第4話 目覚める真実
「来城月下はいるか? 俺と
威勢良く教室に入ってきた男子生徒。教室の中はシーンと静まり返り、クラスの生徒は俺を見たり、男子生徒を見たりと交互に顔を向けていた。俺はバカっぽくぽかーんと口をあけ、隣にいた国塚乃愛と隈井龍牙も驚いたような顔をしていた。男子生徒はそれでも堂々と教室のドアの前に立っていた。
「誰だ、あいつ?」
「隈井が知らないんなら俺が知っているわけがないだろ。どうでもいいことだから」
「えっと、あの人は確か
「そりゃどうも」
すると、何時の間にか友枝先輩が近くの男子生徒に俺の事を聞いてどうやらこちらを確認したようだ。大股でこちらに近づいてくる。隈井と国塚は俺の後ろに回って、友枝先輩が俺の前に立てるようにした。はた迷惑だ、と呟いたが二人から帰ってくるのは笑顔。何が面白いんだか。
「君が来城君かね?」
「はい、そうですけど、先輩。今日から
「違うね。俺はこのイベントを利用しに来たのさ」
「利用……ですか?」
「ああ、利用さ。もちろん俺と君が戦って俺が勝ったら俺は最下位になる。だが、今回は関係ない。君を思う存分に痛めつけて全校生徒の恥さらしにしてやる」
「あの、すません。話の内容がさっぱりわからないんですが」
俺は申し訳なくなってしまい右手を小さくあげた。じゃないとこの先輩は話が通じないただの痛い人になってしまう。それは流石に俺もかわいそうだと思いここで話の折り目をついてもらうことにした。
「ああ、申し訳ない。俺も少々血走っていたよ」
元からだろ?
「俺が君にこんな憎しみを抱いているのは君の妹の霧雨羅羽に原因があるんだ」
「ら、ラウがですか?」
「そうだ、それは昨日の放課後だった。俺は見てのとおりのイケメンだ。たくさんの女を俺は落としてきた。今回のターゲットは霧雨ラウ。彼女だ。中等部のなかでひときわ輝く彼女を俺はほしいと思った。そして俺と付き合えと言ったんだ。普通の女はそこで『はい』と答える。だが彼女は『興味ないのでお断りします』と答えた! どう言うことだと俺は思ったよ。その疑問をぶつけてみたら『兄さんより弱い人には私は興味がないんです』だってよ。だから俺は思った。明日、兄である来城月下を全校生徒の目の前で倒すと。昨日はちょうど古東宝香ことうほうかにも負けてむしゃくしゃしてたんだ。君は丁度いい俺の獲物って分けだ」
「…………」
このナルシスト野郎、ぶん殴っていいですか?
そもそもラウに手を出そうとする高校三年生はロリコンだ。中学二年生のラウは確かに大人びている。大人びているにしてもまだ中学二年生。発育も十分には達していない女の子。そんなラウに告白する高校三年生はかわいそうだがロリコンだ。そしてこの野郎はナルシストでバカだ。後ろの二人も不愉快そうに友枝先輩を睨んでいる。
「ま、そう言うことだ。今日の昼休み、中庭に来い。あそこは客席が三千人見れるようにしてあるからな。あそこだったら君の無様な敗北がみれるだろう。それでは、また後で」
友枝先輩は笑いながら教室を出て行く。先輩が出て行くまで俺は開いた口がふさがらなかったのは言わなくても分かってくれ。だって、この世にあんな先輩が存在するとは思いもしなかったんだから。ああ、父さん母さん、世界は広いようです。世の中は今後どうなっていくのでしょうかね? 地球の未来が心配になった。どうでもいいけど
⇔
時間は過ぎて昼休み。ここでこの学校の『中庭』と呼ばれる施設について説明をしよう。
この学園には正式に
そして、俺は逃げる準備をしていた。
「離せ! 十位なんかに勝てるわけがないだろ!」
「にげるなライライ! 私は応援してるよ!」
「そうだぞ来城! 妹さんのことを思ってお前は頑張るべきだ」
「俺が負けたからと言ってあいつがあんなナルシスト野郎の彼女になるわけがないだろ!? まず、宝香さんがラウに寄り付く男を抹殺するから!」
場所は中庭の選手控え室。ここにいるのは俺と隈井と国塚の三人。窓から逃げようとしているところをこの二人に止められている。くそ! なんでこの二人がついてきているんだよ!? まず、俺がこの部屋にいる理由だが、この二人に引き摺られながらやってきた。説明終わり。俺が自ら望んでここに来ると思ったか!?
