第3話

 安部たち四人の勇者は、異世界を救うために日夜、命をかけた戦いをしている。なんでも、聞いている話によると、死んでも生き返る道具を手に入れて、異世界で購入しているらしいのだが、四人の安全が心配だ。

 学級の他のやつらは気楽でいいなあ。あいつらは、四人の勇者とは関係ない平凡な暮らしをしているんだろうなあ、と思っていた。

 まあ、おれの考えていることは、これで学級一の美少女つぐみちゃんは、安部か安藤のどちらかが彼氏になるだろうということだ。それで、つぐみちゃんを犯す安部と安藤のことを考えて、日夜、もんもんとしていたのだが、異世界に行っている四人がどんな生活をしているのかわからないので、妄想にすぎない。


 ところが、おれの想像と現実はちがっていた。

 一時限目の放課のことだ。安部たち四人の勇者を、クラスの六人の男女が囲んだ。緊迫した場面だった。六人の内訳は、男三人、女三人である。あくまでも、カップルのできそうな人数配置がしてあるのが憎い。クラスで一人だけのけものにされたおれへの当てつけであろう。許しがたし。

「どうしたんだ、魔宮?」

 と聞く安部に、魔宮が答えた。

「おまえたちはやりすぎたんだよ。あの世界の崩壊は定められた運命だ。無駄にあがらうのはやめるんだな」

 四人の勇者に、さっと緊張が走った。

「それを知っているとは、何者だ」

 安部の詰問に、魔宮が余裕をもって答える。

「おれたち六人は、あの世界の魔族だ。予言の勇者を探して、この世界に侵入していた。おまえたちが暴れすぎたんで、気づいたんだよ」

「魔族だと。まさか、同級生と殺し合うことになるとはな」

「おっと、ここでやってもいいが、クラスの他の奴らがまきぞえになるぞ。特に脇田は、死ぬだろう」

 安部は、冷静に威圧した。

「教室では、休戦だ。おまえたちもこの世界で暮らせなくなれば困るだろう」

 魔宮は余裕の表情だった。

 傍観しているおれは、唖然とした表情である。クラスの三十一人のうち、十人が特殊な人間だった。これは、ちょっとまともな高校生活ではないだろう。

 魔宮はかなり自分の力に自信があるようだった。

「運命に選ばれし予言の勇者? そんなのはたわごとだ。おまえらは、惨めに殺される宿命なんだよ。人が魔族に勝てると思っているのか?」

「どうやって、この世界に来た?」

「闇の精霊の力でだ」

「この学校でどうするつもりだ」

 安部の発言に、魔宮はおれの背中の服をつかんで持ち上げるということで、意思を示した。

「それは、おまえたちが地べたに這いつくばり、敗北を認めるまで、こういう雑魚を殺していく。世の中の九割は生きている価値のないゴミ人間にすぎない」

 ええ、おれって、急にまた殺されそうになってるの?

 四人の勇者、助けてえ。

 おれは戦いません。脇役ですから。


「四人の勇者よ、おまえたちにもわかるだろう。選ばれし特権というものが。おれたち魔族は、生まれた時から選ばれし特権をもっている。脇田のような何の価値もない虫けらとはちがう」

 やばい。このままじゃ、殺されちゃう。なんとか、しなくちゃ。

「あの、魔族のみなさん。魔族のみなさんも、この世界で殺人を犯せば、警察に追われますよね。この世界の警察や軍隊も、けっこう強いと思うんですが」

「バカじゃねえのか。おれたち、魔族が人類の警察や軍隊を恐れるとでも思っているのか。おれたちがどんな極悪人なのか、まったくわかってないようだな。一つの世界を滅ぼそうとしている魔族だぞ」

 おれはしょんべんちびるかと思った。

「なぜ、あなたたちは悪に走るのですか? 世界の滅亡など、悪いことに決まってるじゃないですか」

 おれの必死の弁明に、魔宮は答えた。

「それは、悪こそ正義だからだ」

 おれはぎょっとした。

「そうだろう。秩序を守ることのどこが正義だ? 誠心誠意尽くすことのどこが正義だ? 正々堂々戦うことのどこが正義だ? そんなものは、実戦を知らぬど素人のつくった妄言だよ。正義とは、隠れて上手に悪さをするズル賢さにあるのさ。世界の秩序を守ろうとする光の精霊のエネルギーを寄生して奪っていくのが、おれたち魔族のやり方だ。四人の勇者は負ける運命なんだよ」

「しかし、世界の秩序は、それを構成する人口の大部分が真面目に働いているから成り立っているのですよ。チョイ悪が恰好つけても、真面目な労働者の日々の労働なくしては、成り立たないものですよ」

「真面目に働くなど、クソくだらねえ。政治家が正義か? 官僚が正義か? 軍隊が正義か? 悪なんだよ、この世界を支配しているやつらもみんな」

「おれはそうは思いません。あなたは、反抗する者に正義があるといっているのだと思ってよろしいですか?」

 魔宮は少し、怪訝な顔をした。だが、はっきりと答えた。

「そうだ。反抗するおれたち魔族こそが正義だ。権威をぶらさげて威張り腐ってるやつらのが腐っているだろ」

 おれはかなり堅い文化論を展開することにした。

「パンクを知っていますか? 音楽のジャンルに代表される文化ですが?」

「おお、パンクは大好きだぜ。アドレナリンが分泌するよなあ」

「そのパンクとは、抵抗文化なのです。正統を維持する主流派があって、初めてそれに反抗をするパンクという文化が維持できるのです。パンクが正統になったら、パンクは、罵声を浴びせる対象がいなくて、自壊するのですよ。正統を倒し、新たな新代表に君臨したパンクは、もうすでにパンクではなくなっているのです。抵抗する対象のなくなったパンクは、強い者への反抗だったはずが、弱い者を虐める権力者になってしまうのですよ。パンクは正統となれば、それまで自分たちがバカにしていた権力者と同じになってしまうのですよ」

「話がむずいぜよ。簡単にいえ」

「パンクは、抵抗文化であるからパンクなのであり、パンクはパンク自身だけでは世界を統治できないんですよ。成功者となったパンクは、新しく生まれてくる若いパンクに罵声を浴びせられるのですよ。パンクはパンクを生み出して空しい循環しつづけるのです。悪とは、つまり、寄生しているにすぎないんですよ」

 おれは投げ飛ばされた。魔力で、通常より遠くへ飛び、教室の壁にぶち当たった。

「おまえのいう悪は、どうにも、気に食わねえ。だが、思い当たる節がないでもないので、今日のところは見逃してやる」

 魔宮は、自分の席に帰った。六人の魔族は、日常に戻った。

 四人の勇者は、壁に叩きつけられたおれを助けてくれた。

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