4 かくして少年は少女と共に


「そろそろ問題はないでしょう。だいぶ離れたし、見つかる心配もなさそうだから」


 なだらかな坂を十分ほど下り続けたところでスライアは立ち止まった。背負っていた背嚢を地面に降ろし、樹木の根本へ座り込む。

 木は数を減らしているが、依然として見通しが良いわけではない。身を隠しながら休憩するには悪くない場所ではあった。


「欲を言えば、もう少し距離を稼ぎたいところだが……。正直、限界だ……」


 被服や木々によって直射日光は遮られていたものの、高い気温は着実にレイジの体力を奪っていた。冷凍睡眠コールドスリープによる副作用の疲労も未だ消えていない。

 スライアの対面へ半ば倒れ込むような勢いで腰を落とす。それを見たスライアが、慌ててこちらの顔を覗き込んだ。


「ちょ、ちょっと大丈夫? いまにも死にそうな顔してるじゃない。さっきまで

は凄い勢いで戦ってた、くせに……――まさかっ!?」


 はたと思い至った様子で彼女はレイジの両肩を強く掴んだ。かと思えば、ジャケットに手を掛けて脱がそうとしてくる。


「お、おいっ!? 急にどうした!?」

「だ、黙ってて! 下手に動いたら状態が悪くなるかもしれないんだから!」


 思わずあげた驚きの声などおかまいなしで、スライアはこちらの上着をはだけさせるとさらにシャツをまくり上げた。


「状態? なにを言ってる? 落ち着いて説明しろ!」

「黙りなさいってば! 暴れて傷が広がったらどうするつもりなのよ!?」

「はぁ? っておい、なにを……ッ!」


 わけのわからない言葉に当惑しているうちに彼女は半ば馬乗りの体勢になってべたべたと身体を触ってくる。


「こっちは大丈夫ね。――っていうことは背中!?」


 なにがしたいのか、またなにをするつもりなのか見当がつかない。無理に引き剥がすべきかを迷っているうちに彼女は背中にまで手を回してきた。


「こっちにも無い……? いや、でも血が出てないからって安心できるわけじゃ――」


 声音はあくまで真剣そのものだが、レイジからしてみればよく知りもしない少女に抱きつかれる形である。


「だ……から、落ち着けって言ってるだろう!」


 身体に当たるやけに柔らかな感触に平静を失いかけながらも、どうにか少女を押しのける。


「ひゃっ!? で、でも……!」

「でももなにもあるか! まずは冷静になって、いきなり抱きつかなきゃならない理由について説明しろ!」


 先ほどとは別な理由から速くなった心臓の鼓動を感じながら、レイジは言う。


「抱きつく、って……?」


 言葉の意味がわかりかねる、とでもいうような様子で彼女は数瞬の間ぼうっとしていたが、やがてその顔が急激に赤く染まった。

 弁明するように両手を前に突きだして、おろおろと話し出す。


「ち、ちち違うの! いや、違いはしないけれど、あれは! ええっと……そのう。つまり、つまり……怪我でもしたんじゃないかと、思って……」


 己の勘違いを恥じているのか、彼女は紅潮した頬を掻きながら、消え入るような声でそう答えた。それを聞いて奇行の理由を理解する。


「あれくらいで傷を負うほどじゃない。血が出てないことくらいは見ればわかりそうなもんだが……」

「あ、あれは、あなたが苦しそうだったから焦ってただけ! ……私のせいで死なれたりしたら、その……寝覚めが悪いから」


 どう見ても人懐っこい雰囲気ではないのに、妙なところでお人好しな少女だ。


「あれは冷凍コールド――いや、病み上がりみたいなものだ。どうも本調子じゃなくてな」


 不調の形としては時差ボケに近い物があった。記憶が正しければ入眠前は冬のまっただ中であったはずだ。

 どのみち休憩を取らなければこれ以上は動けない。その点に限っていえば不調の原因が施術の副作用だろうと病気だろうと、あまり違いは無かった。


「少し疲れる、って聞いたことはあったが、まさかこうまで消耗が激しいとは……」


 緩慢な動作で身を起こす。木に背をもたれさせ、息をついたところで――腹が盛大に鳴った。


「あぁ、そうか」


 それを聞いて、妙に納得がいった。


 戦闘とそれに続く逃走の間は緊張や混乱で気にならなかったが、よくよく考えてみれば目が覚めてからなにも口にしていない。眠る直前の記憶は曖昧だったが、少なくとも満腹のまま装置に入るということは無いはずだ。