「もう、諦めてあの先輩とたたかっちゃいなよ、ライライ」
「そうだぜ。俺はあの人が嫌いだ。なんかむしゃくしゃするんだよね。だから俺の代わりと思って倒してくれよ」
「誰に向ってそんなお願いをしていると思ってんだあんた等二人は!? 最下位だぞ!? 最下位!? 最下位が十位に勝てるわけがないでしょ!」
「グッジョブ」
「何が!?」
そもそも挑まれて拒んだら退学というクソみたいな校則があるのを思い出した。
俺はもう、諦めていた。ここでわざと負けて逃げるそう言う手段もあるが今回はそうもいかないだろう。土下座をしたところであの先輩は俺を逃がさない。だから思う存分に殴らせておいて俺はそのまま気絶して巻ける。これしか方法はない。
「まったく、それじゃそろそろ始まると思うから俺と国塚は応援席に行っとくぞ? 逃げないように先生達には中庭の入り口で警備してもらってるからな」
準備のいい奴だ。
「それじゃライライ、またあとでね」
国塚のその言葉を聞いて控え室のドアが静かにしまった。取り残された俺は溜息をついて窓から離れて椅子に座る。テーブルに置いてある水を一気に飲み干す。ゴクゴクという音が脳内に響いた。
「……さーて、死んでくるか」
俺は立ち上がって控え室をでた。
⇔
その頃。
「あ、国塚先輩」
「おお、ラウちゃん来たね。ささ、私の横に座って」
「はい」
学園の生徒がちらほら中庭に集まっていた。この時期に
「私の所為で兄さんが大変な事になりました」
「ああ、そこんところは大丈夫だよ。来城の奴は『俺の大事な妹はあんな奴にはやらん』ってやる気満々だったし」
もちろん龍牙が行っている事は大嘘である。
「でも……」
「大丈夫だよ。だって貴方のお兄さんは強いんでしょ? ノアたちはちゃんとそのお兄さんを応援しなくっちゃ!」
「……そうですよね、兄さんを応援しないと」
ラウは少し表情がやわらかくなりドームの中心部分を見つめた。そこにはすでに敵である友枝浅木が腕組をしながら立っていた。表情は余裕と言う事がすぐに分かる。だが、ラウは浅木など見てはいない。来るであろう自分の兄の姿が見える選手入場口をずっと見ていた。
「あ、あそこ。
「二位か。珍しいな」
「その隣には
「今度は六位?」
「で、その後ろに
「四位でラウちゃんと来城の姉貴だったな」
「そしてその隣にいるのが――」
「学園内で最強って言われているランキング一位、
「私もそう思ってたからビックリだよぉ」
そんな龍牙とノアの会話は中等部一位の霧雨ラウの耳には届いていなかった。
⇔
よし、ここまできたらさっさと気絶して帰ろう。と、思ったが簡単に人間気絶できるものなんだろうか。俺は人生生きてきた中で一度も気絶した事がない。気絶させた事はあったとしてもだ。どんなに喧嘩の時殴られても、蹴られても、ぶっ飛ばせられても、俺はこの生涯の中で気絶した事は一度もない。……嘘だ。ラウの料理を食って気絶した。だが、それはラウの料理限定だから問題は無い。となるとまた、新たな作戦を練らないといけない。
そこで、思いついたのが逃げ回って先輩の魔術エネルギーをゼロにする方法だ。この魔術エネルギーとは昨夜、俺が魔術の練習をした時に体から湧き出てきたエネルギーのこと。これがゼロになると人は立っている事も出来なくなり、最悪の場合は先輩のほうが気絶する。これで勝つしかないのだ。
「これしかないか」
ここまできたら逃げて逃げて生き延びるまで。心にそう誓い、さっさと帰って寝る事を俺は望んだ。
そして歩き出す。一歩ずつ歩くたびに入り口から見える光が眩しくなっていくのが分かった。人々の声もだんだん大きくなってくる。緊張しながらも進み、俺は入り口を出て中庭の中央へと歩いた。湧き上がる歓声、目の前で不気味な笑みを浮かべる先輩。どれも俺には新鮮なものだ。こうやって
「良く逃げずに来たな、来城月下」
「俺だって逃げたかったんですけど悪友の二人が逃げるなって五月蝿かったんですよ」
皮肉な事を初めから言われた。この先輩は人の心と言うものがないんだろうか?
