第3話 最下位
「伯父さん」
「おお。月下か」
とりあえず言い逃れで古東伯父さんの所に結局来てしまった。穏やかな表情と笑顔が特徴的にな伯父さん。俺はこの人が怒っているところはあまり見たことがない。あるとしたら俺が嘘をついて誤魔化そうとした時。それも俺が怪我や悩んでいる時に無理をして嘘をつくとこの人は俺に激怒する。でもその時、何故か安心感を覚える。この人がちゃんと俺を見てくれているのだと思うからだ。
「どうした? 宝香が何かしてか?」
「いや、特に何もないですよ。それより……」
「何かあったのか?」
「俺の魔術が宝香さんにバレそうになりました。まだ、ラウは俺の魔術を鮮明に覚えているようで」
「うむ、そりゃ困ったな。二年も経つのにラウちゃんはまだあの日のことを覚えているのか?」
「ええ」
俺は部屋に入って古東伯父さんと向き合うように畳に座った。その間に伯父さんは「困った」と腕組をしながら呟いていた。どうにか隠したい事。それは俺の力。この力は俺が生まれてすぐに身につけたもので、両親もさっぱり心当たりがなかったらしく、人前にこの力を使うことを禁止した。
「しかし困ったな。公になるとお前も困るだろうしな」
「今までどおり俺はこの力を隠しとうそうと思います。俺自身があまり――良く分かっていないですから」
俺の力を知っているのは俺と伯父さん、そして実際に見ているラウの二人だ。伯母さんは全く魔術に対しての感心がないので話をしてもどの道理解が出来ないと伯父さんにいわれてしまう。俺の力は本当に特別なものだった。だから両親は他人に隠すようにといったのだろうか?
「月下、とりあえずお前はいつも通りラウちゃんの護衛をしてくれ。いつ、狙われるか分からないからな。頼りになるのは事情を知っているお前だけだ」
「分かっています」
「それと、お前の力だが――」
「……」
「必要と思ったときに自由に使え。お前はその力のせいでランキングというもので最下位じゃないそうか」
「いや、それはただ俺が弱いだけで。それに使っていいものなのか自信が無くて――」
「隠す必要はない。お前は全力で立ち向かえば良いんだ」
「……分かりました」
⇔
何時ものように六人で食事をとった後、風呂に入ってすぐに自分お部屋に入って寝た。考える事は何もない。伯父さんが言った言葉は別に「使いたくなかったら使わなくてもいい」といっているのと同じだ。だから無理して使わなくていい。明日もいつも通りに学校に行ってラウを守るだけだ。守って、守って、守り抜いて、やる事だけするんだ。
そう思って布団にくるまる。
寝た。
ねた。
……ね…た………。
「ね、寝れねぇー」
がばっと布団から上半身を起こして一言呟いた。昼寝をしすぎたせいか全く眠気がない。何時もなら布団に入ったらすぐに寝れるはずなのに今日に限って寝れない。頭の中のもやもやとしたものが取れない。ああ、くそ。こんな時だけ。
愚痴りながら立ち上がって部屋を出る。中庭の長い廊下を歩いてパジャマ姿のままサンダルを履いて庭に出る。こういう時は何かに集中して体を存分に疲れさせてから寝るのがいいだろう。そしたらすぐに寝れる。俺はポケットから指輪を取り出してそれを右手の人差し指にはめる。これが魔術を発動させる為の装置。『
「魔術、
呟くような一言で全身から力が溢れてくる。これが人の体内にあるエネルギーを無理やりこじ開けて使用する装置。
「――っ!?」
一瞬、体から力が抜けていく感じがした。その後はどんどんダムの水が決壊したように体からエネルギーが出て行く。大量のエネルギーと大量の冷や汗が全身から吹きだすのが分かった。そのまま立っていられなくなりその場に膝を突いて座り込む。夜の庭に俺の荒い息遣いと風の音しか聞こえない。うーん、何が原因なんだ? やっぱり何かの力が邪魔しているのか?
「また……かよ」
これが俺が最下位の理由。誰でも使えるはずの
装置を使った魔術が使えない理由が分からない。この体質の所為で俺は最下位となってしまった。魔術が使えなくて勝てるわけがない。試合が始まってそうそう白旗をあげる。これが一年間続けてきた俺の
「兄さん?」
立ち上がって深呼吸をはじめようとしたところに丁度後ろから呼び止められた。振り向くとラウがピンク色のパジャマの上からカーティガンを羽織り、心配そうにこちらに歩み寄ってきていた。俺は「ラウ」と名前を呼んですぐさま息を整えた。
「魔術の練習ですか?」
「ああ、お前に態々作ってもらったのに活かせなかったら意味がないだろ? 伯父さんにランキング上げるのも頑張れって言われたしよ」
「そうですか……」
ラウは両手を合わせて何か思いつめたように俯いた。不思議に思い「どうした?」と声をかけてみた。すると我に返ったように「は、はい!」と裏返った声でラウの返事が返ってきた。ここで笑ったら俺は悪党だろうか?
「いや、その……あ、そうだ。兄さん、約束覚えていますか?」
「はぁ? 約束?」
「ほら、忘れてる。兄さんは昔から忘れっぽい人です」
何故か怒られてしまった。
「で、俺はお前にどんな約束をしたんだ? 俺の記憶力は三歩歩いて忘れるニワトリ並の脳しか持っていないからな、どうでもいいけど」
「もう、またそんなこと言って。……、兄さんは学校の校門の前で私に『三つ、何でも言う事を聞く』って言っていたじゃありませんか」
「あ、ああー、あ。確かに、言ったな」
「ですね」
俺の記憶力は本当に悪いらしい。確かにそんな事を言ったようなことを覚えているような気がする……。結局は気がするだけ。覚えているか覚えていないかといわれるとほとんど覚えていない。悪い癖だ。どうでもいいような事はすぐに忘れる。そしてここにはじめて来た日の事や、ラウと出会った日、高校に入学した日、両親が殺された日。印象に残りやすいものだけは鮮明に覚えている。何の狂いもなく覚えている。人の記憶なんてこんなものなんだろうか?
