7 街と〈遺産〉と傭兵と
実際に着いた町は、遠くから見ていたよりも大きく感じた。
辺縁部の入り組んだ路地に連なる形で、所狭しと建築物群が並んでいる。その密集
事実、中は想像以上に活気があった。雑踏と呼べるほどの厚い人混みが路地を覆い尽くし、まともな視界が確保できない。
石畳で舗装された道の両側には、数々の露店が並んでいた。
食材を売る店もあれば料理を供する店もあり、かと思えば古物商と思しき人物がやたらと古ぼけた壺を店先に並べていたりもする。ここで手に入らない物は無いのではないかと思ってしまうほどに多様な店が連なっていた。
「なんというか、凄まじい人の数だな。どうりで町に入るための審査がぞんざいだったわけだ」
「この時期は大体こうよ。帝国じゃ、夏場は太陽の恵みを感謝する季節とされているから」
帝国教会が語る物とは別に、帝国には土着の太陽信仰があるのだという。そのために夏至の前後二十日程度はどこの町もちょっとしたお祭り騒ぎになる、ということらしい。
「それでこの混み具合ってわけか、けど……」
「なにか変なことでもあった?」
「祭にしては、武装した人間が随分と多いように見える」
「他国との境が近いから、それは仕方ないわ。……ここにいるのはほとんど傭兵みたいね」
見れば、なるほど確かに武装している人々の格好はばらばらだった。帝国の軍事機構がどういった体制を取っているのかは知らないが、さすがに正規の軍人ともなれば服装くらいは統一するだろう。
武器という点もそれは同様で、見るからに上等そうな鞘入りの剣を腰に吊った男がいるかと思えば、武骨なスレッジハンマーを背に負って歩く者もいた。
「よくもまあ、あんな時代遅れの遺物を使うもんだな」
ほとんど無意識の言葉だったのだが、近くを歩く帯剣した男がじろりとこちらに険しい視線を向けてきて、レイジは慌てて素知らぬ顔を作った。
好意的でない視線は先ほどの男のみならず、周囲にいる数人からもそそがれていた。彼らの容貌はそれぞれ異なっていたが、いずれも共通してなんらかの武器を装備していた。
「なんなんだ、一体……?」
小さくこぼしながら傍らの少女に向き直るが――意外なことに、フードの下からも非難がましい目つきが覗いていた。
「あまり滅多なことは言わないようにして欲しいわね。事を荒立てると厄介よ。……なるべくなら、警備隊の人間には目を付けられたくない」
「……そんなにまずいことだったのか?」
「ただでさえ、神像が貴族に下賜されるようになってから従来の武人たちは肩身の狭い思いをしているのに。そんなことを言われたら怒るのも無理はないわよ」
そこまで聞いて、スライアも剣を帯びていたことを思い出す。それも明らかに安物ではない一振りである。
もちろん彼女は傭兵には見えないし事実そうではないはずだが、その剣に並々ならぬ思い入れがあるであろうことはレイジも既に知っていた。
他人事のような言い方をしてはいるが、彼女も内心怒っているのかもしれない。
「……すまない。さっきの発言は軽率だった」
素直に謝ったつもりだったのだが、当の少女は面食らったように瞬きを繰り返す。
「まさか、そんな直球で謝られるとは思わなかったわ。……これはこれで困るわね」
「おいちょっと待て、言ってることがおかしいとは思わないのか」
今度はこちらが非難の視線を向ける側だった。なおも意外そうにこちらを見ていた彼女は、困ったように軽く頬を掻きながら答える。
「刀剣の
「いやまあ、確かに剣だの槍だのでどうにかなる相手じゃないのは事実だが」
「あなた、一体どっちの味方なの?」
つい漏れた本音に彼女は胡乱げな目つきでこちらを見る。どうも立場がころころと変わるな、などと思っている内に、スライアは前へと向き直った。
「……でも、そうよね。事実は事実だわ」
誰にともなく発せられた言葉だが、レイジの耳はしっかりとそれを拾っていた。
「あー、っと。……スライア、お前はこれからどうするつもりなんだ?」