「それじゃはじめようか」
「いいですよ。それじゃ、一、二、三の掛け声で始めましょう」
「なら、カウントは君がするがいい。ハンデをあげよう」
「……了解しました」
いちいちむかつく先輩だな。まぁいいや、とりあえず逃げるか。俺は先輩から三メートルほど離れ、ポケットからラウから貰った指輪をはめる。装置を必ずつけておかないといろいろと怪しまれるからな。
「それじゃ、カウントを始めますよ。一」
観客に悪友の国塚と隈井の視線を感じる。
「二」
そしてそのすぐ近くに宝香さん、そしてランキング上位の方々。特に一位の轟坂小梨先輩の注目。
「三」
そしてラウの心配そうな表情が心に痛かった。
「魔術、
叫んだのはもちろん先輩である。先輩はポケットから素早くメリケンサック型の装置を取り出し両手に装備する。その後魔術を開放し魔術エネルギーを体のそこから沸かせた。俺はとりあえず背を向けて逃げた。この中庭はとても広い。逃げるには絶好の場所だ。
「逃げるのか? まあいい。そのほうが楽しいじゃないか!」
先輩は拳を真っ直ぐ逃げる俺に標準を合わせて右手の腕を後ろに引く。俺は先輩の姿なんて見ていないからこのあとどうするか分からない。だが予想はつく。
「
「え? ちょ、ま――!」
先輩が俺に向けて振った拳から大量の氷の粒が真っ直ぐ俺に向って飛んでくる。その大きさ、約バスケットボールほどの大きさ。俺は間一髪後ろを振り向いて気づく事が出来、横に飛んで逃げる事が出来た。そのすぐ近くでは砂煙が舞い上がる。地面はえぐられ、あんなものが人に当たったらただでは済まないだろう。
「良く避けたな、来城月下。俺の得意とするのは氷系統の魔術だ。この装置も俺と完璧にシンクロするように特注で作っている。お前の持っている装置とは全く違うんだよ」
「はいはい、そうですか」
言いたい奴には言わせておけばいい。この装置は魔術を作った張本人、霧雨ラウが作ったなどと思っていないのだろう。訳の分からない装置職人よりも信頼できるこのラウの作った装置。それを馬鹿にされるのは少々頭に来た。だが、ここで血が上って負けに行くのはダメだ。今は生き延びる事のほうが大切だ。その後に思う存分ぶん殴ってやるよ。
「それじゃ、君も魔術を見せてもらおうか? ま、最下位の使える魔術なんてたかが知れてるがね はははははは!」
「っち、バカにしやがって」
俺はどうやら選択を間違っていたらしい。この先輩、伊達に十位という数字を持っていない。先輩の魔術エネルギーは体中から溢れている。そこを尽きる気配が全く見えない。普通の生徒だったら先ほどの技で大量のエネルギーを消失し、エネルギー切れになる。だが、先輩のエネルギーはまだ減った様子すら見受けられない。逃げる、という選択は間違っていたのかもしれない。
「ほらほら、いくよ!」
「っち」
先輩は拳を左右連続で突き出す。それにあわせて大量の氷の塊が俺に目掛けて飛んでくる。避けようと必死に横に飛んで逃げるが、氷の雨はやむ事がない。どうしても逃げる俺のほうが氷の飛んでくるスピードに間に合わない。
その時、一つの氷が飛んでくる事に気づかなかった。氷柱のように尖った細長い氷。空気の抵抗が少ない為、普通の氷の数倍スピードが速かったのだ。そのまま氷は俺の腹部を貫通する。右の脇腹辺りだった。俺の目に映るのは貫通して俺の血で真っ赤になった氷が俺の腹から生えている光景。ボーットしている間に他の氷が俺を殴るように全身に当たった。言葉が出ない。そのまま俺はこけるように地面に転がった。
「もうおしまいか? 一つだけ貫通性の高い氷を混ぜたんだが見事にそれにあたったか。は、やっぱり最下位は最下位か?」
先輩は俺に近づいて欺くかのように笑う。虚ろな瞳で俺は先輩を見ていたのであろう。貫通した脇腹が痛い。だけど気絶はしない。ああもう、なんか全てが嫌になってきた。だが、ここで降参といっても先輩は俺を攻撃する。人間サッドバックにして俺で遊ぶつもりだろう。
「それじゃ、君はもうちょっと俺の遊具となってくれ。悪いけどまだ鬱憤は晴れないのでね。君の妹、ラウを恨むといい。ここまで俺を怒らせた彼女を」
俺の意識はもう、朦朧としていた。なのに気絶しない。この精神はどれだけタフなのかが分からない。だがそのタフな精神が俺の安全を邪魔する。なら、俺に聞こう。何故俺はここまで頑張らないといけない? こんなわけの分からない奴の遊具になって頑張らないといけない? 俺は……なにがしたいんだ?