「それで、ラウは俺にどんなお願いをするんだ?」
「そうですねぇ……最初はまず、私に嘘をつかないと約束してください」
「え? そんなのでいいのか? 分かった。お前には絶対に嘘をつかない」
「約束ですよ? それじゃ二つ目は――」
ラウはゆっくりと俺に近づいてくる。妙にこの二年間で大人びたラウを見るとたまに見惚れてしまう事がある。小学生だった少女が中学二年生になるとここまで違うのかと実感した。そしてラウはどんどん近づいて顔までゆっくりと近づけてきた。そして――
「私の料理を今度は残さずに食べてください!」
「…………は、へ?」
「はへ、じゃありません。私の料理をちゃんと食べてくださいよ!」
「あ、ああ」と戸惑いながらも返事をする。目の前には飛びっきりの笑顔でこちらを見つめている少女。あぶねぇー。今絶対変な想像してた。いや、うん相手は義妹だ。妹には違いがない。俺も兄として義妹に好意をもつのはさすがに危ない。だが、あんな素振りを見せられたら誰だってそう言うことは考えてしまう。特に男は。
「三つ目は……それはまた今度にしておきます」
「そ、そうか。なら、俺は寝るからな」
「もう寝ますか? 分かりました。兄さん、おやすみなさい」
「ああ、お休み」
そう言って俺は本日二回目、ラウから逃げるようにこの場を後にしたのだ。
⇔
次の日、何時ものように朝起きて。何時ものように朝食をとり、何時ものように登校した。だが、今日はクラスが騒がしいのは宝香さんが言っていた
クラスに入ってすぐに俺は自分お席に座る。廊下側の後ろから二番目と、中途半端な場所だ。できれば外の風景が見れる窓側が良かった。カバンを机の横に引っ掛けて、昼寝モード。学校では大抵寝ている。これでよく俺は二年生に進級できたかが不思議なくらいだ。留年は覚悟していたが……まあ、勉強が出来ないわけではないから。
「おはよー! ライライ、今日も爽やかハッピーだね」
朝から五月蝿いのが俺の席の前に立ってきた。
「はよう、国塚」
「うーん、おはようにはちゃんと『お』をつけなきゃ。『はよう』って挨拶はノアはあまり嬉しくないんだぞ?」
「どうでもいいだろ? 朝からそのテンションは流石の俺もついていけないんだけど」
「ダメダメー、ライライは元気があったほうがかっこいいんだよ? だから、ほら! 笑顔笑顔!」
無理やり俺の口元を掴んで引っ張るのはクラスメイトの国塚乃愛。元気を擬人化させたような人間。俺はこいつの事をそんな風に見ている。そもそも、ランキング五位のこいつと最下位の俺が知り間ということが不思議なくらいだ。まぁ、あちらから一年の時に俺にしゃべりかけてきたんだけどな。
「今日って知ってた? 今日は魔術決闘しても順位が入れ替わらないんだって」
「へー、で、何で?」
「ライライの言い方は何時も関心がないなぁー。理由は今度ある
「ふーん、そういうもんか」
何となく適当に納得した。実際はあまり興味はなかった。俺は何時もと変わらないから、魔術どうしの戦いなんて何が面白いんだか。魔術というものは戦う為に作ったんじゃないとラウは言っていた。ラウは『楽しい』と思えるように作ったと言っていた。この学園は矛盾しているところが多すぎる。確かに、就職先で魔術警備隊と言う、魔術を使う警察がある。だからと言って全員が全員その集団に入るわけではない。それならランキングなどと言う上下関係など作らないほうが良かったのかもしれない。俺は何度もそう思っていた。
「私はライライと違って五位だもんね。数少ない
「はいはい、そりゃ良かったな。怪我をしない程度に頑張れよ」
「心配してくれるの? うれしー!」
「と言って抱きついてくるな」
「うきゃー」
なんか飛び込んできたからチョップして止めたけどこいつ、喜んでねーか? それはそれで危ないんだが、抱きつこうとしなくても良かったろうに。こいつの考える事なんて俺が予想もしていないビックリするようなことばかり考えているからな。考えている事がさっぱりわからない。
「よぉ、来城」
「ああ、なんだ隈井か」
「あ、クマクマ」
「なんだとはなんだ。それと国塚、その呼び方は本当にどうかと思うよ?」
次に俺の目の前に現れたのは学年では一番ランキングの高い男子生徒――
「んで、来城。おまえはこのランキングが入れ替わらない間に魔術の特訓でもするのか? するなら俺が手伝ってやるけど」
「うるせーよ、俺はこの最下位というポジションを好んでいるんだよ。態々好きな場所を離れるバカがどこにいるんだよ?」
「お前がまずバカだ。最下位のどこがいいんだよ。一年よりも下だぞ? 全校生徒の最下位だぞ? そんな場所のどこがいいんだよ?」
「まったり、平和に暮らせるところ」
「あのなぁ、おまえは……」
隈井は頭をかきながらどうにか俺を説得させようと考えているようだ。となりでは国塚がニシシと笑って俺と隈井を交互に見ていた。俺からしたらこれも日常。何時もの日常。だが、だがだ。今日はこの日常が崩された。どう言う風に崩れるのか。それは今日のこの日、あの一言で俺の日常はいとも簡単に玉砕される。もちろん――
「来城月下はいるか! この俺と
……ほら。結局はこんな事だ。
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