彼女のつぶやきがやけに暗い声音だったこともあって、彼は少々わざとらしく聞こえるのを承知で話題を逸らした。
スライアはそれを知ってか知らずか、なにやら懐の中を確認しつつ答える。
「そうね……まずは路銀を調達しないと。もう銅貨が何枚かしか残ってないから」
彼女の言葉はもっともである。なにをするにもまずは金が必要だ。彼女の発言から察するに、それなりに貨幣経済は発達しているらしい。
細かな貨幣の単位など知るよしもないが、口ぶりからするとやはり多くはないのだろう。
「……っていうと、やっぱり売りに行くのか、あの――むぐっ」
〈遺産〉を、と言いかけたところで彼女が素早く手のひらで口を押さえてきた。
「そう。確かにそうなんだけれど、場所と言葉は選んで欲しいわね。……こんなところじゃ誰が聞いてるかわからないし」
彼女は心なしか青ざめた笑みで、諭すように言う。
〈遺産〉は一部の特権階級を通じて一般にも多少は流通しているとのことだったから、単に持っているというだけで捕まりはしないはずだが――確かに、わざわざ所持していることをひけらかす意味は無い。
「むぁがっが。がぐ……えほっ。わかった。ついうっかり忘れてたんだ、すまない」
「うっかりで捕まるなんてことだけは避けたいわね。……まあ良いわ、行きましょう」
切り上げるように言うと、彼女は雑踏の中をかきわけるようにして歩き出した。
帝国の町は、そのおおよそが似た構造をとっているのだという。中央付近には広場、町民の居住区は門から離れた比較的静かな場所で、逆に宿場ならば各門の近くといったように。一定の文脈、文化的背景に沿って作られるものは、たとえ町のような集合体であっても同様の形態を取るということなのだろう。
「この辺りにあると思うんだけどなあ……」
そんなわけで、前を行くスライアはこれまでの経験則をもとに目利き屋――〈遺産〉を査定し、買い取ってくれる業者――の居場所を探して歩き回っていた。
「……んー」
町の辺縁部に位置する入り組んだ路地を歩いていると、不意に彼女が足を止める。口元に手を当てて、なにごとか考え込んでいるようだった。
「どうした?」
「どうも、こっちじゃないみたいね」
「おいおい、ここまで来ておいてか? ……まあ、初めて来たわけだから、仕方ないか」
「店が似た配置になるって言っても、いくつかパターンがあるのよ。この辺りに無いとなると、……逆に広場の近くなのかも」
「広場って言うと……正面の門に繋がってた、中央のデカい通りを進んだ先か」
「ええ。ひとまず、そっちに行ってみましょう。これ以上進むのも、あまり良くなさそうだし」
「……どういう意味だ?」
「確証はないけど、多分……この先は
問いに対して、彼女はややためらいがちにそう答えた。翻訳が適切になされたことから察するに、概念自体は旧言語との互換が可能な単語だったらしい。
確か、元義は旧ヨーロッパ圏でユダヤ人を隔離するための居住区を呼ぶ言葉だったはずだ。転じて、
少数派、という響きには覚えがあった。
「ってことは……つまり、
苦々しい表情を浮かべたまま、彼女はゆっくりと首肯した。
「さっきまでと比べて、あからさまに建材の質が落ちてる。当然だけど、治安も良いとは言えないわ。深入りすると襲われるかもしれない」
亜人種の血が混じっている身からすると複雑な心境なのだろう。
●
はたして探していた目利き屋とやらは広場の一角に店を構えていた。
煉瓦造りの、比較的大きな建物だ。店先に張り出された看板の文字は読めないが、スライアによるとここが目的の店であるということだった。
店の中に入り込むと、どうしてなかなか客がいる。
当然のことだが買い取りだけをしているわけではなく、旅人や商人から仕入れた様々な物品を店頭で売ったりもしているらしかった。客の大半が商品を眺めているところを見るとどうやら彼らは買う側であるようだ。
「こっちよ」