「兄さん!」
ドーム内に良く響く声。先輩を見ていたときと同じ虚ろな瞳で声の主を探した。そこには一人だけ立ち上がり両手を絡めて振るえている少女の姿が見えた。……ラウか。ラウは震えるからだと震える声でこう言った。
「兄さん! 約束したじゃないですか! 嘘をつかないって! なんで、なんで強いのにそこまで隠しとおそうとするのですか!? 私は理解できません! だから、だから私は三つ目のお願いをします」
少女は震えながら、無理をして微笑んだ。
「勝って下さい」
ラウの隣にいた国塚と隈井は妙に嬉しそうな表情でラウを見ていた。俺はというと何故か意識がだんだん何時ものようにはっきりとしてきた。……はぁ。伯父さん、とりあえず貴方が言っていたようにやれるだけやってみます。お前の約束は俺がきっちり守ってやっからな。お前のことを馬鹿にした先輩を――ぶっ倒す。
「ん? まだやるっての?」
ゆっくりと立ち上がる俺を馬鹿にしたように表情で笑う。俺はゆっくりと邪魔になる氷の塊を尖っている部分だけ手で砕いた。無理に抜くと、血が止まらなくなって危ない。これはしばらく痛いが体に刺しておく必要がある。
「ああ、あ。今気づけば俺達の会話ってマイクで拾われてドーム内に聞こえていたんだな」
「そうだとも、君の叫び声もばっちり聞こえていたさ」
だから俺の苦しむ声を聞いてラウはあんな事を言ったのか。俺に負けてほしくないと思ったのか。世話のかかる義妹だか、兄思いの義妹だか、全く分からない。まあ、別にいいけど。
ゆっくりと右手の人差し指につけておいた指輪をとってラウのいる観客席に投げ込んだ。見事にラウがそれをキャッチする。観客は俺の行動に驚きを隠せないようでざわめき始めた。一方の先輩は何かがおかしかったようで笑っている。
「まさか君、素手で俺とやりあうのか? 俺はまだ魔術もつかえるしボクシングもやっているんだぞ? 君が勝てるわけがないだろ」
この先輩はボクシングをやっていたのか。と妙な関心を抱いて俺は深呼吸をする。
まず、体の奥底にある魔術の塊をイメージでこなごなに砕く。そしてその塊が血液と一緒に体中を巡る。最後にその魔術の破片の力を――解放する!
