままに踏み込み、相手が片を斬り払うひと動作の隙に斬撃をねじ込む。――しかし、リーチが足りず胴をかすめるに留まった。


『ほう。勢いは買うが、その程度ではな』


 剣が斬られていなければ。もしくはあと一メートル踏み込んでいれば仕留められた。思わず舌打ちを一つ。白兵戦はどうも不得手だ。

 悔やんでばかりもいられない。他機は徐々に距離を詰めてきていた。


 斬撃の余勢を殺さず、右足を基軸に半回頭。


 遠心力を利用し、右方から来る敵機へと剣の柄を投げつける。これも牽制以上の効果は上がらなかったが、囲まれるよりは良い。


 飛びすさり、敵群から一気に距離を離す。

 幸いというべきか追撃は無かった。


 こちらの武装は残り一門の〈大蛇オロチ〉と一本の汎用高硬度ナイフのみ。

 対して、相手が装備しているのは何もかもを易々と切り裂くことのできる剣だ。ナイフで受け止めることも、はじらすこともかなわない。


 正直なところ、こんな武器ではが悪いどころの話ではなかった。


『レイジ、後退しろと言っているんだ』


 遮断カットしたはずの通信を〈宿木〉が復旧させ、またも話しかけてくる。


「だから、里の人間を巻きこんだら元も子も――」

『冷静に状況を見直してみろ。四対一で、相手の武器はこちらより高性能ときた。〈私〉が自我を得る前だったとしても、退却を推奨するだろう』


〈宿木〉の言葉は正しい。

 この戦力比での定石とは、すなわち速やかな退却だ。先ほど考えた方策のうち、最も有力でありながら、どうしても切ることができなかった手札カード


 ――敵軍の全容が知れない現状、退却はリスクが大きすぎる。


 後ろに他の歩行戦車が控えていないとも限らない。少なからず歩兵も有しているだろう。

 しかも、相手は耳長エルフたちを『狩り』の対象と捉えているような連中だ。里の所在が露見した場合、そちらに矛先が向く可能性は高かった。


「住民を危険にさらせっていうのか、お前は」

『打つ手はある。そうでなければこんな指示は出さない』


 逃げの一手を打つには危険が大きい。

 かといって、このまま戦っても勝ち目は薄い。

 迷っている時間は無かった。


「……くそッ! 本当に考えがあってのことなんだろうな!?」

『もちろんだ』


 踵を返し、全速力で後退する。

 敵方はこちらの行動に面食らった様子で一瞬だけ止まっていたが、すぐに追いかけてきた。


『おのれ、逃げるか貴様! レフィアスの仇、必ずや取ってみせる!』

『ふん、敵わぬと悟ったか』

『所詮は単身、我々の敵ではありませんね』


 木が密集している方へと突っ込み、木々をなぎ倒しながら進んでいく。

 目的地に向けて一直線ではなく、緩やかなカーブを描く形で走る。これで敵の目がごまかせるかはわからないが、何もしないよりはマシだ。

 そのまま二分ほど逃走を続けた。〈スプリンター〉と〈白炎〉との性能には差が無いのか、あるいは単に泳がされているのか、追いつかれることなく目的地に近づいていく。


 指定された地点ポイントは目と鼻の先。木々の少ない開けた平野だ。


 森の分け目からドームの天井が見えた。地図から想像していたよりも随分と近い。


『あれは……! 奴の根城か!?』


 里の建物は相変わらず光学迷彩クロークで隠されていたが、ドームは無理だ。フェム達の姿が見られている以上、近郊に村落があると気付かれてしまうだろう。


「これじゃ、状況を悪化させただけじゃないか」

『――いいや。これでいいんだ』

「何を言って――」

『よく子供らを救ってくれた。感謝する、レイジ』


〈宿木〉のそんな声が響いた瞬間、視界の一部――ドームの一点が、


 光芒こうぼうは一直線に〈蒼雷ソウライ〉の胴部を貫き、搭乗者は悲鳴さえ上げられずに沈黙する。

 一拍遅れて、盛大な破裂音が響く。


「これは……」


 おそらくは、だ。


『なに、が……?』


 立ち止まり、倒れ伏した仲間を呆然と見下ろす他機。その片腕が瞬時に吹き飛び、機体が横転する。またも遅れて同様の発射音が聞こえてくる。

 レイジは振り返り、光の発生源を確認する。


 一機の〈白炎ハクエン〉が、腕部のワイヤーを用いてドームの曲面に張り付いていた。


『すまない。換装に手間取った。君に持たせられれば良かったのだが、あの状況ではそうもいかなくてね』


 その肩部に搭載された兵器には見覚えがあった。


電磁砲EML……!」

『虎の子だがね。もう飛翔体プロジェクタイルも底をつく』

神器エレガリアだと!? くはっ、くはははははっ! これはなんとも異な……!』


〈スプリンター〉は愉快そうに笑いながらも、即座に横へと跳んだ。

 軌跡を追いかけるように弾体が撃ち込まれ、土煙が巻き上がる。


