2日目
ちょっとした連絡ミスを上司に咎められた。今月に入って三回目だ。申し訳無さと、みじめさと、そんな細かいことをいちいち大げさに煩いんだよという気持ちが1:2:7の割合。午後からは頑張らないと、今日のお昼はガッツリで行こうと思っていたがなんだか胃が重い。飲むヨーグルトと後何か軽いものでも……。
からあげクン一個増量が昨日までだとは知らなかった。酷く損した気分だ。これはもう午後からの業務に差し支えるレベルだ。財布から抜け出す千円札と財布に潜り込んでくるレシートを疎ましく思いながら公園に入る。
「あっ……」
彼女だ。また会えるとは思わなかった。淡い期待が無かったといえば嘘になる。別に探したわけではない。静かな公園の中で彼女は一際静寂で、だからこそ目立っていた。昨日と同じ場所、昨日と同じ白いカーディガン、昨日と同じ彼女。
その黒髪に吸い込まれるように真っ直ぐ近付く。しまった。公園の半ばまで来ている。他のベンチはみな離れたところにある。誰も居ない公園で何故わざわざ隣りに座る?怪しまれるだろう。しかしここまで来てしまえば他のベンチに向かうほうがかえって悪目立ちする。意を決して昨日自分が座った場所だけを見つめ進む。
声をかけるべきか……?やめとけ、警察に通報されるのがオチだ。いやこの場合声をかけないとおかしい。そもそも隣に座るだけで通報されてもおかしくない。ああ、彼女に近付いて行ってしまう。自分で歩いているのだから当たり前だバカ。
頭のなかで考えが駆け巡る。どうする? どうする?
「どぅっ…、どうもこんにちは」
気持ち悪い挨拶を投げつける。彼女はふいと顔を上げる。目が合った。どちらかと言えばかわいい系よりは美人の部類に入るのだろう。目を見つめた瞬間に僕の脳みその後ろ半分が働かなくなる。その切れ長の目に吸い込まれそうになるが、揺れる黒髪が現実に引き戻してくれた。彼女は小さく会釈をするとまた本に目を落とした。
「いただきます」
もそもそとからあげクンを口に運ぶ。ヨーグルトを飲む。からあげクンをつまむ。スマホを触るふりをして隣を見る。からあげクンを口に放り込む。スマホを触るふりをする。ヨーグル……彼女の読んでいる本の文章に幾つか特徴的な単語が出ている。おそらく海外の文学作品だ。後で検索して同じ本を買って。実は僕もその本好きなんですよ。いやいや、気持ち悪すぎる。
「でーでー、ぽっぽー」
公園の大きな入口近くにある木の上から間の抜けた鳥の鳴き声が聞こえる。彼女は本を膝まで下げそちらを見た。肩からサラリと髪が落ちて、のぞくうなじが眩しい。
「ヤマバト……」
何の気なしに呟いた。彼女が驚いたような顔でこちらを振り返った。そして表情を崩しながら。
「変な声ですね」
と微笑んだ。
その途端世界が止まった。いやいままで止まっていた世界が動き出した入り口の外の車。風に揺れる背の低いツツジ。大木からの木漏れ日。全てが僕の目に飛び込んできた。世界の眩しさでまともに目を開けていられなかった。頬が熱くなるのを感じた。それ以外は何もわからなくなった。
我に返った時には仕事を終え帰路についていたところだった。なぜだか彼女の笑顔を思い出すことができない。スマホを取り出し幾つかの単語を検索した。僕は本屋に向かって踵を返した。
光合成ガール @seiun
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