査定用と思しき奥まった場所にあるカウンターに向かって、彼女は歩き出す。それについていきながらも、レイジは棚に置かれた商品を横目で眺めた。
〈遺産〉を買い取っているだけあって機械部品の類が多く見られた。大方は壊れているのだろうが、嬉しそうにそれらを購入している人の姿が散見されるところからすれば、アクセサリーのような扱いを受けているのかもしれない。
「しかし、結局全部売り払うんだな。というか、それ以前に売れるものなのか……?」
「……どういうこと?」
「そりゃ、全部壊れて使い物に――ぐむ」
「少しだけ、黙っててもらえるかしら? これから売ろうって時に妙なことを言ったら査定額に響くから」
「あふぁったわあっふぁ。ぷはっ、……ここからしばらく黙ることにする。すまなかった」
「それが信用できないのよ、それが」
言葉通り、彼女はじっとりとした目つきでこちらを見返してくる。先ほども似たような失言をしていたレイジとしては立つ瀬がなかった。
「じゃあ、こうしよう。買い取りが終わるまで俺は外で待ってる。ちょうど町の様子にも興味があるしな」
「それなら、まあ。……あまりうろつかれても探すのが面倒だから、遠くには行かないでね?」
まるで遊園地かどこかで子供に言い聞かせる時の台詞だ。そんな連想に苦笑しつつ、レイジは答える。
「広場の外には行かないさ。こっちだって、はぐれたら困るからな」
未だに信用できないものを見るような目つきを崩さないスライアに背を向けて、彼は店の外へと出たのだった。
●
「とは、言ったものの……まあ、暇だよな」
外に出たレイジは、誰にともなくそうつぶやいた。
依然として現代の、とりわけ帝国の生活文化に関する知識が足りない。
そこらの屋台や店を冷やかそうにも一切金を持っていないのでは、知らず知らずのうちに商品を購入せねばならない状態に陥ったときが面倒だ。
どうしたものか。店先でぼんやりと思案していると――不意に、近場から歓声が上がった。
そちらに目を向けると、なにやら人だかりができている。
妙に思って近づいてみると、人の壁によって円状に形作られた空間の中に二人の男がいた。そのうちの一方は石畳の地面に膝をつき、悔しげな表情で自分の手を眺めている。
どうやら
ざっと見ただけも、石を投げたら傭兵に当たるのではないかという程度には武芸者らしき人物が多い。これだけ腕自慢が集まれば、それこそ彼らのように腕っぷしを競い合おうとする者が出て来るのも無理からぬことだろう。
「すっげえ! あいつ、これで三十人抜きだぜ!」
円の中心で話題の的となっているのは、身長二メートルはあろうかという偉丈夫だ。
丈長の上衣を着た大男、といった風貌である。
ただし、肩が不自然なまでに盛り上がっており、袖の長い服で覆われた腕も尋常ではない太さを有していた。二本合わせれば胴と同じくらいはありそうだ。アンバランスな男の体型からはどこか戯画的な印象さえ受ける。
「あんだけ叩きのめしときながら、全然バテる様子が見えねえ。化け物かよ」
「いくらなんでもそろそろ疲れる頃だろ。お前、挑戦してみたらどうだ?」
「ごめんだね。勝ったら金がもらえるったって、あれに挑むほど馬鹿じゃねえよ。参加費が無駄になるだけだろが」
漏れ聞こえてきた観客の会話によれば、どうやらあの男に勝てば賞金が手に入るらしい。
それを聞いて、少し興味が沸いた。
(とはいえ、会話が面倒だな)
少し考えた結果、念話でメルに話す内容を伝え、翻訳後の音声だけを流してもらう形を取ることにした。口頭の言葉を翻訳するのと同じかそれ以上の
話をするのに口が動いていないというのはさすがに不自然だ。ジャケットの
「さあさあ! 彼に挑戦したい方は他におりませんか!?」
円の中で小柄な男が周囲の群衆を仰ぎ見ながら、そう呼びかけていた。進行役、といったところか。
「少しいいか? 俺にも挑戦ができるか、訊きに来たんだが……」