 気になり出したら止まらなかった。全身が脱力し、彼は自然と空を仰ぐ。広葉樹に特有の鮮やかな緑が目に心地よい。


 しかし、風景では腹はふくれない。


「腹、減ったなぁ……」


 つぶやいたその眼前に、すっと差し出される物があった。


「もし、よかったら」


 促されるままに受け取り視線を落とす。握り拳大のパンだった。半球ドーム型に堅く焼きしめられた生地は黒めの色をしており、お世辞にも美味そうとはいえないが、普段口にしていた合成食品や実地訓練で配られた液化戦闘糧食レーションとは違って嫌な薬品臭がしなかった。


「……まさかこれ、天然物か?」

「天然? ……自然以外から得られる食べ物なんてあるわけないじゃない」

「おいおい……さすがに冗談だろ? 世界の食糧事情がどうなってるか知らないのか。流行病が発生したから、天然の小麦コムギはほとんど駆逐されてる。あるのはプラスチックみたいな合成物か、遺伝子設計で作られたとんでもなく高価な人工植物くらいだ。米粉から作るにしたってイネも同じで――」

「さっきから変なことばっかり言ってる。……とにかく食べたら? お腹、すいてるんでしょ?」

「だが……。っ、いや、そうだった。もうこっちの『常識』は通用しないんだったな」


 納得しきれずに反駁しかけて、思い直す。空腹も相まって細かなことを考える余裕は無かったし、なによりこうして目の前に食べ物があるのだ。パンが天然かどうかなどはこの際どうでもいい。


「じゃあ、いただきます」


 軽く黙礼し、大口を開けてパンにかぶりつく。

 士官養成学校に入るよりもずっと昔。幼い頃に食べたパンと同じ味がした。

 食感こそ良くはないが、鼻腔に広がる小麦の香りは間違いなく本物のそれだった。

 無心になって食べる。携行食としての色合いが濃いのであろうそれにはほとんど味も付いていなかったが、長らく天然の食品を口にしていない身からすれば小麦の甘みだけでもごちそうである。

 がっつきすぎて危うく喉につまらせかけたところで、スライアが背嚢から水の入った革袋を出してよこしてきた。


「……ぷはっ。いや、ありがとう。すごく美味うまかった。人心地ついたって感じだ」

「こんな安物を、そんなに美味しそうに食べる人なんてはじめてよ。やっぱり変わってるのね」

な物を食べたのは数年ぶりだったんでな」

「それで、なにを説明すればいいの? ええっと――」

「どうした?」

「……そういえば、名前を聞いてなかったなと思って」


 言われて気付く。先ほどは彼女の名を一方的に問いただしたばかりで、こちらから名乗ってはいなかった。あのときはまた会うことなどないだろうと思っていたからなのだが。


早川怜治ハヤカワレイジだ、怜治レイジでいい。……さしあたって聞きたいのは、さっきの一件で俺が犯罪者になる理由、だな。どうやら俺は、自分がしでかしたことの重大さを分かってないらしい」

「それ、真面目な顔で言う台詞?」


 あきれ顔で言ったスライアは、それでも口元に手を当てて少しの間黙考する。


「そうね。〈神々の遺産〉って言えば、それで通じるかしら?」

「…………なに?」

「だから〈遺産〉よ。遺跡いせきに忍び込んで〈遺産〉を拾って……路銀に換えようと思ったってわけ。あなたの後ろに浮いてる黒いのだって〈遺産〉でしょう? だから、あなたも同業者だとばかり思っていたんだけれど……」

