第2話 オヤジとの遭遇

「にいちゃん聞いてくれや。」


「はぁ??」


 いきなりもたれかかったこの人物。いやオヤジはいきなり娘との愚痴を語り出し

そしてむせび泣く。


 どうやら背面のカウンターで飲んでいたひとらしい。


 話半分に追い返そうとするも頑強に居座り、気が付くとヤンがいない。

 リーナは別のテーブルでマスコットに絡まれている。

 大きな円卓は空気を読むがごとく二人きりに。。。


 そこからは覚えていない。


 泣くオヤジの愚痴に付き合いつつも、勧められたお酒を飲んで…気が付けば知らない天井がそこにあった。


 顔を横に向けるとオヤジ…おまえなんで傍で寝てるんだよ……

 考えたくないシチュエーションに心はげんなり。


 あたたた・・頭痛い。昨日相当飲んだもんな。 上半身を無理やり起こし、あたりを見まわる。

 今いる場所はどうやら居間?食卓らしい。二人そろって雑魚寝してたみたいだ。


 ふと、上の方から音が。階段からだれか降りる音が。


「うわっお酒臭い!」


 しかめっ面した娘は、呆然と立っていた自分と目が合う。


「おはようございます。」


「おとーーさんきいてる?」


「そんな大きな声出すなバカヤロウ。」


 目の前には豪華とは呼べない朝食が並んでいる。


 1時間前にあった娘との初遭遇で泥棒と勘違いされ、誤解をちょうど先ほど解いたばかりだった。


「しかしオメー、ダイコは記憶ないんだったな。」


「え、ええ。昨日からの記憶しか。」


「昨日は保護してもらった蒼眼クランの方々と、あの酒場へ一緒にいたんですが。とりあえず今日蒼眼クランの方々に、ちゃんと生きていますっていう報告しにきたいんです。クランの場所等ご存じありませんか??」


「え? 蒼眼ってあの蒼眼?? あのリーナさんがいる蒼眼??」


「そうです。リーナ団長です。蒼い髪の。」


「そりゃまぁとんでもないクランに助けられたもんだな。」


「すごいクランなんですか? 蒼眼は。」


「凄いも何も、暗黒ゲートに入る事の許された12のクランの一つで。」


「世界4大クランの一つのクランですよ! あの蒼眼クランは!!」


 どうやら蒼眼クランとは簡単に説明すると、設立は38年前。

 初代蒼眼の団長ホルン・ルーシティティが設立したクランで2代目は娘のリーナ・ルーシディティが継ぎ、クラン歴は比較的短めのクランである。


 クランの中では比較的歴史の浅い蒼眼クランが成し遂げた偉業がある。

 それは当時最下層突破困難であった伝説的ゲートを踏破した事にある。


 ゲートが確認されてから900年。未だ踏破されていないゲートは多数あるものの、その中でも伝説的難度を誇った赤のゲートを踏破した事により名声は一途に世界に広がった。


 特に団長のホルンが持つ遺伝的能力は世界に知れ渡り、唯一無二な能力として知れ渡るのである。


「そんなにすごいクランなんですか。蒼眼は。」


「まぁ蒼眼っつたらよう、冒険者にとっては憧れだからな。」


「憧れ…ですか。」


「そうよ! だってあれだけ凄いクランですもの!」


「俺だって、まぁ若いころは冒険者やってた頃は目標にはしてたからなぁ。」


「オヤジさん昔は冒険者だったんですか。」


「まぁな。昔の話だが。しょぼい冒険者だったさ。」


「でもおとーさん2級冒険者までいったんでしょ?」


「昔の話だ。」


「2級?」


 冒険者にはランク付けがある。

 かけ出し冒険者から練達な冒険者まで幅広く、膨大な数の中でひどく困難な問題が過去にあった。


 それはゲートである。今はゲートにそれぞれ難度が設定されており、その難度は1(易しい)~99(困難)まであり、冒険者のレベルに応じたチャレンジが認められている。


 しかし難度設定前は自由に、勝手にゲートに挑戦するものだから死者も多く、無駄死にが絶えなかった。そこでギルドはゲートごとに難度を設定。

 冒険者にも偉業に応じてランク付けを図り、生存率を高め、成功率の底上げを行った。今ではランクに応じて挑戦できるゲートも制限されているというわけで。


「いまじゃあフリー権限持ってるクランは、世界でも片手で数えるくらいだ。ゲートは難度が高ければ高いほど、見返りも跳ね上がり、70以上のハイランクゲートで生還できるならばそれだけで莫大な財を成せる。まぁそれをできる数少ないクランが蒼眼だ。」


