第1話 その1


「すぅ……、はぁ……」

 とあるマンションの一室。

 そのドアの前で僕は深呼吸をした。

 ここが僕がこれから暮らすことになる場所。

 そこに初めて足を踏み入れようとしている。

 そして、これからお世話になる人との初対面を迎えることになる。

 少なからず緊張する。胃がちょっときりきりする。

 部屋主がどんな人なのか、父さんに尋ねてみたけれど、

「なに。迷わず行けよ、行けばわかるさ。元気があれば何でも出来る。ダーッ!」

 と、教えてはくれなかった。

 おかげで余計に緊張が高まっている。

 とはいえ、いつまでも二の足を踏んでいるわけにもいかない。

 思い切って、僕は部屋のインターフォンを押した。

 ピーンポーン、というコール音がこちらにも聞こえてきた。

 心臓が鼓動を早めていく。

 インターフォン越しの応答を、あるいは直接ドアを開けて出てくるのを、身構えて待つ。

 けれども、一分ほどしても、扉の奥からは何の反応も返ってこなかった。

 ちょっと都合の悪いタイミングだったのかもしれない。

 そう思って数分の後に、また改めてインターフォンを鳴らす。

 しかし、前と同様に何の反応もなかった。

 おかしいな、と僕が何か間違っていないか、確認してみる。

 マンションも、部屋番号も、日付も、時間も、全て合っている。はず。

 きちんと確認したけれど、不安は拭えなかった。

 もしかしたら相手方がうっかり誤認しているのかもしれない。

 一度、電話で連絡を取ってるべき、かなぁ。

 となると、まず父さんに連絡先を聞いてーー。

 などど考えながら、何気なくドアの取っ手に手をかける。

 まさか開いてたりしないよなぁ、と軽い気持ちで。

 握って力を入れてみると、鍵のかかっている時の抵抗が感じられず、すんなりと取っ手は下まで降りた。

「……!?」

 本当に鍵が閉まっていなくて、面食らう。

 勝手に入ってしまうのは失礼だと思いつつも、ちょっと様子をうかがうだけなら、と取っ手を引いてゆっくりとドアを開いた。

 恐る恐るのぞいた、その室内で。


「……え?」

「…………え?」


 廊下にいたと目が合った。

 そして、それから、まずいと思った。

 それはなぜか。

 不法侵入だから?

 違う。

 確かにそれも一因だが事態はもっと深刻だ。

 その辺りをもっと詳しく紐解いていこう。

 目が合った女性。

 歳はだいたい同じくらいだろうか。

 つまりは二十歳前後。

 背はそれほど高くもなく、低くもなく。

 肩くらいまであるライトブラウンの髪が、しっとりと水気を帯びていた。

 はっきりとした眉に、黒目がちな大きな瞳、整った小さめな鼻、柔らかそうな唇。

 頬には鮮やかに紅が差している。

 そして、なんといっても目を奪われるのが、その大きな胸である。

 薄手のTシャツに包まれたそこは、しっかりくっきりとした、夢のある膨らみが実っていた。

 さらに、足。

 しっかり締まりつつ肉付きの良い太股ふとももが、眩しいほどに目に焼き付く。

 淡い色の下着との組み合わせがたまらない。

 さて、おわかりいただけただろうか?

 そう。

 彼女がTシャツに下着一枚という格好だということに。

 後から思うと、ちょうど湯上りで、バスルームから出てきた所だったのかもしれない。

「きゃあああああ!?」

「ご、ごめんなさいっ!!」

 慌ててドアを閉める。

 室外で壁に背を預けて、落ち着くよう呼吸を整える。

 しばらくして、それから、脳裏をよぎったのは、

「終わった……」

 という諦めに近い言葉だった。

 通報されて、今、警察が向かっているのだろうか。

 懲役はどれくらいになるんだろう。

 大学は退学になるのかなあ。

 まだ通ってもいないのになあ。

 これからは犯罪者として生きていくのか。

 などとほの暗い未来予想図を描いていると。

 きいぃ、と静かな音を立てて、くだんの部屋の扉が開いた。

 そして、先程の女性が顔を覗かせて、

「あの、……セイ、くん?」

 そう僕のことを呼ぶのだった。

 その、セイくん、という呼び方に、何か懐かしいものを僕は覚えた。

 記憶を辿ると、程なくしてその懐かしさの正体に思い至る。

「……ゆいねえ?」

 昔みたいに、彼女のことをそう呼んでみる。

 するとゆい姉は、

「うんっ!」

 と、屈託もなく笑って返してくれるのだった。

 

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わんこ系女子との同棲生活 0013 @rainyrainyrain

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