mission 6-4
なんとか支野を再び喫茶店に呼びつけ(もちろん電話で)、支野が注文した分をきっちりと支払わせることには成功した。
支野は、
「確かに私はヒロインではないからいいが……行宮や彩瀬川の時にもこんなことをしていないだろうな?」
なんて言っていた。少しは自分の行動を悪びれるなりなんなりして欲しい。
とはいえ、行宮も彩瀬川も似たような状況の時にはこっちが何か言う前に頑なに割り勘を主張してきたので、間違ってはいないのだが。
「おかえり、大地くん。結局急に出かけたのは何だったの?」
最後まで締りの悪かった支野との会合から帰ると、天が出迎えてくれる。
「ああ、別段大したことではなかったんだけどな……」
「ふーん……???」
天は俺のぼんやりとした回答に疑問符を浮かべているようだった。
……思えば、天の何気ない話がなければ、今日のことはなかったんだよな……。
「……天、今日はありがとうな」
「……えっ?きゅ、急にどうしたの?私、何か大地くんにしてあげたっけ……?」
急に俺にお礼を言われて、当然のように天は戸惑ってしまっているのだった。
「まあ、何かしてくれたかっていうと……そうとも言えるし、そうでもないとも言えるというか……」
「な、なんだか良く分からないけど……ところで、今日の用事って、支野さんの活動関係?」
「……まあ、そうだよ」
察しがいい……ってこともないか。ここ最近の俺が急に用事ができて出かけるなんて、それ以外の理由が考えられないもんな。
「でも、急に思いついたって感じだったし、今日の用事って元々決まってたことじゃなかったんだね?」
「うん?ああ、そうだな」
そんな当たり前の事実を天に指摘されてから、初めて俺は今日の行動が持つ意味のようなものを気づかされた。
今までは、なんだかんだで俺は全てレールに沿っていたのだ。
規定の中での行動は自分の意思や考えに基づいていても、その大元の部分は支野が決めたことだったのだ。
それが、今日はどうだろう?
支野の考えに疑問を持って、"このままでは活動を行う上で欠陥がある"と思ったから、話をしようと思い立ったわけだ。
そこに支野の意思は介在していない。100%俺の意思で行われた行動なのだった。
「……ひょっとしたら、俺も少しは成長してるのかな」
成長しているとしたら、それは"恋愛と向き合う意識ができている"という意味合いであって、決して"恋愛についての考えができてきている"という意味ではないのだけれど。
それでも、今の俺には必要な前進なのだった。
「……どうしたの?急に黙ったと思ったら独り言言ったりして」
「いや、ちょっと考え事をしてただけだよ」
「……変な大地くん」
「でも、活動絡みがうまくいってるならいいのかもね」なんてことを言いながら、天は部屋に戻っていった。
……天も、なんだかんだと言いながら、活動がいい方向に向かうことを望んでくれているのかもしれない。
もっとも、それは俺のためっていうよりは、ヒロイン役の3人のため、っていう意味合いが強いのだろうけれど。
あるいは―――響のため、か。
プルルルルル……
『はいもしもし?大地?』
夕飯の後、部屋に戻った俺は、響に電話をかけていた。支野とそんなに差のない応答の仕方だったが、響は幼馴染だしこんなもんだろう。
「ああ、夜遅くに悪いな」
『いやいや、夜遅くってほどでもないし別にいいよ。あ!そういえば今日、駅近くの喫茶店に行ったらさ、支野さんがいたんだよ!』
「え゛」
『?どうしたのさ、変な声出して?』
「いや、なんでもない……それで、どうしたんだ?」
思えば、俺が支野と一緒にいるところを見られたとして、別に後ろめたいことは何もないのだが……とりあえず探りを入れてみる。
『いやー、1人だったみたいだから、できれば一緒にお茶でも飲みたかったんだけどさ、私も別な用事があったからねー』
どうやら支野と俺が合流する前に通り過ぎてくれたようだった。
……いや、だから後ろめたいことはないんだけどな?
『ああっと、ごめんごめん。それで、どうしたの?』
「いや、明後日のことなんだけど……」
『明後日……うん、覚えてるよ。モールに行くんだよね?』
「ああ。一応再確認しとこうと思ってな……一応、春先のリベンジって意味合いがあるし、響が優先だからな」
『………………』
俺の言葉に、しばらく響は黙ってしまった。
「……響?」
『……別に、無理しなくてもいいんだよ?』
「え……」
『そりゃ、さ。私は嬉しいけど、大地は今、もっと考えなくちゃいけないことがあるじゃない』
「それは……そうだけど」
『支野さんの活動に参加してるみんなと一緒に何かをする方が、今の大地には必要なんじゃないかなって思うよ』
そんなこと、
そんなこと、分かっているし、今日だって、そのために動いていたんだ。
……だけど、そうじゃないだろ?
俺は確かに活動に参加している。
恋愛を知らなすぎる俺が、恋愛を知るために。
恋愛を知らなすぎる俺が、人からの好意に答えを出すために。
だけど、もう一つ、意味があっただろ?
恋愛を知らなすぎる俺が、答えを出さなくちゃいけないものが、もう一つ。
そのための活動なのだ。
だから、響にはそんな風に考えて欲しくなかった。
だけど、そのことは口に出せないから―――
「そんなことはない」
『え……?』
「活動ももちろん必要なことさ。実際、今までのどんなことよりも俺は活動に集中しようとしているよ」
「だけど、それと比較して、響とのことを軽んじるつもりなんて、俺にはないね」
『……!』
「『俺に何が必要』とか、『俺が何をしなくちゃいけない』とか、そういうんじゃないんだ。『俺の中で、何がどれくらい大事だと思うか』ってことなんだ」
「だから、俺は明後日響と出かけるよ。無理してるとか、そういうんじゃないんだ。それは、分かってくれよな」
俺は、自分が思っていることを素直に伝えることにした。
活動を優先して、俺が向き合わなきゃいけない相手のことを遠ざける、なんて、そんなのは本末転倒だ。
俺は、俺が大切だと思うことをしていくしかないのだ。
そんな、俺の言葉が伝わったのかどうかは分からないが……、
『……うん、ありがとう。そこまで言ってくれるなら、私からもお願いしたいくらいだよ』
響も、そんなことを言ってくれた。
『しっかしさー……大地って、まさか普段の活動中でもああいうこと言ったりしてるの?』
「ああいうこと?」
『いや、何ていうか……さっきみたいな感じでさ……』
……思い返すと、どうやら俺はまたやってしまっているようだった。
「……あーっと……黙秘権行使していい?」
『ダメに決まってるじゃん……なんてね、別にいいけどさ』
響は冗談っぽく笑いながら言うが、俺にとってはあんまり冗談にならない。
『誰彼構わず言ってるなら問題な気がするけど、大地はそういうんじゃないもんね』
「誰彼構わずではないけど言っている」という意味にも聞き取れるが、一応はフォローしてくれているようなので心の中で礼を言っておく。
『それじゃあ、明後日はよろしくね?』
「ああ。こっちから言い出したんだし、任せとけ……とまでは言えないかもだけど、まあ、なんなりと」
『一応、大地くんが活動を通してどれほど成長したのか、私めが判定してあげようかしら?』
なんて怪しげな口調で言ってきたので、やんわりと断っておいた。
そんな、目に見えるくらいの変化は、まだしていないだろうから。
電話を切ると、時刻は夜の10時を回ったところだった。
あと12時間後には、活動が始まってから初のイベントが控えている。
……正直、先輩の家に行くということに対する緊張は、まだ完全には解けていないのだが……。
「考えなきゃいけないことは、それだけじゃないしな……」
今日、昼に支野と話したこと。
さっき、響と話したこと。
そして、明日のこと……いちいち重く考えていたらキリがない。
『だけど、"日常の積み重ねを考える"ことと、"日常の重みを考える"ことは全く別のことだ』
『君が知らなければならないのは中身と結果であって、プロセスではないということさ』
支野が今日言っていたことが思い出される。
俺は、考えなければいけないこととそうでないことを、しっかりと区別しなければならないのだろう。
そして、考えなければいけないことは、明日何が起こるかということだ。
「……そんなの、行ってみなけりゃ分からないよなあ」
結局、イベントなんてのはそんなものなのかもしれない。
支野が渡してきたギャルゲーも、予期せぬハプニングが重要なイベントになっていたりしたような気がしたしな。
……だとすれば、だ。
「……楽しんでしまった方が、いいってことだな」
段々と気が楽になってきた気がする。我ながら安直な精神だなと思うが、今はそれで助かっているのでよしとしたい。
明日もそれなりに早いということで、俺は早めに床に就くことにした。
SUB-mission グレート与志田 @Yoshida_G
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