人々の間をかき分けて近寄ると、男はこちらを振り返った。
「ええ、ええ! もちろん大丈夫ですとも! 参加費は銅貨五枚。勝てばなんと! 五倍になって返ってきますよ? どうです?」
「それなんだが……参加費は金じゃなくても良いか?」
スライアが集めた〈遺産〉を売ることでいくばくかの金が手に入る見込みだとはいえ、彼女への負担を軽減するために当人から金を借りていては世話がない。
「ええ、かまいませんとも! もちろんそれ相応の物を賭けてはもらいますが……」
「これでどうだ? 売れば結構な値段になると思うんだが」
言いつつ、サバイバルキットに含まれていた太陽光蓄電式のペンライトを差し出す。男は少しの間だけ妙な物でも見るような目つきでそれを眺めていたが、簡単に使い方を説明してやると途端に態度を一変させた。
「ほっほう、こりゃすごい! 油も無しに明かりが! どこでこんな物を手に入れたんです?」
「あ、あぁ。かなり昔に商人から買った物なんだが、あまり使う機会も無くてな」
「そうですねえ。私は目利きの資格はありませんが……これなら、最低でも帝国銀貨で三枚はいくでしょうね」
おおよその場合において、銀貨は銅貨で二十枚の価値がある。目利き屋を探している道中でスライアはそう教えてくれた。
帝国銀貨なら一枚あれば大人一人が一日は余裕で食いつなげるとのことだったから、やはりこの程度の道具でも売れば結構な額になるらしい。
一瞬、このままこれを売るという考えも浮かんだのだが、レイジからすれば元の時代と自分とを繋ぐ数少ない紐帯の一つである。できれば手放すのは避けたかった。
先ほどの目利き屋でこれを含む一連の道具を出さなかったのは、そういった理由からだ。ここでライトを見せたのは、こちらとしても負けるつもりがさらさら無かったからである。
「提案なんだが、これを参加費として担保にするかわり、賞金を三倍……いや、五倍にしてくれないか?」
レートを考えてもこれくらいはふっかけて大丈夫なはずだ。どうせあちらも最初から本当の査定などしてはいまい。
男はしばらく悩むようなそぶりを見せていたが――結局は首を縦に振った。
「良いでしょう! これを参加費として預かることにします。賞金は通常の五倍です!」
その所作はすがすがしいほどに芝居がかっていて、口元の笑みが隠しきれていなかった。おそらく「カモが来た」とでも思っているのだろう。
「武器はそこに並んでる物なら、どれでも好きな物を使って頂いてかまいません」
手慣れた様子でそう説明しながら、彼は傍らを指し示す。地面に布が敷かれており、その上には剣や槍といった形に削り出された木製の武器がいくつか置かれていた。
「……これでいいか」
適当に見繕った刀身五十センチほどの木剣を手にする。剣の心得がまるで無いことを考えて、取り回しの良さを重視した選択である。
「試合のルールは単純明快、相手に『参った』と言わせた方の勝ちです! ……では、そちらへどうぞ!」
男の指し示す方、円の中心部へ向かって歩いていく。その背後で宣伝の煽り文句が饒舌に語られていた。
「さあさあ! みなさまご注目! 本日一番の大勝負でございます! 賞金は銀貨で六枚を超える大金! 正直こうも強気な挑戦者ははじめてです。どれほどの実力者か、
はやく始めろ、という
「名も知らぬ旅人と、これまで三十連勝の
賭け事まで請け負っているらしい。どこまでも商売根性が旺盛な輩だった。
「もうよろしいですか!? これ以上、賭けに参加する方は? ……よろしい。それでは、両者前へ!」
声に従って前へと踏み出す。大男と三メートルほどの間を空けて立ち止まった。
一対一とはいえ近接戦闘である。メルとの
《――良いのですか?》
《どうとでもなるさ。どっちにしろ、
「がっはっはっはぁ! そんな細っこい身体でオレに挑もうってなぁ、ちっとばかし調子に乗りすぎなんじゃねえのか? んん?」
