ウチの猫は閉所恐怖症(かもしれない)
只ノ一一
第1話 キジとの遭遇
最初に「猫を見に行こう」と言い出したのは、下僕Jではなく、相棒だった。
そうはいっても、相方のことをそれらの名で呼ぶのは、ごく時折のこと。それに何より、どちらも呼称としては長い。
なので、これから相棒のことは、この書き物の中では後者から略して「プカプ」と呼ぶことにする。字面だけを見れば、カフカのような知性を感じる(気がする)ことだし。
さて。
そんなわけで、相棒プカプに誘われて、下僕Jも電車に乗って、とある猫喫茶へと向かった。
プカプによると、その猫喫茶は、捨てられ猫たちを保護している団体が里親探しの目的で開いているとかで、そうした趣旨からも2人の志向性には一致するだろう、とのことだった。そこの猫は成猫が
別にすぐに飼育にはつながらなくても、捨てられ猫を保護している人たちへの多少の喜捨になるのなら構わない、というタテマエと、単純に猫と遊びたい触りたい貢ぎたいという本音を抱えて、2人はワクワクしながら電車に揺られて町を移動する。
そしてとある私鉄沿線の急行停車駅に降り立ち、少しばかり歩いて、階段を上り、目的の猫喫茶(※1)の扉を開いた。
店内は意外と狭い。そしてスペースの割には大量に猫がいる。
栄養状態も良いのだろう、どの猫もふっくらとして毛艶も良い。傷等の様子も無い。
とはいえ、スペースに対して猫、それも成猫の数がこれだけ多いというのは、
猫たちは、保護されてすぐの段階で不妊手術がなされているという。多少ふくよかな猫が多めだというのも、そのせいかもしれない。
ここは猫喫茶とは言うが、実際は里親あっせん場と言う方が実際のところで、お茶などは出ない。ペットボトル飲料等、蓋の出来る飲みものであれば持参または持ち込みは可、ということだった。
改めて、店内のレイアウトを見る。
そりゃ、こんだけ猫がいたら、飲みものなんてひっくり返されるわなーそもそも飲みもののカップやらを置くような配置じゃないわなーなどと思いながらも、2人は別々に猫と戯れることとした。
複数いた先客たちは既に
この店のコンセプトはかなりはっきりしていて、殆ど、猫と遊ぶ戯れるというよりも、「うちの子を探しにくる」為の場として機能していた。客も、ほぼその路線で合意して、猫を見に来ている人が多かった、ということに下僕Jが気がついたのは、次回の訪問時であったのだが。ともあれここは、そういう「場」であった。
正直、この段階で、下僕Jは猫の引き取りは、あまり考えていなかったのが事実だ。
というのも、実はその数か月前、とある保護団体……正確には地域で外猫を保護している集団の中のお一人との触れ込みだったが、実質はその集団が団体的に機能していたと思われる……で、保護猫の譲渡に関する話を進めていたのだが、それが頓挫した経験があったばかりだった。
とにかくその件で、猫ではなく「猫の保護活動をしている人間」の傲慢さについてほとほと懲りていた下僕Jは、今回はむしろ積極的な相棒の付き添い&猫触りが目的だった。
因みに、下僕Jはこれまで長期間飼育であれば3匹、短期の保護を入れると10匹overの猫を拾ったり保護したり里親を探したり一緒に暮らしたり泣きながら弔ったり、といったことをやってきている。最後の猫を看取ったのがその前年の2015年の6月だから、半年程家に猫がいないという状況が続いてはいたのだが、それでもまあ大半の人生は猫と一緒の機会に恵まれていた。
その全てに於いて、下僕Jが猫を「拾った」「保護した」というよりも、猫の方から「呼ばれた」に等しい場合が殆どだ。
一番希少な例を挙げると、家の近所のコンビニでコピーを取っていたら、子猫がトコトコトコと店内のJの足元へとやってきて、何やらニャーニャーと盛んにアピールし始めた、といったことがあった。雨の日、その猫はずぶ濡れどころか、なんかの溶剤に塗れてべちゃべちゃであった。
その後すぐにその猫を手持ちのビニール袋に収納、行きつけの動物病院へと搬送し、その後とても見事な里親さんへと引き渡すことができたのだが。
そんなわけで、「自分は必要なときに猫に呼ばれるようなナニカなんだろう」というのが、下僕Jの大雑把な自己認識である。基本的には無神論者を意識している下僕Jは、但しその深層心理に於いては「猫の神様」の存在だけはバッチリ信じていたりもする。そんな矛盾を併せ持っていた。
それはさておき。
だからこの日も、必要な猫がいたらこちらに声を掛けてくるだろうし、そういう出会いがなければそれまでのことだろう、とかなりお気楽に猫と戯れることだけを目的に来たものだ。
気がつくと、プカプは、小柄な一匹のキジトラと熱心に遊んでいた。元気ハツラツで若そうだ。他の猫たちと比べると、細い。まだ1年未満の年齢かもしれない、などと軽く目で追う。
その他にも、大勢の猫がおり、各々の暇そうな猫との対話を試みる。
一番長く触れ合った猫は、穏やかで、ややふくよかなものの結構美形なハチワレの白黒だった。愛想もよく、ただ全く動こうとはしなかったので、まったりと撫で、偶にボソボソと会話を交わし、穏やかに時間を過ごした。
他には、白地に小さな黒い
あと一匹。
さて。現在の下僕Jの住まいは、ペットの複数飼育を許可されている物件でもある。
というよりも、下僕Jは引っ越しの多い暮らしではあるのだが、猫暮らしが本格化して以来、基本的には動物飼育可の物件にしか移動はしていない。今の住まいも、入居時に3匹の猫と暮らしていたことから、そうした複数飼育了解という条件で探し当てた物件である。
その前提のもと、下僕Jたち人間側は、可能であれば仲良し同士、またはきょうだい同士や親子のような複数での引き取りを想定していた。
猫同士が仲良しでさえあれば、1匹よりも複数で飼育した方が猫の精神衛生上はすこぶる好ましいことは、何度もの一時保護の経験で分かっていたことである。
同時に、下僕Jはその点では猫の複数飼育を失敗していた、と言える猫暮らしをしてきてもいた。まあ、単純に、保護したタイミングがバラバラで、相手の猫が好きでも何でもない猫が複数暮らす家になった、ということなのだが。
その他、黒さんサバさんチャトラさん、いろいろ愛想を良くし、適度に挨拶をして回る。
次の人たちが待っているようだ。
プカプも、待っている客が増えていたことを気にしてか、「そろそろ」と
下僕Jは、この時点では取り立てて猫に呼ばれているという自覚もなければ、気になる猫がいるという程でもなかった。というよりも、「自分はどうやら猫の神様には、今日は呼ばれなかったようだった」といった感覚だった。
会計を済ませ、猫脱出防止用となっている二重扉を潜り抜け、階段を下りてプカプに「気になる猫はいたか」を尋ねてみる。
すると、一番長く遊んでいたキジトラが気になっている、とのことだった。下僕Jは遊びも触りもしなかった猫だが、そういえばプカプとは長く遊んでいたな、ということだけは辛うじて覚えていた。聞くと、プカプに対して唯一まともに相手をしてくれたのがそのキジトラの若い猫だけだったらしい。相当な遊びたがりだったからかなり若い猫なのだろう、とプカプも言う。
再度、「気になるか」を尋ねる。
「気になる」
と、奴は言う。
「もしも、その猫が他の里親さんに決まってしまったとしたら、ヤキモチをやくかい? 残念だと思うかい? 自分んチの猫じゃなきゃ嫌だと思うかい?」
そう、下僕Jはプカプに念押しする。
「いや、それは無い」
と、プカプは答えた。
まあ、後で考えれば、それはプカプなりの見栄だったのかもしれないが。
そんなわけで、またも電車に乗り、我々は家路へとついた。
その数日後。再び、同じ猫喫茶に行ってみよう、ぜひ行きたい、とやや照れ乍らプカプが再び下僕Jを誘ってきた。
今度は、きちんと、あのキジトラに会いに、と口にしながら。
(つづく)
※1 こちらの団体は、現在では店舗(猫喫茶)の形態での里猫紹介は中止しています。譲渡会は随時開催しているとのこと。
ウチの猫は閉所恐怖症(かもしれない) 只ノ一一 @cococo_gogogo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ウチの猫は閉所恐怖症(かもしれない)の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます