光合成ガール

@seiun

1日目

僕の行きつけの公園。駅からも繁華街からも少し離れた公園。

少し前までは子どもたちが歓声を上げながら遊んでいた。休日ともなると、どこからともなくゲートボールをしにご老体が集っていた。緑も程よくあり広くも狭くもない公園。半年ほど前、近くに大きな運動公園が出来た。お年寄りと子どもと喧騒はみんなそちらに移ってしまった。

今、この公園を利用するのは、せいぜい小さな子供連れのお母さん。散歩をするオジサン。近所の野良猫、そして僕くらいだ。


平日のお昼にこの公園を利用する者は誰もいない。

僕はここで風の囁きと太陽の息吹を感じながらお昼を食べることが何より好きだ。いや、違う。僕はここで上司の愚痴と同僚の嫌味を感じずにお昼を食べることが何よりも好きだ。


僕のお気に入りの場所。公園の中でも一番大きな木の木陰にあるベンチでお弁当を広げる。今日のランチはコンビニの和風きのこスパゲッティ、わかめおにぎりと野菜ジュース。栄養バランスも考えないとな、そんな考えがぼんやりと浮かぶ。スパゲティの包装が風に飛ばされないように手早くまとめてビニール袋に突っ込んだ。

「いただきます」

誰につぶやくでもなく言った。習慣である。言わないとどうも喉の通りが悪い。

スパゲティをだらしなく割り箸で啜る。水気が多くて食べにくい。おにぎりをひと囓りしてパスタと一緒に咀嚼する。炭水化物が多かったな。まぁ昼からその分働けばいいか。と心にもないことを考える。


ギッ……とベンチがきしむ。その時初めて気がついた。隣に人がいる。女性が僕の右隣りに座っている。今、座ったんだ。でもいつの間に?

公園には大きな入口と自転車止めのある小さな入口の2つがある。その両方共僕が座っているベンチからはよく見える。しかし全く気が付かなかった。女性は白っぽい服を着ていて、この公園では目立つ格好だ。どれだけスパゲティに夢中になってたんだ……。我ながら恥ずかしい。パスタを啜る音が小さくなる。


風が吹いて草の匂いがした。雨上がりの原っぱのような、子供の頃空き地や森でいろんなことをして遊んだ。そんな時に嗅いでいた懐かしい匂いが風に運ばれてきた。彼女から?思わず気になって野菜ジュースを降ろした。スマホを取り出し弄るフリをして隣を盗み見る。彼女は腰までありそうな長い髪をベンチの後ろに流し、薄い水色のワンピースの上に白いカーディガンを羽織っている。大学生なのか社会人なのか年齢は分からない。小さなピンク色のバッグから文庫本を取り出して読んでいる。リンスのCMから出てきたようなその黒髪は公園の木々を背景にしてなお黒くつややかで、僕は『緑の黒髪』という言葉を思い出した。


この公園には他にもベンチはあるのになぜ彼女は僕の隣に座ったのか。なぜ公園で本を読むのか。結婚するなら親と同居は嫌か。お昼ご飯はもう食べたのか。どこに住んでいて何歳なのか。彼氏はいるのか。色々と聞きたいことが湧いてはスパゲティを噛み。湧いてはおにぎりをジュースで流し込み。僕はいつもの三割増しの早さでお昼を終え、無言のまま公園を後にした。


足取りも軽くコンビニに備え付けのゴミ箱に食後のゴミを放り込む。また会えたらいいな。明日も来るのかな。


その時の僕には思いもよらなかった。彼女とは毎日、合うべき理由があることを。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る