「ち、ちょっと待て。遺跡? 神々の遺産? なにを言ってる? 日本が滅んだのは理解したつもりだったが……」


 耳慣れない言葉にうろたえる。眼前の少女はどこか諦めたように嘆息した。


「私たちがいまさっき出てきたのが遺跡でしょうに。他にもいろいろなところで遺跡は見つかっているけれど……さっきの場所は比較的新しいみたいね」

「ってことは……〈遺産〉ってのは、遺跡から出る物品全般を指してるのか? 俺たちの――いや、に作られたモノのことか?」


 確認にスライアは首肯し、背嚢の中から小さな物を取り出してみせた。古ぼけた集積回路ICチップだ。見るからにボロボロだから使い物にはならないだろう。


「〈遺産〉は有用な物が多いわ。道具としての物品から、知識や技術まで……単に珍しいからってだけで、高値が付くこともある。使えるのかどうかは、専門の目利き屋に見せないとわからないけれど……」


 世界的に文明レベルは大きく後退していると考えて間違いない。大昔に作られた多くの物品はそれこそ失われた技術ロストテクノロジーの塊なのだろう。


「帝国では遺跡の発掘は貴族や一部の有力者たちにだけ許されているから、その分希少価値も高いのよ。結局貴族たちだって資金源にしているわけだから、市場に流れてしまえば盗掘品と正規発掘品の違いなんてわからないわ」

「……おいおい」


 そこまで聞いて、軽い目眩のような感覚に襲われた。

 思わず額に手を当てる。


「つまりは国有物の不正拾得、そして横領か。完全に犯罪じゃないか……」

「だからそう言ったじゃない。……でも、そうでもしないと私たちは生きていけないから」


 スライアの言葉が濁る。


「それに……神が私たちに残した遺産だというなら、どうして国が勝手に独占できるの?」


 ためらいがちに彼女が口にした疑問には、かすかに非難の色合いが含まれていた。


「それが法だからだろう」

「そういうことを言っているんじゃなくて――」

「いいや。俺が言っているのもお前が言っているのも、同じことだ。国民が法を遵守するから国は回るし、人々は暮らしていける。各々おのおのが法を守ることが、結局は全体の利益に繋がる」

「……その利益が、一部の人にしか還元されていないんだもの。仕方がないじゃない」

「……それは、つまり?」

「さっき見たでしょ。この中」


 言いつつ、彼女はみずからの頭を覆い隠している頭巾フードに手をかけた。

 それを外すと、頭の特異な部分パーツ――猫科のそれに似た大きな耳が露わになる。


「デミス……正確には、クオルタである私はまともな職になんて就けないし、それどころか、法の保護さえ受けられないってことよ」

「ちょっと待ってくれ。そのデミスとかクオルタってのはどういう意味だ? ヒュマネスって言葉もあったな。……いや、そもそも、さっきの質問にまだ答えてもらってないぞ。もう一度訊くが、お前はなんなんだ?」


 それを聞いたスライアは怪訝そうに眉をひそめた。


「…………本気で言ってるわけ?」

「どうも帝国とやらの文化には疎い方らしくてな」

「国は関係ないでしょう。変な術を使うかと思えば、こんなことも知らないなんて……あなた、いったいどこの僻地から来たの?」

「ついさっき出身地から出てきたばかりだ、って言ったら信じてくれるか?」

「信じられると思う?」

「…………だよなあ」


 レイジの正直な回答に彼女はしばらくうさんくさげな表情を作っていたが、ついには諦めたようにため息をついた。


「まあいいわ、誰にだって事情はあるもの。深くは聞かないでおく。それでなくても命の恩人にあまり失礼なことはしたくないし」

「命を助けられた、なんてのはお互い様だから、そこは気にしないでくれ。兵士は一人で制圧できたにしても、あのままだと歩行戦車ヒトガタ……神像って呼ぶべきか? あれから逃げられたかどうか怪しいところだ」