メルとの短い念話を終えた瞬間、イルグレと呼ばれた対戦相手が豪快な笑い声をあげながらそう問うてきた。
レイジも平均からすれば高めの身長なだけに、いざ見下ろされるとなかなかに威圧感がある。
「そっちこそ、無駄にデカいからって油断しすぎだ。……調子に乗りすぎじゃないか?」
「……てめえ、吠え面かかせてやる」
「みなさま、大変お待たせいたしました! それでは勝負を始めさせていただきたいと思います! お二人とも、準備はよろしいですね!?」
両者の間に不穏な空気が流れだした瞬間、甲高い声が会話に割り込んだ。
自分も相手も、武器を構えて返事に代える。
相手の得物は木で作られた片刃の大斧だった。両手で扱うことを前提としているのか、柄は一メートル近い長さを有している。
男の体格を考えても、あれから一撃でももらったら動けなくなりそうだ。
進行役の男が片手を上げ――開戦の合図と共に振り下ろした。
「では――始めっ!」
レイジは試合開始と共に脱力した。剣先を下に降ろし、前方へと大きく身体を傾ける。
それは全速を出す前の、
これ以上ないほどに身体が
「……ふっ!」
鋭い呼気と共に地を蹴り、前へと跳躍。
弾丸と化した彼は彼我の距離を一息に殺し、木剣を相手の首筋めがけて振り上げる。
――だが、意外にも攻撃は防がれた。
大斧の柄で剣が阻まれていたのだ。
「ぐははっ!
試合開始から初撃まで半秒とかかっていないのだが、相手は余裕の表情である。驚異的な反応速度というほかない。
「くっ、この……!」
地面へ足が着いた瞬間にすかさず追撃を放つ。
脇腹、
右手の剣で首元を狙うかたわら、同時に左足で脇腹へと鋭い蹴りを放つ。
二方向からの同時攻撃。
不意を突いたつもりだったが――相手はそれさえ見切っていた。
「無駄だっつってんだろうが!」
「なん――う、おおおぉおッ!?」
剣閃は斧の柄によって止められ、さらに攻撃に用いた左足があっさりと掴まれた。そのまま力任せに投げ飛ばされる。
内蔵が跳ね回り、天地がめまぐるしく回転する中、どうにか地面に足を伸ばして着地。石畳で靴底を削りながら二メートルほど滑ったところで、ようやく身体が停止した。
意図せずして生まれた間隙に、レイジは小さく息をつく。
「……仕切り直しか」
「はっ! よく耐えるガキだな」
成り行きを見守っていた周囲の観客からどよめきが発せられる。
「あの小僧、速いな」「いや、それを防いだデカブツの方が凄くねえか?」「ありえねえよ、どっちもいかれた動きしてやがる」
どちらもおかしい。
それはレイジも同感だった。
メルによる演算強化がなされていないとはいえ、
剣の達人のようにとは言わないが、少なくとも素人よりはマシな動きができているはずなのだ。
だからこそ、解せなかった。
(確かに戦闘経験の差はあるんだろうが――それにしたって、動きの速さが異常だ)
全ての攻撃を受けきったことといい、同時攻撃にも余裕で対応してきたことといい。目の前に立つ大男からは、言い様の知れない違和感を覚えずにはいられなかった。
「どうしたよ! 日が暮れるまでそうしてるつもりか?」
「……お望み通りに、行ってやるよ!」
挑発じみた相手の台詞を契機に、レイジは攻撃を再開した。数歩で距離を詰め、打撃を放つ。だが、やはりそれも同じ結果に終わった。
「飽きもせず、馬鹿正直によくやるな! えぇ?」
(やっぱり妙だ。木でできてるとはいえ、あれだけ大きな武器を軽々と扱えるわけがない)
幾度か打ち込んでみるが、同様に防御される。木材でできた模造品だといっても相手の得物はそれなりの重さがあるはずで、それをこの速度で振り回せるのは異様としか言いようがない。
もしこれが彼の筋力のみによるものだとしたら、だが。
(……探るだけの価値はあるか)
間断なく攻撃を続けながら、聴覚に集中する。
懐中にいるメルのセンサーが捉えたかすかな異音を取り出し、増幅し、もう一度再生。
(これは……)
