銀河運動会

牧名もぐら

銀河運動会

 走りながら半年前のことを思い出した。AMADAS銀河連盟主催による星際体育大会、その一般人の部に参加できるようになるチケットに当選した日の事だ。連盟加盟星全体からほんの2万人しか選ばれない、その中で僕が選ばれた。そんな奇跡に過呼吸を起こして病院に搬送された。


 僕はあまり人とのコミュニケーションが得意じゃない。クラスの中じゃいつだって孤立している。テストはいつも平均点、運動も普通、言われたことがないから分からないけど、顔も普通なんだと思う。何の特徴もないくせに、今時は骨董品のインターネットを愛用していたりする。ニューロナイズ・インプットやシナプスシンクは怖いから使いたくない。自分が誰だか分からなくなるような気がするから。


 そんな、臆病でどこにでもいる普通のテラリアンの僕は、今。


「行けええええッ!テラリアァァァァァァァン!」


「ハイッ!」


 巨大なトカゲの様な姿のスヴェアニアンが、ロボットキャリアと取っ組み合いをしながら僕に檄を飛ばしてくれた。応え、走り続ける。


 右手のビルの向こうから爆音が聞こえる。爆風の余波が僕をなぞった。


 酷い喧騒だ。叫び声も雄叫びも区別がつかない。爆発、崩壊、発射、何らかの音が常に轟いている。大会はもうラストスパートだ。誰も彼も、エネルギー残量なんか気にせずにキャリアをフル稼働させている。


 前に大きな十字路がある。その向こう側には、今走ってきたテラ式現代都市とは違う景色。俗にコクーンと呼ばれる楕円体の建物が乱立し、それらを繋ぐ交通用チューブが張り巡らされている。ガシュニア式現代都市だ。浮遊する一際大きなコクーンを見る。あの上に最後のレッドマーカーがある。あれを取れば僕たちホワイトの勝ちだ。敵は、レッドはどうだ?ホワイトマーカーは大丈夫か?ホワイトもレッドもリーチがかかってる。通信を……いや、走ろう。走れば間に合う、きっと。ここまで来たんだから。テラ式建築特有の気流「ビル風」が逆風となって吹く中を、それだけ考えて進む。


 十字路に出る瞬間、右手から何かが飛び出してきた。ボロボロのクモに似た形のロボットキャリア。識別カラーは……赤。


 胴体下部のハッチが開き、ロケットが飛んでくる。僕が反応するより前に、ロケットはひしゃげ爆発する。いつの間にか展開されていたバリアが、粉々に割れる。走りながら振り返ると、白い肌に黒い瞳を持ったガシュニアンが、倒れながら僕に親指を立てている。背中の機械はシールド系のキャリアだ。恐らく今のが最後。彼に頷いて、再度僕は正面の敵を見る。


 僕のキャリア。左手の真っ赤な時計に手を伸ばす。しかしそれを発動するよりも前に、クモ型ロボットは大きく吹き飛ぶ。


「行け!」


 右から現れたのは、僕と同じテラリアンだ。10メートルもあるような巨大な剣を持っているが、その刃は欠け、もう長く持ちそうにない。


 僕は走る。


 ガシュニア都市ゾーンに入った。背後では延々破壊音が響き続けているが、前方からは何も聞こえない。誰もいない。ゴーグルをニュートラルからマップ機能に切り替える。待ち伏せのリスクなんて考えない、最短だ。


 交通チューブに入って、走りながらゴーグルの機能を更に切り替える。チームは2千人いたのが、もう百人にまで減ってる。今もなお減少は止まらない。残っている人も、キャリアを使えるのは三分の一ほど……五日間戦い続けていればそうもなるか。しかしレッドチームはロボットキャリアが大量に残っている印象がある。機械類は壊れやすいためあまり人気はないけど……今年は例年とは違うのか。僕のキャリアの状態も見る。エネルギー残量で見ると、2分が限界か。


 目的地まではまだある。これまでずっと走り続けているから少し休みたい気持ちもあるけど、それでレッドに追いつかれたり試合に負けたりしようものなら……。


 支給品のスポーツスーツの性能を信じながら、今度は一週間前のことを思い出した。旧シリウス星雲スタジアムに着いたばかりの時だ。あの時はまだ、僕はどのキャリアを選ぶか決められていなかった。一つ決めていたのは、ニューロナイズ・インプットの必要ないキャリアにしようとしていたこと。でもそんなキャリアは限られているし、あっても人気のないマイナーキャリアばかりだ。それでも最後にこのキャリアを選ぶのに至ったのは妥協なんかじゃなくて、僕の中の何かが直感的に叫んだ結果だった。ここまで来た僕に、覚悟をくれたキャリアだ。


 視界の端で何かを捉えた。透明な交通チューブの向こう側から、僕に向かって飛んでくる、あれは、人!


 すぐにブレーキをかけて引き返すと、その人影は僕のいるチューブに激突し、頑丈な交通チューブに穴があく。巻き上がって吹き付ける粉塵に倒れてしまう。


 伏せた状態から相手の正体をみる。ジェット付パワードスーツに身を包んでいるが、大きな両腕で中の人種が分かる。アリウリアンだ。識別カラーは当然、赤。機動力お化けはどっちのチームにとっても脅威だから、真っ先に潰されるはず。きっと一筋縄じゃいかない。


 あの浮遊する巨大なコクーンまで、まだ距離がある。


 あそこに行くためには、戦わなくちゃいけない。


 僕のキャリアのエネルギーはあと少し。


 でもここでやられたらそれまでだ。


 僕ならやれる、今の僕なら。


 敵は待たない。


 僕も待たない。


 キャリア。


 発動。



 腕時計のボタンを押した瞬間、世界が変わる。



 ガシュニアの風が僕を撫ぜて、変身は一瞬で完了する。ヘルムで視野は狭くなったのに、周囲のことははっきり分かる。体中に力も溢れて、できないことは何もないかのような感覚。


「変身キャリア!最終日までエネルギーを温存できたというのか!?」


 たじろいだ一瞬を逃さない。飛びかかって組み伏そうとすると、敵は突然ジェットパックを噴かしてガシュニアの都市を暴走する。腰に張り付いた僕を振りほどきたいのか、それともその僕のせいでバランスが取れないのか。どっちでも良い、マーカーのある巨大コクーンがいつの間にかすぐそこにある。空中を引きずり回されながら敵のジェットパックを掴み、身を翻して踏みつける姿勢になると、全力で「ジャンプ」する。相手は弾き飛ばされて、僕は巨大コクーンに急接近する。建物の外壁を突き破って侵入すると、変身を解除して走り出す。


 最上階を目指しながら、この五日間を思い出した。変身キャリアを選んだ僕を迎えてくれた、ホワイトのみんなのことだ。数日間を戦い通す銀河体育会で、変身キャリアは三時間しか動かない。皆はせいぜい初日の主力、後はカカシみたいな風に思っていたのかもしれない。でもがんばった。キャリアを温存して、自分の足で、死ぬように怖い思いをしながら、炎と雷とロボットと超人が爆ぜて斬られて吹き飛んで行く中を走った。ラストスパートでキャリアを使って、僕が取ったマーカーは三個になる。みんなは僕に勇気があると言ってくれた。みんなが盾になって僕を行かせてくれる。そうして僕は今、最後のマーカーに迫っている。


 停止した螺旋状の移動床を駆け抜けて屋上に出る。


 赤く光る柱が一つ立っている。これを壊したら終わる。僕が壊す四個目のマーカー。この大会を終わらせる、最後のマーカー。


 半年前の僕は、こんな所にこうやって立つ僕を想像できただろうか。きっと何も考えないで、いつも通り学校にでも通っているんだろうとか思っていたんだろう。こんなドラマティックなのに。


 半年後の僕は、どんな所にどうやって立っているんだろう。きっとこれがきっかけで人生が変わって、プロでも目指すようになっているんだろう。それが普通だ。


 マーカーの輝きを目に焼き付けながら、キャリアを発動する。


 風の音が変わった。五日間回った都市を思い出す。僕を支えてくれた、色んな星の人たち。休戦時間の夜には聞いたことのない話を聞いて、昼にはマーカーをかけて戦った。


 カジュニアのコクーンに流れる風を感じながら、僕は拳を握った。





 堤防の上を走りながら半年前のことを思い出した。AMADAS銀河連盟主催による星際体育大会、その一般人の部でホワイトチームの一員としてレッドチームと戦った時のことだ。僕の一撃でレッドマーカーは破壊されて、ホワイトは勝利した。仲間たちから体中を叩かれ撫でられ、とんでもない扱いを受けた。


 史上初の変身キャリアのフィニッシャー。しかもテラリアン。地球では英雄扱いだ。インタビューされたりなんか町から賞を貰ったりして忙しかった。学校でも話したことない人から話しかけられたり、女の子とも話す機会があった。


 そんな僕は今、学校に遅刻している。息が切れてもう走れない。腕時計を見る。今、本鈴が鳴っているんだろう。でもその音は聞こえない。堤防の上から土手に下りて、仰向けに倒れる。


 風が吹いた。空を見るとシャトルが遠くを横切っている。地球帝国のものだろう。なんてことはない、よく見るものだ。


 もう一度時計を見て、落胆する。


 青空を見ながら、僕は諦めることにした。ゆっくりしよう。寝転んだままじっとして、深い青を見つめていると、宇宙が見える気がした。意識は地球から遠く離れて、旧シリウス星雲を思う。


「……半年前かー」


 ドラマチックな五日間を、思う。

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