「!」
ドーム内の観客の声が消えた。それは声が出せなくなったわけじゃない、声を出す事が怖くなったからだ。魔術を一度使うと相手の魔術エネルギーを感知する事が出来る。たまにその魔術エネルギーを見ることができる人もいるらしいが、その一人が俺だ。自分の魔術エネルギーを見て、操作する。それが俺の力。そしてその大量にあふれ出るエネルギーに観客は驚きをかうせなかったのだ。このエネルギーは一位の轟坂小梨を越える。
「な、なんだよ……おまえ、そのエネルギーは……」
「一つ言っておく、俺はラウが作ったものは魔術とは認めていない。先輩達が使っているのは『魔法』だ。装置の力を借りて人間の潜在能力を引き出す。それは魔法なんだ。RPGでもあるだろ? 魔法使いは杖などの道具を使って魔法を使う」
「な、なにを……言っているんだ……?」
「魔術とは、己のみの力で発動させる奇跡。それが魔術。古代よりこの世にする奇跡だ」
先輩は何を言っているか分からないようで一歩、後退り俺を化け物でも見るかのように見ていた。もちろん俺はそんな化物じゃない。ちゃんとした人だ。だが、ここでの俺は人じゃない。ま、どうでもいいけど。
「俺は『魔術師』だ」
「……魔術師?」
「ああ、魔術師。悪いが先輩には負けてもらいますね。大切な義妹のお願いなんで」
ゆっくりと右手を横に上げてる。深呼吸して魔術エネルギーを右手に集める。
「銀の槍よ――希望を串刺しにする悪となれ」
そして体に中にある魔術エネルギーを具現化させる。魔術とは詠唱によってその姿かたちを変えるのだ。今俺が言った魔術の詠唱の意味は『我は幻影と言う名の槍を求む』と言う意味。そして、集まった魔術エネルギーは詠唱にしたがって銀色の槍に変化する。
「ぎ、銀色の……槍だと?」
「今から先輩は俺に一撃も与えられない。俺は先輩に――圧倒的敗北を与える」
俺の自信ありげな笑みに先輩は不気味に感じただろう。だが、こういう精神状態を削るのも一種の魔術である。だから俺は『魔術師』。魔法使いじゃないんだ。
俺は槍を構えたまま先輩に駆け寄る。どんどん近づく俺に対して先輩は恐怖を感じがむしゃらのまま拳を突き出す。再び氷の雨が俺の目の前に現れた。だが、槍を回転させるように投げて氷の塊を砕いて行った。俺が通る道だけでよかったのだが、砕いた氷が他の氷にぶつかって全ての氷が木っ端微塵となった。槍は先輩のすぐ横を通過する。かすりそうなほどの距離で先輩はゆっくりと通過した槍を見ていた。
「天使の羽を纏いしナイフよ――命を運ぶ船となれ」
今度は俺の右手に小さな羽の生えたナイフが出現する。勢いを殺さずに先輩の腹部を切ろうとナイフを横に振った。さすがボクシングをしていただけのことがある、とっさの判断で肘でナイフを持っているほうの俺の手の甲を叩き、ナイフを手から落とした。そしてそのまま、メリケンサックを装備している手で俺の顔を狙う。
「女神の盾よ――時を殺して蛇を征しろ!」
早口で詠唱を済ませると俺の目の前に大きな盾が現れる。左半分が黒で、右半分が白。そして中央に二本の剣でバツ印を作ってあるマークがある。大きさは大体俺の身長より少し小さいぐらいだから160センチメールほどだ。見事に先輩の拳は盾にあたり、金属音が響く。
すぐさま離れて次の詠唱を行う。
「残酷な斧よ――友の血を啜り、全てを壊す悪魔へと姿を変えよ!」
今度の詠唱は長い。だが、この武器は魔術の中で一、二を争う武器。詠唱が終わると俺の両手に真っ黒な斧が現れる。大きさもおれの身長と同じぐらいで巨大なものだ。そしてその斧を先輩に向って投げつけた。
「ひっ!」
必死に避けようとしゃがみこもうとしたのは良いが、その場にうつぶせになってこけてしまった。これでチェックメイト。
「王を守りし大剣よ――その光で世界を包め」
うつ伏せになっておいた先輩の頭の横に巨大な大剣を突き刺す。赤と黒のデザインの大剣は力強さがイメージできる。先輩はその剣を見て震えていた。あれほど馬鹿にしておいて今更震えるなんて俺は少々イラっときた。だが俺の目的は勝つこと。先輩を殺す事じゃない。だから、これ以上のことは何もしない。
「先輩、チェックメイトです。まだやるなら俺は構いませんが?」
「いいや! 俺の負けだ! だから頼む! 見逃してくれ!」
この瞬間、勝負がついた。観客は興奮のあまり立ちあがって歓声をあげる。俺は少々照れ臭くなりながらもラウのほうを向いた。目と目が向き合った時に口パクでこう言った。「約束、俺は破らないだろ?」と。するとどうやら伝わったようで「はい」とにっこりと微笑みながらラウは答えた。周りの音で本当はなんていったか分からないが、そう答えたはずだ。
そして、この日から俺の日常は砕け散る。
最下位である男子生徒は実は最強で魔術師という珍しい者。
俺を狙うのはこの先輩で終わる事はなかった。
どうでも――よくないか……
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