第8話

 七月、副担がようやく正式に担任に任命されて、顔を出した。若い美人の女の先生だ。それとは関係なく、おれの学校生活はつづく。


 安部が、体育の授業の100メートル走で、5秒02の学校新記録を打ち立てた。安藤は、走り高跳びで六メートルの高さを飛んでいる。つぐみは、運動場に雷を落とす遊びを始め、つぼみは、鍵のかかった理科室の扉を自在に開けるようになった。

 脇役であるおれは、へえ、すごいなあと羨ましく見ている。この四人の勇者が、放課後、異世界を救う冒険をしているのであり、異世界の命運はこの四人の肩にかかっている。

 なんでも、話を聞いている限りでは、安部が、異世界のお姫さまに求愛され、引き受けるべきか断るべきか悩んでいるらしい。

「滅びかけた国のお姫さまが頼ってきたんだろ。引き受けて、力になってやればいいじゃないか」

 とおれはいったのだが、それを聞いてうつむいた安部をよそに、安藤がおれの腕を引っ張った。

 何ごとかと腕を引き返していたおれであるが、しばらくして、安藤の力に負けた。安藤が耳うちで喋るところによると、

「バカだなあ。安部には、他に気になる相手がいるってことだよ」

 ということらしい。お姫さまと天秤をかけるぐらいの女、それが誰であるのか、おれはなんとなく気づいた。安藤たちが、正面きって反対しかねるのも、安部に気をつかってのことなのだろう。

 何も知らないつぐみが、

「お姫さまはすっごい美人なんだから、すけべな安部ちゃんならふたつ返事で引き受けると思ったのにい」

 などといっている。これは、安部は悩むわけだ。毎日、寝るたびに悪夢にうなされているにちがいない。お姫さまの求愛をきっかけに、無意識のうちに妬んだつぐみに、嫌がらせを受けているのである。

 おれは安藤にそのことを聞いてみた。

「安部の本心は、お姫さまではないんだろう?」

 すると、安藤が焦って答えた。

「それはそうだ。だが、しかし、異世界を救う我々が色恋沙汰にふりまわされて、立ち止っているわけにはいかないんだよ」

「安藤は、素直に安部、つぐみを応援しているわけではないみたいだね」

「それはそうだ。だから、我々が色恋沙汰にふりまわされているなど」

 安藤が挙動不審だ。

「安藤は、安部ちゃんとつぐみが一緒になっては都合が悪いもんねえ」

 とつぼみがいう。

 ははあ、読めてきたぞ。安部は、本命では、つぐみを狙っている。つぐみはそれを知っていて、いじわるをしている。

 そして、安藤は、秘かに、自分こそがつぐみを手にできないかと狙っているのだ。だから、お姫さまと安部がくっつけば、安藤としては、本当は都合がよいのだろう。

 で、その安藤を狙っているのが、つぼみという図式だ。

 複雑な五角関係なんだなあ。

 異世界を救う英雄である四人は、それくらい恋に冒険にがんばればいいと思うよ。おれは話を聞いてあげるだけしかできないからね。

 青春しているんだなあ、と四人の勇者に対して思ったおれ。

 おれも本当は彼女が欲しいなあ、と脇役に似つかわしからぬ願いを夜空に祈った十七歳の夏。

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