「謙虚なのね」

「事実だよ。確かに俺はお前を助けたが、同時に俺も助けられた。だから一方的に感謝されると正直ちょっと居心地が悪い。それだけだ」

「なにそれ。誰かを助けたなら、胸を張っていれば良いのに……おかしなことを言うのね」


 言葉そのものは少々辛辣しんらつだが、言い方に嫌味なところはまるでなかった。彼女が浮かべた微笑は柔らかく、どこか気品さえ漂っているように見える。


「……どうしたの?」


 それに見入るレイジを不思議に思ったのか、スライアは小首をかしげた。


 ――やはりこの仕草には笑みが似合う。はじめて会ったときに浮かべていた、あきれるような表情よりはずっと良い。


 そんなことを思いながら、彼は問いかけに素直に答えた。


「会ってからはじめて笑ったな、と思っただけだ」


 言われて気付いたらしく、彼女は面食らったような表情を見せる。残念ながらそれで笑みは引っ込んでしまった。敢えて指摘しない方が良かったかもしれない。


「……そんなことより、質問に答えなくていいの?」


 取り繕うように居住まいを正しながら、彼女は話を元に戻す。


「すまない。続けてくれ」


 苦笑して、片手で促す。

 あまり気が進まないんだけれど、と前置きしてから彼女はゆっくりと話し出した。


「半端物、穢れ混じり、なり損ない、異形……。私のような存在を指す言葉はたくさんあるけれど、簡単に言うなら『人と獣の混血』とされる種――亜人種がデミス。彼らは見た目だけでいえば獣としての特徴が強いわ。猫だけでなく、犬や熊、あとは鳥に似た姿の人もいる。……クオルタっていうのは私みたいな半亜人、つまり亜人種デミスとヒュマネスの混血を呼ぶ言葉よ」

「……じゃあヒュマネスっていうのは、つまり俺みたいな人間のことか?」

「そういうこと。もっとも、あなたが角や尻尾を隠しているっていうなら話は別よ?」

「角より妙な物が頭の中に埋まってるが、さすがに尻尾はついてないな」


 それは紛れもない事実なのだが、戯言たわごととでも思ったのだろう。スライアは眉を軽くひそめてみせただけで、そのまま説明を続けた。


「真なる人間。……彼らはヒュマネスというをそう呼ぶわ」

「真人、ってとこか。もし亜人種デミスとやらの発生が進化だとしたら、一体どれだけの年月が経っちまったのか……」


 人間から新たな種が分化したのだとすれば、それにかかる時間は数百年では効かないだろう。気の遠くなるような歳月が必要になるはずだ。当然、それに伴う環境の変化は計り知れない。

 絶望に足る証拠を突きつけられたような気になる。自分と同類の――同時代の人間を探そうとも思っていたが、それも望み薄というわけだ。


「大丈夫? もしかして、また気分が悪くなったとか……」

「いや、すまない。落ち込んでる場合でもないな。なにをするにも現状を把握しないことには始まらないしな」


 顔を青ざめさせ始めたスライアを手で制する。気分が悪いのは事実だが、それで彼女が気を病んでいては世話がない。


 ともかく一応の単語については了解した。

 だが、それだけではわからない点もある。


半亜人クオルタとやらがまともな職に就けない、とか言ってたが……それにもなにか理由があるのか?」

「本気で……いえ、やめておく。なにも知らないのは本当みたいだし」


 半眼になって問い返そうとしていたスライアだが、これまでの問答を思い出したのか、結局は途中で句を切った。


「ある男が現れた一年くらい前から、この国はおかしくなりだしたの」

「ある男?」


 彼女はうなずき、続きを話し始める。


「彼は自身をアポステルと呼んだ。世界は本来真人ヒュマネスの物であって、この世に亜人種デミスのような〈混じり物〉が存在することは許されるべきではないと主張したの」

使徒アポステルか。……随分と不遜な名前をつけたもんだな。〈遺産〉の中に聖書の文書データでも入ってたのか?」

「最初は妙な男が騒いでいるだけだと思われていたのよ。だけど、それまで単なる飾りか置物でしかなかった神像を動かしてみせて、これは神の力だと言った。……それが始まり」


 先ほどの言動を考えるに、やはり『神像』とは歩行戦車ヒトガタのことで合っているようだ。細かな疑問は後で照らし合わせることにして、ひとまずは彼女の語るに任せる。


「彼は圧倒的な軍事力でもって皇帝に取り入り、貴族へ神像を供与することで強大な権力を手に入れた。そうして彼は教えを国民に広く浸透させ、亜人種わたしたちに対する迫害を始めたの」