「そうなんですか。そんなすごいクランに助けられたわけですね。一生分の運つかってそうだな。こりゃ。」


 そんな凄いクランに誘われたのか…自分は。

 冒険者か…自分に…俺にできんのかな。


「ごちそうさまでした。とてもおいしかったよ。グランジーナさん。」


「あ、こんなものしか出せなかったけどごめんなさいね。」


「そんなことはないです。一宿一飯の恩は働きで返す次第です!」


「義理堅いこといってんなぁおめぇ。」


「そういえばここは商店…? ですよね。」


「ああ商店だ。そろそろ店開ける時間だな。」


「何を取り扱ってるんですか??」


「うちはポーション扱ってる。」


「ポーション??」


「ああ。傷を治したり体力・魔力を回復したりするものといえばわかるか?」


「それならなんとなくわかり――ます。」


「ほかにも魔物からのドロップ品だったり、輝石だったり扱ってる。」


「まぁ主力はポーションだが…売れそうなもんは取り扱ってる雑貨屋だな。」


「輝石…?」


「あぁ待ってろ。」


 店の方へ姿を消すと店の方から何やらキラキラした石が投げられてくる。

 大事そうに掴み、輝石を覗き込むように見る。

 綺麗な石。手のひら大で、握りこぶしくらいかな。それくらいのオレンジ色しているキラキラしている石だ。


 輝石。別名エネルギードロップ。魔物の体内に生成される石で、すべての魔物が持っているわけでもない。比較的レベルの高い、高等な魔物の体内に生成される石である。


 別名の通り、高等な魔物は自分の中にエネルギーを溜め込む性質があるらしく

それを石化してスキルなり魔法なりのエネルギーとして変換する、いわばエネルギー袋みたいな役割をもっている石らしい。


 輝石にも純度やランクがあるらしいのだが、魔法研究だったり、装備品に使ったりと、日頃の生活にも大活躍している、それはもう生活必需品らしい。

 ちなみにこのオヤジさんの家は輝石を利用した冷暖房装置がある。

 本来は加工してそれぞれの用途に利用するとのことだが、原石を必要とする冒険者も多くそのため中央街では多くの取引がなされていた。


「これが輝石かぁ。高そうだ。」


「それは屑石よ。ぜんぜんエネルギーが入ってない。」


「エネルギーとかわかるんですか?」


「ぜんぜん光り輝いてないだろ。」


「そういわれれば…まぁ。」


「光というより煙みたいなものは見えますけど。」


「煙?? それは安物で、加工しても満足にエネルギーとりだせねぇ粗雑品だ。」


「そーなんですか。装飾品とかそっちの方が向いてそうですけどね。」


「防具を生成する時の魔法付与とかなら一般的にやってるがな。そいつはそこまでのエネルギーはねぇよ。」


 輝石談義に花を咲かせつつも、その間にグランジーナは開店準備を進めている。


「手伝うよ。なにすればいい?」


「あ、そんな大丈夫ですよ。すぐ終わりますから」


「朝食までごちそうになってるしさ。何出せばいい?」


「あ、ありがとうございます。じゃあこれを一緒に表へ。」


「了解!」


 仲良く手伝いつつも開店準備をすすめ、開店時間の10時を過ぎる。 


「おやっさん…ひまですね。」


「あぁ? いつもこんなもんだ。」


「毎日行列で込み合ってるとでも思ったか。」


「おとーさん、ダイコさん。お茶入りましたよ~」


 居間へ戻り、三人は熱いお茶でのどを潤す。

 いつのまにか11時を過ぎて行った。


「そろそろお昼の用意してくるね。」


「あぁ。頼む。」


そういって台所へグランジーナは向かう。


「暇だし自分も手伝うよ。」


「いえいえ、お客さまにそんなことはさせられません!」


「ダイコ座ってろよ。グランにまかせとけばいい。」


「いやでもなんかこう暇だと体なまるっていうか。もしかすると料理すれば記憶も戻ってくるかも…?」


「おめぇ料理できるんか??」


「……多分。」


 台所に二人で向かい、グランジーナは申し訳なさそうに食材を持ってくる。


「ごめんなさいダイコさん。手伝わせちゃって。」


「いやいや。こっちが手伝いたいたくてやってるだけだから。献立は決まってるの?」


「えぇ。朝の残りのサラダに、根菜のスープとバンを焼こうかしら」


「へぇ…」


 食材をじっと見る。ふと懐かしい気分になる自分に気付く。なんか昔…こうやって調理場に立ったことあるのかな。


 ふと手に取る細長い棒。これは――ごぼう?