『何? それならば……!』


〈宿木〉が意外そうにつぶやき、再度〈スプリンター〉を狙った射撃が行われる。


『くははッ! 狙いが、正直に過ぎる!』


 標的たる敵機は一歩も動くこと無く――光芒に向けて二刀を振り上げた。

 空中に光が散る。閃光発音筒フラッシュバンにも似た光の炸裂に、自動の光量補正が実行される。


「やったか!?」


 数瞬で補正が追いつき、敵機の輪郭が明確に捉えられるようになる。


 だが――〈スプリンター〉は傷一つ負わず、平然とそこに立っていた。


「馬鹿な……!?」


 高々とブレードを掲げる体勢から、何をやったのかはわかる。

 おそらく、弾体を斬り払ったのだ。

 それを理解はできる。だが、信じることができなかった。

 超高速で撃ち出される弾体を剣で斬り払うなど、常識外れにも程がある。


『くはっ。矢であれ、神の槍であれ、使い手が赤子ならば恐るるに足らんな』

『ここまでだ、公よ! この分ではどこに新手が潜んでいるか知れたものでは無い!』

『ふむ。名残惜しいが、やむを得んか』


 片腕を失った〈蒼雷ソウライ〉を抱え上げ、〈スプリンター〉がその場を後にする。


「くそっ、逃がすかよ!」


 破れかぶれにワイヤーを射出する。しかし、パイル部が身体に食らいつくことはなく、あっさりと斬り落とされてしまった。


此度こたびの戦い、実に心躍るものであった! また相まみえようぞ、黒髪の魔術師ウィザード!』

「〈宿木ヤドリギ〉!」

『弾が無い。これで文字通りち止めだ』

「なら、俺が!」

『やめておけ、君もナイフ一本で立ち向かえるとは思っていないだろう。敵の高周波ウィブロブレードも、おそらくすぐには使えない。ロックがかけられているはずだ』


 まずは落ち着け、と〈宿木〉は平坦な声音で言う。


「落ち着いてるさ。。言ってる意味、わかるだろ?」

『確かに状況は悪い。里の存在が帝国の人間に知られ、しかもその相手は歩行戦車を有しているときた。……だが、ここで追っても返り討ちに遭う可能性が高い。推奨はできないね』


 数瞬だけ迷った後、レイジは機体との同調を解いた。

 ため息をついて、メルとの接続リンクも切る。

 感覚が一気に鈍化。熱を帯びたように感じる額を押さえつつ、切り出した。


「……これからどうする」

『里の面々を交えた話し合いだね。どれほど猶予があるかわからない以上、急いだほうが良いのは確かだ』


 念のためにセンサー類で周囲を確認。歩行戦車はもちろん、人間大の反応は無かった。

 ドームに向かって歩き出す。


「話し合いとは言うけど、取れる道は二択だろう。なりふり構わず逃げるか、あるいは、大損害を覚悟の上で戦うかだ」

『その話し方だと、どうも逃げるべきと言っているように聞こえるがね』

「ように、じゃなくて言ってるんだよ。なんせ相手の総戦力も知れない状態だ。ドーム周辺ならともかく、お前が頭数に数えられない以上、対歩行戦車ヒトガタ戦は俺の役目になる」

『……待て、迎撃する場合、君は助力を続けるつもりなのか?』

「? 当然だろ、どうして疑問に思う?」

『君と奴らのやりとりは見ていた。だからこそ、彼らが君を追ってきたわけではないということは承知している』

「けど、これから先はわからない」

『それは、その通りだが』

「問題はそこじゃない。連中は絶対にまた攻めてくる。こうなったら俺やスライアが逃げても意味が無い。俺たちだけじゃなく、里を潰しに来るはずだ」

『いや、そこだよ。間違いなく問題はそこだ。……君ら二人だけならば早々に逃げられるだろう。何故逃げない?』

「何故、って……」


 正直、言われるまで気付かなかった。――自分だけ逃げるという選択肢が、最初から抜け落ちていた。


 自動オートでドームまで移動するように設定。少し考える。


 仮に耳長エルフ達が里の放棄に反対したとして、自分がスライアを連れて逃げたとする。

 おそらく彼らは死ぬだろう。〈宿木ヤドリギ〉の手腕によっては撃退は可能だろうが、それでも被害は甚大なものとなるはずだ。


 うまく言い表せないが、それは嫌だ。とてつもなく嫌だ。


 自分がそこに介入すれば、多少はマシになる。被害を無くすことはできないかもしれないが、抑えることはできる。

 ならば、答えなど決まり切っている。

 もし、自分達が追われる立場でなかったとしても、この結論は変わらなかったはずだ。


「――ああ、そうか。うん、わかった」


『……レイジ?』


 不思議そうに問うてきた〈宿木ヤドリギ〉に対し、少年は微笑と共に答えた。


「それが俺の〈信念〉だから、かな」

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