「それで職に就けないってわけか。……なんというか」

「……というか?」

「解せない話だ。そもそも、どうして亜人種への迫害を行うんだ? ヒュマネスとやらが正当な世界の支配者だっていう、その傲慢はどこから来る?」


 差別や迫害の理由など、往々にしてささいなことが原因だ。それは理解しているつもりだが、なんの根拠も無しに始まるものでもあるまい。


「……『亜人種は神の似姿たる真人によって生み出された、下等な生き物だ』っていうのがアポステルの考えよ。彼に言わせれば亜人種も〈遺産〉の一部ってことらしいけれど、私にはとうてい理解できない話ね」

「生み出された? 真人から生まれたっていうのなら理解できるが、生み出したって言い方は違和感があるな」

「当然、はじめは単なる狂言だと思われていたわ。でも〈神々の遺産〉の力を手にした男の言葉を信じる人は少しずつ増えていった」


 いまじゃそれを信じない人間が異端者って状態よ、とスライアは辟易したように付け加えた。


「やっぱり話が読めないな。真なる人間だのなんだのと……どこに根拠があるって言うんだ。たとえそれが進化の結果だとしても、さすがに横暴が過ぎる」

「あなた、変な人ね。ここらの真人ヒュマネスはだいたい私みたいなのを敵視するはずなんだけど」

「そういうもんかね。……俺からすれば敵視する方がおかしいと思うが」


 彼女と話していて違和感はまるでなかった。確かに彼女の頭や尻尾を見たときは驚いたが、それだってすぐに慣れてしまったし、ましてや忌み嫌うべき対象だなどとは思えなかった。


「否定、しないの? ……私を、私たちを?」

「……なにを勘違いしているのか知らないが――ひとつ、言っておく」


 確かに彼女の姿は、言ってしまえば『異形』だ。

 しかし――だからといって、姿形が人間と多少異なっているくらいでその生物が卑下される謂われなどあるのだろうか?


「そんなことはあり得ない。仮に亜人種がから分化した存在だとしても、だからって純粋な意味での人間に劣るなんて考えは馬鹿げてる。そんなのは、くだらない選民思想だ」


 どうしてもそうは思えない。

 だからこそ、レイジはそのふざけた論理を切り捨てる。


 よっぽど珍しい物言いだったのか、スライアは驚いたように目を見開いてから唇を苦笑の形に歪めた。


「そんな言葉、聖職者が聞いたら激怒するわよ」

「ま、公言しない方が賢明だっていうなら、あまり言わないでおくけどな」


 形は違えど、彼女がふたたび笑顔を取り戻したことに安堵する。同時に少しの気恥ずかしさを感じてレイジは彼女から顔を逸らした。


「――それで? 他に訊きたいことはある? もし無いのなら私は行かせてもらうけれど」


 仕切り直すようにスライアは問いつつ、荷物を手に取った。


「あぁ、それなんだが……一つ、提案がある」


 彼女と話をしている間も考えていたが、既にこれからの方針は定まっていた。

 やはり自分には情報が足りない。

 過去になにが起きたのか。それを知りたいとばかり思っていたが、現在の状況がわからないことには先行きが危うい。

 なにしろ不可抗力的な側面が強いとはいえ、目覚めて一時間と経たないうちに犯罪者の肩書きを得てしまったのだ。案内ガイド役の存在はこれからの行動に不可欠と言えた。

 スライアの話を聞く限り、彼女の目的地である『遺跡いせき』とやらはにおける都市の一つだ。そこに記録が残されている保証は無いが――いずれにせよ、いましがた出てきた〈弘波〉には戻れない。過去の記録を探すなら他の遺跡へ行く方が賢明だ。


 そういう点で、目の前にいる少女はこれ以上ないほどの適役に思えた。


「……提案っていうのは?」


 レイジの言葉に対して、彼女は小首をかしげる。


「俺もその遺跡とやらに用がありそうなんだ。……ここは協力しないか?」


 なおも要領を得ない、というように不可思議そうな視線を投げてくるスライアの目をまっすぐ見据えながら、レイジは口を開いた。


「単刀直入に言おう。――俺も連れて行ってくれ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る