 頭の中に文字が浮かぶ。うん、これはごぼう…だ。


「あ、ダイコさん。それは根菜のスープに入れる野菜で。」


 野菜の中にオレンジ色の長細い棒がある。にんじん。

 やっぱりこの野菜は知ってる。ただ……


「ボッコは根菜スープに使いますが、じんじんはサラダの方に。」


 うん。記憶の中の名前と違う。


「これ使って一品つくっていいかな?」


「え? ええ。でもそれで一品って…」


 台所を見ると壁には包丁とまな板らしきものがあり、そのすぐ脇には火をくべる場所がある。


 まな板をセットし、すぐにごぼう――いやボッコとジンジンを皮むき、適当な大きさに切っていく。切ったものを鍋に入れて――さて、味付けはどうしようか。


「調味料はどこだろ?」


「あ、ここです。」


 台所の上の方に調味料を入れたかごがある。いろいろあるな。ただどんな味かわからない。


 味を一つづつ確かめていく。む。これは――醤油?? 砂糖は――油の方は――

ペロッ……これはごま油!!


 ごま油-―グランジーナに聞いてみるとやはりごま油だった。名前は違うけど。

 ささっと炒め、器にのせる。


「これ…は??」


「きんぴらごぼうっていう食べ物。どうやら記憶の片隅にあったらしい食べ物みたい。」


「ちん…ぴら? ごぼう??」


「き・ん・ぴ・ら・ご・ぼ・う。とりあえず食べてみて?」


「は、はい。」


 そこへオヤジがどうやらごま油の熱した匂いに連れられて登場。


「なんだこれは。ボッコにジンジンか? これ。しかしいい匂いしてるな。ちょっと貸せ。」


「あっおとうさん!」


 グランジーナから奪い取ると一口味見を……って二口、三口――止まらない。

 バクバクと無言で食べ続けるオヤジを二人で無言に見続ける。

 まぁまぁな量があった、きんぴらごぼうは数秒でその姿を消す。


「ふぅ…ごっそさん。」


「んで、これなんだ??」


 まるでコントのようにずっこける二人。


「へぇ…きんぴらごぼうね。」


新しく作り直したきんぴらごぼうに舌鼓を打つ父娘。


「ほんっと! これおいしい!!」


「熱したマーゴユ(※ごま油)にジンジンにボッコを炒めただけでこの味とは。ダイコ…おそろしいやつ……」


「マーゴユだけじゃないよお父さん。ソイソイ(※醤油)に砂糖のこの二つの調味料が利いている!」


「ダイコおめぇこんな料理どこで覚えたんだ?」


「そーーですよ! こんな料理聞いた事も見たこともないです。」


「もしかしておめぇ…記憶を失う前はすごい料理人だったじゃないのか??」


「あはは、いやそれはないとは…思うけど。冗談で言ったつもりなんだけど、食材見てると思い出すというか、料理が浮かんでくるんだよね。」


 それを聞いたオヤジは開口一番にこう告げる。


「ダイコ早く昼飯つくってこい。」


 12時30分を回った居間には、至福の顔をした父娘が横たわる。


「おいしかったぁ。」


「これで死んでも文句はでねぇな。」


「言い過ぎですよ。」


 初めて見る食材が瞬時に覚えている食材に変わる。やっぱり覚えていた。

 名前は違うというとこが引っ掛かる。もしかして自分は違う場所で生活してたっぽい。ここではない。もっと遠くの。


 今回作った昼ごはんは夜用にとっておいた鳥っぽいお肉を使った唐揚げに、ねばねばしたとろろのような食材があった為、とろろ芋揚げを作り、サラダもドレッシング(今までは塩のみ)を和風ドレッシングに変える。


 バンを見たときからなんとなく頭の中でもやもやしていたが、今ははっきりとわかる。これはナンだ。じゃあ、唐揚げと挟んでいただくとするか。


 こんな感じで自分としては雑多な食だとは思うが、どうやらこの二人には何か感動するものがあったらしい。

 それは同時にこの世界ではない何かを自分は持っているという証でもあった。

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「バン」からはじまる英雄譚! @shouko

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