周囲の喧噪に紛れて聞き取りづらいが――これは間違いなくサーボモータの駆動音だ。おそらく、彼はなんらかの機械を用いている。
(なるほど。そういう使い方もあるってわけだ)
〈遺産〉を隠して使いながら、ストリートファイトで金を稼ぐ。なかなか賢いやり方だ。意外な使い途に感心しながらも、念話通信でメルに呼びかける。
《メル、あれの解析は可能か?》
《作業用の外骨格型
《大方、掘り出せたのがそこだけだったんだろう。よくもまあ、まともに動かせるような物が残ってたもんだ》
あるいはなんとかして修理したのかもしれないが、いずれにせよ手品のタネが割れれば後はどうにでもなる。
「そら! 喰らいやがれッ!」
相手が攻勢に転じた瞬間、大きく跳びすさって距離をとる。
空振りはそのまま地面にぶち当たり、ちょっとした爆発と間違いそうなほどの轟音が周囲に響き渡った。
見れば、打撃をもろに受けた石はヒビが入っている。
「……おいおい、見世物の試合で殺す気か」
「うるせぇッ! ちょこまか逃げやがって!」
相手はいまの一撃で決めるつもりだったのか、やけに気が立っていた。
《制御を狂わせれば行けるかと思ったが……システムへの
《
《まあ良い。少し面倒だが、いくらでも攻略のしようはある》
「今度こそ仕留めてやる! 覚悟しやがれ!」
男は得物を大きく振りかぶって突っ込んでくる。ともすれば派手な武器の動きに気を取られがちになるが、しかし、
「――足元ががら空きだ」
もし喰らえば肋骨が粉々にされそうな横振りをしゃがみ込んでかわし、足ばらいをかける。
下半身には外骨格を装着していないということもあって、防御時ほど反応は鋭くなかった。
本来ならばこの程度で姿勢を崩せるはずはない。だが、相手の重心は明らかに上半身へ寄りすぎている。
巨体が、ぐらりと
「おぉ、おおおおおぉぉぉッ!?」
「嘘だろ、そこから来るのかよ……!?」
体勢を崩しながら、なおも男は攻撃を繰り出してきた。機械による
咄嗟に木剣で防いだが衝撃を殺しきれない。こちらも倒れてしまっては意味がないと判断し、レイジはすぐさま得物を手放した。弾かれた剣が回転しながらあらぬ方向へと飛んでいく。
これでこちらにまともな攻撃の手段は無くなった。
――だが、問題は無い。
地に伏した男が起き上がろうとするよりも先に、レイジはその身体を組み伏せる形で飛びかかった。
「ぐっう……!? てっめぇ……!」
そもそも狙っていたのは相手の本体ではない。
男が〈遺産〉を用いていることが判明してから、そちらにダメージを与えることはあまり期待していなかった。
本当の狙いは腰部に装着されているはずの
上着に覆われて見えはしなかったが、おおよその
手に触れる固い感触から予測が間違っていなかったことを知る。懐に隠し持っていたアーミーナイフの刃をそれに突きつけながら、周囲に聞こえない程度の小声でささやいた。
「俺ならお前が起き上がるよりも早く、これの伝達系を滅茶苦茶にできる。それこそ、修理のしようがないくらいにはぶっ壊せるが……ひとつ、質問だ」
なおも抵抗を続けようともがきかけた男に対して、レイジは素早く上着の一部を切り裂いた。
小型の発電機と思しき物体が姿を現し――そのすぐ下に、外装がほとんど取り払われて配線がむき出しになったままの
いくつかのコードをまとめて断線させると、起き上がりかけの格好で男の動きが止まる。給電と制御さえできなくなってしまえば、強化服など単なる鉄の塊でしかない。
それでようやく相手も反撃は望み薄だと理解したらしい。おとなしくなった男に、ゆっくりと続きを問う。
「ここで俺にいくらかの賞金を渡すのと、下手に動いて商売道具がガラクタに成り下がるの、どっちがマシだと思う?」
「…………参った、俺の負けだ」
脅迫じみた二択問題に男は弱り切った声音でそう答え、場に歓声が沸き起こった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます